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300:闇月の獣












「グルァアアッ!」

「く……ッ!」



 振り下ろされた爪を横に避け、更に横殴りに襲い掛かってきた腕を後方に跳躍して回避する。

 暗闇に覆い尽くされた現状、周囲の木々を確認することも困難だ。

 何故か緋真の炎だけは消えていないため、辛うじてその影を把握することはできるが、かなり厳しいと言わざるを得ない。

 俺は反撃の余裕すらなく、全力を傾けて回避に専念せざるを得なかった。



(コイツは……!)



 何が起こったのか――その疑問には、一応ある程度の予測はできる。

 周囲に配置されていたルミナの照明、ロムペリアの展開した結界、そして俺が自身に施していた強化の魔法。

 消し飛んだのはこれら全てであり、逆に俺や緋真の成長武器の能力は消えていない。恐らくはアリスも同じだろう。

 つまるところ、この暗闇は魔法を無効化する能力を持っている、と見るべきだ。

 魔法には該当しないスキルの発動そのものは阻害されていないようであるし、成長武器の能力が消されていない理由もそれだろう。

 まあ、コストの重い成長武器の能力を消されたら堪ったものではないのだが。



「グルルルルッ!」

「ぬ、おおっ!?」



 黒いシルエットが巨大化する――否、こちらへと向けて体当たりを仕掛けてくる。

 ガタイが巨大であるだけに、見てからの回避は間に合わない。

 舌打ちし、俺はあえて前方へと駆け出しながらスライディングを行った。

 刹那、マーナガルムの鋭い牙が、俺の頭上で噛み合わされる甲高い音が響き渡る。

 一瞬でもタイミングがずれていれば、今の一撃で敗れていたことだろう。



(継続していた魔法の効果だけじゃない、新たに発動しようとした魔法も使えない。つまりこの暗闇は、魔法を完全に無力化するものか……!)



 ルミナは俺に対して回復魔法を飛ばそうとしているが発動せず、ロムペリアに至ってはここぞとばかりに静観を決め込んでいる。

 まあ、元より援護など期待していたわけでもないし、奴の能力の大部分が奪われた現状、下手に出て来られて倒されても困るのだが。

 マーナガルムと戦うに当たって、やはりこの女の能力は捨て置けるものではないのだ。



(幸い、餓狼丸の吸収は終わっている。ロムペリアの結界も消えたおかげで、HPのダメージは無い……攻撃を受けさえしなければ、HPは回復できる)



 尻尾による薙ぎ払いを回避、木を盾にしながら移動し、振り返り様の攻撃に対処する。

 厄介ではあるのだが、若干ながらの利点もある。

 どうやらこの状態、マーナガルム自身も魔法を使えなくなるようだ。

 先ほどまでであれば確実に魔法を使っていたであろうタイミングでも、こいつは物理攻撃のみで対応している。

 この状況で相手だけ魔法を使われていたら一網打尽にされかねないし、それに関しては不幸中の幸いと言えるだろう。

 だが、このままでは結局ジリ貧だ。どうしたものかと歯噛みした瞬間、鋭く緋真の声が響き渡った。



「――【火日葵】!」



 瞬間、緋真の刀より放たれた火球が、回り込もうとしたマーナガルムに直撃して爆発を巻き起こした。

 どうやら、成長武器のテクニックの方も阻害はされないようだ。

 強大な威力を誇る爆炎によって、闇に包まれたマーナガルムはバランスを崩してその場に立ち止まる。

 そしてそれに合わせるかのように、全速力で駆け抜けてきたセイランが、爆発の反対側へと強靭な前足を叩きつけた。



「ケエエエエッ!」

「ガァッ!」



 体重差もあり倒れるまでには至らなかったが、マーナガルムは地面を擦りながら横へと弾き飛ばされる。

 それを見て容赦なく追撃を仕掛けるセイランに、こちらもまた合わせるようにマーナガルムへと接近した。

 現状、回復手段が少ないのだ。俺より被弾しやすいセイランに、前を任せ続けるわけにはいかない。

 と――そこに、並ぶように前に出てきた緋真が声を上げる。



「先生、このモード、恐らくですけど耐久です。ある程度時間稼ぎすれば解除されると思います!」

「根拠は?」

「通常のプレイヤーでこのモードが続き過ぎたら、手も足も出なくてゲームにならないからですよ! 【紅桜】!」



 俺が通常じゃないと言いたげな発言であるが、それについてはスルーしておく。

 確かに、悪魔共と違って、マーナガルムはこのゲームが用意した存在だ。

 であれば、極論で言ってしまえば『攻略されるべき存在』なのだ。

 どれほど難易度が高かったとしても、決して勝てないような相手を作る筈がない。

 緋真のように魔法以外の方法で周囲を照らすことも難しいし、これがいつまでも続くのは確かに難易度が高すぎるというものだ。


 セイランに対して反撃を加えようとしたマーナガルムに対し、緋真は火の粉を放ってその行動を阻害する。

 そして次の瞬間、連続する爆発によって足を止めたマーナガルムの横っ面を、セイランの腕が殴りつけた。

 流石にその衝撃は堪えたのか、マーナガルムの巨体が大きく仰け反る。

 緋真が近くに来たお陰で、マーナガルムの全容も確認しやすい。

 即座に回り込んだ俺は、マーナガルムの足に纏わり付く赤いエフェクトへと向けて刃を突き出した。



「《練命剣》、【命輝閃】!」

「ガアッ!?」



 斬法――剛の型、穿牙。


 繰り出した刃は、アリスが付与した弱点部位へと向けて正確に突き刺さり、マーナガルムの足を抉る。

 先ほどから何度か攻撃していてわかったことであるが、マーナガルムは血が出ない。

 傷をつけても、その傷口から黒い靄のようなものが漏れ出るだけだ。

 HPが減っているため、倒せない存在というわけではなさそうだが、肉の体を持っているというわけでもないようだ。

 そのため、肉体的な弱点が存在するのかもわからないし、足を傷つけても機動力が落ちるかどうかは分からないが、《傷穿》の痕跡ならばダメージの倍率が高いのは間違いない。

 俺の一撃を受けたマーナガルムは大きく硬直し――次の瞬間、周囲を覆っていた闇が消え去った。



「ルオオオオオオオオッ!」



 しかしその直後、マーナガルムは鋭く吠える。

 瞬間、巨体全体から発せられた黒い衝撃波が、俺と緋真、そしてセイランを纏めて吹き飛ばした。



「ッ……! やってくれる!」



 解除した瞬間に魔法攻撃とは、本当に容赦のない魔物だ。

 瞬時に餓狼丸を引き抜いたから何とかなったが、もし一瞬でも遅れていれば餓狼丸を手放してしまっていただろう。

 しかも瞬時に放ったにしては随分な威力だ。自動回復でHPがある程度戻っていたから何とかなったが、今の衝撃波だけでHPを半分削られてしまった。

 だが、魔法無効化の領域は解除された。《強化魔法》や《降霊魔法》の詠唱も可能になっているし、先ほどと同じように戦うことができるだろう。

 尤も、それはマーナガルムも同じであるのだが。



「――《蒐魂剣》、【護法壁】」



 先ほどの攻撃によって標的にされてしまったのか、マーナガルムの黄金の瞳はじっとこちらを睥睨している。

 だが、マーナガルムは飛び掛かる姿勢ではない。【護法壁】を発動したその瞬間、黒い爪を模った斬撃が俺の方へと襲い掛かってきた。

 いくつも連なる斬撃は、普通に《蒐魂剣》で対処するのは困難だろう。

 一応、何とか攻撃を受け止めることには成功し、体勢を立て直すためにいったん距離を取る。

 と――次の瞬間、周囲が再び赤い魔力によって満たされた。



「よくやったわね、魔剣使い」

「ロムペリア……!」



 やはりというか何と言うか、こいつは今の領域が消えるのを待っていたらしい。

 翼を広げたロムペリアは、不敵な笑みを浮かべながら魔力を昂らせ、マーナガルムへと向き直る。

 上手く利用されてしまったが、その分働いて貰うとしようか。



「ルミナ!」

「はい、もう一度!」



 ルミナに命じ、周囲に照明を配置する。

 映し出されたマーナガルムの姿は、体中に付いた傷から黒い靄を発している状態だ。

 HPも既に三分の一近くになっている。かなり厳しくはあるが、向こうも徐々に追い込まれてきているということだろう。

 だが、獣は手負いである方が恐ろしい。何より、マーナガルムはまだ全く諦めてなどいない。

 未だ強力な戦意を保ち――否、今まで以上に強大な気配を漂わせながら、こちらのことを見つめている。

 そして――



「オオォ――――――――ンッ!」



 再びの、力強い咆哮。

 それと共に、マーナガルムの傷から溢れ出ていた黒い靄が、奴の体へと収束を開始する。

 戻って行っているわけではない。その体に、纏わりつくように渦を巻いているのだ。

 今や、マーナガルムは辛うじて狼の輪郭が分かる程度の黒い靄の塊だ。

 ただ、その中で輝く黄金の瞳だけが、変わらずこちらのことを見つめていた。



「……向こうも本気って訳か」



 恐らく、これが奴の最終形態。そして、最後の切り札と言った所だろう。

 これを乗り越えなければ、マーナガルムに勝利したとは言えない。

 であれば――見事、それを打ち破ってみせるとしよう。











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