335:国境の竜
真龍を育てる計画を受け入れた俺は、早速その準備へと乗り出した。
真龍の卵を孵すとなると、それ相応の時間が必要となる。
というか、一日のログイン制限時間を限界まで活用しなければならなくなるのだ。
二十四時間MPを注ぎ続けなければならないのだから、適当に始めてどうにかなるものではない。
「で……そのために、何で先にフィールドボスを倒しに行くのよ?」
疑問の声を上げたのは、俺と共にセイランに騎乗しているアリスだ。
早々に準備を完了させるため、そこらの魔物は無視して、一直線に西側のフィールドボスの方へと向かっている。
アドミス聖王国を解放した現状、既に隣にあるシェンドラン帝国への道は開かれている。
フィールドボスと戦うことも可能であり、気の早いプレイヤーは既にボスへと挑戦している状況だ。
ちなみに、今回は既にアルトリウスたちが攻略済みであるらしい。これまではいつも俺たちが最初であったため、少々新鮮な感覚だ。
ともあれ――俺たちの今日の目的は、ドラゴンの卵を孵す準備を完了させることだ。
「まず、スキルスロットを解放したい。ボス報酬のチケットと、節目のレベルへの到達。これで二つは新しいスキルを手に入れられるだろう」
「それは確かに美味しいけど、卵を孵すために必要なの?」
「いや、必要って訳じゃないんだが……やっておかないと勿体ないからな」
真龍の卵は既に交換してあるため、実際の所はいつでも作業を始められる状況ではある。
しかしながら、この卵を孵すにはひたすらMPを注ぎ続けなければならない。
大量の人員がいれば問題ないのだが、俺の場合は魔法属性の関係から、そう簡単にはいかないのが実情だ。
アルトリウスであれば、恐らく光属性のMPになるのだろう。しかしあいつの場合、クラン内に大量のプレイヤーを抱えているため、MPに困るということはそうそうない。
一方で、俺の場合は《強化魔法》系統の魔法になる。使い手が少なく、この属性で統一するとなると中々苦労する羽目になりそうだ。
であれば――
「ひたすら敵と戦い続け、《蒐魂剣》でMPを回復させながら卵に注ぎ続ける。スキルはあらかじめ増やしておかないと、経験値が勿体ないだろ?」
「……まさか、二十四時間戦い続けるつもり?」
「無論、そのつもりだ」
俺の返答に対し、アリスはしばし沈黙する。
どうやら、虚空を見上げて溜息を零しているらしい。
確かに結構大変な作業になるだろうが、延々と魔物を呼び寄せ続ける方法についてはエレノアと相談しているし、最適な場所についてもアルトリウスが調べてくれている。
あいつらの情報があれば、作戦決行に支障はあるまい。
「……MPポーションじゃダメなの?」
「流石に回復量が足りんだろうからな。確実に『ポーション中毒』状態になっちまうぞ。一応、どうしても足りない時のために用意して貰ってはいるが」
「はぁ……ドラゴンってそこまでしなきゃいけないものなの?」
「真龍の卵とは言うが、MPが足りないと真龍のレベルまで届かないらしいからな。せっかく大枚叩いたんだ、最高の結果を目指すべきだろう」
生まれるドラゴンは、注ぎ込んだMPの属性と量に左右される。
これが足りていないと真龍のなりそこない――亜竜が生まれてしまうことになるそうだ。
これまでも何度か戦ってきてはいるし、亜竜も十分強いことは分かっているのだが、それでも折角なら真龍を目指したいというのが偽らざる本音だ。
そのためにも、二十四時間にわたって戦い続け、MPを回収し続けなければならない。
俺の覚悟が硬いことを理解したのか、アリスは再び嘆息を零して声を上げた。
「ポイントを支払ったのは貴方だし、その目標は否定しないけど……流石に時々休ませて貰うわよ」
「無論だ、流石にそこまで付き合わせるつもりも無いさ」
実際に二十四時間以上戦闘を継続した経験のある俺はともかく、アリスにそこまでの集中力を求めるのは酷というものだ。
別段、今回の目的は敵を倒すことではなく、MPを回復させることであるし、戦力面を拡充させる必要はあまりない。
尤も、レベル上げにもなるわけだし、あまり休んでいるのも勿体ないとは思うが。
「【奪魂斬】は緋真も使えるし、いざとなったらあいつに交代して貰うこともできるわけだ。俺もちょくちょく休憩は挟むよ」
「その方がいいでしょう。無茶であることは間違いないんだから」
緋真も《強化魔法》は使えるし、《蒐魂剣》も習得している。
俺がトイレ休憩でもしている間は、あいつにMPを注ぎ込んで貰うこととしよう。
ともあれ――明日はログインからログアウトまで、ぶっ続けで戦闘を行う必要がある。
今日中に準備を済ませて現地でログアウトし、明日ログインした直後から作戦を開始することとしよう。
そのためにもまずは、あの石柱の先にいるフィールドボスを倒さねばなるまい。
「セイラン、降下しろ」
「クェ」
遠目にワイバーン共は飛んでいたが、今回の標的はあくまでもフィールドボスだ。
敵の姿を見かけたら距離を取るように回避しつつ、俺たちはここまで到着した。
どうやら、今のところ他のプレイヤーの姿はない様子である。
流石に、昨日の今日でフィールドボスに挑む連中はまだ少ないということか。
「アルトリウスめ、あのクソ忙しい状況で抜け目のないことだ」
「貴方が疲労困憊だったこのタイミングぐらいしか、出し抜けなかったってことでしょ」
「まあ、別に一番乗りにこだわっている訳でもないし、別にどっちでもいいんだがな」
セイランの背から降り、立ち並ぶ石柱の前まで移動する。
緋真も降りてきているし、すぐにでもフィールドボスとの戦いを開始することができるだろう。
「ここのボスはアースドラゴンの上位種だったか?」
「グランドドラゴンですね。結構でかくなってるらしいですよ」
「とはいえ、基本的な性質は変わらんのだろ?」
「それはそうですね。同じ種族には変わりませんし」
真龍と比べてしまうとどうしても格落ちだろうが、アースドラゴンの上位となれば十分に強力な敵だろう。
ひたすらに頑丈なドラゴンであった印象だが、その上位となれば相当にタフなはずだ。
とはいえ、伯爵級悪魔より面倒な相手ということもないだろう。ディーンクラッドとの比較は言わずもがなだ。
普通に相手をして、普通に片付ければいい。ただそれだけの相手だろう。
「よし、行くとするか」
俺たちは互いに頷き合い、石柱の向こう側へと足を踏み入れる。
そのまま少し前へと進み、ボスエリアの中央付近まで足を進め――その直後、鈍い振動が地面から伝わってきた。
「……! 来るぞ!」
「私は隠れてるわよ」
早速姿を隠すアリスには特に言及せず、餓狼丸を抜き放って構える。
その直後、地震にも等しい振動と轟音を発しながら、地面を突き破って巨大なドラゴンが姿を現した。
「ゴアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
びりびりと肌に響くような咆哮と共に、巨大な竜――グランドドラゴンはこちらを睥睨する。
おおよそ、ヴェルンリードより一回り小さい程度のドラゴン。
だが、そのシルエットはずんぐりとしており、体は堅牢そうな鱗と甲殻によって覆われていた。
マトモに刃が通るかは微妙な所だが……とりあえず、やってみるしかあるまい。
■グランドドラゴン
種別:亜竜
レベル:70
状態:アクティブ
属性:地
戦闘位置:地上・地中・空中
流石はフィールドボス、そこらの魔物とは一線を画する力を持っているらしい。
魔力も十分に高く、やはり適当に相手をしてどうにかなるような相手ではないようだ。
とはいえ、やはり《化身解放》を行った伯爵級ほどの威圧感は感じない。
どの程度の敵なのか、確かめながら戦うとしよう。
「【ミスリルエッジ】、【ミスリルスキン】、【武具精霊召喚】、【エンハンス】、《剣氣収斂》――」
「グルアアアアアッ!」
魔法を発動し、攻撃力を上昇させる。
それに反応したのか、グランドドラゴンは叫び声を上げながらこちらへと突進してきた。
強靭な鱗と甲殻に覆われた巨体だ、ダンプカーの突撃に等しいものと考えていいだろう。
流石に正面から立ち向かうわけにもいかず、脇に避けながら刃を振るう。
俺の振るった餓狼丸の切っ先は――グランドドラゴンの鱗に傷をつけつつも、甲殻には弾かれてしまった。
「ふむ……成程な」
どうやら、斬る場所はそこそこに考えなければならないらしい。
中々にタフそうであるし、適当に相手を出来る魔物ではなさそうだ。
小さく笑みを浮かべ――俺は、通り抜けたグランドドラゴンへと向けて突撃を敢行した。