329:人よ、祈りと共に輝きを示せ その8
黒い魔力が荒れ狂う。
空を不気味な紫色に染めるディーンクラッドの魔力は、六本ある奴の腕へと収束を始めていた。
そもそもの話、魔力の有無によらず、あの巨体で殴られればひとたまりも無いとは思うのだが――奴は手加減をするつもりはないということだろう。
「――セイラン!」
「ケエエエエエッ!」
宙を蹴りながら上空へと駆け上った俺は、呼び声に応えたセイランの手綱を掴んでその背へと跳び乗る。
仮面に隠れたディーンクラッドの視線は、確実にこちらを追ってきている。
腕が六本あろうが、やはり意識そのものは一つだけのようだ。
であれば、俺が奴の意識を引き付けている間、他のプレイヤーはある程度攻撃がしやすくなることだろう。
『やはり、君は恐れないか! 魔剣使いよ!』
「ご機嫌だな、クソ野郎が!」
空を駆ける俺たちを叩き落とそうと、黒い魔力を宿すディーンクラッドの腕が振り下ろされる。
迫ってくる莫大な魔力の気配に、しかしセイランは恐れることなく、嵐を纏って加速した。
これほどの化物を前にしても恐れを知らぬその姿は、実に頼もしいものだ。
「セイラン、腕に近寄る必要はない。可能な限り背後を取れ!」
「ケエエッ!」
俺の指示に威勢よく従い、セイランは翼を羽ばたかせる。
唸りを上げて迫るディーンクラッドの腕は大きく回避し、腕の死角から掻い潜るようにしながら背後を目指して移動した。
しかし、ディーンクラッドの意識はこちらに向き続けている。
蛇の体を器用に使い、奴は俺たちの方へと体を向け、背後を取られることを避けているようだ。
やはり、あの体では自らの背中側への対処が難しいのだろう。
「ッ……!」
唸りを上げて迫る拳を回避するが、その風圧によって体を飛ばされかける。
ただの拳の余波だけで、セイランの纏う嵐の防御を貫通してくるのだ。
直撃どころか、掠っただけでも俺たちのHPなど消し飛ぶことだろう。
そんな致死攻撃の合間を縫って、セイランはひたすらにディーンクラッドの攻撃を回避し続ける。
このままでは、こちらから攻撃を行うことはできないが、逆に他のプレイヤーの攻撃は確実にディーンクラッドへと命中している。
尤も――
(あの黒い鱗……殆ど攻撃を弾いてるのか)
ディーンクラッドの下半身である蛇身、その身を覆う黒い鱗は、見る限りでは遠距離攻撃を全て弾き返してしまっている。
近接攻撃を仕掛けている連中もいるが、彼らの攻撃が通じているのかどうかは不明だ。
上半身の鱗に覆われていない部分に命中した攻撃については多少通じている気配はあるが、奴のHPの総量からすれば本当に微々たるものだ。
少しずつ削ることはできているのだが――
『さあどうする! 終わりではないだろう、魔剣使い!』
「ッ……!」
ディーンクラッドが腕を振るう度に、巻き込まれたプレイヤーが砕け散って消滅する。
俺が奴の攻撃を回避できているのは、セイランの機動力があってこそだ。
せめて、ほんの少しだけでも動きを封じることができれば良いのだが――そう思った瞬間、三つの魔法がディーンクラッドの顔面に突き刺さった。
どうやら『キャメロット』の魔法使いたちは、ひたすら遠距離からの攻撃に徹するつもりでいるようだ。
ペガサスに騎乗し、迫撃砲のように魔法を連射する彼らの攻撃は、ディーンクラッドの顔面に狙い違えることなく突き刺さっている。
流石のディーンクラッドも、顔面に対する連続攻撃は無視しきれなかったのか、視線を彼らの方へと向けた。
『成程、中々の威力のようだね――だが、それだけだ』
その言葉と共に、ディーンクラッドの腕の一つに黒い魔力が収束する。
それと共に放たれたのは、黒い魔力の奔流であった。
まるで火炎放射器による攻撃を見ているようであるが、向けられる方は堪ったものではないだろう。
一応、彼らも攻撃の気配を察して回避行動を取っていたが、回避しきれずに飲み込まれてしまった者も幾人か見受けられた。
だが、それによって稼いだ時間は、確実に値千金であっただろう。ディーンクラッドの意識が逸れている間に、奴の背後まで移動することに成功したのだ。
「《練命剣》――【煌命閃】!」
全力で放った刃が、ディーンクラッドの背中へと突き刺さる。
黄金に輝く軌跡は、確実にディーンクラッドのHPを削り取った。
無論、全体からすれば大したダメージ量ではないが、攻撃は確実に通じている。
そのことを確認して、俺は再びセイランへと指示を送った。このままこの場に留まれば、確実に反撃を受けることになる。
だが、先程からずっとこいつと戦い続けてきた俺は、既にコイツの行動のテンポを掴んでいるのだ。
例え巨大化したとしても、行動を始める際の癖というものは変わらない。
一度背後さえ取ってしまえば、そのまま背後を取り続けることは不可能ではないのだ。
『っ……本当に、油断も隙も無い男だ!』
ディーンクラッドは振り返りながら腕を薙ぎ払うが、その攻撃は俺には命中しない。
まあ、不用意に近付きすぎていた他のプレイヤーには命中していたが、そちらにまで構っている余裕は無いのだ。
【煌命閃】はHPの消費も多く、更にクールタイムも比較的長い。あまり連発できるテクニックではないため、頻繁に同じ行動はとれない。
「《奪命剣》、【冥哮閃】!」
とりあえず、《奪命剣》のテクニックでHPを回復しながら状況を見る。
ディーンクラッドに対しては確実にダメージを与えられているが、味方の損耗も大きい。
一撃でも受ければその時点で落とされてしまうのだ。タンクならば余波程度は辛うじて防げるが、正面から受けることなど考えるべくもない。
緋真はひたすら相手の視界に入らない位置を維持したまま紅蓮舞姫のスキルを使い続けている。
【紅桜】などは特に当たりやすく、全ての火の粉が直撃して大きなダメージを叩き出しているようだ。
こちらもある程度ダメージは与えられているが、やはりこのままでは徐々に味方の戦力を削られてしまうだろう。
『――クオンさん、聞こえますか?』
「アルトリウスか、話をする余裕は無いぞ!」
『分かってます。クオンさん、そろそろ切り札を使って下さい。そして、今のディーンクラッドのHPを削り切って下さい。それができれば、勝てます』
どのような作戦でそう判断したのかは分からないが、どうやら勝ちまでの道筋は何とか見えているらしい。
あいつがそう判断したのであれば、間違いは無かろう。であれば――俺は、俺にできることを全力でこなすまでだ。
「――我が真銘を告げる」
どくん、と。黒く染まり切った餓狼丸が胎動する。
刃を握る手に伝わるのは、柄より滲み出してくる何かの感触だ。
篭手の下で肌を這うその感触に、俺は思わず眉根を寄せる。
「我が爪は天を裂き、我が牙は星を砕く。されど我が渇きは癒されず、天へと吼えて月を食む」
腕を伝う何かは、俺の頬にまで登ってきたことを感触で理解する。
小太刀を抜いて刃に反射させて確認すれば、頬にはまるで黒い炎のような紋様が浮かび上がっていた。
実に禍々しいその気配に、笑みを浮かべながらその名を告げる。
俺の成長武器に定められた、真の銘は――
「怨嗟に叫べ――『真打・餓狼丸重國』ッ!」
――刹那、餓狼丸の黒い刃が、漆黒の炎を上げ始める。
それと同時に、剣を握る感覚が僅かながらに変化した。
それは、ほんの些細な違いであろう。だが、久遠神通流の剣士にとって、それは非常に大きな違いだ。
何故なら、それは久遠一族に伝わる至宝、天狼丸重國の真打を模しているのだから。
「は、ははは……はははははははッ!」
実際に握ってこそ理解できる。
影打の餓狼丸とは比較にならない、これこそが真なる名刀というものか。
背筋を震わせるほどの確かな高揚感に、俺は笑みを浮かべながらセイランを駆る。
俺の強制解放は、たった五分間のみに限定された能力だ。
一秒たりとも、時間を無駄にするわけにはいかない。
「行くぞ、セイランッ!」
「クエエエエエエエエッ!」
威勢よく応えるセイランと共に、ディーンクラッドの背を目指して空を駆ける。
この発動が終わるまでに、ディーンクラッドを倒し切ってみせるとしよう。