306:炎の悪魔たち
北西の都市ラビエドから更に北東へ。
どうやらラビエドにも炎の悪魔たちの襲撃があったらしく、ところどころに破壊の痕跡が見られた。
とはいえ、アルトリウスたちが西の街を解放してくれていたおかげか、街の護衛そのものは間に合っていたらしく、襲撃を退けることはできたようだ。
とりあえず、護衛のプレイヤーたちはまだ詰めているようであるし、悪魔共の襲撃があっても何とかなるとは思うが……あまりこの状況が続くのも好ましくはない。
『キャメロット』のプレイヤーが拘束されている状況が続いては、攻略に支障が生じてしまう。
まずは、彼らの負担を取り除くことが重要だろう。
「どうします、先生。街の様子を先に偵察してきますか?」
騎獣で北の街へと向かいつつ、アリスを後ろに乗せた緋真が声を上げる。
その言葉に、俺は頷きつつ声を上げた。
「そうだな。とりあえず、一度様子は見ておきたい。まあ、話を聞く限りでは碌な状況ではなさそうだがな」
アルトリウスの言葉の通りであれば、北の都市は既に滅びている。
生き残った人間が存在するのかどうかすら定かではない。
何とも口惜しい話ではあるが――起こってしまったことは、最早覆せない。今はただ、できることをするしかないだろう。
差し当っては、敵情視察が重要だ。近い内に北の都市を攻めることになるのだから、地理を把握しておくことは重要だろう。
「北の都市に関しては総攻撃になるでしょうし、そこまで作戦も要らないんじゃないの?」
「状況も見ていないのにそんな判断は下せんさ。まあ、そうなる可能性も否定はできないが」
恐らく、北および中央の攻略は数多くのプレイヤーが参加することになるだろう。
『キャメロット』だけならばまだしも、複数のクランが入り混じった状況では、流石のアルトリウスも制御しきれるものではない。
そんな状況であれば、愚直な突撃作戦になってしまったとしても不思議はないだろう。
実際、最前線のプレイヤー全てが集まった数の暴力であるならば、雑ではあるが攻略も難しくはあるまい。
生存者が居るのであれば雑過ぎて使えないような作戦ではあるが、今回はその限りではないのだ。
――尤も、伯爵級悪魔についてはそう簡単な問題ではないだろうが。
「……まあ、どう攻めるかはアルトリウスが決めるだろうし、俺の気にする話でもない。現地でどう動くかを考える程度でいいだろう」
「まあいいけど……どうせ大将首狙いでしょう、貴方の場合」
呆れを交えた調子のアリスの言葉には、否定せずに肩を竦めて返す。
実際の所、その通りになるだろう。ここの伯爵級悪魔はバリバリの戦闘タイプであり、ディーンクラッドほどではないにせよ、決して油断はできない相手だ。
《化身解放》のこともあるし、下手に一般的なプレイヤーをけしかけてリソースをくれてやる必要もあるまい。
とは言え、数の暴力も強力であることは間違いない。上手いことこちらが削られず、相手にダメージを与えられる動きができれば良いのだが――流石に、高望みというものか。
(回復のために下がる時間が確保できればいいが……実際に入ってみんことには分からんか)
適当な所で思考を切り上げ、前方へと視線を戻す。
いくつかの川を越えたその先、見えてきたのは巨大な都市の影だ。
しかし、その影の形は、明らかに他の都市とは違う。何故なら、高い建物など一切見えず、また周囲の外壁も崩れ去ってしまっていたからだ。
明らかな破壊の痕跡――それも、徹底的な蹂躙の様相だ。
凄惨な姿をさらす北の都市、アファルド。その都市は、最早完全に崩壊している様子だった。
「酷いですね……こんなの」
「実情を知っていると、尚更な」
あそこに住んでいた人々が、本当にただの背景であったならば、ここまで気にする必要も無かっただろう。
だが、俺たちは彼らの正体を、そしてこのゲームそのものの本質を知っている。
そんな俺たちにとって、この惨状は決して無視しきれるものではなかった。
「……高度を上げろ。街全体の様子を確認するぞ」
「はい……了解です」
だが、それを今口にしたところで、何かが解決するわけでもない。
義憤があることは否定できないが――ここで無策に突っ込むことに意味はないのだから。
ともあれ、まずは高度を上げ、街全体の様子を観察することとしよう。
セイランに指示を出し、街全体を俯瞰できる高さにまで上昇する。
そうして見えてきた街の全景は――瓦礫の山、と評する以外に方法のない惨状であった。
「本当に酷い状況だな、こりゃ……」
「っ……」
息を飲む緋真たちの様子をあえて見ないようにしつつ、街の全景を確認する。
街を覆っていたであろう外壁は、大部分が崩れて使い物にならなくなってしまっている。
酷い惨状だが、逆に言えば俺たちも内部に侵入しやすい状況だ。
これならば、城門破りなどのリスクの高い戦闘を行う必要もないだろう。
街中については、数多くの瓦礫の山が点在しているような様相だ。
どうやら、主だった施設については徹底的に破壊されてしまったらしい。
一方で、小さな民家などは見逃されているものもあるようだ。まあ、見逃がされたというよりは、そこまで徹底するのも面倒だから途中で投げ出したようにも見えるが。
しかし、無事な建物が少ないことは間違いない。形を残しているのは、隅の方にあるような目立たない小さな家屋ばかりだ。
少なくとも、通りに面しているような家はほぼ全滅で、辛うじて壁が残っている程度の家がちらほらある程度だろう。
(……悪魔共との戦いは、そもそも『戦争』ではない。その前提があるにしても……こいつは、あまりにも惨い)
戦争とは、そもそも国際上のルールに従った上での戦いだ。
守らなければならない規則も多く、このような一方的な殺戮になることなど殆ど無い。
しかし、悪魔との戦いは戦争ではなく生存競争だ。奴らのやり口に、民間人への配慮などある筈がない。むしろ、これまでの都市が異常であったとも言えるだろう。
ディーンクラッドが何やら言い含めていた様子ではあったが――どうやら、ここを支配した悪魔はそれに素直に従うような性格ではなかったらしい。
軽く嘆息して、思考を切り替える。
まず、この街を攻める上で、外壁や門は障害物とはなり得ない。それは一つ安心できる要素だ。
そうして内部に入り込んだ場合、まずプレイヤーに襲い掛かってくるのは街中に散らばる悪魔共だろう。
炎を纏う悪魔たちは、街中に散らばり思い思いに行動している。
その行動に法則性は見られず、襲ってこないルートを探すことは困難だろう。
そして悪魔の数は非常に多く、少し手間取っていれば、周囲から他の悪魔が集まってくることになる。
瓦礫が散らばっているため足場は悪く、そして建物が殆ど崩れてしまっているため、隠れられる場所は少ない。
逆に言えば見通しはいいため、不意打ちを受けるということはないだろう。
そして、この街に攻め込んだ際の目的地となるのは――
「お父様、あそこを……」
「ああ、気付いてる」
ルミナが指し示した先へと視線を向けて、小さく頷く。
街の中央、本来石碑がある場所には、巨大な篝火が配置されていた。
恐らく、石碑はあの炎の内側にあるのだろうが、今の状態ではその姿を確認することはできない。
さて、あれはいったい何なのか――その疑問の答えは、すぐさま分かり易い形で示されることとなった。
「――――!」
「あれは……」
緋真が息を飲み、俺は小さく呟きを零す。
俺たちの眼下で突如として燃え上がった炎――その内側より、何体もの悪魔が姿を現したのだ。
どうやら、あれこそが炎の悪魔たちの出現場所であるらしい。
悪魔共の姿は大小様々、デーモンからレッサーデーモンまでいるようだが、それら全てが一様に炎を纏っている。
つまるところ、この悪魔共の出現を止めるためには、あの炎を何とかする他ないようだ。
尤も、あれが街の中心部にある以上、この街を攻略する以外にあれを解除する方法はないだろうが。
「あ、先生、あれ!」
「……早速出撃か」
炎から出現した悪魔たちは、一斉に空へと飛びあがって四方八方へと散っていく。
どうやら、あの炎から出現した悪魔は外征要員のようだ。
となると、今街の中にいるのは警備用なのか――いや、それはいい。
「どうやら、俺たちの仕事が来たようだな」
「でも、どうします? 色んな方角に行っちゃってますけど」
「とりあえず西側でいいだろう。あまり悩んでいると距離を離される、行くぞ」
告げつつ、セイランへと合図を送る。
気になることは色々とあるが、まずは俺たちの仕事を果たすとしよう。





