037:野望を斬り裂く刃
地を蹴り、デーモンナイトへと打ちかかる。
振り降ろす刃は袈裟掛けに肩を狙い――しかしその一撃は、掲げられた黒い長剣に受け止められていた。
素人相手であれば反応も許さぬほどの速度であるはずだが、この程度ならば悠々と対応できるらしい。
数瞬の鍔迫り合いののち、こちらの太刀を弾いたデーモンナイトは、その刃で横薙ぎの一閃を放つ。
「シャアッ!」
「甘い」
弾かれた勢いに逆らわずにそのまま後方へと跳んで攻撃を回避し、正眼の構えから正中線を狙って斬撃を放つ。
たまらず横へと回避した相手を狙い、返す刃で下段から駆け上がる横薙ぎを放てば、その一撃は長剣によって受け止められていた。
いい反応だが――これは所詮牽制に過ぎない。
斬法――柔の型、刃霞。
手首の動きだけで翻った刃が、一瞬で方向を変えてデーモンナイトへと襲い掛かる。
顔面まで変異しているためその表情は分かりづらかったが、伯爵は一瞬こちらの剣を見失ったのだろう。
当然反応は遅れ、俺の攻撃は狙い違わず相手の脇腹を捉えていた。
だが――その一撃は、デーモンナイトの装甲に僅かに傷をつけるだけに終わっていた。
「はははっ、そちらの攻撃は温いな!」
「チッ――《斬魔の剣》」
こちらを振り払うような一閃は後退して回避し、続け様に放たれた氷の槍は《斬魔の剣》で斬り裂く。
どうやら、こちらは息子の方とは違い、体自体もかなり頑丈なようだ。
■デーモンナイト
種別:悪魔
レベル:20
状態:正常
属性:闇・氷
戦闘位置:地上
《識別》してみれば、成程確かにレベルが高い。
それ相応にステータスも高いのだろうし、普通に攻めただけで仕留めるのは困難だろう。
まあ、方法はいくらでもある。純粋に腕の立つ相手であるが――俺にとっては、結局の所ただそれだけでしかないのだ。
歩法――縮地。
スライドするように擦り足で移動し、一閃を放つ。
突然目の前に出現した俺の姿に驚いたのだろう、デーモンナイトの動きが僅かに硬直する。
ほんの僅かであれど、俺にとっては十分すぎる。俺はその瞬間に、スキルを乗せて刃を放っていた。
「――《生命の剣》!」
「ッ――がぁっ!?」
斬法――剛の型、竹別。
一撃の威力を高めた上で、蜻蛉の構えから撃ち落とすように放たれた一閃は、辛うじて構えられた防御のための長剣を押し切りつつ、デーモンナイトの体を斬り裂いていた。
袈裟掛けに斬り裂いた一閃によって緑の血が飛び散り、デーモンナイトが苦痛の声を上げる。
が、致命傷と呼ぶには浅い。体の表面を裂いた程度だろう。
どうやら、直撃する寸前に辛うじて後退していたようだ。受け止めきれないと察知してからの対処の速さは、素直に称賛できるレベルだろう。
無論、それを口に出すことはないが。
フラフラと後退するデーモンナイトにあえて追撃はせず、俺は周囲の状況を確認する。
雲母水母たちの方は半ば混戦模様となっている。厄介なのは、相手が悪魔ではなく、操られた人間であるという点だろう。
先ほど通りで戦ったデーモンナイトの件からも、操られた人間は元に戻せることが分かっている。
そのため、騎士たちもあまり積極的に傷つけることができず、確保して動きを封じる方面で戦っているのだ。
「チッ、手が足りんな……」
「く、くく。それなら、手助けに行ったらどうかね?」
「さっさと貴様を殺した方が手っ取り早い。御託は要らんからとっとと死ね」
再び斬りかかろうとして、舌打ちする。
見れば、デーモンナイトの体から細く煙が上がっていたのだ。その発生源は奴の胸に付いた傷口であり、傷が徐々に塞がってきている様子が見て取れる。
どうやら、《HP自動回復》に似た再生能力を持っているようだ。
面倒な手合いではあるが、再生速度はそこまで速いというわけでもない。
ダメージを与え続ければ押し切れるだろう。そう判断して刃を構え直し――そこに、デーモンナイトが猛然と打ちかかってきた。
「おおおおおおッ!」
「……っ!」
斬法――柔の型、流水。
デーモンナイトの攻撃のベクトルを横に流し、反撃の一閃を放つ。
だが、さすがに《生命の剣》を乗せていない攻撃ではそれほどダメージを与えられるわけではない。
問題は、雲母水母たちが操られた人間の対処に追われており、こちらに回復を飛ばす余裕が無いことだ。
あまり《生命の剣》を多用しすぎれば、いずれはこちらの方が不利になってしまう。
しかし、俺の回復手段である《収奪の剣》では、あまり有効的なダメージを与えることも難しい。
弱点を攻撃できれば流石に違うだろうが、そこに当てられるならば《生命の剣》を使って止めを刺した方が早いだろう。
(さて、どうしたもんかな)
横薙ぎに放たれた一閃を後退して回避し、再び接近。そのまま斬りつければ、俺の太刀はデーモンナイトの肩に軽く傷をつけていた。
相手が動きを切り返すタイミングは掴めてきたため、その瞬間を読み取れば攻撃を当てることは難しくない。
だが、流石に致命傷を与えられるような場所に当てるには短すぎる隙だ。
奥の手を使えば何とかできないこともないが――あまり余裕もない状況だ、この程度の相手には惜しい業だが、やってやるしかないだろう。
そう考えて整息し――
「ッ!?」
感じた悪寒に反応して、俺はその場から跳び離れていた。
一瞬後、俺の立っていた場所に、一本の矢が突き刺さる。
方向が分かれば、いちいち確認するまでもない。どうやら、屋敷の二階にある窓から弓でこちらを狙ってきたようだ。
厄介なのは、窓という窓からまとめてこちらを狙ってきていることだろう。
あの位置から動かないのであれば、こちらからは対処のしようが無い。
つまり、一方的に狙い放題であるということだ。
「ちっ――クソ、が!」
「ははははっ! 私を無視してくれるなよ、異邦人!」
「黙ってろ木端悪魔が!」
放たれた矢を太刀で弾きながら走り出すが、それを追いすがるようにデーモンナイトが向かってくる。
足を止めれば狙い撃ちだ。下手に対応するわけにはいかない。
だが、放置することもまたできないだろう。二階から飛んでくる矢は、騎士たちの方にもいくつかが飛んでいっている。
今は対処できているようであるが、元から数に押されていた状況だ、遠からず押し切られるだろう。
それでもすぐに崩されることが無かったのは、矢の内の大半がこちらに向かってきているからだ。
どうやらこのデーモンナイト、何が何でも俺のことを殺したいようだ。
その猛攻の中で――
「っ……は、はは」
――俺の口元に浮かんでいたのは、紛れもなく喜悦の笑みだった。
本当に死ぬわけではないが、これほどまでに『死』が近い戦場はどれくらいぶりだっただろうか。
意識が先鋭化する。余分な景色の色が消え、飛来する矢と突っ込んでくるデーモンナイトだけが視界に残る。
切っ先にて矢を弾き、他の矢に衝突させて撃ち落とし、僅かな時間を稼ぐ。
そしてそのまま反転し、脇構えの体勢から手甲を蹴り上げる。
斬法――剛の型、鐘楼。
突然反撃に転じるなど考えてもいなかったのだろう、デーモンナイトの動きが僅かに遅れる。
顔面に向かった太刀の一閃は、その狙いを違えることなく左目を斬り裂いていた。
頭蓋を穿てるほどの威力ではなかったが、それでも視界を半分潰せたはずだ。
デーモンナイトは突然の反撃にバランスを崩しかけるが、そのまま前に飛び込むようにして俺の追撃を回避する。
失墜まで繋げられていれば《生命の剣》を交えて殺し切ることができただろうが、贅沢は言うまい。
俺も飛来した矢を手甲で弾きつつ再びその場から走り出し――結果として、デーモンナイトとは交錯した形で移動を再開することになった。
「ぐ……今の、動きは……!?」
「久遠神通流の真髄、その片鱗だ。しっかりと見ていくといい……と、言いたいところだが」
“広がった”感覚は、普段の知覚領域よりもさらに広い情報を知覚させてくれる。
その俺の感覚が、こちらに近づいてくる集団の気配を捉えていた。
やってきた方向、その数、そしてその統制された動き――いずれを見ても、それらが何者であるかは明白だ。
にやりと笑い、俺はその事実を告げる。
「ヒーローが遅れて登場したようだぞ?」
俺の言葉と同時、門から姿を現したのは、騎士団を率いたクリストフだった。
輝かしく、だが機能性も重視された鎧を身に纏い、剣を抜いた騎士団長は、素早く状況を確認して声を上げる。
「総員、前進! 友を援護せよ!」
「団長殿! こいつ以外は操られているだけのようだぞ!」
「わかっている! 下手に傷つけずに確保せよ!」
俺の言葉に不敵な笑みで答えたクリストフは、騎士団の面々へ突撃を命じる。
これで、数の上でも上回った。状況的不利は二階の射手だけだが、それも時間の問題だろう。
矢の多くも騎士団の方に向かっているが、大した効果は上がっていない。
状況は、一気にこちらに傾いたと言えるだろう。
「さて、どうするデーモンナイト? 大人しく降伏するか?」
「そのようなことは微塵も望んでいないくせに、よく言うものだ」
俺の言葉に対し、デーモンナイトは苦々しげな口調でそう答える。
奴の言葉に間違いはない。このまま戦闘を終えるなど、興醒めもいい所だ。
折角、久しぶりにノってきたというのに――
「――終わっちまっちゃ、面白くないだろう?」
「私より、よほど悪魔じみているよ、貴様は!」
「はっ、馬鹿言うなよ」
太刀を構える。脇構えで構えられた太刀は、相手からそのリーチを隠すことができる。
その構えのまま、俺はデーモンナイトへと肉薄していた。
こちらの姿を捉えている伯爵は、それに合わせて長剣を振り降ろし――
「――せめて、呼ぶなら修羅と呼べってんだ」
斬法――柔の型、流水・逆咬。
振り上げた刃が接触した瞬間、俺は天を向いていた切っ先を捻り再度上へと向ける。
相手の剣を絡め取った俺の太刀はぐるりと回転し、黒い長剣を跳ね上げて弾き飛ばしていた。
回転しながら宙を舞う長剣に、デーモンナイトは驚愕の吐息を零す。
だが、それ以上の反応を許すことはない。
「《生命の剣》」
そして、大上段へと持ちあがった太刀は、黄金の光を纏いながら振り降ろされる。
威力を増幅された刃はデーモンナイトを袈裟掛けに深く斬り裂き――その体は、緑の血を噴き上げながら仰向けに倒れていた。
やろうと思えば、剛の型の業次第では袈裟掛けに両断することもできただろう。
だが、そうすればすぐに絶命してしまう。
この状態でも長くはないだろうが、多少の話を聞くことはできるだろう。
小さく息を吐き――俺は倒れた悪魔の首に刃を突き付け、殺意を研ぎ澄ませて声を上げる。
「さあ、答えろ悪魔。人に紛れ込んで、何を企んでいた?」
「く、くく……私が答えると思っているのかね、貴様は……?」
「…………」
まあ、答える義理はないだろう。
だが、それが少なくとも、人類に対する敵対行動であることは間違いあるまい。
その具体的な方策までは分からないが、ある程度の想像はできる。
「あの女の――ロムぺリアの、ひいては悪魔全体の目的は、人類の滅亡だ。その流れで行くならば、間接的な到達目標は国の滅亡だろう」
「…………」
高い組織力と戦力を持つ、国という人類の集合体。
人類を滅ぼそうとしている以上、障害となるのは間違いなく国家だ。
わざわざ人間の中に紛れ込んでまで何かをしようとしていたのは、国に対する攻撃である可能性が高い。
「内側から崩そうとしたか? 残念だったな、お前たちの手口が露見した以上、対策を取るのは容易い」
「ごほっ……ああ、確かに……貴様の言うとおりだろう」
俺の言葉に、デーモンナイトはそう答え――口元に笑みを浮かべる。
こちらに対する、嘲笑を。
「聡い人間よ……いや、獣の本能か? まあ何にせよ……手を潰された悪魔がどのような行動に出るか、想像はつくだろう?」
「ッ……貴様」
「私は地獄で、貴様らが蹂躙される様を眺めているとしよう――さらばだ」
悪魔の体が、ぼこりと膨れ上がる。
その様を見た瞬間、俺は舌打ちしながらその場から距離を取っていた。
そして予想通り、ぼこぼこと膨れ上がった悪魔の体は、次の瞬間には気泡が弾けるように砕け散っていた。
緑色の血肉がまき散らす臭気に顔を顰めつつ、俺は嘆息して刃を降ろす。
ある程度は情報を得られたが、やはりこの手合いから情報を引き出すのは難しいか。
『レベルが上昇しました。ステータスポイントを割り振ってください』
『《刀》のスキルレベルが上昇しました』
『《強化魔法》のスキルレベルが上昇しました』
『《HP自動回復》のスキルレベルが上昇しました』
『《識別》のスキルレベルが上昇しました』
『テイムモンスター《ルミナ》のレベルが上昇しました』
どうやら、デーモンナイトが倒れたことで、操られていた人々も動きを止めたようだ。
糸の切れた人形のように倒れている彼らを確認して、俺はようやく太刀を血振るいして納める。
とりあえず、騎士団長殿に報告しなければならないだろう――
『ログイン中の全プレイヤーの皆様に、ワールドクエストのアナウンスを開始します』
――その声が世界に響き渡ったのは、俺が歩き出そうとしたその瞬間だった。
■アバター名:クオン
■性別:男
■種族:人間族
■レベル:14
■ステータス(残りステータスポイント:0)
STR:17
VIT:14
INT:17
MND:14
AGI:12
DEX:12
■スキル
ウェポンスキル:《刀:Lv.14》
マジックスキル:《強化魔法:Lv.11》
セットスキル:《死点撃ち:Lv.11》
《MP自動回復:Lv.6》
《収奪の剣:Lv.8》
《識別:Lv.12》
《生命の剣:Lv.9》
《斬魔の剣:Lv.4》
《テイム:Lv.3》
《HP自動回復:Lv.6》
サブスキル:《採掘:Lv.1》
称号スキル:《妖精の祝福》
■現在SP:10
■モンスター名:ルミナ
■性別:メス
■種族:フェアリー
■レベル:8
■ステータス(残りステータスポイント:0)
STR:5
VIT:8
INT:22
MND:16
AGI:14
DEX:9
■スキル
ウェポンスキル:なし
マジックスキル:《光魔法》
スキル:《光属性強化》
《飛行》
《魔法抵抗:中》
《MP自動回復》
称号スキル:《妖精女王の眷属》