330:人よ、祈りと共に輝きを示せ その9
「《練命剣》――【命輝一陣】!」
まずは小手調べとして、生命力の刃を飛ばす。
黒く燃える餓狼丸より放たれた黒い一閃はディーンクラッドの左腕の一つに突き刺さり、確かな傷を与えてみせた。
軽く放った一撃であるにもかかわらず、これまでの全力攻撃に引けを取らないほどの威力だ。
やはり、強制解放の力は凄まじいの一言である。
(だが、やはり時間が厳しいな……!)
視界の端に映る、刻一刻と減っていくタイムリミット。
この力が消える前に倒し切らねば、ディーンクラッドを倒すことはできないだろう。
そのためには――
(最大の一撃を増幅して、弱点に叩き込む!)
その決意を込め――俺は、セイランの背中から飛び出した。
聖女より受け取った力で空中に足をつけ、一直線にディーンクラッドへと向けて駆ける。
ディーンクラッドは俺の攻撃を受け、一瞬だけ驚いたように動きを止めていた。
どうやら、いきなり俺の攻撃力が増したことに驚いたらしい。
図体がでかい分、やはり若干ながら動きは鈍い。この隙を突かない手は存在しないだろう。
歩法――烈震。
弾丸のように駆け、ディーンクラッドの背中へと肉薄する。
突き出すのは、その背を一直線に貫く刃だ。
「『生奪』ッ!」
斬法――剛の型、穿牙。
繰り出した刺突は、これまでの感触が嘘のように、容易くディーンクラッドの体を貫く。
《練命剣》で消費したHPが冗談のように回復していくのを確認しながら、俺は刃を振り抜きつつ次なるテクニックを発動した。
「《奪命剣》、【命喰牙】! ――セイラン!」
左手に生み出した短剣をディーンクラッドの背中に突き刺し、その背を蹴って一度跳躍。
その直後、横合いから飛び込んできたセイランの手綱を掴み、再び空へと舞い上がる。
ディーンクラッドの視線から逃れるようにしながら飛翔を続け、狙うのは奴の頭上だ。
「《練命剣》、【命輝閃】!」
全力でHPを捧げ、生命力の刃を燃やす。
黒く染まり切った餓狼丸は生命力を纏おうとも黄金に輝くことはなく、それすらも黒いオーラとなって顕現した。
その刃を掲げたまま、俺はセイランへと命じる。
「地面に一直線だ、駆け下りろ!」
「ケエエエッ!」
自殺行為としか思えぬような命令にさえ、セイランは一切怯むことなく、力強く同意の叫びを放つ。
そして、セイランは翼を羽ばたかせ、地面へと頭を向けながらディーンクラッドへと突撃した。
臓腑がひっくり返るような怖気を強引に抑え込み、口元には高揚の笑みを浮かべながら、ただ先へ。
黒く燃え上がる餓狼丸は蜻蛉の構えへ――その背を、縦一直線に斬り裂いてゆく。
「オオオオオオオオオオオッ!」
『ぐ、ああああああああっ!?』
【命輝閃】の効果は一撃まで。つまり、この一撃を振り切るまでは効果が持続する。
ディーンクラッドが痛みに身を捩るその動きをも寂静で読み取りながら、セイランの飛び方を細かく制御。刃を離すことなく、俺たちは奴の背を縦一線に斬り裂いた。
滝のように零れ落ちる血を被り、地面へと衝突する――その一瞬前に、セイランは急激に制動をかけ、ディーンクラッドの蛇身を足場に駆け出した。
俺たちの位置を把握したディーンクラッドはその手で叩き潰そうとしてくるが、全力で駆けるセイランを捉えるには至らない。
再び翼を羽ばたかせて空へと駆け上がったセイランは、迫る掌へと嵐を放ち、その反作用を利用して一気に加速して攻撃範囲から逃れた。
『ふはははは! 勇者の騎獣もまた勇者か、素晴らしい! ならば、これはどうだ!?』
「《蒐魂剣》、【断魔斬】!」
ディーンクラッドの手に、漆黒の闇が収束する。
そこから放たれたのは、黒い巨大な槍だ。直撃すれば、俺もセイランも跡形も残らないだろう。
だが、今回はそれを正面から迎撃する。放つのは、空中に墨を塗ったような軌跡を残す一閃だ。
本来は蒼く輝く《蒐魂剣》すら、今の餓狼丸は黒く染め上げてしまう。
燃えるような黒い槍と衝突したその一撃は――黒い槍を真っ二つに斬り裂いて、遥か彼方まで二つの軌跡を残させた。
「その程度か、ディーンクラッド!」
『無論、この程度で終わるものか!』
高揚した様子のディーンクラッドは、六本の腕を広げて周囲へと魔力を放射する。
それと共に出現したのは、数えるのも億劫になるほどの魔力の弾丸だ。
無数に連なる黒い球体は、しかし一発一発が俺を消し飛ばして余りある威力を有している。
それを正面から見据えつつ、俺は再びセイランから飛び降りた。
セイランのスピードは素晴らしいが、これだけの数を避けるのは難しい。俺は先ほどと同じように空中に足をつけ、真っすぐとディーンクラッドへと向けて走り始める。
『あえて挑むか……それでこそだ!』
歩法――陽炎。
飛来する無数の弾丸。俺は意識を集中させ、風林火山の風の勢を強化する。
視界がモノクロに染まり、白影を発動した時と変わらぬ強度で空を駆ける。
例えどれだけの数があろうと、同じ速度で飛んでくる弾丸であれば動きを読むことは容易い。
あの図体でありながら俺の動きはきちんと捉えているようだが、狙いが正確な分だけ回避はし易いものだ。
緩急をつけて駆け抜け、弾丸を躱し続けながら、俺は少しずつディーンクラッドとの距離を詰めていく。
『いいな、これならどうだ!?』
「《蒐魂剣》、【因果応報】!」
歩法――間碧。
俺を捉え切れぬことに、しかしディーンクラッドは更なる上機嫌で、大量の弾丸を一気に解き放った。
まるで壁のように迫る弾丸の群れに、俺はその隙間を見極めながら、弾丸の一部を斬り裂いて穴を開けつつ我がものとする。
弾丸の壁を切り抜けると共に風の勢の強度を弱め、通常の状態に戻った視界の中、俺は宙を連続で蹴って真上へと跳び上がる。
それとほぼ同時、俺のいた場所をディーンクラッドの巨大な拳が通り抜けて行った。
「お前の呼吸は、とうの昔に読めている……!」
通り抜けたディーンクラッドの腕に着地、そのまま奴へと向けて一気に駆けだす。
俺が腕に乗ったことに気づいたのか、ディーンクラッドは右手で俺を叩き潰そうと振り下ろしてくる。
俺を攻撃することを優先したようだが、それがお前の過ちだ。
「――【火日葵】ッ!」
直後、飛来した火球がディーンクラッドの腕に突き刺さり、派手な爆発を巻き起こした。
緋真が放ったらしきその一撃によって、ディーンクラッドの攻撃は逸れて見当違いの場所を叩く。
それを見届けて、俺は一気にディーンクラッドの肩口にまで接近した。
「《練命剣》、【煌命閃】――【餓狼呑星】ッ!」
視界の端に映るタイムリミットが、一気に一分間分減少する。
それと共に、餓狼丸は噴出するように黒い炎を発生させた。
星すら呑み砕かんと荒れ狂うこの一撃は、ただ一度のみではあるが、威力を大幅に高める。
限界までHPを注ぎ込み、威力を増幅した【煌命閃】。その威力を【餓狼呑星】によって更に増幅する、俺に使用できる最大の一撃だ。
俺は緋真の放った炎を目くらましに、ディーンクラッドの首元にまで肉薄し――
『く……ッ!』
「はあああああああああああああッ!」
斬法――剛の型、輪旋。
――全力で、刃を振り抜いた。
その一撃はディーンクラッドの首にまで到達し、寸前で差し込まれた腕によって防御される。
しかし俺の一撃は、強靭極まるディーンクラッドの腕を容易く両断してみせた。
『馬鹿な!?』
最も上の左腕が千切れ落ち、それをものともせずに突き進んだ漆黒の一閃は、ディーンクラッドの首を斬り裂いて血を噴出させる。
雨のように降り注ぐ緑の血。ディーンクラッドのHPは今の一撃で大きく減じ――しかし、それを無視して奴は腕を動かした。
こちらを叩き落とそうと振るわれる一撃。この状況では、回避することは困難だ。
――故に、俺は回避を捨てて迎撃を選択した。
「《練命剣》、【命輝閃】――【餓狼呑星】!」
斬法――剛の型、白輝・逆巻。
全力で振り上げた一閃。漆黒の軌跡を描くその一撃はディーンクラッドの腕に命中し、その腕を斬り飛ばすも、全ての勢いを殺し切ることはできずに俺は吹き飛ばされた。
身を砕かれんほどの――否、事実砕かれたであろうその一撃は、しかし俺のHPを全て削り切るには至らない。
『《聖女の祝福》が発動しました』
どうやら、本来であれば俺のHPは完全に尽きていたらしい。
しかし、死亡しても僅かにHPを残して復活できるこのスキルによって、辛うじて生き残ることができたのだ。
だが、このまま地面に叩き付けられれば同じことだろう。何とか勢いを殺そうとし――視界の端に、金色の光が映った。
「――お父様!」
地面に叩き付けられる寸前、割り込んだのはルミナであった。
俺の体を受け止めた彼女は、しかし勢いまでは殺し切れず、俺と共に地面にまで墜落する。
それでも、その光の翼で勢いを殺すことにより、HPダメージを受けない程度までは勢いを軽減することができたようだ。
「お父様、大丈夫ですか!?」
「無事、とは言い難いが……戦果としては上々だ」
回復魔法を掛けながらこちらを案じるルミナの声に、俺は苦々しい表情でそう答えた。
見れば、ディーンクラッドは右腕の一本を失ったことで、三本目のHPを全損させたらしい。
二本の腕を失い、首からは夥しい量の血を流し――しかし、それでもディーンクラッドは笑っていた。
『素晴らしい……まさか、ここまで追い込まれようとは』
歓喜に震えている様子の悪魔に、思わず舌打ちする。
餓狼丸の解放はまだ続いているが、残り時間は半分以下だ。
そしてプレイヤー側の被害は凄まじい数に及んでいる。ディーンクラッドへと向かう攻撃の数は、明らかに減っている状況なのだ。
ディーンクラッドは彼らを狙って攻撃していたわけではないが、奴が動き回るだけで巻き込まれるプレイヤーがいるのである。
果たして追い詰められているのはどちらなのか――それは、最後の作戦に掛かっているだろう。
『僕はまだ斃れない。君も、満身創痍ながら同じだろう。さあ――これを最後の戦いとしよう』
「そうだな……だが、お前の相手は俺じゃないようだ」
『何……?』
奴の後方、浮かんでいるものを見上げて、俺は小さく笑う。
嗚呼――見事に、作戦通りだ。
「――我が真銘を告げる」
そして――黄金の剣が光を放った。