328:人よ、祈りと共に輝きを示せ その7
『馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な……!』
聖都シャンドラの城門前、嘆きの声を上げるのは異形の人形だ。
背中からはいくつもの腕が伸びており、それら全てが細かく蠢いている。
巨大な人形の姿をしたそれは、《化身解放》を行った伯爵級悪魔グランスーグであった。
強大な力を持つ伯爵級悪魔であるが、その声の中には一切の余裕がない。
それも当然と言えば当然だろう――彼は今、絶体絶命の窮地にまで追い込まれているのだから。
「くははは! こいつはまた、俺たちにゃ相性のいい相手だな! 師範はここまで読んでたのかよ!?」
「いや、流石に偶然でしょう。仮にも格上の相手、相性のいい相手だったのは運が良かったですね」
群がる人形を片端から破壊しながら、我剣神通の戦刃と水蓮はそう言葉を交わす。
伯爵級悪魔グランスーグの能力は、無数の人形を同時に操るというものだ。
人形たちは生物ではなく、HPは存在しない。また、弱点である頭部を破壊するまで動き続けるという性質を有している。
動きが不規則で捉えづらい人形は、本来非常に厄介な相手だ。さらに適当に攻撃を当てるだけでは倒し切れず、いずれは数に圧倒されることになる――筈であった。
グランスーグにとっての誤算は、まさに『我剣神通』のメンバーがこの場にいたことであろう。
「雑兵ばかりですね」
「だが、戦線への貢献は十分にできている。あまり文句を言うものではないぞ」
「ええ、勿論分かっていますよ」
達人に近い技量を持つ、六十名の剣士。
彼らは全て、一対多の戦闘に秀でる久遠神通流を修めた者達だ。
相手が圧倒的な格上で、攻撃が通じないとなれば、流石の彼らにも手の打ちようは無かっただろう。
だが、幸いにして今回の相手は、彼らの攻撃が通じる人形たちであった。
グランスーグ本体に対してはそこまでダメージは通らないだろうが、人形たちを破壊できるのであれば戦闘への貢献は十分すぎるほどだ。
事実、多くのプレイヤーは人形の群れを気にすることもなく、グランスーグへの攻撃を続けている。
グランスーグは新たに人形を呼び出してそれらに対処しようとするが、作り出した傍から『我剣神通』に破壊されるのがオチであった。
『ッ……ディーンクラッド様、申し訳ありません……!』
ついに危険域までHPを削られ、瀕死となったグランスーグは天を仰ぎながらそう呟く。
多数のプレイヤーの猛攻を受け、手足となる人形たちは片端から潰され、最早グランスーグに打つ手はない。
崩壊しつつある体を抱えながら、滅びつつある悪魔はディーンクラッドの座す城へと視線を向けながら懺悔の声を上げた。
『私は、貴方のお役に立てなかった……しかし、せめて』
無数の攻撃が突き刺さり、グランスーグのHPが尽きる。
――それよりも、僅かに早く。
『――我がリソースを、お使いください』
グランスーグは、自らの手で己の胸を貫いたのだった。
* * * * *
「――ああ、君も逝ったか、グランスーグ」
先ほどまで聖女が腰かけていた椅子に叩き付けられたディーンクラッドは、手で顔を覆い、天を仰ぎながらそう呟く。
二本目のHPが尽きたディーンクラッドは、しかし追い詰められた様子もなく、未だ落ち着いた精神を保っている。
むしろ、追い詰められたのはこちらなのかもしれない。切り札の一つであるアリスの強制解放を切らされてしまったのだ。
残る切り札は、俺とアルトリウスの強制解放。これで、残る二つのHPを削り切れるかどうかが問題だ。
そんな計算を頭の中で張り巡らせている間に、ディーンクラッドはゆっくりと椅子から立ち上がった。
「実に見事だ、異邦人の諸君。よくぞ、僕をここまで追い詰めた」
告げる言葉の中には、俺たちに対する恨みのような感情は存在しない。
奴はただ純粋に、俺たちへと向けて称賛の言葉を口にしていた。
「結局、僕が得られたリソースは、最大値の七割程度。完全なる顕現には至らなかった。だが――自ら命を捧げた部下の献身には応えなければならないね」
その言葉に、思わず内心で舌打ちする。
この悪魔の力を削ぐこと自体には成功していたようだが、その上であれほどの力だったというのか。
本当に、悪夢のような存在だ。それが今、全ての力を発揮して、俺たちに牙を剥こうとしている。
「君たちに敬意を表しよう。そして――僕もまた、全霊を以て君たちの相手をするとしよう」
その言葉の直後、ディーンクラッドの身から爆発するような魔力が噴出した。
漆黒の魔力は渦を巻き、ディーンクラッドの体を包み込み――それだけに収まらず、周囲一帯を包み込んでいく。
「――《化身解放》」
その宣言と共に、魔力はさらに膨れ上がる。
竜巻のごとく渦を巻く魔力は、奴の身だけでなく、周囲一帯にまで影響を及ぼし始めた。
「先生、城が……!」
「崩れている? いや、分解されているのか……!?」
魔力の渦が広がると共に、戦場としていたこの城は、ブロック単位に分解されて空へと舞い上がっていく。
開かれた天井の先には、紫色に染まった異様な空が広がっていた。
まさか、公爵級の《化身解放》には、周囲環境にまで影響を及ぼすような力があるというのか。
城の崩壊は天井だけにとどまらず、壁や床すらも侵食し――やがて、城そのものが存在しなかったかのように、ディーンクラッドを覆う魔力の渦だけが残る。
残っているのは、城の周囲を覆う城壁と城門のみ。その中心で、黒い魔力の渦は更に巨大化していく。
「おいおい……何だこの大きさは」
これまでも、巨大な姿に変貌する伯爵級悪魔は存在していた。
だが、奴らは精々二階建ての家一軒分程度の大きさだった。しかし、今巨大化していくディーンクラッドの大きさは、下手をすれば団地一棟程はあるだろう。
見た目の大きさも、魔力の大きさも、これまでの悪魔とは段違いと言うべきレベルだ。
これが、公爵級悪魔の本気――真なる姿だというのか。
「総力戦ですが、これは……」
「……他のプレイヤーは役に立つのか?」
どうやら伯爵級悪魔との戦いは終わったらしく、他のプレイヤーも城門を抜けてこちらに近づいてきている気配はある。
だが、果たして彼らの攻撃がどこまで通じるのか。無論ないよりはマシなのだが、この規模を目の当たりにすると懐疑的な念を抱かざるを得ない。
とはいえ、やるしか無いのだ。この悪魔を打倒しなければ、俺たちに未来はない。
決意と共に巨大な悪魔の姿を見上げ――その直後、ディーンクラッドを覆う魔力の渦は弾け飛んだ。
「――――」
その姿を見上げて、俺たちは思わず言葉を失った。
下半身は、黒く頑丈そうな鱗を持つ巨大な蛇。上半身は、赤い髪を伸ばし、顔を無貌の仮面で隠した人の姿。
腕は六本あり、指先からは鋭い爪が伸びている。尤も、爪など使わずとも、その腕を叩き付けるだけで人間など木っ端微塵であろう。
総じて、異形としか呼べぬ化物――ディーンクラッドの真の姿は、想像以上の怪物であった。
『さあ戦おう、女神の使徒たちよ。僕は公爵級悪魔第八位、ディーンクラッド。君たちを滅ぼすものであり、君たちが打ち砕くべき壁だ』
しかし、真の姿を晒して尚、ディーンクラッドの物言いは変わらなかった。
奴は相変わらず、俺たちに対して試練として立ちはだかるつもりであるらしい。
尤も、力の差が大きすぎて、試練どころか災害のような存在であったが。
こちらへとやってきていたプレイヤーたちも、その異様な姿を見て思わず足を止めてしまっている。
俺としても、その気持ちは分からなくもない。このような巨大な化物、一体どうやって攻めればよいというのか。
――そんな俺たちの不安を斬り裂くように、力強い祈りの声が響き渡った。
「大いなる女神よ、我が祈りを聞き届けたまえ……我が同胞に、天を駆ける力を!」
それは、後方へと避難したはずのローゼミアの声。
後方へと振り返れば、『キャメロット』の連中に護られた先から、桃色に輝く光の柱が立ち上っていた。
それと共に光の羽が舞い散り、周囲のプレイヤー全員へと降り注いでいく。
「皆さま! 今この時のみですが、皆様に空に足を付ける力を授けました。どうか……皆さまに、勝利を!」
見れば、俺たちの足に桃色の光が纏わりついている。軽く跳躍して意識してみれば、確かに空中に踏み台があるように足を留めることができた。
成程……確かに、これならば幾分かは戦い易いか。
相手は圧倒的という言葉すら霞むほどの格上。全てを尽くして尚、分の悪い賭けであると言わざるを得ない相手だ。
だが、最早後戻りもできない。ここからは、全力で前に進むだけだ。
「ああ、いいさ。望み通り、やってやるよディーンクラッド……ここからが本番だ」
聞かせるつもりのない、小さな呟き。
しかし、ディーンクラッドは仮面の下で笑っているような気配を零しながら、歓喜と共にその腕を広げた。
『さあ、魅せてくれ――君たちの輝きを!』





