331:人よ、祈りと共に輝きを示せ その10
「いやはや……存在自体が冗談みたいな人だねぇ、彼」
「マリン」
「はいはい、分かってるよ。君は彼のファンだからねぇ、アルトリウス。プレイヤーの退避は完了した。と言っても、近接系のプレイヤーなんてあんまり生き残っていなかったけどね」
茶化してくるマリンの言葉に軽く嘆息を返し、アルトリウスは再び戦況を見渡す。
状況は、決して良いとは言えない。ディーンクラッドがクオンに執着していることによって他のプレイヤーが戦える余地が生まれているだけであり、本来であればとうの昔に殲滅されていたとしても不思議ではなかった。
その盤面を、ひっくり返すことが可能な所まで持ってくることができたのは、偏に彼の功績であろう。
アルトリウスは、贔屓目を抜きにしても現状をそのように評価していた。
「そろそろ頃合いだ。頼むよ、K」
「了解だ……《フォーキャスト》、【オーダーチェンジ】」
レイドを組んでいる時にのみ効果が発揮される特殊スキル、《フォーキャスト》。
そのテクニックである【オーダーチェンジ】の効果は、レイド内で指定したパーティメンバーを入れ替えるというものだ。
その効果により、『キャメロット』の最精鋭で組まれていたアルトリウスのパーティが変更される。
スカーレッドとマリンは変わらず、残る三人は、全員が杖を持った女性の魔法使いへと変更された。
「よろしくお願いします、ルーフェさん、ヴィヴィアンさん、ギーネさん」
アルトリウスの言葉に対し、喜ばしそうに微笑むもの、不満げな表情を浮かべる者と反応は様々だが、全員が己の役割を理解している。
この場に集められたのは、『キャメロット』の部隊長級に届くほどのトップ層の魔法使い。
リスクを背負ってでも全力を発揮する――そう決意したアルトリウスの、捨て身の構成であった。
眼下では、燃え上がる黒い刃によってディーンクラッドの首を裂いたクオンの姿が映る。
期待通り――否、期待以上の働きだ。ここまでディーンクラッドを追い詰めてくれた彼へと感謝を捧げながら、アルトリウスはマリンへと告げた。
「マリン、始めよう!」
「はいはいっと……行くよ、《マナリンク》!」
マリンの足元に、魔法陣が広がる。
魔法陣内にいるパーティメンバー全員でMPを共有するスキル、《マナリンク》。
滅多に使うことのないような特殊スキルであるが、これこそがアルトリウスにとって奥の手の要となるものであった。
スキルの発動を確認し、アルトリウスは聖剣コールブランドを胸の高さで持ち、眼前に掲げる。
そして、最後の切り札を切ることを決意したその瞬間、聖剣は眩い黄金に輝きを放った。
それと共に《マナリンク》の魔法陣が輝き始め――アルトリウスのパーティ全員の魔力が、輝く聖剣へと吸い込まれ始める。
「――我が真銘を告げる」
アルトリウスの持つ成長武器、聖剣コールブランド。
この武器が持つ強制解放は、アリシェラのそれと同じく、単発で効果を発揮するものだ。
たった一度しか効果を発揮できない代わりに、その効果は絶大。ディーンクラッドを倒すため、温め続けてきた切り札なのだ。
「我ら、果てなき道を歩む旅人。行き先が霧に閉ざされようと、我らの天に導きの光あり」
コールブランドの持つ強制解放の効果は、使い手のMPを全て吸収し、強大な一撃を放つという単純極まりないものだ。
アルトリウスは更に《生命変換》のスキルでHPをMPに変換、自らのHPが1になるまで、聖剣へと全力で魔力を注ぎ込む。
そして、それは《マナリンク》によってMPを共有しているパーティメンバーも同様であった。
本来であれば一人分しか注ぎ込まない筈のMPを、六人分注ぎ込む。元々規格外の威力を持つ筈の強制解放を、さらに増強するための秘策だ。
「いざ、未来への道を拓け!」
ディーンクラッドが、眩く輝く光に気づく。
しかし、既にチャージは完了した。アルトリウスは決意を込め、天高く剣を掲げる。
瞬間――黄金の輝きが波紋のごとく広がり、周囲へと夜の帳が訪れた。
『何だ、これは……!?』
ディーンクラッドの魔力によって紫に染まっていた空を、夜の星空が塗り潰す。
アルトリウスの聖剣より立ち上る光は、それらの星々を結び、巨大な魔法陣を展開した。
夜天に輝く黄金の光。人々はそれを見上げ、あまりの美しさに息を飲む。
――敵である、ディーンクラッドですらも。
「『光輝湛えし――」
それこそが、人々の未来を願うアルトリウスに与えられた希望。
今なお伝説に名を残す、聖剣の真銘。
「――導きの星』アアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
アルトリウスは、その名を叫ぶと共に刃を振り下ろし――同時、天の魔法陣より、黄金の輝きが放たれた。
夜の空を眩く染め上げる、黄金の閃光。その光は、一直線にディーンクラッドへと殺到し――
『お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!』
ディーンクラッドもまた、全力の魔力を振り絞ってそれに対抗する。
四つの手より放たれる闇の奔流は、正面から聖剣の光へと直撃し――拮抗など許すこともなく、瞬く間に光によって駆逐された。
巨大な魔力の閃光は、ディーンクラッドの闇を吹き散らし、その巨大な体の全てを飲み込む。
『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?』
響き渡る苦悶の声。しかし、眩い光はそれすらも塗り潰し――輝きが過ぎ去ると共に、夜の帳もまた消え去った。
後に残るのは、全身が黒く染まったディーンクラッドの巨体のみ。
しかし、それすらも徐々に崩壊し、塵となって消滅していく。
全てを出し切ったアルトリウスは、輝きを失った聖剣を降ろして安堵の吐息を零し――
「――は、はははっ! 素晴らしい……素晴らしい素晴らしい素晴らしいッ!」
――響き渡った哄笑に、表情を凍り付かせた。
崩れつつあるディーンクラッドの巨体。その中から、人間の体が現れたのだ。
それは、酷く傷を負ってはいるが、未だに無事な姿であるディーンクラッドの人間体であった。
最後のHPゲージ、その四分の三を失いながら――それでも、ただただ嬉しそうに歓喜の声を上げている。
「見事、実に見事だ! 今のは公爵どころか大公にすら通じる一撃だった! それほどの一撃を持つなど、想像すらしていなかった! この体を犠牲にしなければ、耐えることなど不可能だったとも!」
「ッ……!」
歓喜に騒ぐディーンクラッドの言葉に、アルトリウスは苦々しく表情を歪める。どうやら、特殊な防御スキルを使うことによって今の一撃を耐えきられてしまったらしい。
確かに、ディーンクラッドを追い詰めてはいる。だが、プレイヤー側もまた満身創痍。戦線を維持できるかどうかは難しい状況だ。
例え弱っていたとしても、ディーンクラッドは公爵級。その力は圧倒的なまでに高い。
果たして、残る四分の一を削り切るだけの戦力が、今残っているのかどうか――
「――【餓狼呑星】」
――刹那、大気を震わせるほどの殺意と共に、その声が響き渡った。
* * * * *
ふらつく体を辛うじて支えながら、俺は最後の【餓狼呑星】を発動した。
強制解放の残り時間は十秒程度だった。つまり、この一撃を振り切れば、その時点で俺の強制解放の効果は終わる。
視線の先にいるのは、アルトリウスの最終奥義を耐えきったディーンクラッドだ。
奴の全身を覆った黒い鱗……あれが、大幅にダメージを軽減してしまったのだろう。
切り札をすべて失い、俺たちは追い詰められる――その、はずだった。
「魔剣使い……何だい、君のその、剣は」
「なぁに……今のアルトリウスの一撃を、吸収しただけだ」
《蒐魂剣》のテクニック、【因果応報】。魔力攻撃を吸収し、己の攻撃力へと変換する技だ。
聖剣の光を吸収し、更に【煌命閃】を発動して黄金に輝いていた餓狼丸は、しかし【餓狼呑星】を発動することによってその光を黒く染め上げている。
星を呑むとは、何ともまた皮肉な名前だ。
「なんて威力をしてやがる……おかげで、こっちもボロボロだ。『ポーション中毒』にすらなっちまってるよ」
アルトリウスの強制解放が魔力攻撃の類であると聞いた時から考えていた、最後の手段。
ルミナが放った光の魔法を一度吸収して攻撃力を増強、そこで【餓狼呑星】を使った上で聖剣の光に対し【因果応報】を使用した。
当然ながら威力負けをしているため、貫通ダメージを負うことになったが――ルミナが刻印を使用した上でかけた持続回復、遠距離から使用し続けてくれた回復魔法、がぶ飲みしたポーション、そしてディーンクラッドに突き刺しておいた【命喰牙】の効果によって辛うじて耐えきったのだ。
しかし、短時間にポーションを使用し続けたため、『ポーション中毒』の状態異常にかかってしまっている。
おかげで、酷く酩酊したような感覚だ。立っているのがやっとであり、まともに戦うことは困難だろう。
故に――
「最後の勝負だ、ディーンクラッド」
「……!」
「これこそが俺の全身全霊、最大最高の一撃だ。この一撃にのみ、全てを懸ける――戦うか、逃げるか、選ぶがいい」
目を見開いたディーンクラッドは、その口元に歓喜の笑みを浮かべる。
地上に降り立った奴は、その表情のまま再び黒い剣を取り出した。
それを目にし、俺は餓狼丸を正眼に構え、大きく息を吸い――
「――喝ァッ!!」
全力の集中力を以て、己が肉体を意志の支配下に置く。
ただ一瞬、ただ一刀、それだけでいい。この一瞬にのみ、十全なパフォーマンスを保つ。
その決意を込めて、俺は力強く宣言した。
「神仏在らばご照覧あれ! 我らが剣は神に通ず! 是なるは天を裂き、星を穿つ一撃也!」
「嗚呼――君は最高だ、魔剣使い……久遠神通流のクオンよ!」
ディーンクラッドは黒き剣を構え、こちらへと駆ける。
満身創痍でありながら、速く、鋭い。十全な状況であったとしても、完璧な対応は難しいほどの身体能力。
風――意識を加速、その動きを見極める。
笑みを浮かべるディーンクラッドは、戦い始めた時とは異なる。心底からこちらを打倒しようと、挑む側の心持で戦っているのだ。
林――意識の空白を読み取り、一歩を踏み出す。
奴に油断は無い。だからこそ、奴は普段と変わらぬ呼吸のままに戦おうとする。
火――肉体のリミッターを解除、自壊する寸前まで力を引き出す。
その刹那にこそ、この刃は奴に届く一撃となるのだ。
山――踏み込みの衝撃を吸収、ただ威力のみを刃に伝える。
「――――ッ!」
斬法・奥伝――
モノクロに染まる意識の中、ただ一歩のみで放つのは、最小最速の刺突。
敵を殺す、ただそれだけを突き詰めた、後の先にて穿つカウンターの一撃。
「――剛の型、甕星・天穿」
餓狼丸の切っ先は、ディーンクラッドの攻撃が俺に届くよりも一瞬早く――奴の胸を刺し貫いたのだった。





