352:緋真の挑戦
結局、俺の提案に対して、緋真は二つ返事で了承を返した。
まだまだ未熟ではあるが、緋真もここに来るまでに随分と成長したらしい。
実際の所、緋真は錬成の儀に挑むにはちょうどいいぐらいの実力にはなってきている。
これで十分に実力を示すことができたならば、緋真も達人級に届いたのだと認めてもいいだろう。
尤も、そう簡単に認めてやるつもりも無いのだが。
「それじゃあ先生……イベントの日まで、別行動ってことでいいですか?」
「構わんが、お前の方から言い出してくるとはな」
緋真の提案は、むしろ俺の方から切り出そうとしていた内容であった。
同じパーティを組んでいる関係上、俺と緋真は互いの手の内を知り尽くしてしまっている。
俺はそれでも構わないが、緋真には少々厳しい条件となってしまうだろう。
であれば、俺の知らない所で十分に準備して貰った方が、こちらとしても期待が持てるというものだ。
「イベントは次の日曜日。それまでに、十分に準備を重ねてくることだ」
「勿論です。必ず、先生の期待に応えてみせます」
いつになく真剣な表情の緋真に、こちらも笑みと共に首肯を返す。
果たして、こいつはどこまでやれるのか。俺に刃を届かせることができるのか。
生半可な攻撃では、俺に傷一つ付けることは叶わないだろう。
持てる手札全てを使い、俺に挑んで貰わねば困る。
「アリス、お前さんは緋真についていてくれるか」
「……まあ、構わないわ。貴方のことは心配するだけ無駄だろうし」
「頼んだ」
遠慮のないアリスの物言いには苦笑しつつ、軽く頭を下げる。
別段、緋真のことを心配しているというわけではないが、お目付け役は必要だろう。
それに、これから俺に挑むべく修行するのであれば、手を増やしておいた方が効率はいいだろうからな。
「それじゃあ先生、早速行ってきます! 次に会う時は、イベントで!」
「リアルでは会うがな」
「それは言わない約束ですよ! それじゃあ!」
随分と気合が入っている様子で、緋真は早速外へと向けて走っていく。
その様子にアリスは思わず苦笑しつつも、こちらに軽く手を振ってから、緋真のことを追いかけて走って行った。
去って行った二人の背をしばし眺め――隣から、ルミナの声がかかる。
ルミナたちは俺のテイムモンスターであるがゆえに、こちらに残らざるを得ないのだ。
「良かったのですか、お父様? ここまでずっとパーティを組んでいたのに」
「構わんさ。錬成の儀は、あいつにとってそれだけ重要なことだからな」
「直弟子が師範に挑む、ですか……何か、特別な意味があるんですか?」
「ああ、そういうことだ」
前からも言っているように、久遠神通流の師範は、師範代と直弟子を相手にのみ直接の指導が許されている。
戦国の世から続くこのしきたりは、久遠神通流の秘伝の流出を防ぐことを目的としたものであった。
尤も、既に形骸化してしまっており、それほど意味のある話でもないのだが――師範の立場としても楽であるし、このしきたりそのものに対する不満はない。
「師範が、直弟子の実力を認めるということ。直弟子の実力が、目に適う領域にまで辿り着いたということ。それを確かめることこそが錬成の儀だ」
「緋真姉様は、お父様に認められるために戦うと?」
「こちらでは魔法だのなんだのと様々な要素が絡んでくるから、正確に推し測れるというわけではないがな……しかし、予行演習とするには十分だ」
それに、俺たちはいずれこの世界に移住することになる。
それならば、魔法やスキルといった要素まで含めて、個人の実力として取り入れることも視野に入れる必要があるだろう。
まあ、その辺りは追々考えるべきことだ。今はとりあえず、緋真の実力をいかに確かめるかを考えねば。
「お父様、そもそも直弟子とは何なのでしょう? 一族に技術を伝えるならば、師範代を鍛えるだけで良いはずです」
「構造としてはその通りだな。門下生たちに稽古をつけるのは師範代たちだし、門下生たちを強くする目的ならば、ただ師範代だけを鍛えればいい」
一族全体の強化というのであれば、ただそれだけで話は済むのだ。
だが、一族の長である師範、久遠神通流の当主には色々と面倒なしがらみが絡んでくる。
確かに、数百年に渡ってその掟に従い成功してきたわけではあるが、頭の固さを否定することはできないだろう。
特に、この直弟子の制度は、一族の未来を左右する事柄なのだから。
「久遠神通流の将来にかかわる話でな……そのうち詳しく話してやるよ」
「そうですか……では、お父様はどうなさいますか? やはり、各地を巡ってレベル上げでしょうか」
「ああ、それもやっておきたいが――その前に、一つ気になっていることがあるんだ」
ルミナの言葉に頷きながら、俺は視線をある方向へと向ける。
そこにあるのは、ここからでも建物越しに見ることができる巨大な建造物。
スタジアム状になっているその建物は、帝都においても屈指の名所のひとつであろう。
「街巡りもするが、まずはあそこを確認してみないとな」
「……成程。お供します、お父様」
納得した様子で頷くルミナを伴い、帝都の街並みを歩き出す。
果たして、どのような場所なのか。まずは、実際に赴いて確認することとしよう。
* * * * *
円形の闘技場、帝都シルヴァリオにおける一大産業の一つ、コロシアム。
見た目はローマのコロッセオのようであり、中々に年代を感じる代物だ。
しかし、その内部は想像以上にハイテクなシステムとなっているらしい。
まず、この建物には入場料が存在しており、普通に入るだけでも金を取られる。
と言っても、ロビーまでならば無料で、観戦席に金を払う必要があるだけだが。
そして観戦席に入る際、目の前には現在行われている試合の一覧が表示され、そのうちの一つを選ぶことで観戦することができるのだ。
つまるところ、一度に複数の試合を並行して行っており、好きな試合だけを観戦することができるのである。
俺たちは試しに一つ観戦席に入り、何度か試合を切り替えつつ観戦して、ようやくそのシステムを理解した。
「成程、思った以上に参加者の数が多いんだな」
「たくさんの試合が行われていますね」
元は現地人だけだったのだろうが、今は異邦人も参戦している。
どこか見覚えのあるプレイヤーの姿も多く、大きな盛り上がりを見せているようだ。
ちなみにだが、この闘技場の空間内では現地人も特に制限なく復活できるらしい。
まあ、彼らが復活できないのは、悪魔にリソースを奪われた時ぐらいなのだが。
その辺りをアルトリウスに聞いたところ、保守サーバのバックアップがどうたらという話をされたが、よく分からなかったので忘れてしまった。
「賭博までシステム化されているか……それに加えて参加者のファイトマネーもありと。こりゃまた、大層に儲かってることだろうな」
エレノア辺りがいたら、その裏側まで察した上で一枚噛もうとしてくるかもしれない。
或いはスポンサーがどうこうといった話になるだろうか?
何にせよ、彼女は今の所、アドミス聖王国の方で忙しくしている。
こちらにも多少は手を伸ばしているだろうが、流石に大きく動くほどの余裕は無いだろう。
「お父様、参加はされるのですか?」
「そうだな……興味はある」
コロシアムではいくつかの競技があるようだが、最も一般的なのが一対一での戦闘を行う決闘の形式だ。
特に何か制限があるわけでもなく、一対一で戦闘を行い、相手のHPを削り切った方が勝者となる。
この対戦形式は最大の人気というだけあって、いくつものリーグが存在しているようだ。
まず、登録してすぐの者が割り振られるビギナーリーグ、そこから一段上がったマイナーリーグ。
次が結構な高レベルの者のみが集まったメジャーリーグで、更にその上にあるのが最上級のマスターリーグだ。
それぞれのリーグには十段階のクラスがあり、出場選手は高いクラスを目指して勝利することを目標とする。
リーグとクラス、それぞれが高ければ高いほど、得られるファイトマネーも多くなるようだ。その分、挑む際の金額も増えていくようであるが。
(しかし、マスターについてはリーグでも何でもないな)
マスターリーグはリーグと名がついているが、そこには十名しか名を連ねることが許されていない。
つまるところ、マスターリーグのランクにはそれぞれ一人ずつの選手が割り振られており、同じクラス同士での戦いを行うということは無いのだ。
マスターリーグに挑む資格を持つ者は、メジャーリーグのクラス1を持つ者か、同じくマスターリーグに所属する者のみ。
簡単に言えば、メジャーリーグの最上位十人だけがマスターを名乗ることを許される、というシステムだろう。
頂点に立つ十人――成程、興味を惹かれるワードだ。是非とも挑んでみたくなる。
しかしながら、登録してすぐに頂点に挑めるはずもない。誰であれ、最初はビギナーリーグからなのだから。
「よし、時間もあることだし、少しばかり味見をしていくとするか」
「やはりですか! 頑張ってください、お父様!」
こちらの勝利を疑いもしないルミナに軽く笑いつつ、受付へと向かう。
そうだな、どのように挑むのかは分からないが、さっさとメジャーリーグまで上げてしまうこととしようか。





