298:共闘
「ルミナ!」
「視界確保、行きます!」
俺の声に応じて、ルミナが周囲に光球を放つ。
これは攻撃ではなく、ただ周囲を照らすための照明だ。
イメージするのは蜘蛛の巣であり、ルミナを中心とした円形の空間に複数の光の玉を配置する。
こうすることで視界を確保するだけでなく、影を映しやすくしてマーナガルムの姿を捉え易くもなるのだ。
照らされたマーナガルムの姿は、息を飲むほどに強大で鮮烈だ。
強靭な筋肉と、鋭い爪や牙。黄金の眼光は夜闇の中で僅かに光の軌跡を残し、その全身からは薄く黒いオーラが漏れ出ている。
今まで戦ってきた中で、最も巨大な敵はヴェルンリードだっただろうか?
奴と比べれば、マーナガルムはかなり小さい。だが、感じる魔力や威圧感は、奴を遥かに超えるレベルであった。
「はあああああッ!」
そうして照らされたマーナガルムへと向けて、ロムペリアは真っ直ぐと突撃する。
奴が左手で空間に爪を立てると共に、ガラスの破片のような形状の真紅の魔力が飛び散り、マーナガルムへと向けて殺到した。
そして、それに紛れるように体勢を低くしながら、右手の手刀より伸ばした真紅の刃でマーナガルムの足を斬りつけようとする。
強力な悪魔らしからぬ堅実な戦い方だが、しかしマーナガルムは即座に対処してみせた。
「ガアァッ!」
鋭い咆哮と共に放たれた黒い魔力は、衝撃波となって周囲に撒き散らされる。
その衝撃によってロムペリアの魔法は砕け散り――しかし、奴自身はその衝撃を手刀で斬り払ってマーナガルムへと肉薄した。
瞬間、マーナガルムはその巨腕を振り下ろし、鋭い爪でロムペリアの刃を迎撃する。
紅の魔力の刃と、黒い魔力の爪。正面から激突したそれは――マーナガルムに軍配が上がった。
「ぐッ!?」
ロムペリアの魔法が砕け散り、マーナガルムの腕が奴へと迫る。
しかし、ロムペリアはギリギリでそれを回避し、マーナガルムの胴に蹴りを加えてその場から離脱した。
成程、どうやらマーナガルムは、現在の状態ですら伯爵級以上の力を有しているようだ。
加減も何もない。全力で対処しなければならない難敵だ。
「セイラン、作戦変更だ。無理に抑える必要はない、ヒットアンドアウェイで叩け!」
「先生、こっちは!?」
「お前たちは元の作戦通りだ。ただし、全力で行くぞ」
流石に強制解放を使うわけにもいかないが、それ以外の手は尽くす。
ロムペリアについては――まあ、間違いなく戦力としては極上だ。
落とされない程度には気を配っておくこととしよう。
しかしまずは――
「貪り喰らえ、『餓狼丸』!」
「焦天に咲け、『紅蓮舞姫』!」
「暗夜に刻め、『ネメ』!」
全員の成長武器を解放する。餓狼丸が周囲の生命力を吸収し始めると共に、マーナガルムの注意が俺の方へと向いた。
どうやら、コイツが危険な武器であるとすぐさま理解したらしい。
ロムペリアへと追撃を仕掛けようとしていたマーナガルムは、奴を無視するとこちらへと一直線に駆けだしてくる。
そんな奴へと向けて、横合いからセイランが体当たりを敢行した。
「ケエエエエッ!」
「グルルッ!」
セイランも巨体とは言え、マーナガルムと比べては二回り以上劣る。
嵐を纏った体当たりも、その巨体が僅かに揺らいだ程度で、大した痛痒を与えた様子はない。
しかし、その突進が止まっただけでも御の字と言った所だろう。
「【ダマスカスエッジ】、【ダマスカススキン】、【武具精霊召喚】、《剣氣収斂》――」
地に踏ん張る形で足を止めたマーナガルムへと、魔法とスキルを発動させながら突撃。
黒い巨体へと肉薄し、その胴へと向けて刃を放つ。
「『生奪』!」
放った一閃はバランスを保とうとしていたマーナガルムに直撃し――その胴に、僅かながらに傷をつける。
どうやら、俺の攻撃でも何とかダメージを与えられる程度の防御力ではあるらしい。
そのことには安堵しつつも、俺は即座にその場から地を蹴って跳び離れた。
瞬間、マーナガルムの鋭い牙が、俺が一瞬前までいた場所を噛み砕く。
一瞬でも躊躇っていれば、俺の身は即座に噛み潰されていたことだろう。
「これなら、どうかしら!?」
尚も俺に追撃を仕掛けようとするマーナガルム。しかし、その背へと向けて紅の輝きが降り注いだ。
森を割るような一閃。凄まじい衝撃が駆け抜け、巨木の森に激震が走る。
しかし、それが命中しようとした刹那、マーナガルムの巨体は霞のように掻き消えていた。
話に聞いていた転移だ。すぐさま気配の方へと視線を動かせば、そこではマーナガルムが巨木を足場にして、空中にいるロムペリアへと飛び掛かっている所だった。
(速すぎる……!)
転移してから次の行動までのタイムラグが少なすぎる。
いちいち気配を探っていたのでは、対処が間に合わなくなってしまうだろう。
ロムペリアは障壁を張ってマーナガルムの反撃を防いだが、空中に留まることはできず地に叩き落されることになった。
大したダメージを負った気配はないが、現状ではロムペリアの攻撃は殆ど通じていない。
(……いや、違う。マーナガルムは、ロムペリアの攻撃が最も重いことを理解しているのか。だから奴の攻撃だけはきっちりと対処している訳だな)
悔しい話ではあるが、この中で最も優れた火力を有しているのはロムペリアだ。
マーナガルムの防御力がそこまで高いものではない以上、奴の攻撃には必ず対処しなければならないのだろう。
恐るべきは、マーナガルム自体の戦闘センスだ。戦いの判断力からして、獣のそれとは到底思えない。
人間と同等か、あるいはそれ以上の知能を有していると認識した方がいいだろう。
それならば――
「緋真!」
「《スペルエンハンス》、【ファイアジャベリン】ッ!」
空中から落下してきているマーナガルムへと向けて、緋真が炎の槍を放つ。
暗闇に真紅の尾を引く投槍は、マーナガルムの着地を捉えて爆裂した。
しかし、炎を浴びて尚その巨体が揺らぐことはない。例え防御力が若干低かろうとも、その程度でどうにかなるような相手ではないのだ。
だが――ほんの一瞬であろうとも、動きが止まるならばそれで十分だ。
歩法――陽炎。
その一瞬でマーナガルムへと肉薄、横薙ぎに襲い掛かるマーナガルムの腕を読み、踏み込みの速度を変えながら地を蹴って前方へと宙返りする。
打法――天月。
振り下ろした踵はマーナガルムの腕を捉え、ハンマーの如き打撃を加える。
だが、この程度で大したダメージにはならないことなど分かり切っているのだ。
故に、俺はすぐさま次の行動へと移った。
「ッ、おおお!」
蹴り足が相手に触れた、その一瞬だけで体勢を整え、跳躍。マーナガルムの頭上へと到達する。
この動きに、マーナガルムは即座に反応してこちらへと視線を向けた。
巨狼は空中にいる俺を噛み砕こうと大口を開け――その瞬間、俺は前方にある木へと鉤縄を伸ばして枝に引っ掛けた。
すぐさま強く体を引き、跳ね上がるようにしてマーナガルムの攻撃を躱す。
そして――
「【紅桜】!」
俺が注意を引いている隙に接近してきた緋真が、紅蓮舞姫の刀身から火の粉を放った。
連鎖する爆発は、巨体を持つマーナガルムには非常に当て易い。
威力自体は低いため大したダメージにはなっていないが、その光と音はマーナガルムを怯ませるにも十分なものであった。
そして次の瞬間、紅の魔力が膨れ上がる。ロムペリアによって放たれた魔法の一閃は、動きを止めていたマーナガルムに直撃してその身を斬り裂いた。
(いや――)
手首のスナップで鉤縄を回収、すぐさま別の木へと伸ばして軌道を変える。
その瞬間、空中から現れたマーナガルムが俺のいた場所を通り過ぎて地面へと着地した。
どうやら、ギリギリで直撃を割けて転移したらしい。
とは言え、完全に避け切れたわけではなく、その身には一筋の傷が刻まれていた。
その様子を観察しながら、俺は木の幹を足場にして地面に着地し、呼吸を整える。
あのタイミングですら完全なる直撃には至らないとは……本当に厄介な怪物だ。
防御力そのものは高くなくても、体力そのものは高いため、あまり削れているとは言い難い状況。
今の所はギリギリで何とかなっているが、こちらが主導権を握れなければいずれ事故が起きてしまうだろう。
この状況を打開できるとすれば、その鍵を持っているのは、業腹ながらこの悪魔だろう。
「チッ……ロムペリア、貴様も何を出し惜しみしてやがる!」
「……そうね、貴様ばかり吸うというのも不公平な話。なら、こちらも、遠慮なく行きましょうか――《化身解放》」
刹那――ロムペリアの全身が、紅の魔力に包まれた。
ヴェルンリードのように、体が大きく膨れ上がるような気配はない。
どうやら、コイツの変身もブラッゾと同じように、人の形を保ったものであるようだ。
そして魔力が爆ぜるようにして現れたのは、より肌を露出した衣装に変わり、角はより大きく、背中からは蝙蝠のような翼を生やしたロムペリアの姿。
黄金の瞳を煌めかせた悪魔は、好戦的な表情で俺とマーナガルムを睥睨した。
「技量ばかりにこだわるわけではなく、使える手札を尽くす――いいでしょう、これもまた、一つの戦いだわ」
その言葉と共に、ロムペリアは翼を広げ――瞬間、周囲一帯をロムペリアの魔力が包み込んだのだった。





