288:爆撃からの逃走
「ッ……セイラン、押し返せ!」
「クエエッ!」
弧を描くように旋回しながら、迫る鱗粉へと向けてセイランが風を放つ。
嵐を操るセイランの暴風は緋色に染まった風を押し返し――そこに放たれた一筋の雷光が、獄炎纏いの鱗粉に刺激を与えた。
瞬間、連鎖するように無数の爆発が巻き起こり、空中に衝撃が走る。
爆竹のような爆音から察するに、やはり小さな爆発が無数に起こっているということなのだろう。
少量の爆発ならば耐えられるかもしれないが、包まれた状態で爆発したらひとたまりもない。
(だが、何とか耐えられるか……!)
現状分かっていることは、鱗粉は風の魔法である程度押し返すことが可能であること、そして緋真の炎やセイランの雷で起爆させられるということだ。
一度爆発すれば、近い鱗粉は全て誘爆する。セイランの暴風でも完全に押し返し切ることはできないのだが、影響を受けない場所から起爆すればある程度安全は確保できるのだ。
とは言え、爆発のせいで獄炎纏いの姿を見失ってしまうことは否めない。
次なる攻撃動作を見失ってしまうのはデメリットであるため、できるだけまとまった爆発にはしたくないことも事実だ。
「一度距離を取れ!」
「ケェッ!」
幸いと言うべきか、奴の移動速度はそこまで速くはない。
鱗粉が届く速度はかなりのものであるのだが、奴自体はあまり速く飛べないようだ。
まあ、蝶がそんな無茶な速度で飛んでいたら目を疑わざるを得ないが。
ともあれ、奴が攻撃を諦めない程度の距離を保ち、尚且つ鱗粉を推し留めながら対処することで、何とか奴を誘導することに成功しているのだ。
(知能は高くない、移動速度は普通。ただ単純に、鱗粉の性能だけが圧倒的に高い。逆に言えば、それさえ何とか出来れば対処のしようもある)
尤も、それが最大の問題であるのだが。
鱗粉がある限り、奴に接近戦を挑むことはできない。
常に炎を纏っているというのもあるが、鱗粉が付着するリスクを冒すことができないからだ。
現状のままでは、対処はできても仕留めることはできない。実に厄介な相手であった。
(ルミナは既に目的地まで移動済み、緋真たちはできる限り距離を離して援護……死地にいるのは俺たちだけってか!)
自ら望んだ状況とは言え、実に肝が冷える。
押し寄せてくる緋色の風は、全てが致死の毒に見えてしまうほどだ。
だが、獄炎纏いの行動自体は実に単調である。その分だけ鱗粉の性能に特化したということなのかもしれない。
こちらへと近寄りつつ鱗粉を放ってくる獄炎纏いに対し、こちらは再びセイランの風で対処する。
奴の元にまで押し返すことは不可能なのだが、影響範囲に入らないだけでも御の字だ。
しかし――
「……ネームドモンスターが、これで終わるか?」
攻めの手は浮かばないが、防ぐには十分な状況。
だが、ブラッディオーガのことを考えると、ネームドモンスターがこの程度で済むはずがないと思えてしまう。
ブラッディオーガは胸部に持つ巨大な口や、死体を捕食しての回復などの能力を持っていた。
あれと比べて、獄炎纏いの鱗粉は確かに強力過ぎる能力ではあるが……正直な所、この程度で終わるとは思えない。
――そう考えた矢先だった。
「先生、動きが変わりました! 注意してください!」
「っ!?」
突如として、緋真の警告の声が届く。
それを受けて獄炎纏いを注視すれば、奴は確かに、これまでとは若干異なる動きを見せていた。
これまでよりもさらに細かく翅を動かし、自らの目の前に緋色の球体を形成し始めたのだ。
それを目にして、俺は戦慄と共に即座に命じた。
「距離を取れ! 緋真、そっちから起爆しろ!」
処理は全て緋真に任せ、全力で距離を取る。
獄炎纏いが目の前で溜めに溜めた鱗粉は、これまでの半透明な風とは異なり、まるで鱗粉そのものが球体に固まったかのような様相だ。
流石に固体になるまで固めたというわけではないだろうが、どう考えてもその密度はこれまでの比ではない。
そんな鱗粉の塊へと、緋真が放った【ファイアアロー】が突き刺さり――閃光が、周囲を満たした。
一瞬遅れてきた音と、波のように広がる衝撃波。その衝撃に飲まれ、セイランの背から投げ出されそうになるのを必死に耐えた。
「ッ……! セイラン!」
「ク、アアアアアッ!」
セイランが纏っていた風の防壁も吹き飛ばされ、セイラン自身もまた空中でバランスを崩す。
一気に高度を落とすことになったが、それでもセイランは咄嗟に風を再展開し、見事に体勢を整えてみせた。
そのまま墜落しなかったことに内心で喝采しつつ、改めて獄炎纏いの姿を確認する。
煙の中から現れた獄炎纏いは、やはりダメージを受けた様子はない。奴自身は、鱗粉による爆発のダメージは一切受けないと考えるべきだろう。
「範囲に優れた拡散型と、一撃の破壊力に優れた収束型か……何にせよ厄介な真似を」
あれを発射した場合にどれぐらいの速度が出るのかは分からないが、一度の爆発でかなりの範囲を巻き込んでいた。
結局の所、拡散と同じく広い範囲を巻き込んでいるが、溜めが長い分だけ威力も段違いであるようだ。
あれでは直撃どころか、範囲に巻き込まれるだけでも即死だろう。
本当に、どこからどこまでも厄介な魔物だ。
だが――
「後、少しか……!」
既に。眼下にはカルデラ湖が見えている。
その遥か上空では、ルミナが魔法陣を展開している状態だ。
獄炎纏いの感知能力はそれほど高くはないし、あの距離で気付かれるということはないようだ。
獄炎纏いは再び範囲に鱗粉を放ち始めたが、今の回避のお陰でかなり距離は稼げている。
こちらに到達する前に雷で起爆しながら、俺はある程度の距離を保ちつつ奴を湖の中央まで誘導した。
そして――
「光よ、撃ち貫けッ!」
――巨大な光の柱が、尚も鱗粉を放とうとしていた獄炎纏いを飲み込んだ。
柱のように見えた光はその実は光の槍であり、槍の穂先に直撃した獄炎纏いは、そのまま湖に叩き付けられ――その刹那、発生した爆圧に俺とセイランは上空へと舞い上げられた。
「ッ……今のは!?」
「グ、ゥウ……!?」
一瞬何が起こったのかは分からなかったが、波立つ湖の水面を見た感じ、どうやら水蒸気爆発が発生したようだ。
小規模なものであったようだが、それでも俺とセイランのHPがかなり削られてしまっている。
俺はポーションをセイランに飲ませつつ自分も回復しながら、湖の様子を観察した。
今の様子から、獄炎纏いが湖に叩き付けられたことは間違いないだろう。だが、その直後光の槍は消滅してしまった。
どうやら、今の水蒸気爆発と相殺されたような形となったらしい。
あの蝶は、いったいどれほどの熱を有していたというのか。まさか、水に触れただけで水蒸気爆発が発生しようとは。
「先生、大丈夫ですか?」
「ああ、水面近くを飛んでいたら危なかったがな。奴はどうなった?」
「今の爆発で見失いました。刻印を使った魔法の直撃ですし、無傷ってことはないと思いますけど……」
刻印を使ったルミナの魔法の威力は絶大だ。通常の魔物どころか、こういったボスを相手にしても十分すぎる破壊力を有している。
収束したその一撃の破壊力は凄まじく、直撃を受けてダメージを受けないということはあり得ないだろう。
しかし、あれだけで倒し切れたとも考えていない。例えある程度頑丈ではない魔物であったとしても、あれはネームドモンスターだ。
その性能は、他の魔物とは一線を画するものである。平然と耐えていたとしても不思議はない。
そもそも、まだ経験値もドロップアイテムも手に入っていない。奴はまだ生きているはずだ。
と――
「お父様、あそこです!」
湖を見下ろしていた俺たちに頭上から降りてきたルミナの声がかかる。
彼女が指差していたその方向、蒸気の立ち上る湖の中に、僅かに揺れる赤い色が存在していた。
湖の上、僅かに波紋を立てる赤い影。
あれは――
「水に浸かってる! チャンスですよ、先生!」
「ああ、ここで畳み掛けるぞ!」
獄炎纏いは、湖の表面でばちゃばちゃと暴れている。
その翅に灯っていた火も消えており、どうやらかなりのダメージも受けているようだ。
現状、鱗粉がどうなっているのかは分からないが、自ら脱して再び空を飛び始めても厄介だ。このまま決着をつけなければなるまい。
そう判断した俺たちは、湖面へと向けて一斉に降下を開始したのだった。





