304:各地の状況
襲撃してきた悪魔を片付け、南の都市に戻る。
昨日のうちにアリスの成長武器を強化に回しておければよかったのだが、終わった頃には既にフィノがログアウトしてしまっていたのだ。
とりあえず、強化のために『エレノア商会』へと顔を出し――そこで、アルトリウスに遭遇した。
マリンだけを供として引き連れた青年は、俺の姿を認めて僅かに目を見開く。
「お疲れ様です、クオンさん」
「アルトリウス。前線にいたんじゃなかったのか?」
「ええ、ちょっと問題が起きまして……その相談に」
「……あの炎の悪魔のことか?」
「ああ、ご存知でしたか」
俺の言葉を、アルトリウスは否定することなく首肯する。
どうやら、アルトリウスもあの悪魔共については問題であると認識していたようだ。
正直な所、あの悪魔共の動きには違和感があった。あまりにも、行動が乱雑過ぎたのだ。
バルドレッドの配下のように、他の村や町を襲撃する悪魔は確かに存在していた。
しかし、あれはきちんと統制された動きであり、今回のようにただ殺すことを目的とした攻撃は行っていなかったのだ。
しかも、あの理性を失ったような動きだ。あまりにも行動方針が違い過ぎる。
そんな俺の疑問を肯定するかのように、アルトリウスは首肯しながら店の中へと足を踏み入れる。
どうやら、エレノアも交えて話をするつもりのようだ。
「ところで、攻略状況はどんなもんなんだ?」
「とりあえず、東西の解放は完了しました。残りは北と北東ですね」
「順調……ではある筈なんだがな」
タイムリミットまでは後六日。いや、タイムリミット前までにディーンクラッドを倒さなければならないと考えると、後一日の時点でディーンクラッドに挑みたい所だ。
そう考えても、結構なペースで攻略は進んでいるように思える。
しかしながら、アルトリウスの顔はまだ曇ったままだ。どうやら、何から何まで良い状況というわけではないらしい。
「今の所、ある程度は余裕があります。しかし、あまり悠長にもしていられませんね」
「北東はあまり問題だとは思わんが……北はそれほど難敵なのか?」
「正直、厳しいですね。詳しくはエレノアさんも一緒に」
「……了解」
さて、果たしてどのような状況になっていることやら。
そんな疑問を抱きつつ、俺は職員の案内の下、エレノアの居室まで辿り着いた。
部屋の中では、でかいデスクを用意したらしいエレノアが、大量の書類を前に格闘していた。
果たして、ゲームの中でまで紙を扱う必要があるのかどうかは分からなかったが、とりあえずそこは置いておくこととしよう。
こちらの姿を認めたらしいエレノアは、若干不機嫌そうな様子ながら声を上げる。
「……とりあえず、成長武器の強化なら、既にフィノが待機してるわ。そっちの用事なら向こうに持って行って」
「分かったわ。クオン、私はそっちに行くわね」
「ああ、具合は後で見せてくれ」
「了解。それじゃあ、後でね」
悪魔の件もそうであるが、成長武器の第六段階も気になるものだ。
果たして、アリスの武器はどのような進化を遂げるのか。ディーンクラッドとの戦いで切り札となり得る性能ならばよいのだが。
そんな俺の期待を感じ取ったのか、アルトリウスは小さく笑みを浮かべながら声を上げた。
「成長武器の第六段階ですか。クオンさんたちの所は、もう全部成長できていますか?」
「今回のでラストだな。そっちはどうなんだ?」
「僕のは行けましたが、他はちょっと厳しいですね。あまり、素材回収に動く余裕もないので」
『キャメロット』が所有する成長武器は、ディーン、デューラック、マリンの物だっただろうか。
正直、一緒に活動している訳でもないため、誰が持っていたのかはうろ覚えだ。
その全員が取得できていればかなりの戦力上昇だっただろうが、取得できたタイミングが遅かったからか、時間的に厳しかったようだ。
「お前さんの強制解放はどんなもんだったんだ?」
「僕のはチャージ時間が必要な単発タイプですね。少しチャージ時間が必要ですが、威力は絶大ですよ」
「ほう……そんなタイプもあるのか」
「ちょっと、その話をしに来たんならフィノの所に行ったら?」
「っと、悪いな。炎を纏った悪魔の件について聞きたかったんだが……お前さんの方も聞いてるか?」
「はぁ……やっぱりその件ね。ええ、話は通ってるわよ」
エレノアは深く嘆息し、手に持っていた書類をばさりと机に置く。
ちらりと中身を盗み見てみれば、そこには話題に上っている悪魔についての報告が記されていた。
どうやら、あの悪魔はディーロンにだけ現れたというわけではないらしい。
それどころか、どうやら各地の街に対して襲撃を仕掛けてきていたようだ。しかも、一度や二度ではなく、繰り返しである。
「これは……」
「この悪魔、どうやら北の伯爵級が操っているみたいでね。各地の街を襲う行動を繰り返しているわ」
「何だってそんな真似を? わざわざ遠くにまで兵力を派遣する必要があるのか?」
「端的に言えば……そうしなければ、リソースを集められなくなったからでしょうね」
アルトリウスが付け加えた言葉に、俺は思わず眼を見開いた。
北の街でリソースを集められなくなってしまった。それは即ち――
「……北の街の人間は、全滅したということか?」
「隠れている人がいる可能性は否定できませんが、その可能性は高いでしょうね」
その言葉に、思わず舌打ちする。
それはつまり、戦いには関連しない民間人すら虐殺したということだ。
それが悪魔共の生態であるとはいえ、とてもではないが認めがたい行いだ。
無論、それを論じること自体があまり意味のない行為であるとは分かっているが――断じて、許しがたい。
「北の伯爵級悪魔は、非常に高い戦闘能力を有しています。性格も粗暴で、手の付けられない乱暴者、といった印象ですね。しかし、戦闘能力はこれまでの伯爵級の中で最も高いかと」
「成程な……」
伯爵級と聞いて、今最も印象深くイメージに残っているのは、他でもないロムペリアだ。
思いがけず共同戦線を張ることになったが、奴は確かに高い実力を有していた。
北の伯爵級は、果たしてロムペリアよりも強いのか。尤も、俺もロムペリアの持つ手札の全てを見ることができた訳ではない。
参考になるかと問われれば、それを肯定することはできないだろう。
「北の悪魔が問題であることは分かった。それで、アルトリウス。お前さんは何を悩んでるんだ?」
「まさに、この襲撃そのものです。各地の街に襲撃を仕掛けてくるため、どうしても防衛のために戦力を割かなければなりませんから」
「大規模な街なら防衛もやりやすいけれど、それ以外の小さな街とかだと、どうにもね。大規模な街への避難は進めさせているけど、被害を完全に抑えることは難しいわね」
成程、と小さく頷く。まさか、バルドレッドと似たような真似をすることになろうとは。
しかし、それ以外に小さな街や村の住民を救う手立てはないだろう。
時間を取られてしまうが、それは仕方がないことだ。
「だが、どうする? 攻略は間に合うのか?」
「とりあえず、北東の攻略を優先します。とは言っても、『キャメロット』は支援程度ですが」
「貴方の所には一般のプレイヤーも多いでしょう? それで納得させられるの?」
「北を――伯爵級を攻略するための準備期間であると説明していますから。実際、聖火の塔の攻略などにはメンバーを動かしていますからね」
「護衛は理解のある連中をメインに、と言った所か」
「後は、北の悪魔の戦力強化を防ぐため、ですかね。あの炎の悪魔は、減らせるだけ減らしておいた方がいいですから」
そう考えると、相手もあまりよくない手を打っているということか。
リソース不足のために戦力を分散させ、自陣の戦力を減らしているのだから。
こちらにとっても都合の悪い状況ではあるが、同時に向こうにとっても決して好ましい状況というわけではない。
「それなら……俺は、遊撃をするべきか?」
「いえ、クオンさんには一つお願いしたいことがあります」
「ほう、と言うと?」
「各地で防衛や遊撃を行うのでは効率が悪いですから。なので、クオンさんには元を減らして貰った方がいいかと」
「元って言うと、北か? しかし、あそこはまだ攻めないんだろう」
「ええ、ですから――街から出撃した炎の悪魔の迎撃。それが、僕がお願いしたいことです」
成程、いちいち各地を防衛するより、元を断った方が効率的だ。
しかし、街中まで突っ込むわけにもいかないから、出てきた所を潰すというわけだ。
最適解であるかどうかはともかく、広範囲を遊撃するよりは遥かにマシだろう。
「ふむ……いいだろう、その方が良さそうだしな」
「ありがとうございます。ただし、気を付けてください。あまりあそこの悪魔を刺激し過ぎたくは無いので」
「また難しいことを言ってくれるな……了解、何とかするさ」
ある程度方策を考えつつ、首肯する。
少々面倒ではあるが、相手はそれなりに歯応えのある相手だ。
少なくとも、退屈することはないだろう。