350:皇帝の依頼
午前中の用事を済ませてゲームにログインしたのは、予告していた時間のおよそ三十分前といったところだ。
こちらの感覚では一晩しか経っていないのだが、このゲームの世界においては、二日と数時間ほどが経過している。
この時間感覚の差についてはどうにも慣れないのだが、あらかじめログイン時間を決めておけばそこまで困るということもない。
予定通りにログインした俺たちは、そのままテイマーギルドへと足を運び――直後、建物の中から二人の人影が飛び出してきた。
片方は、昨日も見た覚えのある壮年の男性、オルランドだ。だが、もう一方については見覚えのない人物である。
分かっているのは、彼らの視線が、一様にシリウスへと向かっているということだ。
「また龍育師か……?」
「濃い人しかいないんでしょうか、この国のテイマー?」
ぼやくような緋真の言葉を否定しきれず、乾いた笑みを浮かべる。
その間にも二人は俺の横を通り過ぎて、シリウスの観察を開始していた。
「ほほう、これがソードドラゴンか! 銀龍たちにも似ているが、なんと物々しい姿か!」
「そうでしょうそうでしょう! 俺も前回初めて見ましたがね、ここまで攻撃的な姿の真龍は初めて見ましたよ!」
「うむ、赤龍たちよりも更に戦闘に特化しているようだな! 素晴らしい!」
オルランドの言葉に応えているのは、青みがかった軍服のような、ぴちっとした服装の男性だ。
恐らくはまだ三十代程度だろう、随分と若々しく見える姿である。
だが、その耳の後ろから後頭部へかけて、枝分かれする黄色い角が伸びていることから、彼が人間族ではないことは明らかだ。
恐らく、半獣人の竜人タイプ、ステータスの偏りは防御、耐久に秀でているタイプだったか。
プレイヤーの間でも時々見かける姿ではあるし、それそのものは驚くような内容ではないのだが……二人の会話に、若干の嫌な予感を感じざるを得ない。
そして、テイマーギルドの建物横に置かれている大きな馬車。随分と頑丈そうなそれを少しの間眺めてから、俺は眉根を寄せつつオルランドへと向けて問いかけた。
「なあ、オルランド。まさかとは思うが――」
「おう、クオン! 約束通りに来てくれたな! それで、えーと、あー……」
やたらと威勢が良かったのもつかの間、すぐに言葉を詰まらせ始めたオルランドは、チラチラと横目で竜人の男の姿を見つめている。
どうやら、俺の感じた嫌な予感は、決して間違いではないようだ。
「……とりあえず、中で話させて貰えるか? 流石にここではな」
「だな。ほら、観察はまた後でにしましょう。本題があるんでしょう」
「おっと、そうだったな! では、中で話をするとしようか!」
この男、一つ一つの動作が尊大ながら、妙に様になっている。
この辺りからも、彼が何者なのかは想像がつくところではあるが――まあいい、とりあえず話を聞くこととしよう。
テイマーギルドの建物内へと案内された俺たちは、そのまま中にある応接室へと連れて来られた。
窓の外には、広い敷地の地面に伏せるセイランとシリウスの姿が見える。
そんな二体の姿に、周囲からはいくつもの視線が集まっている状態だ。それも、この部屋の中からもである。
「ええと……一応予想は出来ているんだが、そちらは?」
「うむ、よくぞ参ったな、異邦人のクオン。余はシェンドラン帝国が皇帝、ヴォルタークだ。よく覚えておくがいい」
「……どうも」
予想していたとはいえ衝撃の展開に、曖昧な返事を返す。
てっきり、俺はあの城の中に出向いて話をするものだと思っていたのだが、まさか皇帝が直接こっちに顔を出してくるとは。
そんな俺の疑問を読み取ったのだろう、皇帝ヴォルタークは堂々とした笑い声と共に続けた。
「余がここに来たのが疑問か! それは無論、貴様の真龍をこの目で見るためだとも!」
「……城の中では、流石にシリウスを出すことはできないから、と」
「うむ。まだ若いながらも、よく育てられている。その働き、見事である」
どうやらこの皇帝は、随分とドラゴンのことを大切にしている様子だ。
まあ、ドラゴンと契約している国のトップなのだし、それも当然であるとは思うのだが。
色々と言いたいことはあるが、面倒が省けたことも事実。とりあえず、運が良かったと考えておくことにしよう。
「さて、余も忙しい。本題に入るとしよう」
「はい。銀龍王の容体について、ですかね」
「うむ。我が友たる銀龍王は、大公級悪魔との戦いで重傷を負った。その傷は今も癒えておらぬ」
「大公級……ッ!?」
悪魔共の階級の頂点、たった四体しか存在しないという最強の悪魔。
それがまさか、この国に現れていたというのか。
一様に驚愕した俺たちに、皇帝ヴォルタークは重々しく首肯する。
「うむ。我らが悪魔を押し返した際、生き残ったすべての悪魔を生贄に、ただ一瞬だけ顕現したのだ。完全な顕現ではなく、時間もほんの僅か。しかし、その短い時間に放った一撃が、銀龍王に深手を負わせたのだ」
「……大公級が、まさか龍王を上回るほどの力を持っているとは」
「突然であったこと、そして銀龍王が我らを庇うために立ち塞がったことを含め、不利であったことは否めぬだろう。だがそれを差し引いたとしても、奴の力は銀龍王を上回っていた」
この間公爵級と戦った訳だが、大公級はあれよりもさらに強力な力を有している。
ディーンクラッドですら想像を絶するほどの力を有していたのだ。
それを遥かに上回るほどの力など、現状では推し量れるスケールではない。
「……その悪魔は、一体どのような姿を?」
「ふむ……余も遠目でな、あまりよく見ることができたわけではない。しかし、ボロボロの黒い外套の下に鎧を纏った、黒い長髪の男であったように見えた。それ以外のことは分からぬ、銀龍王は大公であると一目で見抜いたようだがな」
手に入ったのは見た目の情報と、龍王を上回る力を持つということだけか。
何にせよ、まだまだまともに戦えるような相手ではなさそうだ。
「経緯は理解しました。それで、銀龍王の傷を癒すために何が必要なので?」
「ズバリ、『聖龍の血』を求めている」
「……それは?」
「聖属性の龍王、全ての龍王たちの長、金龍王の血。それは、あらゆる傷を癒す力を持つのだ。我らは金龍王に謁見し、その血を分けて貰わねばならぬ」
皇帝が口にした説明に、俺たちは思わず顔を見合わせる。
金龍王……龍王たちの長。成程確かに、銀龍王の傷を癒すためには、それ位の力は必要なのだろう。
しかし――
「銀龍王の危機だというのに、その金龍王は直接訪れることはないのですか?」
「余も直接金龍王に会ったことは無く、銀龍王からの説明を聞いたのみであるが……金龍王はとても厳格であり、力あるものを貴ぶという。血が欲しくば自らの力で勝ち取れ、というタイプなのだ」
「仮にも同胞の危機なのでは?」
「そう甘くはない、ということだ。我らが力ある者を求めている理由が分かったか?」
「それはまあ、理解しましたが」
勢力的には味方のはずなのだが、何とも面倒臭い相手だ。
だが、銀龍王を救うためにも、その助けを得ることは必要なのだろう。
「それで……我々に金龍王に会いに行けと?」
「そう言いたいところではあるが、ただ会いに行くことも難しい。まずは金龍王をこの地に呼び寄せる必要がある」
「陛下、ってことはやはり――」
「うむ、龍宴祭を開く必要があるな」
「おお!」
何やら皇帝とオルランドで盛り上がっているのだが、俺たちはその龍宴祭とやらが何なのか分かっていない。
要領を得ていない俺たちの表情に、ヴォルタークはにやりと笑みを浮かべて続けた。
「龍たちは力を、そして戦いを貴ぶ。そこで龍たちに捧げることを目的とした武闘祭を龍宴祭と呼ぶのだ。銀龍王の配下を使いとして出し、龍宴祭の開催を金龍王に告げる。さすれば、金龍王もこの地へと足を運ぶだろう」
「成程、武闘祭とはまた……」
「普段であれば、我が国の民で武を競うのだが……此度はこれだけの異邦人が集っている。であれば、演目は『龍の庭園』が良かろうて」
「そりゃ盛り上がりそうですな、ははは!」
随分と楽しそうな様子であるが、一応国の危機ではなかったか。
そもそも、その『龍の庭園』とやらが何なのか、俺たちは何も分かっていないのだが。
――そんな俺たちの考えは、突如として響き渡ったアナウンスによって吹き散らされることとなった。
『ワールドクエスト《龍に捧げる戦いの宴》が発生しました。詳細はインフォメーションを確認してください』
「……ッ!?」
タイミング、そしてクエスト名称、どう考えても今の話が関連したワールドクエストだ。
まさか、この国ではこの話がワールドクエストとして扱われるのか。
「龍宴祭は、金龍王を呼び寄せるためのもの。しかし、かの龍との謁見を考えれば、優勝するに越したことはない。クオンよ、貴様の健闘を期待しているぞ」
皇帝ヴォルタークの言葉に、思わず頬を引き攣らせながらも首肯する。
想像以上に大事となりつつある現状、果たしてどのように事態が動いていくのか。
……とりあえず、一度イベントの内容について詳細を確認する必要があるだろう。
余計に面倒なことになったと、俺はこっそりとため息を零したのだった。





