346:龍育師
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「まず、龍育師のことから説明するわねぇ」
おっとりと、若干間延びした様子ながら、ハオロナの眼光は中々に鋭い。
どうやら、龍育師は彼女らにとっても重要な存在であるようだ。
尤も、龍とついている時点で、それは分かり切った話でもあるのだが。
「龍育師はその名の通り、ドラゴンを――真龍を育てることを生業とするテイマーのことよ」
「真龍を専門として育成する者、ということか」
「そう。貴方も真龍を連れているのだから、真龍の卵を孵す方法は知っているのでしょう?」
ハオロナの言葉に対し、俺は首肯して答える。
真龍の卵に対し、二十四時間にわたって魔力を注ぎ続けること。
そして、その魔力の属性や量に応じて、生まれてくるドラゴンの種類が異なるということ。
その程度の内容であれば知っているが、知識量は確実に彼女たちの方が上だろう。
「真龍の卵には、丸一日魔力を注ぎ続ける必要がある。そして、魔力の量は多く、属性は一つに偏らせた方がいいわぁ」
「俺の場合は《昇華魔法》……いや、《強化魔法》系統か」
「そのようねぇ。流石にそのタイプは初めて見たわぁ」
どうやら、ソードドラゴンは純粋に珍しいらしい。
と言っても、真龍の時点で相当に珍しい気もするのだが。
何にせよ、ここまでは俺の知識とも相違点は無い。逆に言えば、それ以上の知識のない俺にとっては、ここから先が新たな情報となることだろう。
そんな期待を込めてハオロナに視線を送れば、彼女は小さく頷きながら話を進めた。
「そして、魔力を注ぐ者は、可能な限り一人の方が良い」
「……何だと?」
「正確に言うと、注いだ魔力の割合が誰か一人に集中しているといいのよぉ。だから、一人の龍育師が集中的に魔力を注ぎ、他の補助員が少量ずつ交代で注ぐのがいいわねぇ」
その言葉に、俺は思わず眼を瞬かせた。
属性を偏らせるという話は知っていたが、注ぐ人間も偏らせる必要があったのか。
思わず窓の外のシリウスへと視線を向け、それから隣に座る緋真に問いかける。
「緋真、お前が魔力を注いだ時間ってどれぐらいだった?」
「合計で三十分もやってないと思いますよ? 先生、休憩が終わったらさっさと戻ってきてましたし」
「あらあら、それなら純度も十分ねぇ。その割合が高いほど真龍としての力も高まるし、龍王に至る可能性も高くなるのよ」
その言葉に、俺と緋真は顔を見合わせる。
元々、俺が真龍の卵を孵化させたのは、アルトリウスからの依頼があったからこそだ。
欠けてしまった真龍の力を補うため、龍王に至るようなドラゴンを育てることが目標の一つである。
だが、そのような条件があったとは、露ほども知らなかった。警告が無かったということは、恐らくアルトリウスも知らなかったのだろうが――
「俺たちの方はともかく、アルトリウスの方は大丈夫なのか? かなり大人数で集まってやっていたが」
「あー……あれ、たぶん《マナリンク》っていうスキルを使っていましたし、一応アルトリウスさんのMPっていう扱いになるんじゃないですか?」
「あら……もしかして、貴方たち以外にも、真龍を育てている異邦人の方がいるの?」
「ああ、そちらも孵化してる頃じゃないかな。異邦人が育てている真龍は俺とそいつの二体だけだと思う」
アルトリウスがどのタイミングから始めたのかは知らないが、既に孵っている可能性も十分にあるだろう。
別段、卵同士に血の繋がりも何もないだろうが、感覚的にはシリウスの弟か妹のようなものだ。
であれば、向こうにも真龍の王に届くような素質が欲しい所であるのだが――
「ハオロナさん。魔力を与える時、《マナリンク》を使った場合はどうなるんですか」
「どう、というか……どちらかというとそっちの方が順当な手段よぉ。普通、一人だけで魔力を注ぎ続けるなんてことはできないでしょ?」
「言われてるわよ、クオン」
「やかましい、修行になったんだからいいだろうが」
確かに、そういった方法があるのであれば、その方が楽だったのかもしれない。
とはいえ、あれは長時間に渡る戦闘を行う修行でもあったのだ。決して無駄な行為ではないのである。
「ええと、参考までに聞かせて欲しいのだけど、貴方たちの場合はどうやって魔力を確保したのかしらぁ?」
「先生と私は、魔法を斬って魔力を回復させるスキルを持っているんです。それを使って、魔物から魔力を吸収し続けていました」
「な、成程……あんまり参考にはならなそうねぇ」
二十四時間戦い続けなければならないし、一般向きであるとは言い難い方法だ。
ハオロナの感想については否定せず、軽く肩を竦めるに留める。
ともあれ、俺もアルトリウスも、《テイム》した真龍が龍王に至る可能性を有しているというわけだ。
この先どうなるかは分からないが、ひとまずは安心していいだろう。
「しかし、長時間魔力を注ぎ続ける作業なんて、何でわざわざ人間がやっているんだ? 真龍は真龍が育てているものだと思っていたんだが」
「それにはいくつか理由があるわねぇ。まず第一に、真龍の魔力が強大すぎること。卵という受け皿に魔力を注ぐには、彼らの魔力はあまりにも大きすぎるのよ」
ハオロナの言葉を聞きながら、かつて目にした真龍の姿を思い浮かべる。
空を駆けていたあの巨大なドラゴンは、確かに人知を越えた力を有していることだろう。
彼らにとって、俺たちが苦労した孵化作業は、逆に細かすぎて扱い辛い代物であるということか。
「真龍の卵は滅多に生まれない……それを無駄遣いするわけにはいかないわぁ。だから、龍育師が存在するのよ」
「真龍を確実に誕生させる、それが龍育師の役割ということか」
「それだけじゃないわぁ。真龍たちの住まう環境は過酷で、パピーたちの成長には適していないのよぉ。だから、ある程度進化するまでは龍育師が育成するの」
「成程、それで成長させた真龍を、龍王たちの元へと送り出す訳か」
「そういうことねぇ」
真龍という存在が、より効率的に数を増やすための手段。
そこに至るまでに紆余曲折があったのだろうが、龍育師が何故重要な存在であるか、ということは理解できた。
彼らの存在があるからこそ、この国は真龍との契約を継続しており、真龍の守護を得られているのだろう。
何しろ、真龍側からしても繁殖のために都合の良い場所なのだ。逆に言えば、この国を押さえられれば真龍たちにとっても死活問題となりかねない。
この国の真龍たちも、必死になって防衛に努めたことだろう。
「とりあえず……龍育師の概要については理解した。それで、俺たちに何か用事があるのか? 龍育師だから、とここまで誘導されたわけなんだが」
「そうねぇ……これに関しては、私の口から直接説明することはできないのだけど、ある程度話が広まってしまっているのよねぇ……」
「ふむ?」
どうやら、何か重要な話に巻き込まれようとしている気配があるのだが、どうにも複雑な状況のようだ。
立場のある人間から話せないのに、公然の秘密と化している?
大衆的には噂が広まってしまっているが、それを事実として話すのは都合が悪いということか。
「そうねぇ……とりあえず、一般に広まっていることについてだけ話すわねぇ。先日、悪魔からの大規模な侵攻があったことはご存知かしら?」
「こちらの国ではないが、まさに当事者だな。俺たち異邦人は、アドミス聖王国で戦っていた」
「公爵級、と言っていたけれど、その関連なのね。とにかく、帝国でも悪魔と戦い、銀龍王様がこれを退けたのよ」
おおよそ、予想通りの展開だと言える。
どれほどの位の悪魔が出現したのかは分からないが、真龍の王たる存在であれば十分匹敵し得るだろう。
しかし、伝えられたのは驚くべき内容であった。
「銀龍王様は悪魔を退けることには成功したのだけど、その戦いで重傷を負ってしまったのよぉ。それ以来、銀龍王様は帝国の空を飛ぶ姿をお見せになっていないわぁ」
「そんな無茶苦茶な悪魔が現れたのか……とにかく、それが原因で噂が広がっていると」
「ええ。まだ傷が癒えていないのではないか、動けないのではないか。そして、或いは――」
「……その最悪の状況ではないのだろう?」
「そうねぇ……それは否定させて貰うわぁ。とにかく、龍育師が求められているのは、真龍の専門家であるからよ。龍育師ならば状況を解決できると、そう思っているのでしょうねぇ」
どうやら、最悪の事態だけは回避できているらしい。
しかし、決して状況が良いというわけでもないようだ。
《銀龍の傷痍》――まさに、その言葉の通りの状況であるということか。
「立場上、完全なる部外者である貴方に、全てを話すことはできないわぁ。けれど、どうかこれを持って行って」
「これは……紹介状か」
「帝都のギルドマスター宛よぉ。人にドラゴンを連れていることを説明する時にも役に立つわぁ。そして……どうか、これを通じて陛下との謁見を」
「具体的な話はそっちで聞け、ということか。しかし、俺たちが絡んだからと言って、解決できる問題なのか?」
「解決の糸口は分かっているのよぉ。けど、それを成すに足る力が足りない。だから、公爵を倒したという貴方の腕前、期待させて貰いたいのよぉ」
ここに連れて来られた理由と、俺に目を付けた理由はどうやら別にあるらしい。
とはいえ、話を先に進めるには、彼女の依頼通り帝都に向かうしかないだろう。
元よりそちらに行くつもりであったし、特に問題はないか。
「了解した。詳細については、そちらで聞かせて貰うとしよう」
「ええ……どうか、お願いね」
切実な色の篭った懇願に、俺は小さく頷く。
さて、果たしてどのような状況となっているのか、まずはそれを確認するとしようか。