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334:暗躍する者












 ディーンクラッドとの戦いが終わり、その翌日。

 俺はアルトリウスからの呼び出しで、南の都市にある『エレノア商会』の店舗を訪れていた。

 元々、装備の修復のために顔を出すつもりであったし、それ自体は問題ない。奴に叩き落された一撃だけで装備の耐久度はかなり減ってしまっていたし、どちらにしろ必要であった訪問だ。

 気になるのは、会合の場所としてここを選んだことだろう。エレノアを巻き込んだ会話ということは、重要な話である可能性が高い。

 それにもう一つ、あいつは『まだイベント報酬を選ばないで欲しい』と願い出てきたのだ。

 どのような事情なのかは皆目見当もつかないが、あいつと相談することに否は無い。緋真たちは装備修復、それと成長武器の再強化へと向かわせ、俺はこうしてエレノアの元を訪ねたのである。



「お疲れ様ね、クオン。大活躍だったじゃない」

「今回ばかりはな。全てを出し切ったのは久しぶりだ」



 風林火山、そして奥伝。どちらも、本気で相手を殺すために使う業だ。

 今回の戦いは、全てを出し切ったものだったと言っても過言ではないだろう。

 未だ完全には抜けきらない疲労感と達成感に、俺は応接室の椅子へと深く身を沈み込ませる。

 そんな俺の様子に対し、エレノアは小さく笑いながら声を上げた。



「まあ、貴方はしばらくのんびりしていていいかもしれないわね。私やアルトリウスは、ここからが本番でしょうし」

「……何だ、また小難しい話か?」

「あのねぇ、クオン。悪魔を倒すっていうのはあくまで副次的な目的であって、大本は移住なのよ?」

「そりゃ分かってるさ。お前さんらの仕事が重要なのも理解してるよ」



 ひらひらと手を振って答える俺に、エレノアは呆れた表情で半眼を向けてくる。

 どうやら、俺のイメージしている以上にやることは多いらしい。



「クオン。移住をするなら、あらかじめ整備がされている場所と、土地だけポンとある場所、どっちがいいかしら?」

「おん? そりゃ、整備されている方がマシだろう」

「その通りね。そしてこの場合、整備がされている場所とはこのアドミス聖王国、そして土地だけの場所は以北の悪魔に支配された土地のことね」



 エレノアの言葉を聞きながら、身を起こして目を細める。

 ここから北の国は、悪魔によって完全に制圧された。どのような状況になっているのかは分からないが、人間が生き残っている可能性は極めて低いだろう。

 捕らぬ狸の皮算用であるが、俺たちの世界の住人が移住しようとした場合、どうしても広いスペースが必要となる。

 それは即ち――



「この国が、俺たちの移住先だと?」

「いずれは北の土地を解放し、そこにも住める場所を作り上げることになるでしょう。けど、足掛かりとすべきはこの国よ」

「理解はできるが、この国の人間は納得するのか?」

「そこよ、クオン」



 エレノアは、手を裏返しながら俺の方を指をさす。

 言わんとしていることを理解しきれず眉根を寄せれば、彼女はそれに対して軽い笑みと共に答えた。



「『納得させる・・・・・』。それが、私とアルトリウスの仕事」

「……そりゃつまり、姫さんでも説得して住まわせて貰うってか?」

「残念ながら、あのお姫様にそんな力はないわよ」

「仮にも王族だろう?」

「ただ王族ってだけよ」



 すっぱりと言い切るエレノアの言葉に、思わず眼を瞠る。

 あのお姫様、ローゼミアはこの国の王族であり、同時に聖女という立場を持つ人間だ。

 立場という意味では、間違いなく誰よりも高い位置に存在している。

 にもかかわらず、エレノアは簡単に切って捨てたのだ。



「ねえクオン。貴方、この国で最も権力を持っているのは誰だと思うかしら?」

「姫さんじゃないんだろうな、今の話だと……どこぞの貴族か?」

「いいえ、違うわね」

「それなら……まさか、アルトリウスとでもいうつもりか?」

「惜しいけど、それも不正解ね」



 俺の答えを次々と一蹴しながら、エレノアは笑う。

 そして彼女は、その豪奢な椅子に頬杖を突きながら、不敵な笑みと共に口にした。



「――私よ」

「……!」

「今現在、権力の方面からこの国を支配しているのは、この私」

「お前さん……一体何をしたんだ?」

「遠慮しなかっただけよ。有力な貴族はほぼ全てが死に絶え、生き残った者も商業や権力基盤はガタガタ。その隙に、私たち異邦人の影響力を高めるよう立ち回っただけ」

「……反対派になりそうな人間の力を削ぎ落として、ついでに自分の力に変えたってか」

「ま、簡単に言ってしまえばそういうことね」



 つまりこの女、移住の邪魔になりそうなものを排除するために、国の経済を牛耳ったのか。

 この国に入ってきてからまだ数週間だというのに、一体何をどうやったのだろう。

 思わず戦慄する思いを抑えきれずに凝視すれば、エレノアは変わらぬ笑みと共に続ける。



「状況からして、この国を私たちの移住先とするのが最も都合がいい。けれど、こちらの味方をしてくれそうなお姫様は旗印でしかなく、自身の権力基盤を持たないお飾りの王族よ。今後の展開にもよるけど、このまま任せるだけだと面倒なことになるわね」

「あー……他の貴族によって国を牛耳られるってか?」

「傀儡の女王となるか、どっかの貴族が彼女と結婚して王になるか……どちらにしろ、碌なもんじゃないわ」

「それを防ぐために自分たちの傀儡にすると?」

「人聞きが悪いわねぇ……彼女には今まで通り、アルトリウスと仲良くして貰うだけよ。同時に、私たちが彼女の権力基盤になるってわけね」



 物は言いようだと、思わず苦笑する。

 彼女のやろうとしていることは、他の貴族がやろうとしていることと大差はないだろう。

 だが――



「それが俺たちの生存戦略、か」

「幸い、あのお姫様はアルトリウスに夢中。そして彼は、公爵を討ち果たした英雄の一人であり、私という権力と財力を手中に収めている。名も実も揃っている状況ね」

「……あいつ、最初から姫さんを口説く気があったのか?」

「いや、あれは素だと思うわよ。この展開を全く考えていないわけではないと思うけど……でも、彼自身が簒奪者の意志を持つべきではないわ」

「汚れ役は俺たちの仕事ってか」



 アルトリウスは、対外的には清廉潔白な英雄であるべきだ。

 ただ、周りを取り巻く状況があいつを王にする……俺たちは、その流れを整えてやるだけということか。

 尤も、それに関して俺にできることなど高が知れている。こちらは精々、敵を斬ることぐらいしか能のない人間なのだから。

 と――ふと感じた気配に、俺は視線を扉の方へと向けた。それから数秒ほどで、こちらへと近づいてきた足音の主が、軽いノックの後に扉を開く。



「すみません、遅くなりました」

「噂をすれば影、のようだな」

「お姫様に張り付かれている割には早く来れたわね」

「あはは……流石に、ローゼミア様はそこまで手がかかる方ではないですよ」



 エレノアの皮肉を笑顔で躱し、アルトリウスもまた席に座る。

 色々好き勝手に話してはいたのだが、彼は知る由もないだろう。

 ともあれ、エレノアとの話もここまでだ。早い所、アルトリウスの用件を聞いておくこととしよう。



「それで、何があったんだ? イベント報酬の交換を待って欲しいって話だったが」

「ああ、それに関してお願いしたいことがありまして」



 今回のワールドクエストも、以前と同じようにポイントを得て、それをアイテムと交換する形での報酬となっていた。

 ちなみに、俺の場合は約三万ポイントと、以前と比べても破格の数字となっている。

 それだけ、ディーンクラッドが強力な敵であったということか。

 アルトリウスは、改めて報酬交換のウィンドウを開いた俺に対し、申し訳なさそうな様子で声を上げた。



「実は、クオンさんに取って頂きたい報酬があるんです」

「そこまで口出ししてくるのは珍しいな。とりあえず話は聞くが……何を交換しろと?」

「最上級の交換アイテムと、です」



 その言葉に、俺は思わず眼を細める。

 今回のイベント報酬、その最上位となっているもの。

 実に交換ポイントは三万。俺のポイントほぼ全てを消費する必要があるそれは――



「真龍の卵、か」

「はい……クオンさんに是非、真龍を育てて頂きたいんです」



 真龍――ルミナ曰く精霊に近いドラゴンであり、女神の眷属であるという。

 交換品の一覧には卵とスクロールがあり、《テイム》および《召喚魔法》で真龍を呼び出し、育てられるということが分かる。

 《テイム》を持っている俺にも扱える代物であり、実際俺も交換の候補に入っている品ではあるが――



「……真龍が何かに必要なのか?」

「クオンさんはご存知のようですが、この世界には真龍……そして、その中でも王と呼ばれる存在が複数います。この辺りで言えば、隣国にいる銀龍王でしょう」

「真龍を取りまとめる存在か何かか?」

「まあ、おおよそそんな所ですが……真龍の王たちはこの世界のバランサーであり、人類の味方に分類されます。ですが……この国以北に住まう龍王たちは、恐らく悪魔に討たれてしまっています」



 思わず、窓の外へと視線を向ける。

 悪魔によって支配された北。その領域内においては、強大な力を持つドラゴンでも生き残ることは難しいのか。



「……そんな怪物を狩れる悪魔がいるってこと?」

「大公級ならあり得なくはないかと。ともあれ……龍王を討たれ、バランサーの一部を欠いてしまっていることになります。真龍王は、人が生きる上でどうしても必要な存在なんです」

「つまり、俺に新しい真龍王を育てろと」

「無論、クオンさんだけにお任せするつもりはありません……僕も、このように」



 

 言って、アルトリウスはインベントリからアイテムを取り出す。

 握りこぶし二つ分ほどもある透明な水晶玉。これが――



「僕も《テイム》を取得しました。こちらでも、真龍の育成を行います」

「……難儀なもんだな。とはいえ、こちらも元々候補にあった内だ。パーティの最後の一枠、ドラゴンってのも悪くはない」



 解説文を読んだところによると、真龍の卵には魔力を――MPを注ぎ込むことにより、ゲーム内時間で二十四時間後にドラゴンが生まれるらしい。

 ここで重要となるのが、MPを注ぎ込んだ量、およびその際にセットしている魔法の属性だ。

 MPの量によってドラゴンの力が、属性によってドラゴンの種類が変化する。

 つまるところ、可能な限り大量のMPを、同じ属性で注ぎ込むことが重要なのだろう。

 俺の場合は《昇華魔法》だが、果たしてどんなドラゴンが生まれることになるのやら。



「しかし、二十四時間か」

「流石にMPが苦しいので、僕はクラン総出で行うことになるかと思います。よろしければ、こちらから人員を貸し出しますが――」

「……いや、一つ考えがある」



 口元を覆った手の下で、俺はにやりと笑う。

 結構な無茶ではあるが――やれば、きっと面白いことになるだろう。



「そっちからの願い出なんだ。協力してくれるよな、アルトリウス?」

「……ええ、勿論」



 若干引きつった笑みを浮かべるアルトリウスに満足し、俺は立ち上がる。

 さあ、早速動き出すこととしよう。まずは装備の回収。それから――スキルスロットを増やしに行くこととしよう。











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