367:突き崩す一刺し
怒り狂ったディノタイラントの何が厄介であるかと言うと、偏に運動性能が著しく向上していることにあるだろう。
暴れ回るディノタイラントの攻撃モーションは、先程までに比べたらおおよそ二割ほど速くなっている。
そして速さが上がれば当然威力も上がり、尾を振り回した一撃で巨木を根元から吹き飛ばしてしまったのは何の冗談だと言いたくなった。
恐らくではあるが、今のディノタイラントの攻撃が直撃すれば、どの攻撃でも即死してしまうことになるだろう。
故に、これまで以上に慎重に立ち回らなくてはならないのだが――
「ゴアアアアアアッ!」
「クソ、厄介な……!」
凄まじい勢いで暴れ回るディノタイラントに、思わず舌打ちを零す。
体を赤く染めたこの怪物は、自らの疲労やダメージなど一切気にした様子もなく暴走を続けている。
攻撃頻度はこれまでの比ではなく、一切動きを止めることなく攻撃を繰り出し続けているのだ。
全ての攻撃がほぼ即死であるため、回避を優先して立ち回らなくてはならないのだが、こうも攻撃頻度が高いとこちらの攻撃を差し込む暇がない。
そしてリスクを冒して接近したとしても、それをするだけの価値があるようなダメージを与えられるような状況ではないのだ。
軽く一撃を当てる程度では意味がない、確かなダメージを蓄積しなくてはならないのである。
(魔法による攻撃は続けているが……こうも暴れられると、本当に効いているのか不安になってくるな)
現在、ルミナたちは上空から魔法による攻撃を続けている。
俺は勿論、ルミナたちですらディノタイラントの攻撃には耐えられないからだ。
今の状況では接近戦を挑むリスクが高過ぎるため、遠距離攻撃に徹する他ないのである。
とはいえ、無駄にタフであるおかげかあまり魔法が堪えた様子はない。
ダメージは確かに通っているのだが、ディノタイラントの動きが精彩を欠くことは無かった。
(何かギミックがあるのかもしれないが……分からん、どうしようもない)
少なくとも、現状ではこれを何とかする手段はないだろう。
面倒だが、しばらくはこの状態のディノタイラントに付き合わなくてはならない。
とはいえ――いつまでもこの状態が続くとも思えないが。
「ふぅ……ッ! 《奪命剣》、【咆風呪】」
黒い呪いの風を放ち、僅かながらにでもディノタイラントのHPを削り取る。
接近が難しい以上、防御力を無視するこのテクニックこそが俺にとっての生命線だ。
今はこうして、少しでも効果のある技を使いながら、時が来るのを待つしかない。
(そう……こんな戦い方が、いつまでも続くものか)
喰らいついてくる巨大な顎を躱しながら、胸中で独りごちる。
大口を開けていたディノタイラントであるが、その呼吸は先ほどまでよりも明らかに速くなっている。
疲労しているのだ。休むこともなくこんな暴れ方を続けていれば、疲労が蓄積するのは当然の帰結と言える。
そして、疲労が溜まりきれば、いかな怪物じみた体力を持つディノタイラントとは言えども、その動きを止めることになるだろう。
そして、そここそが俺たちにとって最大のチャンスとなる。
強く地を蹴り、ディノタイラントの横を通り抜けながら刃を走らせる。
歯と歯が打ち合わされる音に戦慄を覚えつつも、駆けるディノタイラントの足へと向けて一閃を放つ。
「『生奪』」
斬法――剛の型、刹火。
相手の進む足に合わせて放った一閃は、ディノタイラントの強靭な鱗を裂き――しかし、有効なダメージを与えるには至らない。
盛り上がった筋肉は、それ自体が鎧となってディノタイラントの体を護っているのだ。
やはり、今のままでは攻めた所で返り討ちに遭うのが関の山だろう。舌打ちしつつ交錯し、反転しながら刃を構え直す。
ディノタイラントは、地面に深く爪を立てながら体の勢いを殺すと、今度は肩からタックルするようにこちらへと突っ込んできた。
この巨体が横向きに迫ってくる姿は、まるで赤茶色の壁が向こうから突っ込んできたかのようだ。
だが――
「お前、足元ががら空きなんだよ」
二本足で立つ恐竜。その姿の性質上、どうした所でその体が足元をカバーできる訳ではない。
故に、俺はあえて前に出て、その体を潜るようにスライディングした。
ディノタイラントもまた体を傾けていたため、そのスペースは決して広くはなかったが、回避することは不可能ではない。
俺はそのままディノタイラントの下を潜り抜け――その瞬間、奴の足元がすり鉢状に陥没した。
「ッ……!?」
凄まじい力の踏み込み。轟音と共に砕けながら陥没した地面は、ディノタイラントがその体を強引に留めたことを示していた。
この化物は突進の勢いを途中で強引に殺し、その場で立ち止まったのだ。
これまでになかった行動に驚愕しつつも、俺はすぐさま体勢を整えて警戒する。
そして次の瞬間、ディノタイラントは大きく体を旋回させ、尻尾で周囲を薙ぎ払った。
「無茶、苦茶な!」
この巨体でこれだけ軽快な動きをするなど、無茶にも程がある。
鞭のようにしなり、地面を抉りながら迫るディノタイラントの尻尾。
直撃すれば確実に命はないであろう一撃に、俺は体を前へと倒した。
歩法――烈震。
時間が無い、最速で攻撃軌道の外まで移動する。
幸いなことに、軌道が斜めになっているため、辛うじてその下に潜り込むことは可能だ。
ディノタイラントの尻尾は、俺の体を掠めるようにして過ぎ去り――その風圧だけで体勢を崩しそうになりながらも、辛うじて姿勢を保つ。
幸い、尻尾を振り切った状態からディノタイラントの追撃はない。
今の動きは流石に無茶だったのか、すぐさま次の行動へと移れる状態ではなかったようだ。
「……いや」
地面に左手を突いて滑るように体の向きを変え、強引にディノタイラントへと向き直りながら、俺は己の考えを改める。
確かに無理のある動きではあったのだろう。しかしながら、ディノタイラントが無理をしていたのは、今だけの話ではない。
現に、今この化物は――大きく呼吸を乱して、その場に足を止めているのだから。
「――やれッ!」
「ガアアアアアアアアアッ!!」
待っていた、と言わんばかりの咆哮が響き渡る。
その叫びと共に上空から舞い降りたシリウスは、宙返りしながら尾の先端をディノタイラントの胴へと叩き付けた。
それを武器に例えるのであれば、鞭の先端に刀の刃がついているようなものだろう。
凄まじい切れ味を誇る一撃は、遠心力の力を利用してディノタイラントの体へと確かな切り傷を与える。
しかしそれだけには留まらず、宙返りしながら地面に着地したシリウスは、そのまま大きく息を吸い込んだ。
「――――ァアアアアアアアッ!」
そして放たれるのは、地面を抉りながら放たれる衝撃波のブレス。
一直線に迫るそれは、尾の一撃に怯んでいたディノタイラントに躱せるはずもない。
成す術もなく直撃を受けたディノタイラントは大きく仰け反り――その背へと、嵐を纏うセイランが急降下した。
まるで墜落するかのように、セイランは地面へと向かって加速する。
自殺行為としか思えないようなその動きすらも、しかしセイランが躊躇うことはない。
落雷が如き一撃は、仰け反ったディノタイラントの背中に狙い違わず直撃した。
「ガ……ァッ!?」
声にならぬ声が響き、ディノタイラントの体が大きく揺れる。
普通であれば背骨が砕けていて当然と言えるような破壊力だった。
しかしながら、それでも尚ディノタイラントは倒れてはいなかった。膝を突くような姿勢で体を落としながら、それでも奴は立っていたのだ。
「《練命剣》、【命輝閃】」
本当に、驚異的な化物だ。
だが、動けないのであればその隙を見逃す理由もない。
既にトドメの一撃は用意しているのだ、そこまでの繋ぎをしなくてはなるまい。
左腕の袖から鉤縄を伸ばし、ディノタイラントの首へと引っ掛ける。そのまま強く地を蹴った俺はその巨体を駆け上がり、頭へと向けて跳躍した。
斬法――柔の型、襲牙。
黄金に輝く刃は、衝撃に動けずにいるディノタイラントの顔面――その瞳へと真っ直ぐに振り下ろされる。
当然ながら、ディノタイラントは目をつむって避けようとしたが、多少動いた程度で狙いを外す筈もない。
俺の繰り出した一撃は瞼の上に突き刺さり、輝く刃がそれを貫通した。
「ギャアアアアアアアアアアッ!!」
流石に眼球への一撃は堪えたのか、ディノタイラントは大きく悲鳴を上げる。
こちらを振るい落とそうと頭を振るため、俺は逆らわずに刃を引き抜き、ディノタイラントの頭上から退避した。
――既に、準備は完了しているのだ。
「光よ、刃となりて」
鎧と兜を顕現させ、右手に眩く輝く刻印を浮かび上がらせながら、ルミナが刃を抜き放つ。
ふわりと浮き上がったルミナは、輝く翼を羽ばたかせて、のたうち回るディノタイラントへと肉薄し――お手本のようなきれいな軌跡で、眩く輝く刃を振り下ろした。
眩い光芒は、白い軌跡のみを中空に残し、一瞬のうちに消え去る。
そして――その瞬間、ディノタイラントの首は、まるで最初からそうであったかのように切断され、地面へと落ちたのだった。





