305:黒き刃
とりあえず、今後の方針についてはある程度決定した。
北の都市から現れる炎の悪魔たちを迎撃し、国の各地に対する襲撃を防ぐ――言葉で言えば単純だが、流石に全てを防ぐことは難しいだろう。
何しろ、数が多い。国の各地へ派遣しているのだから、総数はかなりのものであるだろう。
ある程度は何とかなるだろうが、流石に全てを引き受けることは困難だ。
しかしながら、奴らはそれなりにレベルも高く、経験値も中々の量を手に入れることができる。
敵の戦力を削ぎつつこちらを強化できるのであれば、やっておいて損はないだろう。
ともあれ、やることが決まったのであれば悩んでいる暇もない。
ディーンクラッドと戦うまで、少しでも戦力を上げなければならないのだから。
それに、話を聞く限り北の伯爵級悪魔も結構な実力を有しているようだ。
そちらの攻略についても見越しておかねばならないだろう。
俺は頭の中で今後の予定を決めつつ、エレノアの居室から辞した。ちなみに、アルトリウスはまだエレノアと話をすることがあった様子である。
各地の防衛については共同で行っているようであるし、そちらのことは任せておくこととしよう。
「しばらくは北の都市周辺で戦闘ですかね……」
「北の攻略タイミングになったら合流すればいいだろうな。まあ、戦い方には少し気を付けなければならないだろうが」
ぼんやりと呟いた緋真の言葉に、首肯しつつそう返す。
流石に、都市の傍で戦っていては、伯爵級悪魔が察知してしまう可能性が高い。
今この状況で伯爵級悪魔と戦うわけにもいかんし、都市からはある程度離れて戦う必要があるだろう。
尤も、あの炎の悪魔共は中々に単純――と言うより、目の前にいる相手に襲い掛かるような性質をしていたようだ。
であれば、適当に攻撃を加えれば、脇目も振らずに俺たちの方へ突進してくることだろう。
街からある程度離れた場所で、軽く攻撃を加えて挑発、誘導してから戦闘に入る――まあ、そんな所だろうか。
とりあえず、ある程度方針を決めつつ、フィノの作業場へと移動する。
話している時間はそれほど長くはなかったが、成長武器の強化を終えるには十分な時間だっただろう。
そう思いつつフィノの仕事場へと足を踏み入れれば――
「それ! その素材、もっと見せて欲しい!」
「いや、待って、止めて。月牙はダメだから!」
――そこには、興奮気味にアリスへと詰め寄るフィノの姿があった。
普段は眠そうな顔をしている彼女であるが、この時ばかりは目をかっ開き、顔を上気させてアリスへと顔を近づけている。
その様子に思わず半眼を浮かべながら、俺は嘆息交じりに声を上げた。
「何してんだ、お前ら」
「あ、先生さん! マーナガルムの素材ってまだある!?」
「おん? そりゃ、一応ボス扱いだったから、あるにはあるが……」
月齢からして、本来の実力からすれば半分にも満たなかったであろうマーナガルムであるが、それでも素材はそれなりに確保することができた。
奴は実体のあるタイプの魔物ではなかったが、手に入った素材は獣タイプの魔物の素材と変化はなかった。
満月に近いほど力を増すことを考えると、今後さらに強力な素材が手に入る可能性もあるだろう。
それこそ、本体である天月狼に至っては――まあ、そもそも勝てる相手ではないので気にするものでもないだろうが。
「これ、今のお前さんに、普通に素材として使えるのか?」
「……結構きついかも」
俺の素朴な疑問に対し、フィノは途端に鎮火したように落ち着き、普段通りの半眼を浮かべて声を上げる。
その姿に、思わず苦笑しつつも納得する。マーナガルムは今の俺たちでも非常に厳しい相手だった。
フィノは確かにトップクラスの生産能力を有しているが、それでもまだ十全に加工するには足りないのだろう。
「俺たちもインベントリを圧迫するつもりはないし、素材はエレノアに卸すから、そっちから確認してくれ。まあ、成長武器の強化素材については保管しておくけどな」
「んー……分かった、了解」
ディーンクラッドとの戦いで、強制解放を使用することはほぼ確定だ。
つまり、奴と戦った後は、成長武器の強化段階が一つ下がってしまうということである。
流石に、ネームドモンスターの素材を何度も回収しに行きたくはないので、強化用の素材は保管しておきたいのだ。
「で……成長武器はどんな具合だったんだ?」
「ああ、こんな感じだったわよ」
言いつつ、アリスはこちらに黒い刃を差し出してくる。
それと共に表示されたウィンドウには、他の成長武器と同じく、驚くべき内容が記載されていた。
■《武器:短剣》ネメの闇刃 ★6
攻撃力:51
重量:15
耐久度:-
付与効果:成長 限定解放
製作者:-
■限定解放
⇒Lv.1:暗夜の殺刃(消費経験値10%)
発動中は影を纏った状態となり、敵から認識されづらくなる。
また、発動中に限り、認識されていない相手に対する攻撃力を大きく上昇させる。
更に、4秒に一度、1秒前にいた場所に幻影を発生させる。
⇒Lv.3:夜霧の舞踏(消費経験値5%)
《暗夜の殺刃》の発動中のみ使用可能。
周囲に霧を発生させ、敵からの発見率を大幅に下げる。
⇒Lv.5:無月の暗影(消費経験値10%)
《暗夜の殺刃》の発動中のみ使用可能。
2秒間の間だけ体を透過させ、相手の攻撃をすり抜ける。
⇒Lv.6:強制解放
暗夜の殺刃を発動している状態で、
現段階で蓄積している全経験値ゲージを消費して発動。
発動後、敵一体を攻撃してから一分間、自身のHPがゼロにならなくなる。
一分経過時、発動中に受けたダメージを三倍にして相手に与える。
発動終了後、強制的に成長段階が一段階下降する。
「これは……また、不思議な効果だな」
「カウンター、というか……捨て身というか。どことなく、アルトリウスさんの成長武器と似てる感じもしますよね」
「ああ、そう言えば、チャージに若干の時間がかかる単発技だと言っていたか」
アリスのも、一分間がチャージの時間であると考えればそれほど違いはないのかもしれない。
つまるところ、これは――
「一分間の間、自分から攻撃を受けに行って、それまでに受けたダメージを熨斗付けて叩き返すということか……いや待て、使いようによってはとんでもないぞ、これは」
「自分から攻撃を受けに行けばいいだけよね。HPはゼロにならないから、喰らい放題だし。まあ、その前に一度だけ攻撃を当てる必要があるみたいだけど」
「……恐らくだけど、ダメージ軽減は不可。防御力も耐性も無視して、直接相手のHPにダメージを与えるタイプだと思う。相手が強ければ強いほど有効かも」
フィノの解説に、思わず感心しながら頷く。
相手の攻撃力が高ければ、最終的にはそれだけ多くのダメージを相手に叩き返すことになる。
アリス自身の攻撃力には一切依存していないため、無理に攻撃力などを上げる必要もない。
強力極まりない力を持つディーンクラッド相手には、非常に有効な戦力であると言えるだろう。
「アリスのは、一応分類的には単発タイプという奴か……俺のは制限時間付き、緋真のは制限時間なしって訳だな」
「その代わり、火力はアリスさんが一番上ですよね。使い方次第ですけど……その次に先生、そして私。まあ、制限の数を考えれば当然だとは思いますけど」
「どっちの方がいいかは……ちょっと分からないわね」
どのタイプにもメリット、デメリットがある。一概にどれが優れているとは言えないだろう。
とはいえ、どれも強力であることに間違いはない。ディーンクラッド戦における切り札となってくれることだろう。
「さてと……それじゃあ、そろそろ行くか」
「次の目的地が決まったの? どこに行くのかしら?」
「北の都市だ。その近辺で悪魔を相手にする。詳しい話は道中でするとしようか」
とりあえず、北西にあるラビエドまで移動して、そこから空を飛んで移動した方がいいだろう。
あそこの街の様子も多少は気になるが、西が解放されたということは、北西までの流通も復活させられるということだ。
エレノアやアルトリウスも、既に手を打っていることだろう。
「それじゃあな、フィノ。ディーンクラッドと戦ったら強化段階が下がるだろうし、その時にはまた頼む」
「ん、了解。新しい素材とかがあったら、またよろしく」
「了解だ。まあ、今回は悪魔が相手だから、あまり期待はできんがな」
上位の悪魔などはそこそこ素材を落とすのだが、悪魔は基本的に塵になって消滅するためか、殆どアイテムを残さない。
今回も、素材自体はあまり期待することはできないだろう。
フィノもそれは分かっているのか、軽く肩を竦めるだけである。
そんな様子に苦笑しつつ、俺たちは『エレノア商会』を後にしたのだった。





