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270:時間稼ぎ

書籍版マギカテクニカ2巻、9/19(土)に発売となります。

情報は順次、活動報告とツイッターにアップしていきますので、ご確認ください!












 途中までは想定通りに進んでいたものの、完全に予想外の札を切られてしまった。

 そのことに内心で舌打ちしつつも、俺はただブラッゾの動きを観察し続ける。

 正直な所、状況はかなり不利だ。霧のHP吸収量は全ての発生源が残っていた時とあまり変わりがなく、自動回復で相殺はできているものの、それ以上の回復は望めない状況だ。

 しかし、当のブラッゾは今まで以上に殺意を剥き出しにし、スキルを使ってこちらを追い詰めようと迫ってきていた。

 俺自身の都合としては、既に準備はできている。しかし、この霧がある限りコイツを殺すことはできない。故にこそ、こうして不利な戦いを続けざるを得ないのだ。



「《奪命剣》――【咆風呪】!」

「《蒐魂剣》、【護法壁】ッ……!」



 迫りくる黒い風。まるで壁が距離を詰めてくるかのような感覚に、俺は戦慄しながら刃を振り下ろした。

 発生した蒼い光の壁によって【咆風呪】を防ぐことは可能だが、もしそれ以外の方法を取るならば大きく回避しなければならない。

 それに、これで防ぐということは――



「おおおおおおッ!」

「チッ、そう来るだろうよ……!」



 先ほどと同じように、【咆風呪】に紛れて迫ってきたブラッゾの攻撃を、舌打ちしながら後方へ跳躍して回避する。

 無論、ただ下がった程度で見逃してくれるような相手ではなく、ブラッゾはすぐさまこちらへと距離を詰めてきた。

 先ほどの鎧のようなテクニックのお陰で、奴の剣は常に吸収効果を纏っている。

 掠っただけでも、ある程度HPを吸収されてしまうことだろう。



「ッ……!」



 斬法――柔の型、流水。


 回避では危険、となれば完全に受け流して対処する他ない。

 振り下ろされた袈裟懸けの一閃を受け流し、返す刃の一閃を放つが、それは半歩の後退によって回避される。

 詰めた攻撃でなければこいつ相手に届くことはない。これは単なる牽制だ。

 もっと大きく引いてくれればよかったのだが、ブラッゾの動きは必要最低限の回避のみ。

 どうやら、こちらの攻撃はきちんと見切っているようだ。



(修正は完了した。後は準備さえできれば、だが――仕方ない、全力で回避を優先するとしようか)



 ブラッゾの反撃の一閃を後ろへと受け流し、摺り足で前へと進み出ながら体を回転させる。

 相手の腕を肘で押しながら、俺は右の肩甲骨を相手の胸へと押し当てた。



「ッ――!?」

「ぶっ飛べ」



 打法――破山。


 足元で響き渡った炸裂音と共に、強大な衝撃がブラッゾの体へと叩き付けられる。

 重さは俺と大差ない程度の相手だ、完全には衝撃を受けきることができず、ブラッゾは後方へと向けて吹き飛ばされた。

 とはいえ、ある程度衝撃を逃がしていたらしく、あまりダメージを受けた様子はないが。



(しかし、コイツ……)



 観察していて気づいたことがある。

 この悪魔、他の伯爵級とは異なり、HPバーが一本しかないのだ。

 無論、HP量はかなり高いようではあるが、HPバーを三本も持っていたヴェルンリードやバルドレッドと比べれば、少ないという感覚を受けることは否めない。

 人間から悪魔になったことによる影響なのか、或いは順位が低いからなのか。

 分からんが、とにかく一度HPを削りきればこの悪魔を倒し切ることはできるようだ。

 尤も、現状では回復されてしまうため、削り切るも何も無いわけだが。

 ともあれ、距離が開いたならばテンポを整える余裕もできる。

 俺はすぐさま息を整え――意識を、戦いのために切り替えた。


 久遠神通流合戦礼法――風の勢、白影。


 視界がモノクロに染まる。とは言え、元より灰色の霧に包まれていた街並みは、それほど変化することも無かったが。

 加速した意識の中、俺は即座にブラッゾへと向けて突撃した。

 唐突に俺の動きが速くなったからだろう、ブラッゾは面食らったように僅かながら硬直し――その肩口へと向けて、素早く刃を振り下ろす。



「チッ!」



 ブラッゾは舌打ちを鳴らしながら俺の一閃を長剣で受け止め――その一撃を弾かれた瞬間、俺は手首を翻して別方向から刃を振るった。


 斬法――柔の型、刃霞。


 脇腹を狙った一閃、その一撃をブラッゾは体を捻りながら回避し、そのまま大きく後退する。

 どうやら、唐突に変わった俺の動きにまだ対処しきれていないようだ。

 であれば、今しばらくはこれで対処していくこととしよう。



(急げよ、緋真……流石に、こいつは厳しいぞ)



 まだ対処はできているが、戦闘を続けていれば徐々にHPを削られることになるだろう。

 果たして、緋真が霧を解除するまで生き残ることができるかどうか。

 逃げることは可能かもしれないが、そうすれば狙われるのは中央の剣を狙う緋真たちだろう。生憎と、それを認めるわけにはいかない。

 意識を集中させ、決意を固め――俺は、ブラッゾへと肉薄したのだった。











 * * * * *











「……本当にやるの、緋真さん?」

「ええ、やらざるを得ないでしょう。これを何とかしないと、先生だってあの悪魔に勝てませんから」



 街の中央から立ち上る霧の柱、そこへとある程度近付いた緋真は、濃い霧に包まれている街並みの中で静かに決意を固めていた。

 四本目の発生源を何とか破壊し、これで戦えると思った矢先の事態である。

 このような事態に陥るとは思っていなかっただけに、出鼻を挫かれた感覚もひとしおであった。

 だがそれでも、前に進まなければならない。悪魔を倒すことは、師にとっての目的であるからだ。



「けど……流石にこれ以上の吸収となると、私には厳しいわ。ポーション中毒になりそうだし」

「私が絶えず回復をかけ続ければ、何とか……」

「それでもいずれMPが尽きるわね。私は行かない方がいいと思うわよ」

「……ですね。アリスさんは先生の援護に行ってもらってもいいですか?」

「私が行っても役に立つかどうかは微妙だけどね……了解」



 一方で、基礎的なHPの低いアリシェラの場合、濃い霧の中に入ることは自殺行為に等しい。

 今はルミナの回復とHPポーションで賄っているが、ポーションは短時間に続けて摂取すると『ポーション中毒』という状態異常が発生してしまう。

 泥酔したような感覚が発生し、上手く動けなくなってしまうのだ。

 これ以上接近することはアリシェラにとって危険であり、そんな状態の彼女を連れていくほど緋真も無慈悲ではない。



(けど……私でも厳しいのは否定できないか)



 緋真の《斬魔の剣》は、クオンの《蒐魂剣》ほど効率よく魔法を――ひいては霧の発生源である黒剣を破壊できるほどの性能は無い。

 四つ目の発生源にしても、何度も斬りつけてようやく破壊することができたのだ。

 つまり、しばらくは最も霧の濃い中心地に留まる必要があり、緋真でも危険な行為であることは否めない。

 ルミナの回復を込みにしても、成功するかどうかは微妙な所であった。

 と――そこに、バサバサと翼が羽ばたく音が響く。聞き覚えのある音に緋真が視線を上げれば、そこには上空から飛来するセイランの姿があった。



「セイラン! 先生は!?」

「クェエエ!」

「……お父様から、こちらに行けと言われたようです。一対一で戦いたいからと」

「幾らなんでも、この状況下で伯爵級と一対一って……分かったわ、私はクオンの方に向かう。こっちはお願いね、緋真さん」

「あっ、はい! お願いします、アリスさん!」



 一言断り、街の北西部へと駆けていくアリシェラ。

 その背中を見送って、緋真は小さく独り言ちた。



「達人を相手に一対一って、もしかして……」

「……緋真姉様?」

「ううん、何でもない。急いで先生と合流しないと、って思っただけだから。セイラン、風で霧を出来るだけ散らせられる?」

「クェ!」



 任せろ、と言わんばかりに胸を張って鳴き声を上げるセイランに、緋真は小さく笑みを浮かべる。

 そして視線を壁のごとく立ち塞がる灰色の霧へと戻し――覚悟を決めて、前へと踏み出した。



「ケエエエエッ!」



 それと同時、セイランが周囲に風を発生させる。

 セイランを中心に、周りへと押し出すような風の流れだ。

 それによって霧が散らされ――しかし、分厚い霧の壁そのものが消え去ることはない。

 セイランを中心としたエリアはある程度霧が薄くなったものの、それも完全ではないようだ。

 しかし、HPの減少は大幅に減った。セイランのMPが続く限り、状況は安定するだろう。



「……けど、悠長にもしてられないか。急ぐよ」

「はい!」



 セイランは基本的には物理型であり、MPはそこそこにあるものの、魔法を全力で使い続けて長時間維持できるレベルではない。あまりゆっくりしていてはガス欠に陥ってしまうことだろう。

 そのため、緋真たちは走りながら街の中心へと足を進めることとした。

 まるで自分たちの周りが灰色の液体に満たされてしまっているかのような、濃厚すぎる霧。

 セイランの風が無ければ、あっという間にHPを吸い取られてしまったことだろう。

 風でも完全には防ぎきれないHP減少をルミナの回復魔法で補いつつ、霧の中心部へ。

 その発生源たる黒い剣は――街の中央にある石碑に突き立てられていた。



「これが……」

「緋真姉様、危険です! 急いで!」

「ッ、そうだね……!」



 ここは最も霧の濃い場所。セイランの風でも、完全に防ぎきれるものではないようだ。

 徐々にHPが減ってくる現状、残された時間はあまり長くはない。

 緋真はすぐさま紅蓮舞姫を抜き放ち、突き立った黒い剣へと刃を振るった。



「《斬魔の剣》!」



 素早く振るったその一閃は、突き立つ黒い剣へと振り下ろされ――ほんの僅かな傷をつけただけに終わる。

 先ほど破壊した四つ目の剣はある程度傷をつけられたのに対し、こちらはほんのかすり傷程度だ。

 しかも、その傷もあっという間に修復されてしまったことに、緋真は思わず眼を剥いた。



「んな……っ!?」



 先ほどまでの黒い剣とは訳が違う。

 これが特別な発生源であると、否が応でも理解せざるを得なかった。

 しかも、それ以上に――



「緋真姉様! 霧の量が増えています!」

「っ、まさか今ので!? 防衛反応ってこと!?」



 剣から噴き出す霧の量が増え、セイランの風でも完全には防ぎきれなくなりつつある。

 ルミナの回復魔法で繋いではいるが、彼女のMPが切れるのも時間の問題だろう。

 舌打ちし――緋真は、覚悟を決めた。



「――焦天に咲け、『紅蓮舞姫』!」



 刀より、紅の炎が燃え上がる。

 成長武器を解放、基礎的な攻撃力を高め――その上で、緋真は刃を構える。



「《練闘気》、【アイアンエッジ】、【灼薬しゃくやく】……《斬魔の剣》」



 そして、可能な限り攻撃力を高める。

 できれば《術理装填》も使いたい所ではあったが、《斬魔の剣》を使わなければならない以上、それは叶わぬ相談であった。

 今はただ、可能な限りの力を積み上げる以外に道はない。

 逆巻く炎の中に蒼い光を携えつつ、緋真は紅蓮舞姫を上段に構え直す。



「……本来は、強度の違いを感覚で捉えながら調整する業。だから……単一の物体を斬るだけならば、私だってやってみせる」



 本来であれば、未だ届かぬ術理。

 けれど、その片鱗程度であれば手が届くと――緋真は己に言い聞かせながら、燃える刃を構える。


 斬法・奥伝――



「――【緋牡丹】!」



 それは師が見せた、剛剣の最奥が一つ。

 未だ届かぬ高みであると同時に、いずれ辿り着かねばならぬ場所。

 師が振るった刃を脳裏に浮かべ――緋真は、紅蓮に燃え盛る剣を振り下ろした。


 ――剛の型、鎧断。











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