316:剛炎の悪魔
「チッ……どいつもこいつも役に立たねぇ」
短い真紅の髪をかき上げ、悪魔は苛立ち交じりにそう声を上げる。
瓦礫の山の上から跳び下り、地に降り立ったその悪魔は、二メートルを優に超えているであろう大男の姿をしていた。
確かに、報告に聞いていた通りの姿だ。炎を操る大柄な男――どのような能力を持っているのかは不明だが、見るからに戦闘能力は高そうだ。
尤も、バルドレッドなどのように技量に優れているタイプではない。持ち前の身体能力と魔力でごり押しするタイプと見た。
「リソースもあまり溜まらねぇ、テメェらみたいなゴミ共もやってくる。ったく、ディーンクラッドの野郎に肩入れしたのが間違いだったってか」
どうやら、こいつはディーンクラッドに対して忠誠心を抱いているタイプではないらしい。
そもそも悪魔同士の上下関係も爵位や順位以外にはよくわかっていないのだが、とりあえずこいつはディーンクラッドと友好な関係にあるというわけではないようだ。
まあ、それがどちらであったとしても、俺たちのやることは変わらないわけだが。
俺は細く息を吐き出し――瞬時に、その悪魔の懐へと飛び込んだ。
歩法――烈震。
強く地を蹴り、悪魔の元まで一気に接近する。
互いの距離はそこまで遠くはない。俺であれば一瞬で詰められる程度のものであったが――
「っと!」
「――っ!」
袈裟懸けに斬りつけたその一閃を、悪魔は左腕を掲げて防御してみせた。
特に防具も付けていない腕であるが、俺の一閃は軽く食い込む程度で、悪魔に対しては殆どダメージを与えられていない。
餓狼丸の解放も三魔剣も使っていないとはいえ、随分と頑丈なようだ。
食い込んだ傷からは僅かに緑の血が滲むが、悪魔はまるで痛痒を覚えた様子もなく、厳つい顔に凄惨な笑みを浮かべた。
「成程――テメェが例の魔剣使いか」
膨れ上がる魔力と殺気。それに即座に反応した俺は、悪魔の腹を蹴りつけつつ後方へ跳躍して距離を取った。
そして次の瞬間、奴の右腕が凄まじい熱量で燃え上がり、俺がいた場所へと鉄槌のごとく振り下ろされた。
地面へと叩き付けられたその一撃は、その瞬間に巨大な爆発を巻き起こし、周囲に衝撃と炎を撒き散らした。
その破壊力に飲まれぬように距離を取って、俺は改めて餓狼丸を構え直す。
成程、大層な威力だ。『キャメロット』に所属する壁役――あのパルジファルの部隊に属するプレイヤーが一撃で倒されたというのにも頷ける。
「ディーンクラッドとロムペリアのお気に入り……はっ、大したことは無さそうだな」
挑発的な笑みを浮かべる悪魔に、俺は僅かに視線を細める。
こちらを煽り、冷静さを失わせようとする意図と言うよりは、単純に思ったことを口に出しているだけのようだ。
別段、どう思われようが構わない。結局のところ、やることは同じなのだから。
「アルトリウス、自由にやらせて貰うぞ」
「はい。こちらも隙を見て援護します」
わざわざ数で押しているのだ。俺一人でこいつを追い詰める必要もない。
だが同時に、他に配慮して手加減をしてやるような道理もない。
故に――
「踏み台の分際で、よく吠える」
「……あ?」
「お前はディーンクラッドへの足掛かりに過ぎん。のんびりと時間をかける理由もない。故に、手早く片付けさせて貰うとしよう」
尤も、実際にはそう甘い相手ではないことは分かっている。
だが、ディーンクラッドに対して叛意を抱き、不満を持つこの悪魔に対してならば――
「ほざくじゃねぇか……ゴミの分際でよォッ!!」
瞬間――悪魔の全身が、一気に燃え上がる。
強大な殺意と熱量を向けられ、戦慄を感じると共に口角が吊り上がる。
こちらとしても、この悪魔を赦すつもりなど毛頭ない。この街の人々を一人残らず殺し尽くした首謀者――この悪魔を必ずや縊り殺す。
その殺意と共に、俺たちはこの街へと足を踏み入れたのだから。
「伯爵級第五位――ゼオンガレオス! テメェを燃やし尽くす男の名だ!」
「久遠神通流のクオン。畜生の首に価値などない、早々に果てるがいい」
悪魔、ゼオンガレオスはその言葉と共に戦闘態勢へと入り――その瞬間、周囲より無数の魔法が奴へと向けて降り注いだ。
悠長に話している間に、アルトリウスたちはとりあえず近場の悪魔共を片付け終えていたのだ。
遠距離攻撃の的になっているその姿を見つめながら、俺は脇構えに餓狼丸を構え直す。
「――貪り喰らえ、『餓狼丸』」
そして成長武器を解放、周囲に漆黒の靄が溢れ始める。
敵味方を問わずHPを吸収するこの妖刀は、味方が多い状況下では正直使いづらいものだ。
しかし、伯爵級悪魔に対して使用することはあらかじめ周知しているし、覚悟の上であれば恐れるほどのダメージ量ではない。
大量のHPを吸収し、徐々に刀身が黒く染まり始めるのを確認して――俺は、スキルを発動した。
「雑魚共が、粋がってんじゃねぇぞッ!」
「《剣氣収斂》……《蒐魂剣》、【断魔斬】!」
刹那、巨大な炎が噴き上がる。
ゼオンガレオスを中心にドーム状に広がる炎は、周囲を蹂躙して薙ぎ払い――俺の放った蒼い軌跡が、広がる炎を押しとどめた。
やはり、このテクニックは格上の攻撃相手にも効果があるし、貫通ダメージも受けないようだ。
「――『生魔』!」
歩法――烈震。
未だ炎が燻る場所へ、魔剣を発動しながら飛び込む。
突き出した切っ先は、残っていた炎を纏めて消し去りながら、ゼオンガレオスの元まで到達した。
斬法――剛の型、穿牙。
俺の全体重を乗せた一撃は、ゼオンガレオスの心臓へと向かい――その寸前で、差し込まれた腕に阻まれた。
しかし、《練命剣》を交えている今、攻撃の威力は先ほどまでとは訳が違う。
俺の放った一撃は、ゼオンガレオスの腕を貫き、貫通した所で停止した。
「ッ……!?」
「しッ!」
刃を捻り、傷を抉りながら引き抜く。
大したダメージにはならないだろうが、僅かにでも攻撃の勢いを弱められるのであれば御の字だ。
ゼオンガレオスは俺の攻撃力が上がっていることを理解し、先程よりも強くこちらのことを警戒してくる。
だが、こいつは元よりそう多くの戦術を持っているタイプではあるまい。
この距離にいるのであれば――
「砕けやがれッ!」
――当然、拳での攻撃に帰結するだろう。
振り下ろされる一撃に対し、俺は後方へと跳躍することで回避する。
体がでかいだけにリーチも長い。武器が無いとはいえ、その攻撃範囲を見誤れば一撃で致命傷を負いかねない。
攻撃を回避した俺に対し、苛立った様子のゼオンガレオスは、無遠慮に距離を詰めて俺へと追撃を仕掛けてきた。
(攻撃は重く、受け流すことは不可能。こちらの攻撃は通るが、HPの総量はかなり高い)
総じて、想像していた通りの相手であると理解し、俺はあえて前へと踏み出す。
突き出してきた拳の下をくぐるようにしながら肉薄、振るう刃にてゼオンガレオスの脇腹にカウンターを合わせた。
斬法――剛の型、刹火。
斬り裂き、血が噴き出るが、大きなダメージには繋がらない。
この悪魔は人の形をした戦車のようなものだ。規格外の体力や攻撃力を有するが、小回りが利かず大雑把。
強引にそれを運用できるだけの体力と魔力を有しているため、厄介であることは間違いないが――技巧に優れぬその戦い方からは、先の動きが手に取るようにわかる。
故に、警戒すべきは――
「おおおおおおッ!」
「――――!」
歩法――陽炎。
その巨大な魔力によって放たれる、暴力的なまでの炎による攻撃だ。
突き出した拳から放たれた火炎放射を、位置を誤認させることによって回避する。
射線上には他のプレイヤーがいただろうが、生憎とそこまで気を配っている余裕は無い。
「ちょろちょろと、逃げ回ってんじゃねぇぞォ!」
「口ばかり達者なものだ」
こちらの挑発を受けてか、ゼオンガレオスは掴みかからんと両手を広げてこちらに突進してくる。
体がでかいだけに、これを回避するのは少々面倒だが――まともに相手をする必要もない。
「《練命剣》、【命輝一陣】」
「がっ!?」
放つのは生命力の刃。遠距離攻撃であるこの一撃には、通常の攻撃程の威力は無い。
だが、黄金に輝くその一撃は、目くらましに使うには十分な代物だ。
顔面に攻撃を受けたゼオンガレオスは僅かに怯み、それと共に跳躍した俺は奴の肩を足場にして攻撃を回避する。
そして次の瞬間――
「おおおおおッ!」
「ハァッ!」
白銀の鎧を纏う騎士二人――『キャメロット』の二枚看板たるディーンとデューラックが、それぞれの武器を手にゼオンガレオスへと斬り込んだ。
二人分の渾身の一撃を受け、流石の悪魔も体をふらつかせる。
そんな奴の正面に立つのは、巨大な盾を構える女騎士だ。
「さあ、ここからが本番だ――雪辱、果たさせて貰うぞ!」
悪魔を掃討し切れてはいないが、『キャメロット』の部隊長たちは続々と集結しつつあるようだ。
これぞプレイヤー側の総力。パルジファルの言う通り、ここからが本当の戦いだ。
周囲を見渡し、苦々しげに表情を歪めるゼオンガレオスの様子を眺めながら、俺は再び奴へと向け足を踏み出した。