280:アリスの秘策
アリスから伝えられた作戦は、端的に言って納得できるものであった。
つまるところ、このブラッディオーガは、ステージであるオーガの集落を丸ごと含めたボスなのだ。
この場所は奴にとって有利な場所であり――同時に、弱点を示すようなギミックも存在している。
夜襲が可能な立地もそうだし、アリスが発見したものもそれだ。
情報を収集し、手を尽くし、それでようやく互角となる。成程確かに、運営側が用意したゲームらしいボスなのかもしれない。
まあ、その経緯については最早どうでもいい。重要なのは、アリスの作戦をどのように実行するかだ。
「……ま、どうもこうも無いわけだがな」
これについては、上手いこと誘導するしかない。
ただ滅茶苦茶に暴れ回るこの怪物を誘導するには、それだけこちらが注意を引く必要があるのだ。
つまり、こちらがより強大な脅威であると、敵に認識して貰わなければならない。
――であれば、やるべきことは決まっている。
「鬼哭を使う。注意しろ」
「っ、先生!?」
俺の言葉に、緋真が敵から視線を逸らさぬようにしながらも驚愕の声を上げる。
まあ、言わんとすることは分かる。こいつを相手にするのであれば、どちらかと言うと白影の方が相性はいいだろう。
鬼哭は反応速度、運動能力共に向上はするが、極度の興奮状態になるため判断能力はどうしても落ちる。
相手の攻撃を回避し続けなければならない現状、合戦礼法を使うならば白影の方が無難ではあるのだ。
しかし、作戦を遂行するに当たってはこちらの方が都合がいい。
俺に注意を引くためには、俺のことをより危険な存在であると認識して貰う方が良いのだ。
大きく息を吸い、丹田に力を籠め――全力の殺気を解き放つ。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
「ガァッ!?」
急激に高まった殺気に、ブラッディオーガは目を見開いてこちらを凝視する。
元より俺を脅威であると認識していたようではあったが、今は他の面々が目に入らないほどに注目を集めていた。
そうだ、それでいい。その方が好都合なのだから。
「――《剣氣収斂》」
ゲージが回復した《剣氣収斂》を再度発動し――地を蹴る。
運動能力が高まった今の俺は、先ほどまでよりも更に速い。
その速度の差によってこちらの姿を捉え損なったブラッディオーガに対し、俺は横を走り抜けながら刃を滑らせた。
あの巨大な口がある以上、正面から攻撃することは危険すぎる。
「『生奪』」
「グガッ!?」
ブラッディオーガの脇腹を斬り裂き、背後へ。
こちらを捉え損ねた相手は、慌てたように振り返りながら棍棒を振り回す。
やはり、ダメージそのものにはあまり頓着しないが、俺の姿を捉えられずにいる状況は望ましくないようだ。
だが、そういった反射的な反応は非常に読みやすく、俺にとっても都合がいい動きだ。
ブラッディオーガが振り向きざまに放ってきた横薙ぎを、身を屈めながら回避しつつ前へ。
「『生奪』!」
斬法――剛の型、輪旋。
弧を描く一閃にて、ブラッディオーガの太腿を斬りつける。
餓狼丸の攻撃力も上がり、《剣氣収斂》による攻撃力のブーストも掛かっている。
先ほどまでよりも確かなダメージを与えられているのだが、それでもブラッディオーガはそのダメージを気にした様子もなく、俺への攻撃を優先している。
この程度のダメージは、まだまだ気にするようなものではないということか。
「く、ははははッ! なら、嫌でも意識させてやるよ!」
「ガァ!?」
こちらが視界の外に移動するのを嫌うのは見て取れた。
であれば、積極的に相手の死角を取るように動き、こちらを意識させ続けるまでだ。
その合間に緋真やルミナたちが攻撃を加えてはいるのだが、どうやら強い殺気を放つ俺を優先して狙う思考をしているようだ。
具体的なダメージよりも、精神的な脅威を優先しているということだろうか。
その思考ルーチンは分からないが、こちらに集中してくれるのであれば都合は良い。
「《練命剣》、【命輝一陣】!」
至近距離で【命輝一陣】を放ち、顔面で炸裂させる。
元より通常の攻撃より威力は低いため、大したダメージにはならないだろう。
しかし、黄金の光が目の前で炸裂すれば、どうした所で目は眩む。
一瞬とはいえ俺を見失ったブラッディオーガは、慌てたのか無茶苦茶に武器を振り回し――そこにルミナの魔法が直撃した。
炸裂する光の魔法によって、ブラッディオーガは仰向けに倒れかけるが、何とかバランスを保つ。
だが、大きく後ろに重心が傾いた状況では、巨大な武器を振るうこともままならない。
「《奪命剣》、【命喰牙】」
二本目の【命喰牙】を突き刺し、更にHP吸収を加速させる。
微々たる量ではあるのだが、それでも無いよりかは遥かにマシであろう。
嗚呼、それよりも――
「くく、はははは……!」
反射的に薙ぎ払われる棍棒。
掠っただけでも体が千切れ飛びそうなそれを紙一重で回避しながら、赤黒いオーラを纏うブラッディオーガに張り付いて行く。
ここはまさに死地だ。銃弾と爆弾が飛び交っていた、あの戦場と同じ領域。
であればこそ、更に血も滾るというものだ。
「ははははははははッ!」
再びブラッディオーガの足へと刃を走らせる。
胴が狙い辛く、首も位置が高いため届かない。必然的に、狙う場所は機動力を削げる足となる。
少しずつ、削ぎ落とすようにダメージを与えていくのだ。
ジジイはかつて、自分たちのことを修羅と評した。戦いの鬼神の名、殺し合いに興じる俺たちには相応しいだろうと。
しかして、このゲームの運営が俺に付けたのは羅刹の名であった。こちらも鬼神だが、悪鬼羅刹に連なるような名からして、地獄の獄卒でも意識していたのだろう。
まあ、それはどちらでもよいことだ。それよりも愉快でたまらないのは――
「皮肉だよなぁ、赤鬼。鬼神の名をつけられた俺が、『鬼哭』なんてものを使ってるんだからなァ!」
ただの言葉遊びすら、極度に興奮している今の俺には愉快でたまらない。
言霊というものは案外馬鹿にはできないものだ。ただのゲン担ぎであろうとも、それが精神に及ぼす影響は決して無視できるものではない。
しかして、難敵を前に哄笑を上げる俺に対し、ブラッディオーガもまた一切怯んではいない。
それどころかますます戦意を滾らせて、俺へと強い殺意を向けていた。
集落を燃やした俺のことが許せないのだろう。ああ、構わない、それでいい。やはり、双方に譲れぬものが無くては、戦いというものは盛り上がらない。
「ゴアアアアアッ!」
正面から振り下ろされる棍棒を横に躱し、そのまま跳ね上がるように振るわれた横薙ぎの一閃を跳躍して回避する。
体が横に泳いだブラッディオーガに着地と共に接近、膝裏を狙って一閃を放つ。
攻撃自体は軽く傷を与えた程度であり、すぐに回復してしまうであろうが、重要なのはそこではない。
今の一撃で膝裏を打たれたブラッディオーガは、膝を折ってバランスを崩したのだ。
棍棒の巨大さもあり、その遠心力で重心がブレたブラッディオーガは、そのまま膝を着いて動きを止める。
その瞬間を逃さず、俺は相手の膝を蹴って跳躍、逆手に持った刃を振り下ろした。
斬法――柔の型、襲牙。
肩口に突き刺さった刃の切っ先は深く潜り込み、ブラッディオーガに確かなダメージを与える。
尤も、あの口がある以上、体内がどのような形状となっているのかは全く分からないのだが。
とはいえ、刃を突き刺されてダメージにならないわけがない。
俺はすぐさま刃を捻り、そしてブラッディオーガの肩口を蹴ってその場から離脱した。
一瞬遅れて、俺を捕まえようと伸びた奴の左手が空を切る。あの状況でもなお、俺に対する攻撃を優先するその姿勢には、戦慄を禁じ得ぬほどだ。
その戦意に思わず笑みを浮かべ――ふと、耳元で声が響いた。
『クオン、準備ができたわ』
「……了解」
どうやら、策の仕込みが終わったようだ。
位置を確認し、現在位置との距離関係を把握、俺は小さく笑いながら再びブラッディオーガとの距離を詰める。
当然ブラッディオーガは反応し、立ち上がってこちらへと棍棒を振るってきた。
対し、こちらはその攻撃を回避して立ち位置を変える。追撃の攻撃をさらに後退して回避し、近くに転がっていたオーガの死体を踏み越えながら距離を取った。
俺を強く敵視したブラッディオーガは、何ら疑問を抱くことなく俺を追い、先程受けたダメージの回復のために転がっていたオーガの死体を捕食して――
「――グ、ガ?」
――厳ついその顔を、確かな驚愕に歪めたのだった。





