319:連なる楯
「三、二、一、今だ!」
『《フォートレス》!』
アルトリウスの立てた作戦は、至極単純なものだ。
可能な限りの楯役のプレイヤーを集め、それを何組かに分けて順番に《フォートレス》を使うという内容である。
この三段撃ちのような手順はパルジファルたち防御部隊が以前から行っていた方法であり、《フォートレス》のクールタイム問題を解決するにはちょうどいい物とも言える。
尤も、攻撃の合間を縫った交代のタイミングやヘイト調整など、色々と難しい所はあるようだが、そのプロフェッショナルであるパルジファルがミスをするということはまずないだろう。
故に――
「まずは足を潰せ! 機動力を削ぐんだ!」
「ヘイトを溜め過ぎないように注意しろ!」
俺たちは、心おきなくゼオンガレオスへと攻撃を加えられるということだ。
『キャメロット』を始めとした多数のプレイヤーは、パルジファルたちを攻撃しているゼオンガレオスを背後から攻撃し続けている。
無論、攻撃を重ねていれば奴の注意もこちらに向き始めるのだが、その度に《プロヴォック》が飛んでゼオンガレオスを釘付けにする。
一人だけでは《プロヴォック》による誘因でも間に合わなかっただろうが、複数人で楯を維持する《フォートレス》ならば可能な戦術だ。
(だが……思ったよりも数は多くないな)
パルジファルの元に集ったプレイヤーの数を確認しながら、俺はゼオンガレオスの左足へと刃を振るう。
両足を著しく傷つけられ、動きに関してはかなり鈍っている状況だ。
しかしながら、ゼオンガレオスは攻撃の手を緩めることなく、幾度となくタンクたちへと向けて拳を振り下ろしている状況であった。
きちんと痛みは感じている様子であるが、それ以上に戦意が高すぎるらしい。単純ではあるが、ここまでくると考え物だ。
そして厄介なことに、パルジファルの指揮下に加わった外部のプレイヤーはそこまで多くはない。
何故なら、《フォートレス》というスキルは通常のパーティではそれほど活用するものではないからだ。
一つのパーティにタンクが二人以上いるというパターンは中々少なく、《フォートレス》を普段から活用しているようなプレイヤーはあまり多くはないのだ。
しかし、それでも皆無というわけではない。特に、レイドを前提として組んでいる大規模ギルドの面々ならば尚更だ。
まあ、『キャメロット』を目の上のたん瘤だと思っている彼らにとっては少々複雑な状況だろうが。
「し……ッ!」
膝を突いている状態のゼオンガレオス、今狙うべきは膝裏だ。
足首に加え、膝を破壊すれば流石に立ち上がることはできなくなるだろう。
だが、地上に近いその辺りは既に他のプレイヤーが集まっているため、俺は別の位置を狙うこととした。
鉤縄を投げ、ゼオンガレオスの肩に引っ掛けて跳躍し、登るのは奴の背中の上だ。
前かがみの体勢であるため、背中の上に乗ることは難しくはない。そして触覚が鈍感なこいつは、背中に乗られた程度ならば気づくことはない。
「《練命剣》――【煌命閃】」
暴れるゼオンガレオスの背中は非常にバランスを取ることが難しいが、足が無事だった頃に比べればかなり安定している。
重心を制御して背中の揺れを吸収しながら、俺は全力で刃にHPを注ぎ込んだ。
餓狼丸のHP吸収は既に上限まで到達している。全ての魔法を注ぎ込んだ現状、俺の攻撃力は最大限にまで高まっている状態だ。
斬法――剛の型、輪旋。
大きく翻した一閃を、ゼオンガレオスの首へと叩き付ける。
姿が変わった影響か、既にアリスのスキルによる弱点付与の効果は残っていない。
しかし、それを補っても余りあるほどに、今の俺の攻撃力は上昇しているのだ。
叩き付けた一閃は、ゼオンガレオスの首へと突き刺さり――その身を、深く斬り裂いた。
『ガアアアアアアアアアアアッ!?』
流石にこのダメージは堪えたのか、ゼオンガレオスは傷口を押さえ、体を仰け反らせて絶叫した。
しかし、俺はその直前、強くコイツの背中を蹴って頭上へと跳躍する。
体を仰け反らせる勢いに乗り、自らの体を捻りつつ刃を振るうことで体勢を整え、調整した位置はゼオンガレオスのちょうど真上。
傷を押さえて仰け反るゼオンガレオスの視界には、空中で踊る俺の姿が見えたことだろう。
だが――最早、反応するには遅い。
「《練命剣》、【命輝閃】!」
斬法――柔の型、襲牙。
そして俺は、落下と共にゼオンガレオスの瞳へと餓狼丸の刃を振り下ろした。
こいつも流石に目を閉じたが、瞼程度では攻撃力の高まった餓狼丸を防ぐことなど叶わない。
その切っ先は巨大な目を貫き、その眼窩へ深々と突き刺さった。
『ゴッ、ガア……ッ!?』
「よっ、と」
そのまま体を傾け、転がり落ちるような体勢で抉りながら刃を引き抜く。
当然ながらゼオンガレオスの体から落下することとなるが、俺は即座に鉤縄を伸ばして残っていた街灯へと引っ掛け、地面への激突を回避した。
片方の目を潰されたゼオンガレオスは顔を押さえ、痛みに呻きながら蹲る。
しかし、その戦意が萎えていないことは、周囲に迸る殺気からも明らかであった。
今のゼオンガレオスのHPは二本目。そのHPも今の攻撃によって尽きかけている。他のプレイヤーたちの集中攻撃によって、それも尽き果てることになるだろう。
飛来する魔法や矢も尽きることはなく、ゼオンガレオスへの集中攻撃は続き――その瞬間、巨体の悪魔は腕に炎を纏いながら、両手を地面へと叩き付けた。
「……!」
「地面に注意しろ!」
瞬間、地面に赤い亀裂が走り、そこから紅の炎が噴き上がる。
一度見たとはいえ、広範囲に広がるこの攻撃は、実に回避が難しい代物だ。
舌打ちしつつ大きく後退、攻撃範囲外まで退避して、俺はゼオンガレオスの姿を見上げる。
巨体の悪魔は――今まさに突き刺さった一本の矢によって、二本目のHPを全損させた所であった。
大きく仰け反ったゼオンガレオスは、無数に噴き上がる炎の柱の中、足を引きずりながら後退する。
奴が向かった先は、ずっと立ち上り続け、火球を降り注がせていた巨大な火柱の元だ。
あれは奴が最初に展開していた火柱である。これまでもひたすら俺たちの邪魔をしていたが、果たして何をするつもりなのか。
噴き上がる炎が邪魔で近づけない状況の中、ゼオンガレオスは火柱の元まで辿り着き――躊躇うことなく、その中へと飛び込んだ。
「……ッ!?」
『ゴアアアアアアアアアアアアアア!』
自ら炎に飛び込んだが、奴がそれでダメージを負うことはないだろう。
聞こえてくる声も、決して苦悶ではなく、怒りや戦意に満ちた叫び声だ。
肌を震わせるようなその叫びと共に、巨大な火柱は徐々に収束し、その幅を縮めてゆく。
やがて現れたのは――炎と化した鬣を揺らめかせたゼオンガレオスの姿であった。
「あれがゼオンガレオスの奥の手か」
どの伯爵級悪魔にしろ、最後の奥の手らしき状態はあった。
これがゼオンガレオスの本気であるならば、これが最後の争いとなるだろう。
見るからに厄介そうな見た目ではあるが、今更逃げるような選択肢もあり得ない。
ここで確実に、息の根を止めなければならないのだ。
「やることは変わらない――《プロヴォック》!」
そして、そんな姿を目の当たりにしてなお、パルジファルは一切怯むことなく自らへとターゲットを集中させた。
全身の体毛を燃え上がらせた怪物は、隻眼となった凶相を彼女へと向けて、ゆっくりとそちらへ近づいていく。
恐らく、攻撃力は先ほどよりもさらに増しているだろう。
《フォートレス》でさえ防ぎきれないようなダメージを負うことになるかもしれない。
しかし、その程度で怯むほど、『キャメロット』の部隊長たる彼女の矜持は弱いものではなかった。
その様を確認して、俺は小さく笑みを浮かべながら前に出る。
「さて……もうひと踏ん張りか」
炎に――圧倒的な熱量に包まれた敵。
確かに厄介極まりない存在だ。恐らく、近づいただけでダメージを受けることになるだろう。
そんな状態で、圧倒的なタフネスを持つコイツを倒し切れるかどうかは難しい所だ。
だが、そのような敵は、先日戦ってきたばかり。故に、俺は笑みを浮かべながら声を上げた。
「――行くぞ、緋真」
「はい、先生!」
威勢よく応える緋真に頷きつつ、ゆっくりとゼオンガレオスへ近づいていく。
さあ、この街での戦いも、そろそろ大詰めにするとしよう。





