294:東の深き森
あれからしばし情報交換をしている間に、雲母水母のパーティメンバーが集まってきた。
相変わらず四人でパーティを組んでいるようであるが、残りの二枠には薊が《死霊魔法》で召喚したアンデッドが収まっているようだ。
戦力的には不足はない、ということだろう。
「ルミナちゃん、大きくなりましたね……」
「はい、あの頃はお世話になりました」
当時から面識のあるルミナは、久方ぶりの再会を素直に喜んでいるようだ。
一方で、リノたち三人については中々に微妙そうな表情であったが。
小さい妖精のルミナを愛でていたリノについては、成長については喜んでいたものの、子供っぽさが損なわれてしまったことは素直に喜べなかったらしい。
ちなみに、薊とくーに関しては、完全に身長を追い抜かれてしまったことが複雑であったようだ。
とは言え、進化自体は素晴らしいことだと考えているのか、きちんと祝福自体はしていたが。
「ちくしょー……あの時は一番小っちゃかったのに……」
「……くー、フィギュアサイズの妖精と張り合って虚しくないの?」
「あざみーだって抜かされてるじゃんかー!」
「このアバターはリアルより小柄にしてるし……」
「それでも抜かされてることに変わりはないのに……!」
小柄な二人組は、緋真には及ばないまでも背が伸びたルミナを見つめて言い争っている。
戦闘能力以外の点で女性の体格を考えたことはあまりないのだが、彼女たちなりの葛藤があるのだろう。
まあ、それは兎も角として――
「……やはり、あまり分からんか」
「はい、基本的に私たちはこの街の攻略に集まってきただけだったので、周囲の探索とかはやってなかったですね」
「折角のイベントですし、街の攻略に集中したかったものですから」
「ふむ……まあ、仕方ないか」
通常のプレイヤーにとって、悪魔との戦いは稼ぎ所だ。
その状況下で、わざわざ外の探索などしている暇はないだろう。
俺自身、街攻めをしている時は余り周囲の探索はしないのだし、それも仕方のないことだ。
何はともあれ、情報が無いのであれば仕方ない。素直に森に入って確認することとしよう。
「時間を取って悪かったな。それじゃあ、北東の攻略も頑張ってくれ」
「ありがとうございます! っと……そう言えばなんですけど、ちょっとだけ気になる話がありました」
「おん? 森関係か?」
「いや、具体的に森からって話じゃないんですけど……攻略中、東の方から連続した爆発音を聞いたプレイヤーがいたらしいですよ。明らかに街の外だったらしいです」
「ふむ、爆発音ねぇ」
森からかは分からないが、そちらの方角から聞こえてきた爆発音。
恐らくは魔法によるものだろう。しかし、それが魔物によるものか、プレイヤーによるものなのかも不明だ。
気にはなるが――正直な所、あまり参考になるような話でもない。
具体的な情報が何もない以上、『何かがいるかもしれない』程度の話にしかならないからだ。
ひょっとしたらプレイヤーが何かしていたのかもしれないし、とりあえず覚えておく程度の扱いで十分な情報だろう。
「分かった、覚えておく。ありがとうな」
「いえ、こちらこそあんまり有用な情報が無くて……えっと、頑張ってください」
「ああ、そっちもな」
軽く挨拶を交わし、その場を辞去する。
ルミナは名残惜しそうに手を振っていたが、その表情は満足そうだ。
普段顔を合わせている連中を除けば、ルミナにとっては数少ない顔見知りだ。
思いがけぬ再会ではあったが、多少の収穫もあったと言うべきだろう。
「さてと……とりあえず、さっさと森を探索してみるとするか」
「結局自分の足で、ですかねぇ」
「どの道夜になったら行くんだ、今のうちに地形を確認しておいて損はないだろうよ」
流石にどのように木々が生えているのかまで覚えることはできないが、ある程度地形を覚えておくことは重要だ。
特に、夜になって視界が悪くなった場合、その知識や経験が運命を左右する可能性は十分にある。
自らの目で確かめることは、それだけ重要なことなのだ。
(しかし……)
楽しみそうに歩く緋真には気づかれぬよう、小さく嘆息を零す。
何故なら、遠巻きに俺たちのことを観察していた気配が、僅かではあるが移動していたためだ。
こちらに対する敵意は皆無であるし、どうやら敵対するつもりで付いてきているわけではないようだが。
俺らが何かを探していることを察知したか、或いは単純にお零れに与ろうということか。
どちらにせよ、邪魔さえされないのであれば何をしても構わないのだが――
「まあいい、とっとと移動するぞ」
「あ、はい! 待ってくださいよ、先生!」
気にしていても仕方がないと、足早に移動を続ける。
森までそう距離があるわけではないのだが、空を飛んでさっさと移動を終わらせてしまうとしよう。
* * * * *
セイランに乗って移動し、辿り着いた東の森。
上空から見た感じ、ある程度奥に進んだ辺りからやたらと木々の背が高くなっており、まるで壁が聳え立っているようにも見えた。
山の斜面というわけでもなく、純粋にそこから木々の高さが変わっているのだ。
不可思議な植生に首を傾げつつも、俺たちは森の手前で降下し、その中へと足を踏み入れる。
「エリア名は……『闇月の森』。やっぱり、ここにマーナガルムがいると見て間違いなさそうですね」
「まあ、昼間には出てこないわけだがな……ふむ、木々はそこまで密集しているわけではないか」
これなら、昼間は十分に視界を確保できるだろう。
足元も木々が生い茂っているというわけではないし、これだけならば移動や戦闘に支障はないだろう。
森の中に足を踏み入れてみれば、木々によって日が遮られているため、昼間であるにもかかわらず中々に薄暗い。
この様子では、日が陰ってきた時点でかなり視界が悪くなってしまうだろう。
「さてと……俺の予想では、あの木がやたらと高くなっていた辺りからがマーナガルムの出現エリアだと思うんだが、どうだ?」
「あり得るんじゃないかしら? 上空から見ただけだとどうなっているのかはよく分からなかったけど」
「ちらっとだけ見えましたけど、何だかものすごい巨木だらけのエリアだった気がしますよあそこ。どうなってるんですかね?」
アリスの同意に首肯しつつ、森の中を進む。
緋真の言う通り、遠目で分かり辛くはあったものの、そのエリアは巨木が立ち並ぶことによって形成されている様子であった。
どれぐらいの大きさなのかは実際に目にしてみなければ分からないが、少なくとも街で見かけるような大きさではない。
それに、生えている木も横に枝葉を伸ばすタイプではなく、縦に真っ直ぐと伸びるタイプであったように思える。
あの背の高い木々の下は、もしかしたらドームのような空間になっているのかもしれない。
教授から受け取ったマップデータと比較しても、距離的に間違ってはいなさそうだ。
であれば、とりあえずはそこまで足を運んでみるべきだろう。
昼間だからマーナガルムが出現することはないだろうが、地形を把握できるだけでも十分だ。
尤も――
「ただ森にピクニックに来たって訳じゃないんだがな」
「グルルルルル……ッ!」
森に足を踏み入れてまだ数分も経っていない。
だが、その魔物はそれでも目敏く俺たちのことを嗅ぎ付けてきたようだ。
木々の間からこちらの隙を伺っていたのは、黒い豹のような姿をした魔物であった。
隠れていた様子ではあったが、俺に察知されたことを理解したのだろう。その殺気を隠さずにこちらを威嚇してきている。
「えっと……『シャドウパンサー』、レベルは58ですね」
「そこそこだな。とりあえず、小手調べと行くか」
この森の魔物がどれぐらいの強さなのか――その試金石にさせて貰うとしよう。
餓狼丸を抜き放ち、戦闘態勢に入ったのとほぼ同時、シャドウパンサーはこちらへと一気に飛び込んでくる。
木々で視界が悪い森の中であるにもかかわらず、その動きに迷いはなく、まるで空間を縫うように素早くこちらへと肉薄した。
「速い、が――」
シャドウパンサーは地を蹴り、飛び上がって俺へと牙を剥く。
押し倒して、こちらの喉笛を噛み千切ろうとしているのだろう。
無論のこと、それをただ見送るような真似はしない。掬い上げるように迎撃の刃を放てば、シャドウパンサーはすぐさまその鋭い爪を伸ばし、俺の一撃に合わせてみせた。
金属音のような甲高い音、そして僅かに散る火花。一瞬の光が薄暗い森を染め――シャドウパンサーは、身軽に後方へと宙返りして距離を取った。
「……成程な」
かなり身軽で、運動能力が高い。しかも初手は奇襲を狙ってくる。つまり、アリスのような戦闘スタイルの魔物だ。
他の魔物と一緒に出てくると厄介かもしれないが、単体ではそれほど苦戦するような相手ではないだろう。
まあ、それでもレベルは高い相手だ。油断せずに行くとしよう。
「【ダマスカスエッジ】、【ダマスカススキン】、【武具精霊召喚】」
魔法を発動し、攻撃力と防御力を高める。
元より、道中の魔物と戦うのはレベル上げが目的だ。
マーナガルムと戦うまでに、そしてディーンクラッドと戦うまでに、可能な限り強化していくとしよう。





