003:最初のログイン
書籍版マギカテクニカ第2巻、9/19発売です!
情報は随時、活動報告やツイッターにて公開していきますので、是非ご確認を!
眩んでいた目を開ける。
だが、それよりも数瞬早く、俺は己が立っている場所が変化していることを察知した。
どうやら、ゲームの世界へのログインは無事に完了したようだ。
俺の目に見えているのは、石畳の敷き詰められた大きな広場。どうやら、ここがゲームのスタート地点となるらしい。
背後には聳え立つ大きな黒い石碑があり、これを中心として広場が形成されているようだ。
広場には至る所に茣蓙や屋台を開いてバザーのようなものが行われており、この場は非常に活気に満ち溢れていた。
と――その瞬間、俺の目の前にシステム画面が表示される。
『【Magica Technica】の世界へようこそ! チュートリアルを開始しますか? Yes/No』
どうやら、このゲームのプレイに関するチュートリアルを行ってくれるらしい。
が、まあゲームのことについては明日香の奴から聞けばおおよそ分かるだろう。
ゲームにログインしたらすぐに探しに行くと言われているし、これはスルーしておくか。
とりあえずNoを選択して画面を閉じ、俺は腰に帯びた刀へと視線を向ける。
どうやら、ベルトで挟む形で装備しているようだが……刀の質が気になった俺は、とりあえず引き抜いて一部刀身を晒して確認を行った。
「ふむ……まあ、普通だな。数打ちの刀ってところか」
刀の重さや重心については違和感もなく、ごく普通の刀として扱うことが出来るだろう。
あまりにもバランスがガタガタだったらどうしてくれようかと考えていたが、これなら問題はないはずだ。
武器については問題なし。後は――ああ、先ほど選んだランダムのスキルがあったか。
「あー……メニューオープン? だったか」
明日香から聞いたメニュー画面の呼び出しワードを宣言する。
瞬間、俺の目の前にはメニュー画面が表示された。
画面の左側には俺の全身像が表示されており、右側にはいくつかのメニューが並んでいる。
インフォメーション、アイテム、ステータス、スキル、フレンド、コンフィグ、ログアウト……まあ、機能については後で明日香に聞けばいいだろう。
一部気になるものはあったが、とりあえず後回しにして、俺はスキルのメニューを選択した。
■スキル
ウェポンスキル:《刀:Lv.1》
マジックスキル:《強化魔法:Lv.1》
セットスキル:《死点撃ち:Lv.1》
《HP自動回復:Lv.1》
《MP自動回復:Lv.1》
《収奪の剣:Lv.1》
《採掘:Lv.1》
サブスキル:なし
■現在SP:0
「お? きちんと表示されてるな。《収奪の剣》に《採掘》?」
確か、《採掘》はあのスキル欄にも表示されていたスキルだ。これは普通のスキルということだろう。
だが、《収奪の剣》。このスキルは、あのスキル欄には表示されていなかったはず。
流し読みをしていたため確実とは言いがたいが、この名前には見覚えがなかった。
少し高揚を覚えつつ、俺はスキルの詳細を表示する。
■《収奪の剣》:攻撃・アクティブスキル
敵に対して与えたダメージの一部を吸収し、HPを回復する。
MPを消費して発動し、その次に行なった攻撃行動にのみ効果が適用される。
与ダメージの吸収効率はスキルレベルに依存する。
■《採掘》:補助・パッシブスキル
採掘ポイントを強調表示し、採掘によって得られるアイテムにボーナスを追加。
ボーナス内容は出現するアイテムの品質上昇、アイテムの数の上昇。
上昇率はスキルレベルに依存する。
「へぇ、こりゃまた……面白そうだな」
《採掘》についてはともかく、《収奪の剣》は面白い効果だ。
攻撃がHPの回復手段として使えるのならば、継続戦闘能力も高まるだろう。
消費したMPについても、あまりダメージを受けないように立ち回れば《MP自動回復》で元通りになるだろう。
それに、《採掘》についても決して無駄というわけではない。
鉱石が手に入れば刀を作れるかもしれんし、使い所はあるはずだ。
大当たりは一つだったが、それでも十分に満足できる結果だと言えるだろう。
「後は……コンフィグ辺りを弄っておくか?」
時間つぶしのために何となく押してみるが、正直良く分からん項目が並んでいる。
少し気になったのは、痛覚設定とグロテスク表現フィルターとやらだ。
そういえば、VRゲームの中だと、安全のために痛覚を一部遮断しているという話を聞いたことがあるが……痛覚設定というのは、恐らくこれのことだろう。
まあ、一般的に考えれば必要なものではあるだろうが、俺からしてみれば邪魔以外の何物でもない。
痛覚とはセンサーだ。それが鈍っていては、戦闘においても察知が一瞬遅れる可能性がある。
というわけで、痛覚設定は100%。設定時に警告やら自己責任やらのウィンドウが出たが、気にせずOKにする。ついでにグロフィルターも切っておく。
「よし、これでいいだろう。さて、それで……あの馬鹿弟子はどこだ」
明日香はログイン地点で待っている、と言っていたのだが……それらしい姿は見当たらない。
俺が気づいていないだけか? だが、あいつの足運びはいつも見ている。近くにいれば気づかないはずもないのだが。
そう思いながら周囲に視線を走らせていると――こちらに向かって近づいてくる、二人の人影が目に入った。
ふむ、どうやらあいつは少し遅れていただけのようだが――
「――ですから、その話はお断りしたはずです」
「しかし、緋真さん! 貴方ほどの実力を持つプレイヤーが前線を離れるなど――」
「そもそも、私は貴方のパーティに所属しているわけでもありません。行動を制限される筋合いはないはずです……っ、失礼」
どうも、厄介な手合いに絡まれていたようだな。
思わず苦笑を零しつつ、俺の姿を発見して慌てて駆け寄ってくる弟子の姿を見つめる。
隣で話しかけていた男を振り払うような速度で俺の目の前まで到達した明日香は、申し訳なさそうな表情で俺を見上げながら声を上げた。
「申し訳ありません、先生! まさか、もうログインしていたなんて」
「謝ることはない。俺も、明確な時間は決めていなかったんだ。それに、面倒な手合いに絡まれていたんだろう? お前に責任がないなら、そう弁明しろ。分かったな?」
「……はい、ありがとうございます、先生」
そう呟いて、明日香は顔を上げる。
基本的に、普段の見た目とそれほど変わりはない。
だが、赤を基調とした衣装と、深紅に染め上げられた髪は、普段の印象とは一部乖離したものとなっていた。
まあ、奇抜な色ではあるのだが、意外と似合っている。
これもゲームとしての効果ということなのだろうか。
「えっと……先生のキャラ名はクオン、ですか」
「分かりやすいだろう? お前の方は……緋真? また微妙な読み方を……相変わらず六文銭が好きなようだな」
「い、いいじゃないですか、それぐらい」
少し照れたように眉根を寄せる明日香――いや、緋真か。
俺としては見慣れた仕草であるのだが、しかし周囲の様子が若干妙だ。
俺達の方を見てざわついている連中が多い。視線の中心にいるのはどちらかと言うと緋真だが、一部不躾な視線が俺の方にも向かってきていた。
あまり、見られていて愉快な状況と言うわけでもないな。とりあえず、さっさとこの場を離れたほうが落ち着けるか。
「さて、緋真。とりあえず、色々と案内してくれ。何せ、チュートリアルも飛ばしたんでな」
「先生ならそうするだろうと思ってました。それじゃあ、まずは――」
「待ってください、緋真さん!」
俺の意図を察し、緋真はさっさとこの場を離れようと踵を返す。
だが、その際に俺の手を引いたのが悪かったのか――突如として声を上げた男がいた。
見るまでもないが、先ほど緋真に絡んでいた男だ。
青い髪に、やたらと凝ったデザインの鎧と長剣が目立つ、戦士風の男。
正直、あまり機能的なものには見えないのだが、あんな武器や防具でまともに戦えるのだろうか。
そんな俺の疑問を他所に、その男は緋真に向かって憤りの混じったような声を上げた。
「緋真さん、その男を案内するために、攻略から離れると言うのですか!」
「そうですが、それが何か?」
おっと、普段のこいつにはありえないような冷たい声だ。
どうやら、あの男は随分と嫌われているらしい。
まあ、あの言動では無理もないだろうが。
「貴方はMTにおける最強のプレイヤーだ! 貴方が前線を離れるなんて、ゲーム全体の損失に等しい! 一緒にパーティを組んだ人間として――」
「パーティを組んだのは以前あったイベントの時だけで、それ以降は一緒に冒険をしたこともありません。貴方にプレイスタイルを制限される謂れもありませんし、そうやって話しかけられるのは不愉快です」
にべもない一言に、青髪の男は絶句し――その様子に、俺はくつくつと笑いをこぼした。
いやはや、こういう手合いはどこにでもいるものってわけだ。
むしろ、ゲーム世界で箍が外れている分、現実世界よりも多いのかもしれないな。
そう考えて笑みを隠せずにいたのだが……どうやら、この男はそれが気に入らなかったらしい。
緋真に言い繕っていたその口を、今度は俺の方へと向けてきた。
「っ……何がおかしい、初心者の分際で!」
「そりゃ誰だって最初は初心者だろうよ。お前だってそう変わらんだろう?」
「な……ふん、本当に初心者のようだな。僕は《蒼の剣影》! トッププレイヤーの一角たるフリードだ!」
「ああ?」
ゲームがサービス開始から大して時間も経っていないだろうが、というニュアンスで言っていたのだが……まあ、勘違いしていようがどうでもいい。
それよりも、大切なことは、だ――
「おい、緋真。お前、この世界なら強い相手がいくらでもいると言っていただろう?」
「は? はい、そうですけど……」
「あんな素人がトップだって言うんなら、いったい何処に期待しろって言うんだ、お前は」
「な――」
足運び、体重移動、どれを取ってもなっていない。
動きを見ているだけでも分かる、武術を齧ったことすらない、ずぶの素人だ。
こんな程度でトップになれるというのなら、他の連中もたかが知れているだろう。
「あ、あの、先生……大体のプレイヤーはこんなものですから。先生の相手になるといったのは、フィールドやダンジョンで出現する敵とか、そういう相手です」
「お? ああ、そういう意味か……ログインして数分で失望するところだった。よし、だったらさっさと案内しろ」
「はぁ、それはいいんですけど、その……」
そう、緋真が呟いた瞬間だった。
突如として横合いから飛来した物体を、俺は即座に掴み取る。
音からしても布状の物体だということは分かっていたが、手を開いてみれば、そこにあったのは白い手袋だった。
どうやら投げたのは、あのフリードとかいう男のようだったが、これは攻撃のつもりなのか?
そう考えて視線を向けたその瞬間、俺の目の前にウィンドウが表示された。
――その表示に、俺は思わず口元を笑みに歪める。
『【フリード】から決闘を申し込まれました。受諾しますか? Yes/No』
「ほぉ? 俺に勝負を挑むってか、小僧」
「馬鹿にするのも大概にしろ、初心者風情が! 身の程を教えてやると言っているんだ!」
「身の程ねぇ……まあいいぜ」
「ちょっ、先生!?」
くつくつと笑いながら、何やら色々と条件の記載されているウィンドウのYesを押下する。
緋真は慌てた様子で制止の声を上げようとしていたが、それよりも僅かに早く、半球状の領域が広がり、俺とフリード以外の人間はその場から排除されていた。
成程、これが決闘の場ということか。それほど広いわけではないが、これだけあれば戦闘には十分だろう。
笑みを浮かべ、俺は刀を抜刀して正眼に構えた。
「僕を侮辱した報いを受けてもらう……さあ、来るがいい!」
「おいおい、何を言ってるんだお前は。俺は素人相手に先手を譲らぬほど落ちぶれちゃいねーぞ?」
「ッ……!」
俺の言葉に、フリードは俯き、ぶるぶると肩を震わせる。
まあ、今の言葉に嘘はない。素人相手なら、先手を譲ってやるのが筋ってモンだ。
――どちらかと言えば、俺は後手の方が得意だしな。
「いい加減に、しろッ!」
度重なる挑発に堪忍袋の緒が切れたのか、叫ぶと同時にフリードは駆け出していた。
その手にあるのは青みの掛かった長剣。成程確かに、駆けるスピードは中々のものだ。
だが、重心はぶれているし、歩幅も合っていない。フェイントも何もなく、どこに攻撃するかが丸分かりのテレフォンパンチだ。
振るう刃は袈裟懸け。故に――その一閃を、刀の刀身を以って絡め取る。
斬法――柔の型・流水。
「――――っ」
フリードの攻撃は斜め後方へと受け流し、その重心を前へと崩させる。
これがしっかりと訓練している奴であれば、攻撃が受け流されていることにも気づけただろうが――恐らく、今のこいつは何故自分の体が伸びきっているのかも分かっていないだろう。
だが、それを理解するのを待つつもりもなく、俺は眼前に差し出された首筋に対して、下段から翻った一閃を叩き込んでいた。
骨の隙間を狙った一閃はまるでお手本のようにフリードの首に食い込み――その素っ首を刎ね飛ばす。
残った体が倒れ、一瞬遅れて首が地面に転がり、その両方が血飛沫を上げながら消滅する。
その様を見届けて――俺は、嘆息を零した。
「やはり、見た目通りだったな」
■アバター名:クオン
■性別:男
■種族:人間族
■レベル:2
■ステータス(残りステータスポイント:2)
STR:10
VIT:10
INT:10
MND:10
AGI:10
DEX:10
■スキル
ウェポンスキル:《刀:Lv.2》
マジックスキル:《強化魔法:Lv.1》
セットスキル:《死点撃ち:Lv.2》
《HP自動回復:Lv.1》
《MP自動回復:Lv.1》
《収奪の剣:Lv.1》
《採掘:Lv.1》
サブスキル:なし
■現在SP:2