268:吶喊
しばし休憩し、パーティメンバー全員で意識を共有した。
かなり無茶な作戦であることは否定できないが、勝算はある。それに、無茶をするのは俺一人であるし、緋真たちにとって厳しい作戦というわけでもない。
この程度の修羅場ならば、幾らでも潜り抜けてきたのだから。
霧が晴れた街の南部、頑丈そうな建物の上で、俺はセイランと共に静かに佇む。
目指す先は、北西部にある霧の発生源だ。
「悪いな、セイラン。無茶に付き合わせることになる」
「クェ」
俺の言葉に対し、セイランは『気にするな』という意志を告げつつ、俺に頭を擦りつけてくる。
羽根の滑らかな感触に思わず笑みを浮かべ、俺は鐙に足を通してセイランの背に跳び乗った。
さて――そろそろ開始するとしよう。
「こっちは準備完了だ、そっちはどうだ?」
『はい、大丈夫です。先生が合図したら出ればいいんですよね?』
「そうだな。急いで出すぎるなよ、多少遅くても問題は無いんだからな」
『それで問題ないって言えるのは先生ぐらいだと思いますけど……了解です。お待ちしてますね』
パーティチャットで緋真に連絡を完了させる。
これで、完全に準備は完了した。セイランの背の上で真っ直ぐと前を見つめ――最後に、一度深呼吸を行う。
ジジイからも、そして軍曹からも言われていた言葉だ。気合が入った、そのタイミングで深呼吸をしろと。
適度に体の力を抜き、コンディションを整えることでより良い結果を生み出すことができるのだ。
その話をした時のことを思い浮かべ――俺は、口元に笑みを浮かべながらセイランへと合図を送った。
「飛べ!」
「クェエエッ!」
俺の掛け声に力強く応え、セイランは足場を蹴って上空へと舞い上がる。
そして翼を羽ばたかせると、正面へと向けて一気に加速を開始した。
目指す先は、霧の噴き上がる北西部の発生源。目的は、ブラッゾに捕捉される前に剣を破壊すること。
とりあえず今回の条件はそれだけだ。余計なことは考えず、ただ一直線に進んで目標地点まで辿り着けばいい。
だからこそ――
「全速力だ、行け!」
「ケェッ!」
風を纏い、セイランの巨体が加速する。
纏っている風のお陰であまり霧に触れることはないのだが、それでも完全に遮断できるわけではない。
そうして霧に触れたせいだろう。遠くから、こちらに何者かの意識が向けられたことを察知した。
この鋭い殺気、間違いなくブラッゾだろう。俺の存在を察知したブラッゾは、すぐさま俺たちの方へと移動を開始したようだ。
移動速度はかなり速い。やはり、俺たちの方へ直接向かう形ではなく、剣の防衛を優先するつもりのようだ。
だが、それで構わない。むしろ、予定通りであるとも言える――ただし、このスピードではかなりギリギリだ。
奴が到着する前に、俺たちが目的地に辿り着けるかどうか。破壊前に接敵してしまっては、俺たちの負けとなってしまうだろう。
だが――
「よし……緋真、出ろ!」
『分かりました!』
俺の言葉に、緋真はチャット越しに威勢よく答える。
そうして緋真も突入したからだろう。僅かにだが、迷ったようにブラッゾの動きが鈍った。
どうやら、奴は俺たちが二手に分かれてくるとは考えていなかったらしい。
そのほんの僅かな迷いが、俺たちにとっては何よりの追い風となる。
先ほどまでのスピードでは少々厳しかったが、今ならば。
「吹き散らせ、セイラン!」
「クアアアアアアッ!」
前方へと向け、セイランが全力で風の魔法を放つ。
瞬間、立ち込めていた霧は一瞬だけ吹き散らされ――その直後、柱のように立ち上る灰色の霧の姿が目に入った。
位置を確認、どうやら道のど真ん中に突き刺さっているようだ。その場所へと向けてセイランを降下、地上移動へと移行しながら、俺は背中の野太刀を抜き放つ。
「『生魔』」
長大な刀身に纏わりつくは、金と蒼の二重螺旋。霧を噴き上げる黒い剣は、既に目視圏内だ。
翼を畳んだセイランの体に張り付くような前傾姿勢となり、風の抵抗を避けながら両手で野太刀の柄を握る。
だがそれとほぼ同時、迫りくるブラッゾの殺気が膨れ上がった。
それと共に、奴が向かってくる方向から、黒く染まった風が放たれる。
自分でも使うからこそ分かる、あれは【咆風呪】だ。防御を無視する厄介な攻撃であるが、奴のそれは出力も段違いだろう。
「まともに受ければ死ぬぞ、突っ走れ!」
「――――ッ!」
最早叫び声を上げることもなく、セイランは全力で石畳の地面を蹴りつける。
擦れた爪が火花を散らし、蹴り足が石畳を踏み砕く。
セイランは恐れない。勇猛果敢で恐れを知らない、嵐王の眷属だ。
故に向かう先が死地であろうとも、その足を鈍らせることは決してあり得ない。
そして――
「しッ!」
――俺の構えた野太刀は黒い剣を断ち斬り、迫る黒い風をセイランは全速力で駆け抜けることで見事に回避してみせた。
セイランはそのまま、体を反転させながら地面に爪を立て、けたたましい音を立て地面をずたずたにしながら急停止する。
俺は振り落とされぬように足で体を固定しつつ、片手は手綱を掴んで強烈な慣性に抗った。
やがて全ての動きが止まり、晴れてゆく霧の中、敵の姿を視認する。
剣の突き刺さっていた位置を見下ろし、苛立った表情を隠しきれずにいるブラッゾに、俺は小さく笑みを浮かべながらセイランの背より飛び降りた。
「さてと……また会ったな、兄弟子殿よ」
「チッ……尻尾巻いて逃げやがった分際で、やってくれるじゃねぇか」
苛立った様子のブラッゾは、強い殺気と共に俺を睨みつけてくる。
それを受け流しつつ、俺は笑みを浮かべながら野太刀を納め、餓狼丸を抜き放った。
まあ、俺は別にオークスの弟子でも、彼から《収奪の剣》を学んだわけでもないのだが――どうやら、俺の挑発にはしっかりと引っかかってくれたようだ。
奴は歯ぎしりをしながら表情を歪め、手に持った黒い長剣を構える。
「今度は逃がしはしねぇ……師匠の前に、テメェを斬り刻んでやる」
「逃げはしないさ。お前はここで殺してやる――それが、せめてもの手向けだ」
正直な所、この男のことは気に入らない。だが、他の悪魔ほど強い殺意を抱いているわけではないことも事実だ。
元が人間だったからか、或いは人間を『消費』するような方法を取らなかったからか。
無論、経歴からして決して許せるような存在ではない。戦士ではない者達を手に掛けた時点で、許しがたい畜生へと堕ちてしまっていることは事実だ。
だが――こいつの妄執を終わらせてやろうという、一握の慈悲程度は持ち合わせている。
「久遠神通流、クオン」
「……三魔剣、《奪命剣》が継承者、ブラッゾ」
奴の名乗りは、悪魔としての順位を示すものではなかった。
それは剣士の名乗り。己が剣に誇りを持つが故の、剣に生きる者としての言葉であった。
「お前を、斬る」
「テメェを、吸い殺してやる」
――そして、俺たちは同時に地を蹴った。
素の身体能力が高いのはブラッゾの方だ。奴は素早く俺を間合いに捉えると、黒い長剣を凄まじい速さで振り下ろしてくる。
対し、俺はその一閃へと己が一閃を合流させた。
斬法――柔の型、流水。
金属同士が擦れ合う音と共に、互いの一閃が横へと逸れる。
直後、俺は左足を前に出しながら即座に反転、体の捻りを利用して横薙ぎの一閃を放った。
脇腹を狙うその一閃に対し、ブラッゾは下から掬い上げるような一閃を合わせ、弾き返してくる。
やはり凄まじい反応だ。純粋なる剣術では、これまでの悪魔とは比べ物にならぬほどの速度である。
互いに剣を弾かれたことで、一度バックステップして距離を取る。それと共に開放するのは、あらかじめ用意しておいた魔法だ。
「【ダマスカスエッジ】、【ダマスカススキン】、【武具精霊召喚】」
「《奪命剣》、【刻冥鎧】」
魔法で装備を強化した俺に対し、ブラッゾは聞き覚えのないテクニックを使用した。
それと共に、ブラッゾの腕には肘まで覆うような黒い鎧が出現する。
そしてそれと共に、ブラッゾの長剣には黒い靄がかかり始めた。
《奪命剣》とするには少々薄い、《収奪の剣》程度の密度であるが……どうやら、スキルを連続して発動せずに、効果が持続しているようだ。
鎧自体の防御効果もあるかもしれないし、油断はできないだろう。
「グルルルルル……ッ!」
「セイラン、下がれ。こいつは俺の相手だ」
スキルの発動に反応したか、セイランが警戒した様子で前に出ようとする。
しかし、俺は即座にそれを押しとどめた。
それに対し、ブラッゾはピクリと眉を跳ねさせる。どうやら、意外であったらしい。
「何のつもりだ? わざわざ一対一で戦うと?」
「そういうことだ。その方が、俺にとって都合がいいんでな」
セイランが力不足であるとは思っていないが、条件を満たすためにもまずは一人で戦わなくてはならない。
少々厳しいことは否定できないが――目に物を見せてやることとしよう。





