351:ワールドクエストの概要
ワールドクエスト、《龍に捧げる戦いの宴》。
テイマーギルドを辞して適当な場所でその詳細を確認し始めた俺たちは、思わぬほどのイベント規模に顔を見合わせていた。
特に、緋真については大きく呆れを交えた表情である。
「バトロワ系のゲームじゃないですか、これ……」
「バトロワ? 何だそりゃ?」
「FPS――えっと、銃を撃ち合うタイプのゲームによくある形式なんですけど、一つのフィールド内に多くのプレイヤーを押し込んで、最後の一人または一チームになるまで戦うゲームですね」
緋真の説明に、成程と頷く。
今回のワールドクエストの舞台となる戦い、龍宴祭における『龍の庭園』。
そのイベント概要は、まさに緋真の言った通りのシステムとなっていたのだ。
イベントは最大三人のチームで登録、参加者数に応じて広がる特殊なフィールド内で開催される。
イベントの開始と共にエントリーしたプレイヤーは全員が『龍の庭園』に送り込まれ、最後のチームになるまで戦い続けることになるのだ。
ちなみに、開始時点でフィールドのどこに降りるかは選ぶことができるようだ。
「アイテム、武器の持ち込みは無し、防具は装備してる防具のデザインをそのままに、防御数値がゼロになった装備に置き換わる……」
「私はそういうタイプのゲームはあんまり詳しくないんだけど、装備は拾ったものを使うんだったかしら?」
「ふむ、確かにそう書いてあるな」
武器や回復アイテムについては、『龍の庭園』内の全域で拾うことができる。
性能や種類は本当にまちまちだが、いいアイテムを拾えるかどうかの運もまた重要だということだろう。
それぞれのレベルやスキルも持ち込みは可能なようだが、ウェポンスキルに該当する武器を拾えるかどうかもまた運だ。
戦いに勝つためには、実力だけではなく運も重要だということか。
「それで、防具は……またなんか変なシステムですね、これ」
「既存の装備にカードをセットする、だったか? まあ、着慣れてる装備の方が助かるのは事実だがな」
防具については、元々装備している防具のデザイン、重量が反映される。
ただし、先も言った通り、防御力はゼロの状態となっているのだ。
ほぼ何も装備していない状態と変わらないどころか、重量の分だけマイナスであるとも言えるだろう。
しかし、それぞれの防具にカードをセットすることにより、防御力を向上させることができるのだ。
防具種別によってカードをセットできるスロット数は異なっており、俺が着ている布装備であればスロットは二つ、革装備ならば三つ、金属装備ならば四つといった具合である。
カードの効果もまちまちで、より性能の高いアイテムを探しながら戦う必要があるということだろう。
「このルールだと、最初は《格闘》系が有利なんじゃないか?」
「けど、腕装備や足装備も攻撃力ゼロ扱いですから、ウェポンスキルが反映されるだけですね。確かに若干有利ですけど、圧倒的に有利って程じゃないと思いますよ。それを言うなら魔法系の方が……」
「魔法は魔法で、紙装甲が輪をかけて紙装甲だし、回復を拾えなかったらガス欠するんじゃない?」
「ふむ……やってみないことには分からないな」
だが、色々と興味深いシステムではある。
序盤であれば格上を倒せる可能性も十分にあるし、観戦だけでもかなり楽しそうなシステムだ。
どうやら、参加していない者もあのコロシアムで観戦することが可能らしい。
コロシアムの中央にいくつも浮かび上がる観戦ウィンドウは、まさに圧巻の一言だろう。
「時間経過でのエリア収縮あり、一度HPが尽きても味方が生きていれば復活可能……この辺は普通のバトロワと一緒ですね」
「エリアが狭まるってのが良く分からんが、どうなるんだ?」
「エリア外にいるとダメージを受けるようになる感じですね。いつまでも外にいたら死にますよ、って感じです」
「ああ、戦闘範囲を狭くして、より接敵しやすくするのか。いつまでも勝負がつかんでもつまらんだろうしな」
序盤はかなり展開が動くだろうが、人が減るにつれて徐々に戦闘も起きづらくなっていくだろう。
フィールドが初期の広さから変わらなければ、いつまでも勝負がつかない状況となってしまう。そのような措置を行うのも当然か。
正直実感の湧かない話ではあったのだが、ようやくイメージを纏めることができた。
色々とやらなければならないことは多いが、とにかく敵を倒してアイテムを奪いつつ、最後まで生き残ればいいということだろう。
「で、イベント形式のワールドクエストってことは……」
「やっぱりありますよね、ポイント」
今回も、イベント内で稼いだポイントに応じてアイテムを手に入れることができるらしい。
と言っても、今回はそれほど豪華賞品というわけではないようだが。
理由としては二つ考えられる。一つは、あまりポイントを稼げないプレイヤーがいることだろう。
今回のイベントポイントは、倒した敵プレイヤーの強さに応じて獲得できる。具体的には、倒した敵プレイヤーのレベルおよびスキルレベルの合計値がポイントとなるのだ。
つまり、序盤に倒されてしまうと、全くポイントを稼げないのである。
もう一つの理由は、恐らくリソースの問題だろう。これまでのイベント――否、イベントと銘打った戦いは、悪魔を討伐することが目的だった。
それは即ち、悪魔が奪い取っていたリソースを奪還する戦いでもあったのだ。
イベント報酬とは、奪い返したリソースをプレイヤーの力へと還元する方法だったのである。
しかし、今回は悪魔が相手というわけではなく、奪還したリソースがあるわけではない。
それ故、あまり豪華な賞品を準備することができなかったのではないだろうか。
(アルトリウスに確かめてみれば分かるかもしれんが……まあ、分かったところで大した意味はないしな)
今回は、むしろその先の話――金龍王との謁見に向けた戦いなのだ。
金龍王がここまで来てくれればそれで問題は無いのだが、よりエンタメ性の高い試合を見せた方がいいのだろう。
賞品そのものについては、今回はあくまでおまけに過ぎないのだ。
(しかし……何か裏側の意図を感じるな)
金龍王のことはまだよく分かっていないのだが、果たしてこの国の者たちでは対処できないものなのだろうか。
金龍王に挑む必要はあるのだろうが、それしか方法が無いのであれば、彼ら自身が挑まない理由はないだろう。
既に挑んでいるのか、或いは別の思惑があるのか――異邦人を集める必要があるような思惑が。
そんなことを考えながら、俺は緋真たちの姿を見つめた。
「……ふむ」
「先生? どうかしました?」
視線を向けられ、緋真とアリスは首を傾げる。
今回のイベントは最大三人一組。テイムモンスターは連れ込めないため、必然的に緋真とアリスがメンバーとなるだろう。
しかし、本当にそれでエンタメ性の高い試合となるのだろうか?
言っちゃ悪いが、この三人で組んだ場合、負けることはまずないだろう。
アルトリウスが軍勢を率いてきたらともかく、今回はチーム間での協力は違反行為として判断されるらしい。
混戦の最中で集中的に狙われることはあるだろうが、長時間の協力行為が認められた場合は強制的に排除されることとなるそうだ。
そのため、相手にするのは通常三人。混戦となっても十人には届くまい。俺たち三人ならば、容易く対処できてしまう数だ。
そうしてただ淡々と他のプレイヤーを狩り続けるだけの勝負など、あまり面白くもないだろう。
であれば――
「緋真、今回のイベントで、錬成の儀の予行演習でもしておくか?」
「ッ!?」
俺の言葉に、緋真は大きく目を見開く。
それは、久遠神通流にとって大きな意味を持つ名であるからだ。
一方、久遠神通流に身を置いて日が浅いアリスは、その言葉の意味を理解できずに疑問符を浮かべている。
あまり使う言葉ではないし、教えられていないのも無理はない。これは、直弟子にのみ与えられる試練なのだから。
「正式なものはいずれ行うだろう。だが、その予行演習程度はしていても悪くあるまい」
「先生、それは……私のことを認めてくれる、ってことですか?」
「認めさせてみろ、ということだ」
そう告げた俺の言葉に緋真は息を飲み――その瞳に、鋭い輝きが宿った。
以前までの、俺がこのゲームを始めるよりも前の緋真であれば、この言葉に怯んでいたかもしれない。
だが今はこの通り、戦いへの決意と共にこちらのことを見つめている。
どうやら、このゲームは確かに弟子を成長させてくれたようだ。
「……私、置いてけぼりなのだけど。錬成の儀って何なの?」
「ああ、悪いな。簡単に言えば、師範が直弟子に対して課す最後の試練だ。正式にはリアルの方で行う必要があるが、今回はその予行演習にちょうどいいと思ってな」
「へぇ、緋真さんにだけ関係のある話なのね。それで、その試練って何をするの?」
「そう小難しい話じゃない、単純だ」
アリスの言葉に、俺は再び視線を緋真へと向ける。
爛々と輝く、戦意と決意の視線。それを真正面から受け止めながら、俺は笑みと共に告げたのだった。
「直弟子が師へと挑み、その実力を証明する。それこそが、錬成の儀だ」