323:人よ、祈りと共に輝きを示せ その2
久遠神通流合戦礼法、その最後の術理こそが風林火山。
それはその名の通り、四つの合戦礼法全てを統合した技術である。
そもそも、合戦礼法とは久遠神通流の開祖が扱っていた身体制御術を体系化したものであり、その元となったものこそが風林火山に当たる。
つまるところ、四つの合戦礼法とは風林火山を細分化し、特化させたものなのだ。
一つ一つの強度で言えば四つの合戦礼法の方が強いが、風林火山は非常にバランスが良く、それぞれの技法にあるようなデメリットが存在しない。
これは奥伝に並ぶ、久遠神通流にとっての到達点の一つなのだ。
故に――
「――遅い」
迎撃のために襲い掛かってきた悪魔を纏めて斬り捨てながら、前へと進む。
俺の視界に映る悪魔たちの動きは、普段よりもスローモーションに映る。
その軌道へと刃を乗せてやれば、デーモン程度は容易く両断することが可能だ。
ここまで上げ続けた攻撃力と、運動性能の上がった体があれば、雑兵程度を斬るのに時間はかからない。
「《練命剣》――【煌命閃】!」
歩法――間碧。
悪魔たちの隙間を縫い、その群れの中心まで入り込む。
それと共に、周囲へと旋回させるように刃で薙ぎ払えば、展開された生命力の刃が周囲の悪魔を纏めて斬り裂いた。
上位ではない悪魔たちの動きは単純で、その呼吸を読むことは実に容易い。
多少の無茶も衝撃を受け流すことで軽減できるため、普段よりも更に戦い方の自由度は高いのだ。
「うははは! すげぇな、オイ!」
「師範や先代は、このような戦いを続けていたということか……」
戦刃や巌の声が聞こえてくるが、それには構わず刃を振るい続ける。
俺が敵陣に風穴をこじ開け、続く門下生たちがその穴を押し広げていくのだ。
他のプレイヤーであれば多少気を使う必要もあるだろうが、こいつら相手には必要あるまい。
自由に斬り、殺せばいい。そのためのお膳立てはしてやっているのだ。
「《奪命剣》――【咆風呪】」
振り下ろした刃より黒い風を放ち、周囲にいた悪魔のHPを纏めて吸収する。
吸収量はダメージ量、即ち俺の攻撃力に依存するため、限界まで基礎攻撃力を上昇させている今の俺にとっては有効な回復手段となる。
一方で、大幅にHPを削り取られた悪魔たちは、瞬く間にルミナや門下生たちの餌食となった。
駆け足で前に進む程度のスピードを維持しながら、ただひたすらに悪魔を斬り続ける。
目標はディーンクラッドなのだ、その他の雑兵などに用はない。
斬法――剛の型、穿牙。
正面の悪魔を刃にて貫き、そのまま払って胴を裂く。
倒れる死体はそのまま正面へと蹴り飛ばして目くらましとしつつ、俺は脇へと潜り込んで後ろ側にいた悪魔の腕を斬り飛ばした。
ただ群れているだけの悪魔など、突っ立っているだけの巻き藁と大差はない。
俺は相手の膝を足場に跳躍、首を刎ねつつ高く飛び、群れの中にいる悪魔の一匹へと飛び込んだ。
斬法――柔の型、襲牙。
鎖骨の隙間から臓腑を貫き、一撃にて絶命させる。
その体から刃を引き抜いて血を振るい落とし、袖で拭いつつ前へと出て――背後から襲い掛かってきた一撃を半身になって回避する。
「……?」
斬法――剛の型、輪旋。
ある違和感を覚えつつも、その動きの勢いを利用して刃を旋回させ、薙ぎ払う。しかし、餓狼丸が斬り裂いたものは悪魔ではなく、初めて見るような代物であった。
どこか木のような材質の、マネキンのような人型。のっぺらぼうで、動きにも生き物らしい質感が無い。
先ほど感じた違和感も、呼吸音やら人間らしいテンポが感じ取れなかったが故だ。
(コイツが、例の伯爵級悪魔の人形か?)
動きは精巧ではあるが、人間らしさは感じられない。
どこか無機質な印象を受けるその人形の攻撃手段は、指全体が刃となった手による引き裂きだろう。
胴から両断された人形は――しかし、上半身だけで浮かび上がったまま、こちらへと襲い掛かってくる。
「――『生奪』」
斬法――剛の型、刹火。
その腕を掻い潜りつつ刃を振るい、左腕を斬り落とすが、人形はまだ動きながら残る右腕だけでこちらへの攻撃を続けた。
成程、つまり――
「こうか?」
動き自体は単調であるため、回避することは難しくはない。
人形の攻撃を避けた俺は、刃を走らせてその首を斬り飛ばした。
ごろりと頭が落ちると共に、宙に浮いていた人形は、それまでの動きが嘘であったかのように地面に落下して停止する。
やはり、頭が無ければ動けないということか。
「ふむ……伯爵級悪魔の人形だ! 頭を潰せ!」
「ぬ、こうか!」
どうやら巌の所にもいたらしく、彼が拳で頭を殴り潰した瞬間に人形は沈黙した。
人形を操り、数で攻めるタイプであると聞いていたが、今のところまだそれほど確認はできない。
恐らく、これから数が増えていくということだろう。弱点が分かり易いのはいいが、逆に弱点を破壊しなければいつまでも動き続けるのは面倒だ。
優先的に頭を潰していくしかないだろう。
(……というか、コイツにはHPが存在していないのか?)
先ほど《奪命剣》を絡めて攻撃したが、俺のHPは回復しなかった。
つまるところ、この人形にはHPは存在しておらず、弱点以外を攻撃してもHP削りによる打倒はできないということになる。
HP吸収を回復手段としている俺にとっては、中々に厄介な代物だ。
雑に攻撃することなく、正確に破壊していかなければならない。
「――まあ、大差はないがな」
例え多数の人形が相手であったとして、風林火山を使用している今であれば、正確に刃を差し込むことなど造作もない。
ただひたすら、首を胴から斬り離していけば済む話だ。
歩法――陽炎。
四方八方から飛んでくる攻撃を躱しながら、的確に相手の首を斬り落としていく。
悪魔であろうと人形であろうと、首を落とせば沈黙するのだ。
そういう意味では、深く考えずに済むため楽なものである。
「甘い甘い」
口元を歪めて嗤いながら、迫りくる敵の首を斬り飛ばす。
デーモンが振り下ろしてきた一撃を回避、前屈みになった首を斬り飛ばしながら前へ。
不規則に動く人形は攻撃に迫ってくる瞬間を見計らって反撃し、確実に首を斬り離せば対処できる。
いくつも転がっていく悪魔と人形の首を踏み越え、広い通りへと到達し――
「……!」
「おうおう、随分と熱烈な歓迎じゃねぇか!」
そこに、隊列を組んで並ぶ人形の群れを発見した。
その奥にいるのは、礼服を纏った神経質そうな男――どうやら、あれが伯爵級悪魔であるらしい。
「――止まれ、これ以上先に進むことは許さん」
「知らんな、貴様に用はない。早々に押し通る」
こちらを待ち受けているつもりであるようだが、生憎とそれに付き合うつもりはない。
当初の作戦通り、俺たちはこのまま通り抜けさせて貰うとしよう。
無論、相手としても通り抜けさせるつもりなど毛頭ないらしく、立ち並ぶ人形たちは矢を装備している。
悪魔共に足止めをさせ、一方的にこちらを射るつもりのようだ。
だが、それに対して素直に付き合う義理もない。
「セイラン!」
「クェエエエエエエッ!」
セイランを呼び寄せ、嵐を纏わせる。
生半可な矢など通用しない、暴風の鎧だ。
セイランを伴い、暴風を壁のように展開しながら、真っすぐに前へと進む。
俺の動きは予想外だったのだろう、悪魔は人形を操り、一気に矢を射かけてくるが、それらは全て暴風に逸らされて明後日の方向に飛んで行った。
矢である以上、一度放てばもう一度放つまでに時間がかかる。
その隙に、俺は人形の群れの中へと一気に斬り込んだ。
「《練命剣》」
斬法――剛の型、扇渉。
前衛にいた人形たちを纏めて斬り払い、首を飛ばす。
崩れ落ちる人形たちの体を陰に前進、相手の頭を掴みながら跳躍、上下逆さまになりながら体を捻り、首をへし折った。
そして捩じり切った首を伯爵級悪魔へと投げつけて目くらましとし、人形の中央まで飛び込み――
「《練命剣》――【煌命閃】」
生命力の刃で、全体を薙ぎ払う。
ここまで数がいると、流石に全て首を狙うことは難しかったが、例え胴や腕でも動きを制限することはできる。
「っ、おのれ!」
「おっと、邪魔はさせませんよ」
「先生、正面をぶっ飛ばします!」
近接専用の装備を持った人形が近付いてくるが、それらは水蓮や緋真が動きを妨げた。
更に緋真は正面へと炎を飛ばして爆破し、人形の隊列を乱し――そこに突撃したのは、後方からグリフォンを駆って突撃するラミティーズであった。
ストームグリフォンの力を借り、嵐を纏う彼女は、戟を脇に一直線に人形の群れへと飛び込む。
その威力は、体重の軽い人形たちを蹴散らし、隊列に穴をあけるには十分な威力であった。
「――アルトリウス!」
「はい、行きます!」
ラミティーズが開いた風穴へ、俺たちは一気に走り込む。
伯爵級悪魔はこちらの動きを遮ろうと人形を動かすが、その動きは後方から飛来した矢や魔法によって遮られる。
狭まろうとする人形たちの隙間を抜け、先にある王城へと続く通りに飛び込み――
「あの程度で、ディーンクラッド様に届くものか――残る貴様らは、伯爵級十五位、グランスーグが片付けてくれる!」
――耳に届いたその声を最後に、俺たちは通りの悪魔たちを振り切ったのだった。