379:激戦区
アンヘルとランドの二人組を降し、俺は次なる目的地へと向けて移動した。
本当ならば軍曹を追いたかった所ではあるのだが、あのおっさんのことであるし、とっくの昔に移動していただろう。
しかも追跡されないようにブービートラップを残していた可能性も高いし、確実性のない追跡は怪我の元だ。
それならば、俺が追っているかもしれないという情報で牽制しておく程度が無難だろう。
軍曹の場合、一人だけになってもかなり面倒な相手であるため、正直放置するのも気が進まないのだが。
「ま、仕方ないか」
エリアの収縮時間も迫ってきているし、あまりのんびりしている時間は無い。
あの二人のせいで余計な時間も食ってしまったことだし、これ以上寄り道をしている暇は無いのだ。
次なる目的地は、収縮先のエリアにも含まれている場所、それなりの規模のある要塞だ。
この建物の中には全ての生産施設が揃っており、初動以外でも多くのプレイヤーが利用する可能性が高い。
そして、生産施設を利用しているということは、ランクの高いアイテムを保有しているということだ。
俺自身が生産施設を利用できない以上、そういったプレイヤーを狙ってアイテムを奪う方法が最も効率がいい。
(脅して武器を強化させる……のは、流石にルール違反か)
相手プレイヤーに行動を強制させるのは、流石にルール上違反行為として取られてしまうようだ。
流石にここまで来て反則負けというわけにもいかないし、余計なことをするべきではないだろう。
とりあえず、彼らが強化した武器の中に刀を発見できることを祈るばかりだ。
ちなみにではあるが、ランドが所有していた刀はCランクのものであった。
Dランクの武器を失ってCランクのものを手に入れられたのだから、差し引きはマイナスではなかったのだろう。
尤も、様々な武器を持っているアンヘル達でも、太刀や小太刀は所有していなかったのだが。
これは恐らく、刀が特殊な補正値をしている武器であるが故だろう。
刀は攻撃力が高い代わりに、武器の耐久度減少が早いという性質を持っている武器だ。
装備の攻撃力補正はSTRが優先されているが、刀の扱いにはDEXも絡んでくる。ただしこちらは攻撃力上昇面よりも、耐久度減少の低減に効果があるらしい。
要するに、DEXが高ければ高いほど、きちんとした太刀筋で刀を振れるようになるということだ。
俺にとってはあまり関係のない話だが、ランドにとっては好都合だったのだろう。流石の彼とて、刀の扱いに習熟していたわけではないしな。
「しっかし、太刀はどこにあるんだかなぁ……刀でもいいっちゃいいんだが」
やはり、普段から使い慣れている太刀の方が、個人的には扱い易い。
リーチの違いはちゃんと意識しているし、ギリギリで攻撃が届かないなどと言うミスはしないが、やはりあと一歩が届かないという感覚はある。
薙刀だのハルバードだの、派生武器があることも確認できているし、どこかに太刀はある筈なのだが。
一応、ランドの薙刀も回収したため使用できる武器は増えたのだが、流石にあの二人のように素早く装備を替えられるわけではない。使い所があるかどうかは微妙な所だ。
それに――
「……この中じゃ扱い辛いだろうからな」
目的地である要塞の前に辿り着き、その外観を見上げながら呟く。
実に大きな建物ではあるのだが、やはり建物内で長物を扱うのは少々難しいと言わざるを得ない。今回の戦いでは、これを扱うことは難しいだろう。
この建物の中からは、遠くはあるものの戦闘音が聞こえてきている。
恐らくは魔法による攻撃だ。断続的に響く爆発は、決して生産活動によるものではないだろう。
音の響き方からしても一か所ではなく、何ヶ所かで戦闘が起こっていることが分かる。
やはり、この内部は相当な激戦区になってしまっているようだ。
「さて……どんなプレイヤーがいることやら」
期待を込めて、建物内へと足を踏み入れる。
装備を強化した者同士が戦っているのであれば、それだけ相手の戦力にも期待ができるというものだ。
戦いそのものもそうだし、彼らを倒した後に手に入る戦利品も魅力的である。
そう考えると、こういった形式のイベントも中々に楽しいものだ。
建物内は、質実剛健といった様子の、飾り気のない内装が広がっている。
どうせ戦闘をすることになるのだから、変に飾り立てても仕方が無いということか。
障害物の有無は、戦いの際に利用できることもあるため、一概に何もなければいいというわけでもないのだが。
(室内だと遭遇戦だな。あらかじめ手に入る情報が少ない)
響いてくる音から、ある程度の魔法種別ぐらいは分類できるかもしれないが、正確な情報までは分からない。
果たして、どのような武器を使っていて、どのような戦闘スタイルなのか。
それは、実際にこの目で確かめるまでは不確定なのだ。不安もあるが、それはそれで中々に楽しめるものである。
ちなみに、要塞内には武器保管庫と呼ばれる部屋があるらしい。
要塞内に隠された鍵を見つけることにより、ようやく扉を開くことができるのだ。
内部にはランクの高い装備が入っているらしいのだが――生憎と、それは最初にここに降りたプレイヤーによって回収されてしまっていることだろう。
そのプレイヤーがまだこの建物内にいるのであれば、それを奪うこともできるかもしれないが……あまり期待はできない。
素直に、目についた相手から順番に倒していくこととしよう。
そう決意しながら階段を上がり、廊下を曲がる。
その先で――
「ははははッ! やるじゃねぇか、騎士様よぉ!」
「こちらの台詞ですとも……!」
――俺は、見知った顔の二人が剣を交えている場面に遭遇したのだった。
* * * * *
「……やっぱり、イベントには参加していたんですね」
「ええ。こちらも、レベルが不足していることは自覚していますが……かと言って、そう易々と負けることもありません」
アイテムを収集し、途中発見した生産施設でアイテムを強化――順当に戦闘能力を高めながら移動していた緋真たちであったが、思いがけぬ相手と遭遇することとなった。
彼女たちの前に立ちふさがったのは、薙刀を構える一人の女性。
その姿を彼女が見間違える筈もない。久遠神通流が薙刀術の師範代、ユキである。
久遠神通流のプレイヤーは全員ゲームを始めた時期が遅く、更に二日に一度のプレイであるため、レベル的にはそれほど高いわけではない。上位層のプレイヤーと比較すれば、そのレベル差は歴然だろう。
しかし、彼らの実力は本物だ。例えレベルが低かったとしても、他のプレイヤーの実力に劣るものではない。
そんな彼女が、今緋真の目の前に立ちふさがっているのである。
「……偶然ですよね?」
「ええ、流石に貴方の行動を予測してここに来たわけではありません。出会えたのは偶然ですよ」
ユキは己の弟子たちを従え、落ち着いた様子でそう告げる。
しかしながら、その言葉の裏には確かな戦意が込められていた。
ここで戦うつもりであることを理解し、緋真は思わず顔を顰める。
「わざわざこんな大きな舞台で錬成の儀を行おうとは、思い切ったことをしましたね、緋真さん」
「っ……錬成の儀のこと、先生が言ったんですか?」
「いいえ、まさか。ただ、今の貴方の反応で確定しましたけどね」
「うえっ」
更に顔を顰めた緋真に、ユキはどこか皮肉気な笑みを浮かべる。
しかしながら、その刃は既に振るえる状況まで構えられており、それに対する緋真も一切油断せず刃を抜き放てるよう態勢を整えていた。
「このような派手な舞台まで整えて、錬成の儀を行うなど――本当に、油断も隙も無いんですから」
「ユキさん、貴方まだ……」
「ええ、認めてなどいませんよ。貴方がお兄様の直弟子になるなど」
「でも、それは――」
「確かに、お兄様が認めたこと。ですが、私が納得するかどうかはまた別の問題です」
ユキは――久遠幸穂は、久遠家でも有数の実力を持つ人物だ。
久遠総一という常識外の怪物を除けば、若手の中では頂点の実力を有しており、師範代に上り詰めることに不足は無かった。
しかし、それでも、彼女が師範の直弟子に選ばれることは無かったのだ。
それは彼女が久遠家に連なる近縁だからというわけではない。ただ純粋に、総一がそう望んだから今の状態となっているのだ。
――幸穂の意思とは、関係なしに。
「錬成の儀に挑むのならば、それにふさわしい実力があることを示しなさい。お兄様の隣に立つ資格があることを、私に示してみせなさい」
「要するに、気に入らないから力づくで黙らせて見せろってことでしょう……今回は、本気の殺し合いです、ユキさん」
「……ええ、それでこそです」
大きく振りかざし、薙刀を構え直すユキ。そして、刀を抜き放つ緋真。二人はにらみ合う中、小さく告げる。
「アリスさん、フィノ。手は出さないで」
「貴方たちは見ていなさい。これは、私たちの戦いです」
驚いた様子で見つめてくるアリシェラとは対照的に、ユキの弟子たちは何も言わずに引き下がる。
しかし、そんな彼女たちの様子は一切気にすることもなく、緋真たちは微動だにせずに睨み合う。
そしてしばしの静寂の後――二人は、同時に駆けだしたのだった。





