377:黒白の傭兵
アンヘルとランド、二人組の傭兵。
かつて国連軍の部隊にて戦いを共にした、非常に優秀な兵士だ。
アンヘルは運動能力と反射神経に優れ、動物じみた勘で戦闘を行う。特に敵陣に突撃して蹂躙する戦い方を好み、その危険な行動を行いながらも深手を負ったことは一度として無かった。
直接の戦闘能力という点に関して言えば、あの部隊の中では俺に次ぐレベルであっただろう。
一方で、ランドはそんなアンヘルのサポートに回ることが多かった。
基本的に突っ込みがちなアンヘルを援護し、彼女が戦い易いように場を整えることが基本であったように記憶している。
だが、決して本人の戦闘能力が低いわけではなく、アンヘルを無視して突っ込んできた相手を平然と一人で処理することもままあった。
精密な射撃の腕に定評があり、狙撃も得意としている。特に、二人して最前線に出て来た時は圧巻の一言だった。
二人は互いに軽口を叩き合いながら、お互いの様子を一切確認することもなく、平然と連携を続けていたのだ。
下手をすれば互いの攻撃が命中してしまいそうな状況で、まるで気にすることもなく銃を乱射する姿は、思わず己の目を疑ったほどだ。
そして、そんな二人の性格は、このゲームにおいても反映されているようだ。
「あっははははは! どうですか、シェラート!」
「相変わらず、とんでもないな!」
アンヘルは、巨大なハルバードを振り回して暴れ回る。
どうやらSTRに偏重したステータスを持っているらしく、重量級の武器ながら軽々と振り回している様子だ。
その戦闘スタイルは相変わらず本能的で、そうであるがゆえに読み取れない。
尤も、幾度となく戦闘を共にしてきたこともあり、ある程度どう動くかの予想はつく。
おかげで、縦横無尽な戦い方を見せるアンヘルが相手であっても、対処することは難しくは無かった。
問題は、要所要所で入るランドの援護だ。
「アンヘル、シェラート相手に突っ込みすぎるなよ」
「ふふっ、分かってますよ!」
ランドの手にあるのは魔導銃、かつて軍曹が使っていた所を見たことがあるが、非常に特殊な武器だ。
魔力の弾丸を撃ち出す武器であり、現実の銃ほど厄介な性質を持っているわけではないのだが、やはり高速で飛来する弾丸は厄介だ。
舌打ちしつつ、俺はテクニックを発動した。
「《蒐魂剣》、【断魔鎧】」
魔力による攻撃であるならば、このテクニックで遮断することができる。
問題は、これを発動している間は他の鎧系のテクニックは使用できないということだ。
アンヘルの攻撃力に対して、【命輝鎧】を使えないことは厄介であるが――仕方あるまい、アンヘルを前に隙を晒すことの方が危険だ。
俺の体勢を崩そうと飛来した弾丸が、蒼い光に阻まれて消滅する。
それを脇目に確認しながら、俺はアンヘルへと向けて肉薄した。
歩法――縮地。
「ッ……! 相変わらず気持ち悪い動きですね!」
「言ってくれるな!」
即座に眼前にまで詰めた俺に対し、アンヘルの武器は有効とは言えない。
そう思いながら刃を振るった瞬間――アンヘルの手からは長大なハルバードが消え去っていた。
「『ツヴァイ』!」
刹那、アンヘルの手に現れたのは二振りの手斧であった。
二つの手斧を交差するようにしながら俺の一閃を受け止めたアンヘルは、得意げな表情で声を上げる。
「至近距離なら武器を使えないと思いましたか?」
「……!」
武器を切り替えるという選択肢は理解できるが、今の瞬時に武器を入れ替えるスキルは何だ。
俺のように複数の武器を常時携帯しているわけではなく、インベントリの中から装備を切り替えられるのか。
スキルの正体は分からないが、これで面倒さが随分と増した。アンヘルもランドも、元々かなり器用な部類だ。
この瞬時の装備換装スキルを持っているのであれば、装備による隙はほぼ無いと考えていいだろう。
俺の頭へと向けて飛来した矢を身を屈めつつ回避し、アンヘルへと向けて足払いを放つが、彼女は軽く跳躍して攻撃を回避する。
「『アインス』!」
直後、アンヘルの手に現れたのは長大な大剣――ツヴァイヘンダーと呼ばれる武器だろう。
アンヘルは、空中にいるまま剣を振り下ろし、俺を頭から唐竹割にしようとする。
思わず舌打ちしつつも、俺は地を蹴ってその場を退避した。
その移動先へと飛来した矢を刀で弾きつつ、俺はため息交じりに構え直す。
「また、随分と厄介なスキルを持ってきたもんだな」
「面白いでしょう? 《マルチウェポン》って言うんですよ」
「おい、アンヘル!」
「こっちばっかりシェラートの手の内を知っているのも卑怯でしょう? それに、スキルの名前ぐらいいいじゃないですか」
窘めるランドの声に、アンヘルは唇を尖らせる。
とはいえ、その言葉がかなりのヒントになったことは紛れもない事実だ。
《マルチウェポン》――名前を聞くに、複数の武器種別に対応できるスキルということだろう。
武器は基本的にウェポンスキルを習得しなければ、スキルによる補正値を攻撃力に反映することができなくなる。
これはウェポンスキルの専用枠に入れなければならないというわけではないのだが、入れていなければテクニックを使用することはできなかったはずだ。
「……三つ以上の武器種にスキル補正を乗せられ、瞬時に武器の切り替えを行えるスキルって所か」
「ほら見ろ、シェラートたちは無駄に察しが良いんだ、ヒントを与えたら気づかれるにきまってるだろ」
「別にいいでしょう? 私たちがどんな武器を持っているかは分からないんですから」
今の発言を聞くに、ランドの方もこのスキルを持っているらしい。
この二人の性質から考えれば、恐らくアンヘルの方がSTR補正の高い武器、ランドの方がDEX補正の高い武器を持っていると予想できる。
何が出てくるのかわらないビックリ箱だが、ある程度の方向性が分かるだけでもマシだろう。
「もう少しぐらいヒントをくれてもいいんだぞ? ここでの俺の戦い方なんて全てのプレイヤーに周知されているぐらいだ」
「バカ言え、その纏ってるテクニックのことなんて知らなかったぞ?」
「最近覚えたんでしょうけど、おかげで銃を封じられちゃったじゃないですか」
それに関しては思わぬ僥倖ではあったが、銃が無かったとしても厄介であることに変わりはない。
いきなりどんな武器を取り出してくるか分からないし、この二人が連携してくるだけでも厄介なのだから。
ともあれ――現状、こちらが不利であることに変わりはない。
こいつらの引き出しすべてに対応するためには、こちらも全力を尽くす必要があるだろう。
(それに――)
恐らくだが、こいつらは二人パーティではあるまい。
最後の一人は軍曹だろう。最初に感知した気配と、ランドの気配は恐らく別のものだ。
軍曹は隠れているようだが、何かしらの手段でこちらを狙っている可能性が高い。
下手をしたら、ライフルの魔導銃でも仕入れて遠距離から狙っている可能性もある。
あのおっさんは優秀な狙撃兵だ。このゲームの世界においても、ライフルがあればとんでもない脅威になることは間違いないだろう。
魔導銃であれば【断魔鎧】で防ぐことはできるだろうが、それだけで安心できるような存在ではないのだ。
目の前のアンヘルとランド、そして姿を見せない軍曹――こいつらは、アルトリウスと負けず劣らずの脅威である。
「――ならもう一つ、あんたたちに見せていなかったものを使ってやるよ」
「ふぅん? まだ新しいスキルがあったんですか?」
「いや、新しいスキルやテクニックは無いさ。他の鎧系については、使っている余裕はなさそうだしな」
そう、これはゲーム内のスキルではない。
かつての戦場においても使ってはいたが、彼らの前では見せていなかった代物だ。
何しろ、これを使ったのは、あの戦いの中でも最後の最後――ジジイと共に戦った時のみだけなのだから。
「あんたたちは間違いなく、これまで見てきたプレイヤーたちの中でも最上位の相手だ。それこそ、二人合わせればウチの師範代共よりも上だろうよ……だから、俺も全力を以て相手をさせて貰う」
軍曹が隠れているならば、出し惜しみなどしていられない。
己が全身全霊を以て、この二人に対処することとしよう。
「さあ、行くぞ戦友よ。久遠神通流の神髄、心行くまで味わっていけ」
久遠神通流合戦礼法――終の勢、風林火山。
己が持てる能力の全てを解放し、かつての仲間と相対する。
笑みを浮かべる黒白の傭兵へ、俺は風よりも速く踏み込んだのだった。