303:侵略の炎
ディーンクラッドとの決戦まで残り六日。
まだ折り返しまで到達してはいないのだが、それでも徐々にタイムリミットが近付いてきていると思うと不安は拭えない。
そんな思いを抱えながらログインしたディーロンの街は、何故か妙に騒がしい気配が立ち込めていた。
いや、これは――
「戦闘音……!」
それを察知した俺は、即座にルミナとセイランを呼び出しながら走り出した。
緋真たちのログインを待っている場合ではない。ただのプレイヤー同士の決闘ならば問題はないが、これはもっと大きな規模の戦闘だ。
ルミナたちは最初は驚いたものの、すぐに状況を理解し、俺に並走し始める。
「お父様、これは!?」
「分からん、お前たちは先に飛んで行って状況を確認しろ。押されているようであれば加勢して来い」
「大丈夫そうならいいんですか?」
「ああ、他のプレイヤーの獲物を奪う必要はない」
音を聞いて飛び出してきたが、劣勢でないならば手を出す必要はないだろう。
だが石碑は街の中心部にあるため、ここまで音が聞こえてきているということは、かなり押し込まれてしまっていることを意味している。
既に解放され、結界も稼働しているこの街で、どうしたらそのような状況になるというのか。正直想像もつかないが、恐らく介入する必要はあるだろう。
俺の言葉を聞き、ルミナとセイランは上空へと飛び立つ。その背を見送りながら、俺は音の方向へと一気に駆けだした。
歩法――間碧。
他のプレイヤーの隙間を縫うようにしながら、一気に通りの先へ。
感じる戦闘音は徐々に大きく、そしてプレイヤーの怒号も聞こえ始めた。
やはりと言うべきか――この先にいるのは悪魔であるようだ。
上空ではルミナたちも攻撃の準備を開始している。その気配を感じながら、俺はついに敵の姿を視認した。
「……!」
そこにいたのは、バルドレッドの配下として現れていたデーモンたちに近い外見の敵だ。
一つだけ異なる点は、その体の各所から炎を噴き上げているということ。
バルドレッドの鍛え上げた精強な悪魔たちとも異なる、異様な雰囲気の存在だった。
その表情の中からは正気を読み取ることができず、俺は思わず舌打ちする。
どうやら、この悪魔共は狂戦士と化して襲い掛かってくる部類の存在であるようだ。
「【ダマスカスエッジ】、【ダマスカススキン】、【武具精霊召喚】――『生奪』」
斬法――剛の型、刹火。
魔法を発動して攻撃力を強化、一気に踏み込んで、悪魔が振り下ろしてきた腕を斬り裂く。
切断されて飛んだ腕は、自らが発する炎に焼かれて灰となった。
しかし、痛痒を受けた様子もない悪魔は、そのまま正気を失った瞳でこちらを凝視し、残る左腕でこちらを狙ってくる。
どうにもおかしな様子であるが――まあいい、とっとと片付けるとしよう。
「《練命剣》――【命輝閃】」
斬法――剛の型、輪旋。
振り下ろされた腕を掻い潜り、大きく弧を描くように刃を振るう。
脇腹から通した刃はその胴を深く斬り裂き――傷口からは、紅の炎が噴き出す。
その熱からは離れ、刃を向けながら警戒すれば、デーモンは傷口から噴き出た炎に包まれて消滅していた。
消滅の仕方にしても、これまでの悪魔とは異なる。こいつは一体何なのか。
「っと……あまり気にしている場合でもないか」
敵の数はそこまでではないが、狂戦士のごとく襲い掛かってくる悪魔共に気圧されてしまっている連中も多い。
ここは、早めに敵を片付けておくべきだろう。
まあ、プレイヤー数も多い現状、餓狼丸を解放するつもりはないが。
幸い、敵はそこまで強いわけではない。そこそこ厄介ではあるが、片付けられないわけではないだろう。
地を蹴り、他の悪魔へと向けて足を踏み出す。仕留めるまで戦う必要はない、ここに多くのプレイヤーがいる以上、多少足を止めてやるだけでも十分だ。
「し……ッ!」
斬法――剛の型、扇渉。
他のプレイヤーに襲い掛かっていた悪魔の足を両断し、先へと進む。
ざっと見た限りでは、悪魔共は何か標的を絞って襲ってきているわけではないようだ。
それこそ、目についたものを手当たり次第に壊しているような状況だ。
悪魔らしいといえばその通りかもしれないが、一切理性を感じられない戦い方は奇妙であった。
「何なんだこいつらは……」
奇妙には思いつつも、悪魔の腕や足を欠損させながら徐々に戦線を押し上げる。
誰も相手をしていないような悪魔はこちらで仕留めたが、それ以外の悪魔は適度に弱体化させて他のプレイヤーに押し付けた。
まあ、この悪魔共は片手片足を落とされた程度では止まらないのだが。
それでも、攻撃手段や機動力を失った悪魔など恐れる相手ではない。
「うおおおおおお!」
「よっしゃ! やれ、押せぇ!」
悪魔共が手負いになったと見るや動き始めるプレイヤーたちを尻目に、更に前へ。
街中まで押し込まれていたことから、かなり劣勢なのかと思っていたが、どうやらこの悪魔共は強引に侵入してきたようだ。
自分たちの被害を一切無視しているその動きには疑問を抱かざるを得ないが、正面を破られているわけではないのは好都合だ。
そのまま前へと進み、門の近くまで接近すれば、そこでは強引に中にはいろうとする悪魔とタンクのプレイヤーたちが押し合いを続けていた。
どうやら、最悪の状況は何とか防いでいるようだ。
であれば――
「ルミナ、セイラン! 一気に叩け!」
「はい!」
「クアアアアッ!」
俺の号令に、ルミナとセイランは一気に魔力を解放する。
降り注ぐ光と風が、門を強引に抜けようとする悪魔共を纏めて打ち据えた。
おかげで圧力が減ったのか、門の前で構えていたタンクたちは盾を片手に、強引に悪魔たちを外に押し出していく。
一人、盾を両手に持った妙なプレイヤーがいたが……あのスタイルでも最前線まで出てきているのだ、実力はあるのだろう。
そんなプレイヤーたちを尻目に、俺は門の上部に鉤縄をかけて跳躍、門の外側へと飛び出した。
敵の数はそれほどではないが、圧力が強い。早々に数を減らすべきだろう。
「《練命剣》――【命輝一陣】!」
強化した一撃が悪魔共を襲い、派手に炎を散らす。
その真っ只中へと飛び込んだ俺は、構えた刃を大きく旋回させた。
「『生奪』」
斬法――剛の型、輪旋。
翻した刃で複数の悪魔を一気に斬り裂き、悪魔共の動きを止める。
その直後、上空から降りてきた物体が、俺の目の前にいた悪魔を押し潰した。
他でもない、嵐を纏って舞い降りてきたセイランだ。
一瞬目配せし、俺は即座にセイランの背に跳び乗り、一気に上空へと飛び上がる。
その瞬間、門を押さえていたタンクたちは、一斉にスキルを発動した。
『《シールドチャージ》!』
それはまるで、壁が迫ってくるかのような光景だ。
強引なまでの圧力によって悪魔共は街の外まで追い出され――それと共に、内側にいたプレイヤーたちは一斉に街の外へと突撃する。
どうやら、街の外でならば存分に戦えるようだ。
タンクのプレイヤーたちを壁にしつつ、ある程度弱った悪魔に襲い掛かる様を眼下に眺め、俺は小さく溜め息を零した。
これならば、これ以上手を出す必要はないだろう。戦力比は十分に傾いたはずだ。
「しかし、こいつらは何なんだ?」
悪魔が街を襲撃してくることは、まあ分からなくはない。奴らの行動原理からして当然とも言える。
だが、このように死を恐れずに向かってくるような者たちではなかったはずだ。
セルギウスとかいう伯爵級悪魔に改造された連中はその限りではなかったが、奴はアルトリウスが倒したはず。
であれば――残る伯爵級悪魔が、これを成したということか。
「北の伯爵級か……どういう存在なのやら」
「先生、ちょっと先生、どうなってるんですか!?」
と、そこでこちらに寄ってきたのは、ペガサスにアリスを同乗させた緋真であった。
どうやら二人も同じように、ログインするなり戦闘場所に近づいてきたようだ。
迅速な行動ではあるが、そろそろ戦闘も終わりそうな気配である。
残念ながら、今からの戦闘参加は難しいだろう。
「どうも、様子のおかしい悪魔が攻めてきたようだな。どこから来たのかは知らんが……アルトリウスと話をした方がいいだろうな」
これまでには無かった行動と、様子のおかしい悪魔。
どうにも、きな臭い気配がする。何が起こっているのか、確かめた方がいいだろう。