324:人よ、祈りと共に輝きを示せ その3
人形の包囲網を潜り抜け、王城へと侵入する。
後方では師範代たちを始めとした大半のプレイヤーが戦闘を開始していたが、そちらは任せておいて問題はないだろう。
多少苦戦はするだろうが、あいつらならば何とかしてしまう筈だ。
俺たちが気にするべきは、ディーンクラッドのことだけである。
現在、ここまで来ているのは俺のパーティとアルトリウスのパーティ、合わせて十二人だけだ。
ちなみに、俺のパーティの残る一枠には『キャメロット』から高玉が入っている状態である。
アルトリウスのパーティは、彼を始めとしてディーン、デューラック、マリン、スカーレッド、パルジファルというメンバーだ。
まさに最精鋭、ドリームチームとでも呼ぶべき様相だろう。
「それで、アルトリウス。勢いでここまで来たが、本当にこっちにいるのか?」
「保証はありませんが……恐らく間違いないかと」
「その根拠は?」
「クオンさんならよくご存じだと思いますよ」
「……成程、そういうことか」
走りながら交わしたアルトリウスの言葉に、俺は納得して首肯した。
世界が違えど、悪魔とはMALICEから出現したものだ。となれば、奴らの習性は《払暁の光》の連中に近い。
おおよそ、奴らは上位の存在になればなるほど、劇場型というか舞台を重視する傾向がある。
ディーンクラッドも、その例に漏れないタイプであることは確かだ。奴は、特にその典型的なタイプであったと言えるしな。
ともあれ、そういうことであれば話は早い。恐らく、奴は玉座の間で俺たちを待ち構えていることだろう。
ああいった場所は、城の正門から真っ直ぐと進んだ場所にある。であれば――
「障害物は俺が排除する。お前たちは温存しろ」
「よろしいのですか?」
「多少使った所で、俺はすぐに回復するからな。問題はない」
こちらを案ずるデューラックの言葉にそう返し、前に出る。
城門を抜けた中庭には、何体かの悪魔が存在している。
人間に近いあの姿は、デーモンではなくデーモンナイトの類だろう。
こちらの姿を捕捉したデーモンナイトたちは、すぐさまこちらへと向けて距離を詰めてくる。
無論、それを大人しく待ち構えるつもりも無く、俺はすぐさまその先頭の敵へと肉薄した。
歩法――縮地。
「『生奪』!」
先ほどの人形相手には効かなかったが、こいつらならばHPを吸収することができる。
突如として眼前に現れた俺に驚愕したデーモンナイトは僅かに動きを硬直させ、その隙に相手の首へと刃を差し込む。
そのまま刃を横に薙いで首を半ばまで断ち斬り、倒れる死体を前に蹴り飛ばして目くらましとする。
歩法――烈震。
その陰に隠れるようにしながら姿勢を低くし、横へと飛び出せば、俺の姿を見失ったデーモンナイトが動きを止めている状況だ。
困惑する悪魔の横合いに潜り込んだ俺は、即座に脇腹から刃を突き込み、心臓と肺を破壊した。
残るは二体、一体は後方で魔法を構え、こちらへと向けて放とうとしている。
もう一体は槍を装備したデーモンナイトであり、改めてこちらの姿を捕捉して槍を突き込もうとしている所だ。
その位置を確認し、俺は突き出された槍を刃で打ち落としつつ、その柄を足場に跳躍した。
「『生奪』」
前のめりに体勢を崩したデーモンナイトの首へと刃を走らせ、首を裂く。
そのまま悪魔の背後に回り込んだ俺は足を払って体勢を崩させ、その身をもう一体の悪魔の方へと向けて投げ飛ばした。
魔法を放とうとしていた悪魔は、自らへと飛んでくる死体に困惑し、魔法を放つ手を鈍らせてしまう。
迎撃か回避か、そして俺の位置を見失ったこともまた原因だろう。
歩法――烈震。
そして、その隙があれば、風林火山を使っている今の俺にとっては十分すぎる。
悪魔が逡巡している間に距離を詰めた俺は、翻した一閃にて悪魔の首を斬り飛ばした。
とりあえず、この辺りにいた悪魔は倒し切れたが、気配はまだまだある。
ディーンクラッドは戦闘に入りさえすれば、横槍を許すようなことはないだろうが……そこに辿り着くまでの妨害はあるだろう。
「よし、さっさと移動するぞ」
「いやはや……流石の早業ですね」
ディーンの賞賛には軽く肩を竦めて返し、早々に城内へと侵入する。
人の気配は一切ないが、やはり悪魔の蠢く気配は存在していた。
俺は仲間たちよりも若干先に出ながら城内を駆ける。徐々に騒がしくなる気配は、俺たちの侵入に気が付き始めたということだろう。
尤も、あの伯爵級悪魔がいたせいか、あまり警戒はされていなかったようだが。
「流石に後ろまではカバーしきれん、そっちで何とかしてくれ」
「いえいえ、当然ですよ。この程度なら全く問題ありません」
「そりゃ何よりだ……っと!」
曲がり角でばったり遭遇した悪魔の首を一閃で斬り落としつつ、玉座の間へと直行する。
後はこの、絵画などが飾られていたであろう通路を進むだけなのだが、流石に玉座の間の前には悪魔が待ち構えているようだ。
重装の、鎧を纏う悪魔が二体。その姿は爵位持ちに見紛うほどのものだが、どうやらあれもデーモンナイトであるらしい。
どうにも、デーモンナイトの中でもピンキリがあるように思えるが――まあいい、邪魔をするなら斬り捨てるまでだ。
「先生、左の方は私が」
「ああ、使い過ぎるなよ」
「分かってますよ」
一人でも倒せないことはないが、目的地を目の前にしては、無駄な時間の浪費は避けるべきだ。
一体は緋真に任せ、俺は右側の悪魔へと向けて歩を進める。
ロングソードとカイトシールド、まさに騎士然とした姿のデーモンナイト。
どうにも、この辺りのデーモンナイトは既に男爵級悪魔よりも強い印象があるのだが、果たして悪魔の序列とはどのように決まっているのか。
若干気にはなるが、今は置いておくこととしよう。
歩法――縮地。
こちらの姿を認めて動き始めたデーモンナイトたちへ、一気に距離を詰める。
しかし、デーモンナイトはこちらの動きに怯むことなく、その長剣を振り下ろしてきた。
「成程、いい反応だ」
斬法――柔の型、流水。
やはり、そこらの爵位持ちよりも腕は立つらしい。
長剣の一撃を受け流し、返す一閃を放つが盾によって受け止められる。
流石に盾との押し合いは無意味であるため、俺は重心を落としながら盾の側に身を滑りこませた。
半身になってはいるが、若干盾を高く掲げ過ぎだ。首を狙った一撃を防いだため、無理もない部分はあるが――それでは視界を遮られ、こちらの姿を見失ってしまうだろう。
半身になったデーモンナイトの背後側へと回り込んだ俺は、デーモンナイトの首へと刃を触れさせた。
「『生奪』」
斬法――柔の型、零絶。
静止状態から一気に加速した刃が、デーモンナイトの首を裂く。
一撃で致死には至らなかったようだが、致命傷には間違いないだろう。
しかし、それでもなおデーモンナイトは盾を振るい、俺へと打撃を与えようと狙ってきた。
その状態で尚戦えることは驚嘆に値する。が――
斬法――柔の型、流水・浮羽。
盾の一撃を篭手で受け止めながら、その勢いに乗って移動する。
摺り足で大きく体を反転させ、体を引き絞り――矢を放つように、こちらへと振り返った悪魔へと向けて刺突を放つ。
斬法――剛の型、穿牙。
放った一撃は、兜の隙間を綺麗に擦り抜け、悪魔の眼窩を貫き穿つ。
びくりと体を震わせたデーモンナイトは、そのまま力なく倒れ伏すこととなった。
緋真もまたデーモンナイトの首を焼き斬り、片付けることに成功したようだ。
「さてと……準備はいいか?」
「……はい」
扉越しでも感じる、強大極まりない魔力。
この先に、奴がいることは間違いないだろう。以前の時ですら強大であったが、今感じる圧力はその時をも上回っている。
リソースを集めることで力を増したか、或いはこれが本来のディーンクラッドであるのか。
魔力の総量だけで言えば、俺の魔力など十分の一を遥かに下回るほどだろう。
だが、それでも勝たねばならない。人々が生きる未来のため、ここでディーンクラッドを打倒しなければならないのだ。
「――行くぞ」
覚悟を決め――玉座の間の扉を、押し開く。
瞬間、まるで突風が吹きすさぶかのような圧が、俺たち全員の体を打ち据えた。
「……ッ!」
「――嗚呼、待っていた。待ちわびたよ」
壇上にある二つの玉座。その左側に座す男は、俺たちの姿を見て嬉しそうに笑う。
赤い髪、浅黒い肌、黒い軍服のような衣――公爵級悪魔、ディーンクラッド。
その圧倒的なまでの存在感に、俺は思わず息を飲んだ。
「アルトリウス様……!」
「っ、ローゼミア様!」
一方で、アルトリウスが視線を投げていたのは、右側の玉座。
そこには、黒い曇りガラスのような結界で拘束された、聖女ローゼミアの姿があった。
無事であったのは何よりだが、まさかこの場に引きずり出されていようとは。
しかし、ディーンクラッドはアルトリウスやローゼミアのことなどまるで気にした様子もなく、ただ俺のことを真っ直ぐと見据えながら声を上げる。
「僕はずっと……君と戦いたいと思っていた。異界の英雄、我らが王の認めた人間の可能性よ」
「チッ……それを知っているか」
MALICEが裏でどのような繋がり方をして知っているのかは知らないが、俺が久遠総一であることは奴らも承知の上であるらしい。
だが、奴には俺がMALICEを打倒したことに対する怒りは無い。ただ純粋な歓喜と共に、俺のことを歓迎していた。
「全く、気が逸って仕方がない。言葉を交わす時間すら惜しい。だから――始めるとしよう」
――空間を砕かんばかりの魔力が、解放される。
今まで感じていた圧倒的な魔力が、ただの児戯ですらないと、そう示すかのように。
押し潰されそうなほどのプレッシャーの中――俺と緋真は、ゆっくりと前に進み出た。
「緋真、まずはお前だ。行けるな?」
「はい……全力を賭して」
俺たちの姿を見下ろして、ディーンクラッドはさらに深い笑みを浮かべる。
だがそれは、これまでの歓迎の色ではない――闘争に満ちた、戦意の表情だ。
「さあ、来るがいい。僕を打倒し、人間の輝きを魅せてくれ」
その言葉と共に――俺たちは、奴へと向けて足を踏み出した。