036:侵食された貴族
伯爵家の私兵たち、およびリリーナたちを騎士団まで送り届けた所、あらかじめ事情を受け取っていたらしい騎士団長からは大仰なまでの歓迎を受けていた。
まあ、リリーナの件どころか、伯爵家に関する調査まで大幅に進むことになったのだ、苦労していた側からすれば嬉しい知らせだろう。
どうやら、リリーナにちょっかいをかけていたことから端を発して、秘密裏に伯爵家のことを調べていたらしい。
まあ、悪魔が関わるとなれば不自然な人の流入もあっただろう。マークするのも納得はできる。
それでも中々尻尾を掴めなかったらしいのだが、今回の件は言い逃れはできまい。騎士団はようやく大義名分を得ることができたのだ。
尤も、話の内容が内容なだけに、素直に喜ぶことは不可能なようだったが。
「なんか、話がとんとん拍子に進んじゃって、状況がよく分からないんですけど……」
「今はゆっくりと時間をかけている暇はないからな。事態が突発的なだけに、スピード勝負だ」
そして現在、俺たちは騎士小隊と共に、伯爵家へと向かって疾走していた。
急ぎ準備をしている騎士団長は現在、部隊の編成を進めている。
俺たちの仕事は、団長殿が到着するまで時間を稼ぐことだ。
いいように使われているというのは間違いないが、死んでも復活する異邦人をこういう場に組み込みたいのは理解できるし、俺たちとしても先が気になるので否はない。
騎士団に残してきたリリーナたちのことが若干気になるが、まあ自宅に置いておくよりは遥かに安全だ。クリストフもいるし、悪いようにはすまい。
「証拠は上がってるんだ、踏み込む理由は十分にある。こっちは要するに、相手が逃げないように注意を惹きつければいい」
「こっちから行ったら逃げちゃわないんですか?」
「本拠点をそう易々と手放せるとは思えんが……まあ、逃げたら逃げたで隠れ家を判明させられるだけだ。裏は固めてあるんだろ?」
「……あまり答えづらい質問はしないでいただきたいのですが」
並んで走っているのは、護送の際も一緒になった小隊長殿だ。
既にこちらの動きを知っているから合わせやすいだろうということで抜擢されたのだが、このような貧乏籤の仕事にまで積極的に参加してきたのには驚かされた。
どうやら、クリストフのカリスマは俺の想像していた以上のものだったらしい。
まあ、騎士団の名代を名乗れるとはいえ、俺たちだけで足止めというのも難しいし、正当性の主張も困難だ。
そういう意味では、非常に助かる人選であったことは間違いない。
ある程度の距離まで近づいた所で徒歩に移行し、呼吸を整えながら伯爵家へと向かう。
俺は別に息が切れているわけでもなかったが、体力の少ないリノや薊、そして鎧を着たまま走っていた騎士団は別だ。
今のままでは奇襲への対応も難しいので、きちんと陣形を整えながら目的地へと向かう。
そうしている間に見えてきた建物を見上げ、くーがしみじみと呟いていた。
「でっかいなー……」
「貴族の家ってのはこんなもんなんじゃないのか?」
「王都の邸宅ですからね。本拠とも言える場所はそれだけ立派にもなります」
要するに、別荘ではなく本邸が集まっているということだろう。
それはつまり、この家こそが伯爵の本拠地であり、この屋敷で悪魔が生み出された可能性が高いということだ。
今更証拠を探す必要性も薄いのだが、色々と残されている可能性は高い。
今後の対策のためにも、資料は確保しておくべきだろう。
「見た目は普通なんですね」
「派手だったら悪目立ちするからな。隠れて行動するなら、普通を装うのは当然だ」
「ああ、まあおどろおどろしい雰囲気してたら、そりゃ怪しみもしますよね」
雲母水母の言葉に苦笑しつつ、俺は行き先である屋敷を見上げる。
建物の規模は、この区画に並んでいる屋敷のそれとあまり大差はない。
他に比べて若干庭が広いようにも見えるが、まあ誤差の範囲内だろう。
その庭へと続く正門の前には、両脇に一人ずつ、二人の門番が立っている。
まあ、門番の存在があるのは他の家も同じであるため、それがおかしいということはない。
強いて問題を挙げるならば、その連中がこちらに敵意を向けてきているということか。
「何者だ!」
「ここはフェイブ伯爵家の邸宅である。許可なく入ることは許さん!」
だそうだが、と小隊長をちらりと見つめれば、彼は表情を引き締めて前に出ていた。
そこで門番たちへと示すのは、鎧の胸に付いている騎士団の紋章だ。
「我らは王国騎士団団長、クリストフ・ストーナーが名代である! フェイブ伯爵には悪魔との関与が確認された! 隠し立てすることは、騎士団に対する、ひいては国家に対する反逆であると思え!」
「ッ、何を根拠に言っている!」
「クライス・フェイブが悪魔に変じ、人々を襲ったことは多くの住人が目撃している。言い逃れはできんぞ!」
まあ、あれだけ派手にやってしまったんだ、言い逃れなどできるはずもない。
しかもあの子息殿の発言から、この家に悪魔が出入りしていたことは確定しているのだ。
世が世なら、捜査どころかそのまま極刑になっていてもおかしくはないだろう。
しかし、それでもなおゴネる門番たちの様子に、埒が明かないと判断した俺は一歩前へと踏み出していた。
「何だ、きさ――ごッ!?」
「もういい、公務執行妨害だ」
この世界にそんな罪状があるのかどうかは知らんが、とりあえずここで無駄に時間を食っていても仕方ない。
即座に加速して接近した俺は、門番の一人の顔面を掴み、その頭を後ろにある門柱へと叩きつけていた。
一応殺さないように手加減はしたが、男は頭部への衝撃に為す術なく気絶する。
そのままじろりともう一人の方を睥睨すれば、状況を把握できていなかった様子の男は、俺の視線に竦み上がって身を硬直させる。
無論そんな隙を逃がす筈もなく、俺の拳が相手の顔面に突き刺さっていた。
「よし、これで文句を言う奴はいないな」
「ク、クオン殿!? 貴殿は――」
「緊急事態なんだから、面倒なことは言いっこなしだ。ほれ、さっさと行くぞ」
官憲が味方に付いているのだから、犯罪的な意味で恐れることなど何もない。
まあ流石にやりすぎは拙いだろうが、今は緊急事態だ。多少は目を瞑って貰えるだろう。
にやりと笑い、俺は鉄柵の門へと蹴りを放つ。内側で門を塞いでいた鍵はへし折れ、両開きに勢い良く開かれる。
その奥へと足を踏み入れ――俺は、正面にある建物の二階、そのテラスからこちらを見下ろす人物へと視線を向けていた。
そこにいるのは壮年の男。服の上からでも鍛えられている様が見て取れる、人生経験に裏打ちされた自信を感じさせる佇まい。
だが――その瞳の奥には、以前にも感じたことのある、底知れぬ敵意と憎悪の感情が宿っていた。
「随分と礼儀知らずな訪問者だな。よほど道理を知らんと見える」
「悪魔に対して道も理もあるまい。それとも、今更人間の振りでもするつもりか?」
鯉口を鳴らして挑発的に告げれば、男はふんと鼻を鳴らして視線を細める。
表面的にすら取り繕わないということは、既に状況は察しているのだろう。
テラスに立った男は、その瞳の中の憎悪を隠すこともなく、こちらのことを睥睨していた。
それに対するは、俺の隣に並んだ小隊長の通告だった。
「フェイブ伯爵! 貴方には悪魔との関与が報告されている! 大人しく騎士団までご同行願おう!」
「ふ、ははは……お優しいことだな、騎士団。同行などとは、随分と生温いことを言う」
顔を押さえ、伯爵は笑い声を零す。
それは、紛れもなく嘲笑だった。小隊長への、そして俺まで含めたこの場にいる全ての人間に対する。
その姿に、俺は警戒の段階を一段階上昇させる。あの様子は最早、話し合いだの交渉だのの領域ではない。
――殺し合いの領域だ。
「――【フリーズランス】」
「《斬魔の剣》」
伯爵の掲げた手から、氷の魔法が放たれる。
対し、一歩前に出た俺は、スキルを発動させながら居合の要領で太刀を抜き放ち、放たれた氷の槍を迎撃していた。
砕け散りながら消滅する氷の破片の中、改めて太刀を構えた俺は、にやりと笑みを浮かべつつ伯爵へと告げていた。
「隠し合いの必要もない、本気で語り合おうじゃないか、伯爵殿? そんなに俺が憎いか?」
「くく……ああ憎いとも、悪魔の敵対者たる異邦人。しかも、私の手駒を潰してくれた相手だ。憎くて憎くて――縊り殺したくなってしまうよ」
伯爵の声音が、凍りついたように冷たいものへと変化する。
冷たい本物の殺意を全身に浴び、それを心地よく感じながらも、俺は伯爵へ刃と言葉を向ける。
「はっ、そんなに息子を殺されたことが気に食わんかね。悪魔のくせに、感傷的なことだ」
「ああ、気に入らんな。あれはまだ強化途中だった。不出来な駒ではあったが、それでも使い道はあったからな」
「ほう? なら前言は撤回しておこう。貴様は薄汚い悪魔そのものだ。胸を張っていいぞ、害虫」
「お褒めの言葉、感謝するとしよう。女神の加護とやらで世界にしがみついている寄生虫風情が」
笑顔で言葉を交わし合ってはいるが、そこに込められた殺意は一言ごとに高まってゆく。
もうまどろっこしいことは無しでいいだろう――ここから先は、加減など無い殺し合いだ。
まずは、その見下している位置から引きずり降ろす必要があるだろう。
未だ俺に遠距離攻撃手段は少ない。であれば、ここ最近の手順に従っておくべきだろう。
「雲母水母、やれ」
「はいはーい――【ファイアボール】!」
「……【ダークキャノン】」
「【ホーリースマイト】!」
「【ウィンドカッター】っ!」
「――――っ!」
――雲母水母たちに準備させておいた魔法を、テラスへと向けて一斉に放つ。
ルミナも一緒になって放った魔法は、合わせて五つ。
それらは全て、狙い違えることなく伯爵の立っていたテラスへと直撃し、爆炎と共にテラスを粉々に吹き飛ばしていた。
煙に包まれたテラス、その中で蠢く気配を感じ取り、俺は即座に刃を動かしていた。
「【アイアンエッジ】」
「――シィッ!」
斬法――柔の型、流水。
《強化魔法》レベル10で使えるようになった魔法を使いつつ、煙の中から飛び出し突進してきた相手の攻撃を、横に回避しながら受け流す。
上手いこと人のいない場所へと着地させつつ刃を横薙ぎに振るえば、俺の一撃は構えられた黒い長剣に受け止められていた。
いつか見たものと同じ武器を構えているそれは、黒緑の装甲に身を包んだ人型の怪物。
先ほど見たものよりもさらに人間から離れた姿へと変貌しているそれは、俺の刃を受け止めて裂けた口を笑みに歪める。
「おっと、男爵殿を斬ったというだけはあるか」
「それで不意打ちのつもりか? もっと真面目にやれよ、デーモンナイト」
互いに武器を弾きながら距離をとり、殺意に歪んだ笑みを浮かべる。
相手はデーモンナイト、爵位持ちの悪魔よりも格下の存在だ。
だがそれでも、発せられる殺気は明らかにゲリュオンよりも上だった。
これはおそらく、ゲリュオンが研究者としての性質を持っている悪魔だったからだろう。
奴は爵位持ちであり、強力な魔法を操る力を持っていたが、戦闘に向いた性質というわけではない。
だが逆に、フェイブ伯爵は元から鍛えられた戦士であり、それがデーモンナイトとなってさらに強化されている。
果たしてどちらが強いのか――それを即座に判断することは難しかった。
「【アイアンスキン】……少しは楽しめそうで何よりだ。簡単に死んでくれるなよ」
「ははははっ! それはこちらの台詞だとも!」
伯爵が哄笑したその瞬間、周囲の建物からいくつもの気配が生じる。
自らの立ち位置を動かしつつ確認すれば、建物の中から幾人もの人影が現れているのが見て取れた。
それは執事やメイドといった使用人、武装した私兵たちだったが――いずれも、瞳から意思の光を失い、茫洋とした視線でこちらのことを見つめていた。
先ほどデーモンナイトを倒した時にも見た、人間を操る術だろう。面倒な状況に舌打ちし、他の面々へと向けて声を上げる。
「俺はこいつに集中する! 他の連中のことは任せた!」
「またですか!? いえ、適材適所ですけど!」
「文句を言ってる暇はない、ぞ!」
抗議の声を上げる雲母水母に一方的に告げて、駆ける。
数の上では不利、悪魔のくせに――いや、元人間だからこその戦い方に、思わず舌打ちする。
様子見など無く本気で斬ることを決意し、俺はデーモンナイトへと向けて突撃していた。
■アバター名:クオン
■性別:男
■種族:人間族
■レベル:13
■ステータス(残りステータスポイント:0)
STR:16
VIT:14
INT:16
MND:14
AGI:12
DEX:12
■スキル
ウェポンスキル:《刀:Lv.13》
マジックスキル:《強化魔法:Lv.10》
セットスキル:《死点撃ち:Lv.11》
《MP自動回復:Lv.6》
《収奪の剣:Lv.8》
《識別:Lv.11》
《生命の剣:Lv.9》
《斬魔の剣:Lv.4》
《テイム:Lv.3》
《HP自動回復:Lv.5》
サブスキル:《採掘:Lv.1》
称号スキル:《妖精の祝福》
■現在SP:8
■モンスター名:ルミナ
■性別:メス
■種族:フェアリー
■レベル:7
■ステータス(残りステータスポイント:0)
STR:4
VIT:7
INT:22
MND:16
AGI:14
DEX:9
■スキル
ウェポンスキル:なし
マジックスキル:《光魔法》
スキル:《光属性強化》
《飛行》
《魔法抵抗:中》
《MP自動回復》
称号スキル:《妖精女王の眷属》





