277:夜を駆ける
書籍2巻発売記念、連続更新中です。連続更新は本日までとなります。
書籍版マギカテクニカ2巻は、9/19(土)に発売となりました!
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オーガの里であるが、無論のこと、狙う相手には優先順位がある。
ただのオーガは決して雑魚と言い切れるような相手ではないのだが、それでも優先順位は低い。
それよりも厄介なのは、オーガのくせに遠距離攻撃の手段を持っているような相手である。
どうやら弓矢の類を装備しているオーガを発見することはできなかったようだが、それでも魔法使いや神官に類するようなものがいることは確認できたらしい。
こいつらについては、優先的に排除しなければならないだろう。
故に、ただのオーガの小屋にはアリスの作った毒薬を放り込むだけに留め、俺たちは上位種のオーガが住まう小屋を標的に定めた。
(というか、オーガのくせに神官とは……)
まさか女神アドミナスティアーを信奉している訳でもあるまいに。
ひょっとしたら、魔物たちが奉ずる邪神のような存在がいるのかもしれない。
まあ、その辺りは俺たちが気にするような話でもないし、考察好きの『MT探索会』に任せることにするが。
ともあれ――最優先は神官、次いで魔法使い。バーバリアンとかいう上位種もいたらしいが、そいつについては後回しだ。
話を聞く限りタフそうであるし、火を放つ前に気づかれては厄介だ。
(まずはその二種を全て片付ける。その後、脱出しがてら道中のオーガたちを出来るだけ倒すとするか)
歩法――至寂。
元々土の地面であるためあまり足音は立たないが、それでも注意しておくに越したことはない。
俺はアリスの先導に従いながら集落の中を駆け抜け、比較的大きな小屋の前で足を止めた。
元々、大してしっかりとしてはいない造りの建物だ。アリスは壁に空いた隙間から中を覗き込み――小さく頷いて、ハンドサインで俺を呼び寄せてきた。
どうやら、ここが一つ目の当たりであるようだ。
音を立てぬように侵入すれば、藁を敷き詰めた寝床に一体のオーガがいびきを掻いて眠っている。
今は《識別》を外しているため分からないが、どうやらオーガメイジであるらしい。
それを確認して、俺はアリスに目配せして頷く。不意打ちの攻撃という点のみで見れば、俺よりもアリスの方が攻撃力は高いのだ。
「……ッ!」
「ガフッ!?」
無言のまま複数のスキルを発動し、アリスはネメの闇刃をオーガメイジの喉笛へと突き立てる。
突然の激痛に溜まらず目を覚ましたようだが、喉を潰された時点で声を上げられるはずもない。
アリスは速やかに体重をかけて傷を抉り、動脈を断ち斬るようにしながら刃を倒す。
夥しい量の血が噴出し――傷の再生よりも早く、オーガメイジは事切れた。
「お見事」
「ありがと。さ、次よ」
俺の賞賛にもクールに返しつつ、アリスは次なる標的へと向けて歩き出す。
どうやら、上位種のオーガは個室のような扱いで、一人で住めるような小屋を与えられているようだ。
オーガたちの中でどんな階級制度があるのかは知らないが、一人でいてくれるのは俺たちにとっては好都合である。
文字通り、サクサクと片付けながら先へと進むことにしよう。
(色々と、アイテムが落ちているのが勿体ない気はするが……あまり欲を掻くものでもないか)
アリスがオーガプリーストを刺し殺している様子を横目に、小屋の中をぐるりと観察する。
あまり見覚えのないアイテムらしきものがあるが、生憎と《識別》を付けていないため何なのかは分からない。
素材の類は回収したい所ではあるのだが、長く滞在すればするほどリスクも高まる。
そんなことで足を掬われては堪らないというものだ。ここは慎重に慎重を重ねるべきであろう。
小屋を巡り、一匹一匹確実に仕留めつつ、一応倒したオーガの素材だけは回収しながら先へと進む。
数は多いが、気付かれなければこんなものだ。
当初の予定通り、バーバリアンは無視しながら魔法系のオーガの身を優先的に狙う。
一撃で仕留め切れなかった場合、厄介なことになるだろうからな。
「……そろそろ魔法系はラストかしら」
「数については分からんが、集落の規模を考えるとな」
小屋の大きさを見れば、そこにいるのが上位種かどうかはわかる。
今の所バーバリアンを避けて進んではいるが、それでもほぼ全ての上位種を確認できただろう。
残る大きめの小屋は一つ。内部の気配を探り、音を立てず忍び込む。
ここを住処としているのは、どうやらオーガプリーストのようだ。
先ほどと同じく、忍び寄ったアリスは刃を振り上げ――ぱちりと、オーガプリーストが目を開いた。
「ッ!? このっ!」
瞬間、アリスが焦った様子で刃を振り下ろす。
だが、それは悪手だ。こいつはまだ寝ぼけている状態であったし、こちらに気づいた様子ではなかった。
眠りが浅かったのか、偶然目を開いてしまっただけなのだろう。
しかし、攻撃を加えたことで、こいつは完全に目を覚ましてしまった。
「ガ――――!」
「《練命剣》、【命輝閃】」
斬法――剛の型、迅雷。
念の為構えていた餓狼丸から、黄金の輝きが溢れ出す。
その一閃は、強引に起き上がってアリスを弾き飛ばしたオーガプリーストの首に突き刺さり、一刀の下に刎ね飛ばしていた。
ぐらりと揺れた体は再び藁の寝床に倒れ、そのまま動かなくなる。
「っ……ごめんなさい、油断したわ」
「いや、今のは偶然だろう……仕方がないことだ。それより、急いで脱出するぞ」
「もう? まだ気づかれていないとは思うけど」
「ああ、気付かれてはいないが……だが、空気が変わった感覚がある」
俺たちの存在に気づかれたわけではないようだが、若干警戒度が上がってしまったように感じる。
このままここで行動を続けていると、気付かれてしまう可能性があるだろう。
ここは無理をする場面ではない。安全を期して、作戦を次の段階に移すべきだ。
「脱出する、急ぐぞ」
「……了解。行きましょう」
若干後ろ髪を引かれる部分はあったようだが、アリスも素直に頷き、俺に続いた。
周囲はほんの僅かではあるが、ざわついているような感覚がある。
完全に目を覚ましたわけではないだろう。だが、このまま暗殺を続けていれば、気付かれてしまう可能性が高い。
故に、まずはこの領域から退避することが重要だ。
歩法――至寂。
アリスと共に気配を隠し、音もなく集落の中から退避する。
そしてあらかじめ決めていた場所へと移動し、しばし身を潜めて状況の推移を見守った。
何体かのオーガが起きてくる場合、火を放つことのメリットが薄れてしまう。
まあ、その状況になってしまったら素直に撤退した方が良いのだが――
「……何とか、賭けには勝ったか」
ざわめいていた気配が収まっていく。
どうやら、ほんの僅かに目を覚ましかけた程度であったようだ。
だが、やはりこれ以上内部に入り込んで行動するのはリスクが高い。
ここは、素直に作戦を先へと進めるべきであろう。
「よし……緋真、予定通りの位置に火を放て」
『……了解です、順番に行きます』
チャットを通じた指示に従い、緋真が上空から炎の魔法を放つ。
飛来した【ファイアアロー】は、狙った小屋に着弾して小さな炎を発生させる。
爆発もなく、素早く飛ぶ炎は気づかれぬように火をつけるには打って付けだ。
更に、緋真は《高速詠唱》のスキルを持っているため、初期の魔法に近い【ファイアアロー】であれば凄まじい速さで詠唱が完了する。
ボルトアクションライフルの装填速度と大差ないレベルで放たれる炎の矢は、狙い違えることなく次々とオーガたちの小屋に着弾する。
乾いた木で構成された小屋だ。炎はあっという間に大きくなり、どんどんと小屋を包み込んでゆく。
勢い良く燃え上がった炎は密集する小屋に燃え移り、巨大な炎へと変化してゆく。
とりあえず、最も森に近い俺たちの近くは避けて正解であったようだ。
「さてと……ルミナ、こっちに来い」
『はい、お父様!』
集落が燃え上がり、悲鳴やら怒号が響き始めた頃合いで、俺はセイランに載せていたルミナを呼び戻した。
光の翼を展開してこちらに降りてきたルミナに、俺は小さく笑いながら告げる。
「よし、ここに立て。それから魔法陣を展開だ」
「逃げてくるオーガたちに魔法を撃つのですよね?」
「そうだな。だが、今回は刻印を使う。最大限に増幅した魔法をぶっ放せ。それからアリス、お前さんはルミナの前方に目隠しを作ってくれ」
「……【ダークミスト】のこと? ああ、そういうことね」
狙った場所に黒い霧を発生させる魔法、【ダークミスト】。
相手を撹乱するぐらいにしか使えない魔法であるのだが、今回はこれを、ルミナの姿を隠すために使用する。
要するに、魔法をチャージしているルミナの姿をオーガたちの視界から隠すのだ。
流石に、巨大な魔法陣を構えるルミナが見えていては、連中も真っ直ぐと逃げてくることはないだろう。
だが、もしもこちらに気づかず、一直線に逃げてくるのであれば――
「それじゃあ……【ダークミスト】」
「準備します」
アリスの声と共にルミナの前方に黒い霧が発生し、ルミナの姿を覆い隠す。
俺はすぐさま近くにあった木の上に鉤縄を使って登り、オーガの里の様子を観察した。
炎と、その熱によって蒸発した毒の煙。炎に巻かれたオーガは慌てふためきながら走り回り、程なくしてその場に倒れ込む。
そして、一部の生き残りだけが炎の勢いが弱いこちらへと向けて逃走してきている状況だ。
ちらりと見れば、ルミナの魔法陣は既に展開され、右手の刻印と共に強力な魔法が装填されている。後はタイミングを計るだけだ。
必死で逃げようとするオーガたちが、集落を出てこちらへと向かってくる、その刹那――
「放てッ!」
「光の鉄槌よ、撃ち貫け!」
眩い光芒が、闇の霧を吹き散らして向かってくるオーガの群れへと突き刺さった。