271:静寂の剣
書籍版マギカテクニカ2巻、9/19(土)に発売となります。
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「ッ……!」
徐々にではあるがHPを削られつつある状況に、歯噛みしつつも刃を振るう。
白影を使っているため直撃は受けていないが、掠めただけでHPを削り取られる《奪命剣》はやはり厄介だ。
特に――
「《奪命剣》――【冥哮閃】!」
ブラッゾの剣が、噴き上がるように闇を纏う。
それと共に薙ぎ払われた一閃は、まるで墨をたっぷり付けた筆のごとく、虚空の広い範囲に黒い軌跡を描いた。
最初に若干の溜めがあるものの、範囲が広く威力も高い。
初見で回避することができたのは、白影を使っていたからこそだろう。もしも使っていなかったら、対処しきれずに倒されてしまっていた可能性が高い。
ブラッゾが溜めを開始した時点で、俺は即座に後方へと下がって攻撃を回避した。
確かに範囲は広いが、構えを見てから下がれば回避することは可能だ。
(こちらのHPは残り三割……かなり厳しいな)
こちらもHPを回復している余裕がない。ポーションを取り出そうとすれば、奴は即座に距離を詰めてくるだろう。
今はとにかく、回避に専念して時間を稼ぐしかない。
とはいえ、今の状況でどこまで耐えられるものか――そう考えた、瞬間だった。
何かが割れ、爆ぜるような音と共に、噴き上がる霧の柱が消滅したのだ。
その音に、こちらへと追撃を放とうとしていたブラッゾは、驚愕と共にそちらへと視線を向ける。
「な……馬鹿な、あれを破壊したってのか!?」
「くはは、やりやがったか」
ブラッゾの意識が逸れている間に白影を解除してポーションでHPを回復しつつ、状況を確認する。
噴き上がっていた灰色の霧は消滅し、街は徐々に本来の様相を取り戻しつつあった。
どうやら、緋真は剣の破壊に成功したようだ。であれば――ここからは、こちらが攻める番ということだろう。
小さく笑みを浮かべ、俺は改めて餓狼丸を構え直す。
ブラッゾもこちらが攻勢に出てくることを理解したのだろう、忌々しげな表情でこちらを見つめ、声を上げた。
「……テメェらは、一体何なんだ。あの霧の中に入り込んで、どうやってあれを破壊した」
「さあな、そっちはあいつらに任せたからどうなったかは知らん。それよりも――」
「ああ……今度はテメェの番だって言いたいんだろう。だが、ここまで来たからにはもう容赦はしねぇ」
そう呟いて――急激に高まった殺気に、思わず息を飲んだ。
どうやら、元が人間だからと言ってアレが無いというわけではなかったらしい。
「――《化身解放》」
その宣言の刹那、ブラッゾの全身が黒い闇に包まれる。
噴出するように現れた闇はブラッゾの体に纏わりつき、その身を変化させていく。
絡みつくような闇は奴のボディアーマーとなり、その額には一本の黒い角が現れる。
その姿はまるで――
「鬼、か」
「ヤシャって言うらしいぜ。この大陸にはいない魔物が素体らしいが――ま、どうでもいい話だ」
色々と気になることを言ってはいるが、のんびりと考察している暇もない。
とにかく、コイツが本気を出してきたというのは事実。ここからが正念場となるだろう。
尤も――こちらの準備も完了している訳なのだが。
「できれば、緋真がいるところで見せたかったんだが……まあ、仕方あるまい」
「ごちゃごちゃと、何を言ってやがる? 俺の力は完成した、今の俺ならば師匠にも勝てる――俺こそが真なる剣聖だ」
「……ああ、そういうことか」
小さく嘆息する。この男が何を求めていたのか、そして何を勘違いしてしまったのか。それが理解できたのだ。
であれば、その妄念を打ち破ってやることこそが、せめてもの慈悲という物だろう。
荒々しい殺気を纏うブラッゾを前に、俺の心はただ静かに凪いでゆく。
ただ一点の波紋もない、静かなる泉の水面のように――俺は、心の中で静かに告げる。
久遠神通流合戦礼法――林の勢、寂静。
それは、合戦礼法の中で唯一、一対一を想定して構築された術理。
合戦の場においては、一騎打ちの時に使用するために編み出された法だ。
尤も――合戦礼法の中では最大の外法とも呼ばれるこれは、その全容を知る者が殆どいない。
これを使った剣士と一対一で戦い、生き残った者が皆無であるが故に。
「……? 何だ、テメェ、何をしている?」
「良いから来い。お前の勘違い、思い知らせてやろう」
「……気に入らねぇな。まるで、あの時の師匠のようだ。なら……テメェを斬れば、その影も打ち破れるってもんだろうよ!」
ブラッゾは再び剣を構え、前へと踏み出す。
速度はかなりのもので、先ほどよりも更に身体能力が増していることが理解できるだろう。
その上、《奪命剣》の力も付与されている。これだけの身体能力で、高い技量を持つ化物。
更に、数で攻めることが不利となり得る能力を有する存在――成程確かに、厄介な存在だ。
だが――
「――無駄だ」
「……は?」
ブラッゾの一閃は空を切り、俺が放った刃はブラッゾの背に一筋の傷をつける。
どうやら、このボディアーマーもかなりの防御力があるらしく、そのままではダメージを通すことはできなかった。
このままでは倒すことは不可能であるし、順当に攻撃力を上げていくこととしよう。
「っ……何を、しやがったァ!」
「貪り喰らえ、『餓狼丸』」
ブラッゾの叫びには耳を貸さず、集中力を保ったまま成長武器を解放する。
それと共に現れた黒い闇が俺とブラッゾのHPを吸収し始めるが、どちらも気にすることは無かった。
それよりも、気にするべきはブラッゾが横薙ぎに放とうとしている一閃だろう。
相手がその攻撃を使ってくることを予測して、俺は再び右側へと向けて歩を進める。
結果、ブラッゾの攻撃は空を切り、俺は再びブラッゾの背後に回り込んで刃を振るった。
「ぐっ……テメェ、何をしている!?」
「合わせているだけさ。お前の呼吸にな」
人には誰しも、動く時の呼吸という物がある。
テンポ、リズム、何でもいいが――自分にとって動きやすいタイミングというものがあるのだ。
これは無意識下のものであり、本来は意識した所で全ての呼吸を変えることは不可能であり、無理に変えれば動きに無理が出てしまうものだ。
これを逆に利用して意識の空白を突くものが、歩法の奥伝である虚拍である。
動き始めのタイミング、動き終わりのタイミング……これらの瞬間にある刹那の隙を突くには、その呼吸を読み切らなければならないのだ。
「お前の剣は、オークスによく似ている。切っ先までもを意識の支配下に置き、自由自在に操り極限まで隙を削っていく剣術だ」
「ッ、何を……!?」
俺は、ブラッゾが動くのと完全に同じタイミングで動き、打点をずらしながら相手の背後に回り込み続けている。
それと共に振るう刃は、ブラッゾが纏うボディアーマーに少しずつ傷をつけていた。
寂静とは即ち、本来は変えることの難しい己の呼吸を相手のそれに合わせること。
そして、相手よりもほんの僅か先に動き、起点となる動きを潰して鈍らせること。
ブラッゾからすれば、自分が攻撃しようとした瞬間に、俺の位置が変化しているのだ。それだけでも攻撃しづらいだろうが、加えて俺は虚拍に近いタイミングで動いている。
故に、ブラッゾは俺の姿を捉え切れず、こうして背後を取られ続けているということだ。
「だが、基礎はそこだが変化もある。より荒々しく攻撃的……それでいながら、巧妙さも兼ね備えている。少しでも当てれば効果を発揮する《奪命剣》らしい剣術なのかもしれないな」
「何を、言ってやがる!」
ブラッゾが振るう剣は俺に届かず、《奪命剣》が放つ闇も見当違いの方向に飛んで行く。
無駄だ、こいつは俺に攻撃を見せすぎた。どのタイミングでどの攻撃を放ってくるのかも、俺はとっくの昔に把握している。
仮に初見の攻撃が来たとしても、どのような動きをするかは既に把握できているのだ。
果たして、寂静の性質を理解し、俺に攻撃を届かせるのが先か――或いは、餓狼丸の攻撃力がコイツの防御力を上回るのが先か。
無論、俺に掴ませる気など微塵も存在しないのだが。
「お前の剣を求めた、剣聖を目指した――それもまた、間違ってはいない。だが、お前は道を誤った。行き着いてしまったんだよ」
「知ったような口を……! 立ちはだかる者を斬り、除いてきた。強き者を斬り、乗り越えてきた! その果てに辿り着いた高みを、否定されてたまるかァ!」
――結局の所、コイツが求めたのは強さだったのだろう。
強さを求めるあまり、方法を誤った。《奪命剣》で斬る瞬間の快感が、斬ることに対する忌避感を奪ったこともまた事実だろう。
だが、最大の問題は、強い相手を乗り越えれば辿り着けると勘違いしてしまったことだ。
ブラッゾは、振り返りながら剣を振るう。だが、それが俺に届かないことは既に理解しているだろう。
歩法――虚影。
だからこそ、俺はその場から半歩後ろに下がり、ギリギリで攻撃を回避しながら前に出た。
まさに目と鼻の先、互いの目を見つめ合うような距離で、俺は告げる。
「――剣の道に、完成などあるものか」
「――――」
斬法――柔剛交差、穿牙零絶。
密着した距離で放つ、上半身の回転運動のみを利用した刺突。
その一撃は、俺の言葉に目を見開いて硬直したブラッゾの喉笛を真っ直ぐに穿った。
口から血を噴き出すこの男へ――剣士として目指すべき場所を見失った者へ、最後の慈悲として告げる。
「辿り着いたなどと言った時点で、お前の成長は止まっていたんだ――《練命剣》」
突き刺した刃を、横に薙ぎ払う。
首を半ば以上断たれ、溢れ出る緑の血を押さえながら、ブラッゾの体はぐらりと傾き――けれど、剣を突き刺して倒れる前に身を支えた。
確実に致命傷で、ブラッゾのHPバーは見る見るうちに減少してきている。
だがそれでも、奴の目はまだ死んではいない。どうやら、まだ戦意は消えていないようだ。
「が、ぐ……さい、ごだ」
「……いいだろう」
ブラッゾの目からは陰りが消えている。
最後の最後で、己の初心を思い出したか。
気にはなったが、生憎と問答をするような余裕は残されていないようであった。
「――《練命剣》、【命輝閃】」
「――《奪命剣》、【奪淵冥牙】」
聞き覚えのないテクニック。周囲からは漆黒の闇が溢れ出し、渦を巻くように奴の剣に集まりだした。
どうやら、周囲の生命力を奪い、一撃の攻撃力を高める攻撃であるらしい。
奴の周囲の石畳が罅割れ、下にある土が枯れ果てて砂と化してゆく。俺自身のHPも多少削られてしまっているようだ。
悍ましく、恐ろしい攻撃だ。故にこそ、それが最大の一撃であるということだろう。
正面から受けきることは、恐らく不可能。であれば――
「――――ッ!」
「しッ!」
声を出すことができず、けれど裂帛の気合と共にブラッゾは刃を振り下ろす――けれど寂静を使う俺は、それよりも僅かに速く。
黄金の軌跡を描く一閃は、ブラッゾの首を断ち斬っていた。