258:再開と新装備
逢ヶ崎との会談を終え、再びリムジンにて家まで送迎された俺たちは、昼飯を食った後に早速ゲームにログインした。
目に入ってきた街の景色を眺めつつ、脳裏に浮かぶのは先ほど逢ヶ崎から聞かされた話だ。
目の前に広がるゲームの世界。これもまた、俺たちの住まう場所と変わらぬものであると。
元より異国を旅しているような感覚ではあったものの、改めてそう考えると中々に感慨深いものだ。
とはいえ、これまでと活動方針が変わるわけではない。敵と戦い、強くなって悪魔を斬る。それだけのことだ。
「さてと……呼び出しは可能か」
インベントリから従魔結晶を取り出し、確認する。
ログアウトする前は輝きを失っていた結晶は、既に輝きを取り戻している。どうやら、死亡によるペナルティは解消されたようだ。
テイムモンスターを殺されたのは初めてだが、ペナルティの時間を考えると、やはり無理をすべきではないということだろう。
小さく嘆息しながら、俺は二つの従魔結晶を起動した。
輝きの中からルミナとセイランの姿が現れ――
「――申し訳ありませんでした、お父様!」
「グルルルルル……ッ!」
直後、ルミナは俺に向かって跪き、謝罪の言葉を口にしていた。
対し、セイランは苛立った様子で足踏みしている。方向性こそ違えど、どうやらどちらもディーンクラッドに敗れたことを腹に据えかねているようだ。
まあ、それは俺も人のことは言えないのだが……とりあえず、こいつらを落ち着かせるとしよう。
「構わん、敗北を咎めるつもりは無い。俺も、結局奴にまともなダメージを与えることはできなかったからな」
「お父様でも、ですか……」
「悔しいが、奴は今までの悪魔とは別格だ。これまでと同じ方法で倒し切れるような相手ではない。アルトリウスの言うように、事前の準備が必要だろうよ」
今の所、まだ奴を倒し切るほどのヴィジョンは見えていない。
だがそれでも、奴の示した期限までに倒し切らなければならないのだ。
「次の機会には必ず斬る。お前たちも、それまでに力をつけておけ」
「はいっ!」
「クエエッ!」
気合十分、どうやら気圧されているということも無さそうで何よりだ。
力強く頷いたルミナたちは佇まいを直し――そこにちょうど、緋真たちがログインしてきた。
「お待たせしました、先生……ルミナちゃんも、良かった!」
「緋真姉様……ご心配をおかけしました。次は負けません」
「……改めて考えると、とんでもない問題に直面してるわよね、私たち」
再会を喜び合う緋真たちの隣で、アリスは嘆息しつつ肩を落としている。
言わんとしていることも理解できる。ゲームではあるが、これは俺たちの生存をかけた移住計画だ。その計画を遂行するにあたり、ディーンクラッドという強大な悪魔が立ち塞がっているのである。
正直な所、頭の痛い問題ではあるが――奴の提示してきた条件は何が何でもクリアしなくてはならない。
移住先として、この国は大きな候補なのだから。
(アルトリウスが姫さんとくっ付いて王にでもなってくれりゃ……いや、今考えることではないか)
あのお姫様の様子からして、満更でもなさそうではあるのだが。
とはいえ、現状では捕らぬ狸の皮算用だ。まずはあの悪魔を討つことに専念しなくてはなるまい。
そのためには――
「よし、エレノアの所に行くぞ。色々と準備は終わってるだろうしな」
「あ、はい!」
「成長武器も強化したいしね」
昨日ログアウトする前に、アリスには『エレノア商会』で色々と依頼を出して貰っていた。
流石に成長武器を預けていたわけではないのだが、各種装備はすでに出来上がっていることだろう。
期待も込めつつ、俺たちは『エレノア商会』の支店へと向かったのだった。
* * * * *
「待ってたから仕事してくる!」
「あ、ちょっとフィノ!?」
俺たちが到着するや否や、フィノは即座に三人分の成長武器を要求してきた。
まあ、元からそれが目的ではあったのだが、あそこまでテンションが上がっているとは思わなかった。
仕事場へと走って行ったフィノを、同じく俺たちを待っていた伊織が呼び留めようとするものの、聞く耳を持たずに部屋を後にしてしまった。
別に構わないのだが……本当に趣味人だなあいつは。
「……とりあえず、成長武器は後で来るだろうから問題はない。一通り見せて貰えるか?」
「え、ええ……全く、本当にあの子は自由なんですから」
伊織は嘆息しつつ、俺たちを部屋の奥へと案内する。
そこに置かれていたのは、俺たちが製作を依頼したアイテムの数々だ。
新たな魔物の素材を利用して作られた防具や、バルドレッドから手に入った金属素材を利用した武器。一部は竜の鱗を加工した防具もある。
それなりに値段は高くついたが、素材と情報を提供した上に同盟の割引付きだ、実際の出費はそれほどでもない。
「まずはランドシープの布防具ですわね。結構素直な素材でしたから、扱いは楽でしたわ」
「羊毛だし、分かり易そうでしたもんね」
衣紋掛けに掛けられているのは、これまでの装備とほぼ見た目は変わらない防具の数々だ。
だが、若干ながら前よりも厚手になっているだろうか。
重さは多少増しているだろうが、その分だけ防御力も高いと思われる。
彼女たちの作った装備に、完成度の心配は要らないだろう。小さく笑みを浮かべつつ、俺は己の装備を確認した。
■《防具:胴》大地羊の着物・金属糸加工(黒)
防御力:36(+8)
魔法防御力:26(+6)
重量:13
耐久度:100%
付与効果:防御力上昇(中) 魔法防御力上昇(中) 斬撃耐性 冷気耐性
製作者:伊織
■《防具:腰》大地羊の袴・金属糸加工(黒)
防御力:31(+7)
魔法防御力:23(+5)
重量:10
耐久度:100%
付与効果:防御力上昇(中) 魔法防御力上昇(中) 斬撃耐性 冷気耐性
製作者:伊織
■《防具:装飾品》大地羊の羽織・金属糸加工・装甲付与(白)
防御力:33(+7)
魔法防御力:27(+6)
重量:9
耐久度:100%
付与効果:防御力上昇(中) 魔法防御力上昇(中) 斬撃耐性 腐食耐性(全) 冷気耐性
製作者:伊織
■《防具:頭》地竜の鉢金
防御力:23(+5)
魔法防御力:18(+4)
重量:5
耐久度:100%
付与効果:防御力上昇(中) 魔法防御力上昇(中) 地属性耐性
製作者:伊織
■《防具:腕》風竜の篭手・装甲付与
防御力:26(+6)
魔法防御力:18(+4)
重量:5
耐久度:100%
付与効果:防御力上昇(中) 魔法防御力上昇(中) 風属性耐性
製作者:フィノ
■《防具:足》地竜の脛当て・装甲付与
防御力:29(+6)
魔法防御力:21(+5)
重量:9
耐久度:100%
付与効果:防御力上昇(中) 魔法防御力上昇(中) 地属性耐性
製作者:フィノ
全体的に、中々に防御力が上昇している。
そして、素材によってそれぞれ何らかの耐性を得られているのも中々に興味深い。
特にドラゴンの素材については、そのままあいつらの操っていた属性を耐性として得られるようだ。
そうなると、複数の鱗を混ぜ合わせて加工というのも考えられなくはないが――『エレノア商会』のことだ、その辺りはとっくの昔に試していることだろう。
「とりあえず、これで一式ですわね! 量もかなりのものでしたし、出現場所も分かり切っている魔物ですから、これから安定供給が望めます!」
「確かに、布装備にとっては美味しい相手かもな」
尤も、あのランドシープ共を倒すのはそれなりに面倒ではあるのだが。
個体としては別に強くないのだが、群れを生かしての突進はかなり厄介だ。
正面から戦闘するのは、文字通り骨が折れる戦いとなるだろう。
「この国は広いですし、様々な素材が入って来ますけど、やっぱりドラゴン系が優秀なようですね。わたくしは触らない素材ですが」
「まあ、布にはならんだろうな。精々布の内側に張るかどうかぐらいだろ」
「ええ。しかし、あまり大量に手に入るものでもありませんし、何より重いですから。布装備でそこまで重くしてしまっては意味がありませんわ」
伊織の言葉に、軽く肩を竦める。
確かに、篭手や脛当てだけでこの重さなのだ。服全体に使ったら鎧並みの重さになってしまうだろう。
ともあれ――防具の確認はできた。後は予備の武器だ。
俺たちの場合、基本的には成長武器を……ルミナの場合は精霊刀を使うことになるだろう。
だが、それ以外の刀も状況に応じて使用しているのだ。強化するタイミングがあれば、こうして新しくしておくべきだろう。
それに、やはり新しい刀を目にすると心が躍るものだ。小さく笑みを浮かべつつ、俺は置かれていた武器を抜き放ち検分した。
■《武器:刀》瘴鋼の打刀
攻撃力:44(+9)
重量:19
耐久度:140%
付与効果:攻撃力上昇(中) 耐久力上昇(中) 瘴気(弱)
製作者:フィノ
■《武器:刀》瘴鋼の小太刀
攻撃力:40(+8)
重量:15
耐久度:140%
付与効果:攻撃力上昇(中) 耐久力上昇(中) 瘴気(弱)
製作者:フィノ
■《武器:刀》瘴鋼の野太刀
攻撃力:52(+11)
重量:25
耐久度:140%
付与効果:攻撃力上昇(中) 耐久力上昇(中) 瘴気(弱)
製作者:フィノ
そして、思わず眼を見開く。想像以上に、武器の性能が強化されていたのだ。
抜き放った刃は鈍色で、薄っすらと黒い靄のようなものが纏わりついている。
《奪命剣》にも似たエフェクトだが、あそこまで濃くはない。ただ、目を凝らせば薄っすらと見える程度のものだ。
しかし――これは正しく、バルドレッドが使っていたあの力だろう。
「瘴気か……まさか、武器に付与できるとはな」
「ええ、フィノも驚いていましたわ。どうやら、上位の魔物による素材であるためか、武器性能自体もかなり高いようですわね」
「仮にも伯爵級、あのヴェルンリードと同等の悪魔なんだ。そう考えれば、強力な素材が得られたことも納得できる」
驚くべきは、それほど上位の素材を初めて扱いながら、きちんと武器として仕上げてきたフィノの実力か。
成長武器の強化も含め、彼女には感謝しなくてはならないだろう。
尤も、あちらは自分のやりたいことをやっているだけなのだろうが。
「ポーションの補充は……後でいいか。後は成長武器だけだな」
「ちょっとフィノの工房を見に行ってみます?」
「ふむ……そうだな、あまりのんびりしている時間も無いし」
この後はアルトリウスの話を聞き、さっさと次の都市へ向かわなくてはならないのだ。
フィノも別にのんびりとやっているわけではないだろうが、少々様子が気になることも事実。
そう考えた俺たちの視線に、伊織は軽く嘆息を零していた。
「……仕方ありませんわね。こっちです」
そう言いつつも若干気になってはいるのか、あまり抵抗した様子もなく伊織は案内を開始する。
彼女の後ろについて、俺たちは商会の奥――フィノの工房へと足を踏み入れたのだった。