269:修羅道
書籍版マギカテクニカ2巻、9/19(土)に発売となります。
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修羅道という言葉がある。
仏教の思想、六道の一つ。本来は五道であり、修羅道はそれに含まれていなかったとも聞くが、俺は仏教徒ではないのでその辺りのことはあまり詳しくはない。
知っていることは精々、闘争心に囚われた魂が、絶えず戦い続ける場所であるということだけだ。
だからこそ、ジジイが俺たちのことを修羅と表現していたことについては間違ってもいないと考えている。
戦いが必要のない世において、戦いに囚われた俺たちは、確かに修羅道に落ちた者であるだろうと。
(コイツはどうだ……?)
剣に生きることを決めた者は、多かれ少なかれその傾向はある。
だが、オークスから聞いたところによれば、この男は剣を振るうことではなく《奪命剣》で斬ることに心を奪われてしまったという。
もしそれが事実であるならば、それは最早俺たちとは別のものだ。
しかし、こうして刃を重ねた感覚からして、コイツが《奪命剣》に固執した戦いをしているようには思えなかった。
むしろそうであれば付け入る隙も多かったと思うのだが、生憎と殆ど隙が見当たらない状態だ。
「はッ!」
「しゃあッ!」
斬法――柔の型、刃霞。
弾かれた瞬間に軌道を変えた刃が、ブラッゾの肩口を狙う。
それに対し、ブラッゾは振り上げた刃で俺の剣を弾きながら袈裟懸けに刃を振り下ろしてきた。
重く鋭いその一撃を半身になって躱しつつ、放つのは横薙ぎの一閃。
しかしその一撃を、ブラッゾは後方へと跳躍して回避した。
「《練命剣》――【命輝一陣】」
「《奪命剣》」
後退した相手を追うように生命力の斬撃を放つが、それもあっさりと対処されてしまう。
やはり、こいつ相手に《練命剣》を使うのは不利と言わざるを得ないようだ。
八相の構えで、互いに弧を描くように間合いを測りながら、俺は相手の剣をひたすらに測る。
剣術の基礎は、やはりオークスのそれに近い。剣を己の体の一部として扱うような、自由自在の剣術だ。
それに《奪命剣》を組み合わせてくるのだから堪らないが、一度見た剣であるが故に対処はまだ楽な方である。
「お返しだ――《奪命剣》、【咆風呪】」
「チッ……《蒐魂剣》、【護法壁】」
ブラッゾが横薙ぎに振るった刃より、黒い風が溢れ出る。
防御を無視するこの攻撃は、まともに受ければその時点で敗北となってしまうだろう。
オークスから加減されたこの攻撃を受けた時、こちらは脱力感で動けなくなってしまったのだ。
動きを鈍らされれば、達人相手には勝負になどなる筈もない。
(可能なら背後に回って回避したいが、そう簡単な話ではないか)
こいつも、隙の大きい【咆風呪】を避けられるようなタイミングで放つことはない。
例えなんであれ、こいつは剣の達人だ。強力なスキルを持っていたとしても、その使い所を誤るような真似はしないらしい。
――ならば、こいつは何故剣に狂った?
「《奪命剣》――【命喰閃】ッ!」
刹那、【咆風呪】の向こう側からブラッゾが姿を現す。
黒い闇が渦巻くその一閃は、掠っただけでもHPを削り取られることだろう。
受け止めることは困難、であれば――
歩法――閃空。
地面に突き立てていた刃を抜きつつ思い切り右へと振るい、その横向きのベクトルに乗る形で横へと跳躍する。
体を丸め、左手で地面に手を着き――それでも止めることのない刃の重みで体を回転させながら着地、刃を振り終わったブラッゾに対し、這いつくばるような姿勢から突撃する。
歩法――烈震。
地を穿つような勢いと共に飛び出し、放つのは全体重を乗せた刺突。
例え様子見であろうとも、相手を斬るという一点において妥協はない。
斬法――剛の型、穿牙。
「――――ッ!」
流石に予想外の攻撃であったのか、ブラッゾが目を見開くのが見える。
しかし、それでも奴の体は滑らかに動き、俺の刺突を刃の柄で受け止めてみせた。
流石に勢いまでは殺し切れず、地を滑るように後退したが、奴自身にダメージは無い。
まさか、今の攻撃に咄嗟に対処してみせるとは……やはり侮れない存在だ。
「チッ……気持ち悪ぃ動きをしやがる。獣みたいな奴だな」
「お褒めの言葉、ありがたく受け取っておくとしよう」
体勢を整え、改めて餓狼丸を構え直しながら静かにブラッゾの姿を見つめる。
餓狼丸を解放するにはまだ早い。今の状況では、あのスリップダメージを受け続ける余裕がないのだ。
互いにダメージを受けてはいないが、それは剣士として戦っているからだ。
互いに、一太刀でも受ければ死ぬという前提で――人間の剣士同士の想定での戦いに興じているからこその状況であると言える。
同時に、コイツが何故そんな戦いに付き合っているのかという疑問もあった。
三魔剣を扱える俺に興味があるのか……或いは、別の何かか。気にはなるが、生憎とまだ口が軽くなるほどノリに乗ってきてはいないようだ。
(ならば、もっと加熱させていくとしようか)
とは言え、今は合戦礼法を使うわけにはいかない。
あれは脳を酷使するため、戦闘以外に頭を働かせる余裕がなくなってしまう。
今は時間稼ぎとブラッゾの分析が優先であり、勝負を決める時ではないのだ。
それに、あれを使うにはまだ足りないのだから。
「さあ、続きだ。お前の剣を見せてくれよ」
にやりと笑い、踏み込む。
やはり、慣れ親しんでいない実力者との戦いは心が躍るものだ。
ブラッゾは斬らねばならない敵ではあるが、不謹慎ながらもそう考えてしまう。
実力は師範代たちに匹敵するだろうが、あいつらは俺にとっては手の内を知り尽くした相手であるし、どうしても何通りかの攻め方を選んで戦ってしまう。
しかし、コイツの剣は俺にとって馴染みのない物であり、こうして相対しているだけでも新鮮味を味わうことができるのだ。
歩法――縮地。
スライドするように相手へと肉薄するが、向こうは僅かに目を見開いただけでその動きに対処してくる。
初めて見た筈だが、その胆力は大したものだ。
即座に反応して刃を振り下ろしてきたブラッゾに対し、こちらもまた己の刃を合わせる。
斬法――柔の型、流水。
攻撃を受け流し、返す刃で一閃を放つ。
しかし、ブラッゾは軽く後退してその一閃を回避すると、今度はさらに踏み込んでこちらに攻撃を仕掛けてきた。
放たれた横薙ぎの刃に対し、俺は更に前へと踏み出しながら攻撃を受け止める。
斬法――柔の型、流水・浮羽。
相手の攻撃の勢いに乗る形で背後に回り込み――しかし、ブラッゾの視線は未だこちらの瞳を捉え続けている。
どうやら、この程度でこちらを見失うほど軟な鍛え方はしていないようだ。
互いに殺気の篭った笑みを浮かべつつ、お互いの刃を弾いて構え直す。
そして――
「――――っ」
「何!?」
遠方で噴き上がっていた霧が、唐突に晴れた。
街中を覆っていた灰色の霧は瞬く間に姿を消してゆき、人気のない街並みが白昼の下に曝される。
どうやら、緋真たちは無事にミッションを成功させたようだ。
晴れてゆく霧を目にして、ブラッゾは剣を構えながらも深々と嘆息を零す。
「チッ……やはり、こうなったか。テメェをさっさと仕留められれば良かったんだがな」
「生憎と、お前の剣には見覚えがあったもんでな」
「クソが、ここでも立ちはだかるかよ、師匠……仕方ねぇ」
そう呟くと、ブラッゾは苛立ちと共に視線を細め――ぱちんと、軽く指を鳴らした。
その、刹那――
「――面倒だが、最初からやり直すとしようか」
「な……ッ!?」
――巨大な、灰色の霧が柱となって、街の中央部から吹き上がった。
予想だにしていなかった光景に、俺は思わず眼を見開く。
間違いなく、先程迄は存在していなかったはずの霧の発生源。それが、突如として出現したのだ。
「元々、街の結界を奪うために使っていたものだ。閉じ込めることはできなくなったが……まあこの際だ、仕方ないと割り切るさ。テメェらを殺した後で、元通りに戻すとしよう」
「……成程、外に出られなかったのは、元々あった結界を逆に利用していたからってことか」
「誇れよ、正真正銘奥の手だ。あの霧の力は今までの霧とは訳が違う。別動隊がいるようだが、果たしてあそこまで近寄れるかな?」
ブラッゾの言葉に、思わず内心で舌打ちする。
ブラッゾにとっての奥の手ということは、あれが霧を発生させる最後の仕掛けということになるだろう。
つまり、それさえ破壊できれば今度こそ霧の発生源は無くなり、こちらも攻勢に出られるということだ。
しかし……今まで以上となると、その根元に近づくだけでも危険だろう。
その発生源の排除は必須だが、果たしてその根元に接近し、剣を破壊することができるだろうか。
「難しいが、やるしかないか……セイラン、向こうの援護に行け!」
「……クェ」
「心配は要らん! それよりも、向こうを何とかして来い!」
「――ケエエッ!」
俺の言葉に躊躇いはしたものの、セイランは力強く頷き、緋真たちがいるであろう方向へと向けて翼を羽ばたかせる。
その気配を見送って、俺は静かに意識を集中させた。
劣勢であることは否めない。だが――まだ、俺は負けてはいない。
「さて、果たしてあれを何とかできるもんかねぇ」
「するさ、できるに決まっている」
「見てもいないくせに、言い切るじゃないか……ハッタリか、空元気か?」
「確信だとも。俺の弟子ならば、それぐらいはやってのけるってな」
俺は笑みと共にそう告げて――ブラッゾは、その表情を歪めた。
何かを思い返し、それをかみしめているかのような表情。
それは憎悪であり、悲嘆であり……過去への憤怒であるようだった。
「はっ……良いだろう。それならば、お前の弟子とやらが何かする前に、お前を確実に殺してやるよ」
どうやら、遊びはここまでということらしい。
俺は改めて餓狼丸を構え直し――奴と同時に、地を蹴ったのだった。





