357:真龍たちの現状
突如として姿を現した蒼いドラゴン――青龍王。
水属性の龍王であり、この国を守護する銀龍王と同格に位置する真龍の頂点の一角だ。
正直、この地に銀龍王以外の龍王がいるとは思っていなかったのだが、こうして接触することができたのは幸運であったかもしれない。
龍王たちは、俺の知らない情報をいくつも持っていることだろう。今後のため、是非とも話を聞いておきたい所だ。
「この国に、銀龍王以外の龍王がいたのか……」
「私の領域はこの国ではなく、遠洋の海中にあります。銀龍王のように、人の住まう場所を守護しているわけではありません」
「成程、ヴァネシアとは個人的な付き合いだということか」
「彼女は我が眷属を育てる者。その働きには、私も助けられています」
どうやら、青龍王はシェンドラン帝国と直接の関係はないらしい。
しかし、龍育師という制度は青龍王にとっても都合の良いものなのだろう。
ヴァネシアが果たしてどれだけのドラゴンを育ててきたのかは分からないが、個人的な付き合いがあったとしてもおかしくはない。
「それで、俺のことを呼んでいたようだが……そもそもどうやって俺のことを知ったんだ?」
「貴方の存在は女神より聞き及んでいました。悪魔の敵対者である者が、我らの卵を下賜されたと」
「龍王は女神の神託を受け取れるのか」
「その通りです。我らは女神の代弁者、であればこそ、あの御方の声を聞けることは当然です」
正直、龍王たちの立ち位置もあまり実感は湧いていないのだが、女神との関係性は何となく理解できた。
とはいえ、そこは前提の部分でしかない。青龍王が俺の存在を知っていたからと言って、どのような理由で呼び出したかはまた別の話なのだから。
龍王は間違いなく特別な存在だ。そんなドラゴンが、わざわざ俺を呼び出したのだから、何かしら重要な用事があるのだろう。
「それで、青龍王。俺に対しての用事とは?」
「貴方は銀龍王の状況についてご存知ですね?」
「……直接見たことはないが、状況だけは」
大公級悪魔との戦いで重傷を負った銀龍王。
その姿を直接拝んだことはないが、あまり余裕のある状況でないことは事実のようだ。
早晩どうにかなるほど逼迫しているわけではなさそうだが、座視できるほどの余裕もない。
だからこその、今回の催しなのだから。
「既に銀龍王を癒すための依頼は受けている。金龍王に会い、その血を手に入れること……先行きは不透明だが、方針だけは決まっているさ」
「そうでしょうね。あの方の気配が近付いているのを感じます。銀龍王を癒す方法は、それ以外に存在しないでしょう」
どうやら、金龍王の呼び出し自体には成功したようだ。
果たしてどのようなドラゴンなのかは知らないが、とりあえずの条件は達成できたのだろう。
後はどのようにイベントを盛り上げて金龍王を満足させ、そしてどのように血を手に入れるかだ。
前者はともかく、後者はどうにも本気で難題に思えて仕方が無いのだが、果たしてどうなることか。
まあ、とにかく全力を尽くすほかに道は無いのだが。
「それで、あんたも金龍王に用事があるのか?」
「……我が目的は、我ら真龍の窮状を訴えることです。我らは団結せねばならない。けれど、我ら全てを動かすことができるのは、あの方を除いて他にいないのです」
確かに、何体かの龍王は悪魔によって滅ぼされてしまったと聞いている。
逆に言えば、悪魔たちは龍王を倒し切るほどの力を有しているということだ。
今は悪魔共も動きを見せていないが、下手をすれば今後も龍王が各個撃破されるという可能性も否定はできない。
そういう意味では、青龍王の希望はまさにその通りであると言えるだろう。
しかし――
「金龍王の居場所が分かるなら、自分から行った方がいいんじゃないのか?」
「いえ、あの方に声を届けるのであれば、真龍よりも人間の方が好ましいでしょう。元より力ある我らより、力なきものが必死に前に進む姿にこそ、感銘を覚える方なので」
「……結構な趣味だな」
若干悪魔に似ている所が気に食わないが、金龍王は流石に人の生き方を歪めるレベルまでは干渉してこないだろう。
聞いた印象のみで言えば、高みから見物して気まぐれに手を差し伸べる、といった印象だ。
直接会ってみないことには何とも言えないが、聞いた限りの性格では、確かに俺たちが訴えた方が可能性はありそうだ。
他の可能性があるとすれば、女神からの要請程度だろうが――それで動くのであれば、とっくに銀龍王を癒しに来ていることだろう。
「つまり、真龍団結のため、金龍王に音頭を取って貰うと」
「北方に住まう緑龍王、黄龍王、紫龍王、白龍王は討たれました。残るは私の他に赤龍王、黒龍王……そして銀龍王と金龍王です。赤と黒は好戦的かつ気難しいですが、あのお方の命であれば従います」
改めて聞くと、大層拙い状況だ。
既に四体の龍王が討たれており、恐らくはそれに連なる真龍たちも敗れていることだろう。
彼らの持つ膨大なリソースは悪魔に奪われ――恐らくは、大公級悪魔も完全なる顕現を果たしているはずだ。
今のプレイヤーに、大公級悪魔と戦う力はない。というか、公爵級でもかなり厳しい。
となれば、確かに真龍たちの団結は必要であろう。
「……了解した。だが、金龍王が応じるかどうかの保証はないぞ?」
「貴方が力を示せば、あの方は必ず応じて下さいます。それが、あの方の在り方ですから」
微妙に納得しがたい話ではあるが、それは俺が金龍王と会ったことが無いからだろう。
実際に金龍王を前にしない限り、その性質を理解することはできない。
ともあれ、まずは『龍の庭園』を何とかすることの方が先決なのだが。
「戦いの前に、貴方にこれを授けましょう」
言いつつ、青龍王は巨大な手を持ち上げ、その鋭い爪の先を俺の前に差し出す。
青く鋭い爪の先、そこに集中したのは、膨大という表現すら烏滸がましいほどの圧倒的な力だ。
手を差し出せば、俺の手の中に七色に輝く雫が一滴落ちた。
「これは……」
「ただ純粋な、力の塊です。貴方の武器にこれを使えば、位階を一段階上げられるでしょう」
「……! これのことを知っているのか」
「見ればその性質は分かります。大きな力を使えば、代償を伴うことも」
恐らく、強制解放によるレベルの減少を指しているのだろう。
金龍王と戦った際に全力を発揮し、その分をこれで補填しろということか。
金龍王はそれほどの化物だということか……いや、公爵級以上だと考えれば当然なのかもしれないが。
「……了解、やれるだけやってみるとしようか」
何故悪魔との戦いが無いのに、こうもやることが山積みになっているのか。
小さく嘆息を零しつつ、真龍の雫を受け取ったのだった。
* * * * *
「それで、私をパーティに入れたいんだ。っていうか、いいの?」
「ええ、フィノだったら信頼できるから」
イベントに参加するパーティメンバーとして、緋真が誘ったのはフィノであった。
『エレノア商会』は元々クラン内でイベント参加パーティを組んでいたのだが、緋真の勧誘に対してエレノアは即座に快諾したのである。
「まあ、別にいいんだけどね。こっちもその方が順位上げられそうだし」
「フィノがいるのといないのじゃ、かなり違うと思うから。よろしくね」
「生産職を一枠入れることのメリットとデメリットねぇ……」
『龍の庭園』の舞台となるフィールド内には、いくつものエリアが存在している。
そのエリアのうちのいくつかには、生産施設として利用できる場所が存在しているのだ。
そして、ゲーム内で手に入れた装備は、施設を利用することで強化することができる。
つまり、生産系のスキルを伸ばしているプレイヤーにも、一定の役割が存在するのだ。
「フィノさんが金属装備を、そして私が薬の製作を担当。確かに、これならある程度安定するかもしれないわね」
「先生は仲間を集めずに一人で入るみたいですから、自分で装備を強化することはないです。敵から奪う可能性はありますけど、狙った装備が手に入る可能性は低いですね」
「せめて装備だけでも有利な状況で戦おう、ってことね」
「悔しいですけど、私はまだ真正面から先生に勝つのは無理ですから。少しでも有利な状況で戦いたいです」
「んー……了解。でも、私のことは護ってね」
「もちろん、任せて」
多少の戦闘能力はあるとはいえ、フィノはそこまで強いわけではない。
単純な戦闘能力だけでイベントを勝ち上がることは困難だろう。
そして緋真たちにとってもフィノの生産能力は重要な物であり、彼女を護ることに異存はない。
「おっけー、それじゃあ色々作戦会議しよっか。会長も宣伝にすっかりやる気だしね」
「了解、よろしくお願いね、フィノ」
「こっちこそ、よろしくねー」
緩い調子で、互いに笑みを交わす。
しかし、彼女たちの心には、巨大な壁へと挑む決意が秘められていた。