026:悪魔の宣告
切断された手が宙を舞い、落下して地面を血で染め上げる。
化身解放とやらを使ったゲリュオンの肉体強度は高く、《生命の剣》を使っても太い二の腕を骨ごと両断することは難しい。
故に、腕の中でも最も細い手首、その上で骨の継ぎ目を正確に狙って切断した。
腕の長さはそれほど短くはならないため、邪魔であることに変わりはないが、片手が無くなった分、鉤爪の脅威は半減しただろう。
切断された腕を押さえ、後退したゲリュオンは、怒りのままに叫び声を上げていた。
『貴、様ァァァァァアアアッ!』
「ッ、《斬魔の剣》ッ!」
先ほど雲母水母たちに放とうとしていた魔法だろう、出現した三つの火球が、俺へと向けて至近距離で打ち出される。
《斬魔の剣》で斬れるのは一つの魔法だけ。もう一度斬ろうとするならば、スキルを再発動しなければならない。
故に、俺はスキルを発動しながら前に出ていた。
三方向から俺に殺到してくる魔法は、後方に下がれば三つ共を相手にせねばならなくなる。
だが前に出れば、相手にするのは一つのみ。故に俺は、躊躇うことなく前へと飛び出していた。
正面から飛来する火球、それを迎え撃つのは、脇構えから放たれる一閃。
斬法――剛の型、鐘楼。
小手を蹴り上げて放つ神速の斬り上げが、飛来する火球の一つを斬断する。
残る二つの火球は、俺の脇をすり抜けて、背後で爆炎を上げていた。
そしてその振り上げた刃を以って、ゲリュオンへと向けて突撃していた。
「――《生命の剣》!」
『な――!?』
斬法――剛の型、鐘楼・失墜。
肉薄し、刃を振り降ろす。
黄金の軌跡を宙に残す一閃は、ゲリュオンが咄嗟に掲げた腕に食い込み――半ばまでを斬り裂いたが、そこで止まっていた。
両腕を交差するように防いだためだろう。一本でも厳しいのに、二本同時に斬断できるはずもない。
「ちっ……!」
問題は、腕に食い込んだ刃を咄嗟に引き抜けなかったことだ。
ゲリュオンは腕を斬られた痛みに身を固くしており、即座に反撃を食らうということはなかったが、このまま手を拱いていれば結果は同じだ。
舌打ちしつつ、俺は太刀から手を離し、小太刀を抜きながらゲリュオンへと潜り込むように肉薄していた。
左手で抜いた小太刀を鳩尾の付近に突きつけ、右手は柄尻に乗せる。
斬法――柔の型、射抜。
そして、足を起点とする全身の回転運動と共に、俺は右手を打ち出していた。
切っ先を定められていた小太刀は、柄尻に受けた打撃のままに突き出され、ゲリュオンの肉を貫く。
肋骨の下から心臓を狙う軌道、俺は狙いを違えることなくその一撃を打ち出し、小太刀の刃はゲリュオンの体内へと潜り込んでいた。
無論、それだけで倒し切れたと安堵するほど、楽観的な思考はしていない。相手は変異した悪魔などという慮外の存在だ。打てる手は打っておいても損はないだろう。
打法――柱衝。
体を丸め、縮めるようにして打ち出すのは、地面から一直線に伸びる柱の如き蹴り上げの一撃。
その一撃で、俺は突き刺さった小太刀の柄を蹴り抜いていた。
更に深く潜り込んだ小太刀は、蹴りの衝撃を受けて衝撃に暴れ、ゲリュオンの体内を抉る。
『ご、が……ッ!?』
ずん、と衝撃が響き、地を踏みしめる左足の足元が罅割れて捲れ上がる。
人間であれば即死して当然の傷だ。だが、流石は悪魔と言うべきか、これでも尚ゲリュオンの命脈を断ち切るには足りないらしい。
だが、今の一撃のダメージは大きかったのだろう。俺が蹴り足を戻してその場から退避した直後、ゲリュオンは腹を抱えるようにしてその場に蹲っていた。
その際に、腕に食い込んだままであった太刀は柄から地面に衝突し、その衝撃で腕から抜けて地面に転がる。
血に濡れたそれを持ち上げて払えば、地面に弧を描くように緑の血が広がっていた。
「手間をかけさせてくれたものだな」
『が、は……や、め』
まだ意識はあるが、動けないのだろう。
むしろ、あれだけやって意識があるだけ驚きだ。人間相手にやっていれば、肺と心臓を全損させているはずなのだが。
だが、ゲリュオンは呼吸もままならないのか、その場で蹲って呻くのみだ。
口から血を垂れ流す悪魔は、恐怖と懇願が入り混じった視線で俺のことを見上げている。
尤も、許しを乞われたところで、それを受け入れるような道理など何一つないのだが。
「終いだ――《生命の剣》」
『あ、あああ……ッ!』
響く絶望の声。しかし、それに何ら感慨を抱くこともなく、俺は大上段から刃を振り降ろしていた。
黄金の軌跡を描き、俺の太刀は首を垂れるように差し出されていたゲリュオンの首を叩き斬る。
綺麗に首を斬り落とした刃が地面に触れる前に停止させ――一瞬遅れて、首の転がった断面から緑の血が勢いよく噴出していた。
念のため転がった首も踏み潰し、この悪魔がそれ以上動かないことを確認して、俺はようやく緊張を解していた。
「ふぅ……面倒な奴だったな」
「お、おお、おおおおおおおおおおっ! やった! やりましたよクオンさん! 初のボス討伐ですよ!」
「あははははははっ! すげー! おにーさん超強いっ!」
ゲリュオンが倒れ、雲母水母とくーが揃って歓声を上げる。
正直、例の妨害さえなければ、面倒ではあるもののそこまで強い相手でもなかった。
まあ、そこそこ面倒な性質はあったが……恐らく、一人で挑んでいても勝てないことはなかっただろう。
ルミナまで一緒になってはしゃいでいる様子に苦笑し――ふと、残りの二人が厳しい表情を浮かべていることに気がついた。
「どうした、リノ? 何か気になることがあるのか?」
「あれ、あざみーも?」
「……クオンさん。ボスを討伐したなら、それに関連するインフォが流れるはずなんです。でも、それが無いってことは――」
その言葉に目を見開き、俺は周囲へと視線を走らせる。
首を落としたゲリュオンは当然動いていないし、アンデッドナイトたちは雲母水母たちによって完全に仕留められている。
他に敵の姿もないし、何かが襲ってくる気配もない。どこかに何者かが潜んでいるのか――
「――――ッ!?」
刹那、背筋を走った悪寒に、俺は直感的に構えて頭上へと視線を向けていた。
手の届かぬ上空、黒い雲に包まれたその景色の中、一人の人影が宙に浮いていたのだ。
レザーのような光沢のある黒い衣を纏う女。その衣故に、大きく開けた胸元から覗く白い肌のコントラストが非常に目立つ。
だがそれ以上に、燃えるような赤い髪と、同色の瞳が印象的だった。
その瞳から感じるのは、無差別と言えるような敵意と悪意。その視線を受け止めて、理解する。
「新手の悪魔か……!」
「……ふん」
赤毛の悪魔は、俺から視線を外してゲリュオンの死体を見つめ、嘲笑を吐き出す。
どうやら、関係者ではあるようだ。尤も、仲間といった雰囲気でもないようだが。
しかし、厄介な相手だ。上空を飛ばれていたら、こちらからは打つ手がまるでない。
剣を投げるぐらいはできるが、流石にあの高さでは届く前に回避されるのがオチだろう。
いかにして攻略したものかと思考を巡らせている間に、赤毛の悪魔は改めて俺の方へと視線を向けていた。
「――私は伯爵級第3位、ロムペリア」
「伯爵級!?」
雲母水母が半ば悲鳴にも近い声を上げる。
それも当然だろう。先ほど戦っていたゲリュオンは男爵級、その中でもかなり下位に位置していた。
それに対し、あのロムぺリアは二段上の伯爵級、しかも順位までかなり高い。
つまるところ、奴はゲリュオンとは比べ物にならないほど、遥か格上の敵ということだ。
だが、不思議と俺は、奴に対する脅威を感じていなかった。
「そこそこに足止めをしていたかと思ったが……所詮男爵級などこの程度か。地虫に敗れるなど、爵位持ちの面汚しめ」
「ふむ。それで、顔に泥を塗られた爵位持ちの悪魔よ、お前は一体何の用だ?」
「口に気をつけることだ、虫め。よもや、ゲリュオンを倒した程度で調子に乗っているのではなかろうな?」
「さて、今のお前さんに何かできるのであれば、相応の対応も取っていただろうが」
俺の告げた言葉に、ロムぺリアは面白くなさそうに視線を逸らせる。
そんな、どこか人間らしい反応で、俺は確信に至っていた。
今のロムぺリアは、どうやらこちらに攻撃できる状態ではないらしい。
どうにも、存在感というか、気配が薄いのだ。気配を殺しているが故の薄さではなく、存在そのものが薄い。
まるで、あれが虚像であるかのように――いや、恐らくはそれが正解なのだろう。
「幻を使って姿を現して、いったい何の用かと思ってな?」
「ふん……成程。貴様は、他の虫どもとは少々異なるようだ」
そう口に出して――ロムぺリアは、笑みを浮かべていた。
凄絶な、しかし女の色香を交えた、艶のある笑み。
それを浮かべると同時に、ロムぺリアから放たれる意思に変化が生じていた。
先ほどまで感じていたのは、俺たち全員に対する敵意。だが、今のこれは――俺一人に対する、殺意だ。
どうやら、この遥か格上の悪魔は、俺を確かな敵であると認識したらしい。
「ゲリュオンを討った者が何者かと来てみれば……成程確かに、貴様は敵に値する」
「ほう? それは光栄なことだ……であれば、どうする?」
「逸るな。貴様は必ず潰してやろう――楽しみにしているがいい」
一方的に告げて、ロムぺリアは踵を返す動作とともに姿を消す。
それきり、全ての敵は消え去って――戦闘は、終了していた。
『レベルが上昇しました。ステータスポイントを割り振ってください』
『《刀》のスキルレベルが上昇しました』
『《強化魔法》のスキルレベルが上昇しました』
『新たな魔法を習得しました』
『《死点撃ち》のスキルレベルが上昇しました』
『《MP自動回復》のスキルレベルが上昇しました』
『《識別》のスキルレベルが上昇しました』
『《生命の剣》のスキルレベルが上昇しました』
『《斬魔の剣》のスキルレベルが上昇しました』
『テイムモンスター《ルミナ》のレベルが上昇しました』
『フィールドボスの討伐に成功しました! エリアの通行が可能になります』
『フィールドボス、《悪魔ゲリュオン》が初めて討伐されました。ボーナスドロップが配布されます』
「……一気に来たな」
耳に響くインフォメーションの数々に、俺は思わず眉根を寄せる。
が――まあ、これでようやっと戦闘は終了というわけだ。
深く息を吐き出し、太刀を鞘に納める。小太刀も回収せねばとゲリュオンの死体へと視線を向ければ、その巨体は黒い煙となって消滅していっているところだった。
どうやら、悪魔が死ぬとあのように消えることになるらしい。
消滅したところに転がっていた小太刀を回収し、ようやく気分を落ち着かせる。随分と乱暴な扱いをしてしまったし、後でフィノの所に持っていかなければ。
「うわぁ、凄い色々スキル上がってる……」
「お疲れ様でした、クオンさん。でも、あの挑発はちょっと寿命が縮みましたよ」
「まあ、あれが幻っぽいってのは分かってたからな」
あれが本物であれば、ゲリュオン以上の脅威を感じていなければおかしい。
何も脅威を感じないというのは、要するにこちらに敵意を持っていないか、或いはまるで相手にならない存在であるかということだ。
まあ、あのロムぺリアはそのどちらにも当てはまる存在ではなかったが。
もしも本物と戦うのであれば、今の時点ではあまりにも力が足りなすぎる。
まあ流石に、そんなにすぐに出てくるとは思えないが。
「んー?」
「どしたの、くーちゃん?」
「いや、悪魔のドロップ品っぽいものが見当たらないんだけど……」
「ふむ?」
少女たちの会話に首を傾げ、ドロップ品のリストを漁ってみる。
確かボスの場合、貢献度に合わせてアイテムが配布されるという話だったはずだ。
今回の場合、貢献度は間違いなく俺が最も高いだろう。
何かあるとすれば、俺の所になるはずだが――
「……これか?」
■スキルオーブ《死霊魔法》:消費・スキルオーブ
使役術・召喚術の亜種である《死霊魔法》の術理が封じられたオーブ。
使用することで、取得可能スキルに《死霊魔法》が追加される。
使用後、このアイテムは消滅する。
どうやら、新たなスキルを覚えられるアイテムらしい。
正直なところ、俺にはまったく必要のない品なのだが。
どうしたものかと思いつつ四人組に見せてみれば、彼女たちは驚いた表情でこのアイテムを凝視していた。
「うわ、スキルオーブとか、実物初めて見ましたよ」
「そんなに珍しいのか?」
「今のところ、東のダンジョンで超低確率で出現が確認されてますね。それも補助スキルばっかりで、便利なスキルはかなり少数みたいです」
つまり、魔法スキルのスキルオーブは、非常に貴重極まりないということか。
しかも、これは今までに確認されていない新種の魔法だ。その価値は計り知れないと言っていいだろう。
まあ――それでも、このスキルは俺には必要ないわけだが。
どうしたものかと眉根を寄せていた所、じっとこちらを見つめる視線があることに気がついた。
「…………」
「……欲しいのか?」
「ぬむっ……うん、欲しい、です」
目深帽子の奥から覗く瞳でこちらを見つめていたのは、四人組の魔法攻撃役である薊だ。
確かに、このスキルを有効活用できる者がいるとすれば、それは彼女だけだろう。
しばし黙考し――俺は、黒い光が揺らめくこのオーブを、ポンと彼女の手の上に置いていた。
「はいっ!? ちょっ、クオンさん!? いいんですか!?」
「そりゃまあ、俺は使わんし……ルミナも、この魔法は必要ないだろう?」
俺の頭の上に戻ってきていたルミナに問いかけてみれば、このちびっ子も首を横に振る。
まあ、妖精が死霊魔法なんて、似合わないにも程がある。おまけに言えば、こいつの使ってる魔法はアンデッドに対して効果の高い光属性だ。
その組み合わせが合わないことは、流石に俺でも分かる。
というわけで、このスキルオーブを手放すことに否はないのだが――
「駄目ですっていくらなんでも、タダじゃ貰えません!」
「……きらら、私のドロップアイテム全部渡すから」
「どう考えたってそれだけじゃ足りないでしょ!? ボスのレアドロップとしか思えないじゃない! 私のも全部持っていってください!」
「いや待て、落ち着け」
暴走するパーティリーダーの様子に苦笑しつつ、落とし所を考える。
確かに貴重な品ではあるのだが、他のアイテム全部と交換というのは流石に貰いすぎだ。
いくらなんでも、こんな小娘たちから物を毟り取るなど、俺の主義に反する話だ。
「何でもかんでも押しつけられたら逆に扱いに困る。俺に必要なものだけ貰うってことでいいか」
「それでしたら、私とくーちゃんの分からも持っていってください」
「あざみーの強化はパーティ全体の強化だからね!」
貰えるものは貰っておけばいいものを、と苦笑しつつ、主に素材系のアイテムを引き取る。
アンデッドの骨やら何やらが多かったが、エレノアの所に持って行けば何かしら加工して貰えるだろう。
後は、あまりきちんと確認していなかった、俺自身の残りのドロップだが――
「おん?」
「――――?」
動きの止まった俺の手元を、首を傾げたルミナが覗きこむ。
そこには、奇妙なアイテムの詳細が表示されていた。
■形見の剣:特殊・イベントアイテム
騎士隊長シュレイドが生前に使用していた剣。
アルファシア王国騎士団で採用されている武器で、数打ちながら安定した品質を持つ。
隊長位を持つシュレイドの剣には、彼の物であることを表す紋章が刻まれている。
■形見の聖印:特殊・イベントアイテム
騎士隊長シュレイドが生前に装備していた聖印。
アルファシア王国のリブルム西にある聖堂で作られているもの。
持ち手の魂を守護する力を持つ。
その詳細を読み取り、俺は小さく息を吐き出す。
思い起こされるのは、アンデッドとなっていた騎士が最期に口にした言葉だ。
これは――
「まだ、話の続きがあるってことかね」
まあ、あの言葉を違えるつもりもなかったのだが――思ったよりも大事になりそうな気配だ。
どうなるものかと、俺は小さく笑みを浮かべていた。
■アバター名:クオン
■性別:男
■種族:人間族
■レベル:13
■ステータス(残りステータスポイント:0)
STR:16
VIT:14
INT:16
MND:14
AGI:12
DEX:12
■スキル
ウェポンスキル:《刀:Lv.13》
マジックスキル:《強化魔法:Lv.10》
セットスキル:《死点撃ち:Lv.11》
《MP自動回復:Lv.6》
《収奪の剣:Lv.7》
《識別:Lv.10》
《生命の剣:Lv.8》
《斬魔の剣:Lv.3》
《テイム:Lv.3》
《HP自動回復:Lv.4》
サブスキル:《採掘:Lv.1》
称号スキル:《妖精の祝福》
■現在SP:8
■モンスター名:ルミナ
■性別:メス
■種族:フェアリー
■レベル:6
■ステータス(残りステータスポイント:0)
STR:4
VIT:7
INT:21
MND:16
AGI:13
DEX:9
■スキル
ウェポンスキル:なし
マジックスキル:《光魔法》
スキル:《光属性強化》
《飛行》
《魔法抵抗:中》
《MP自動回復》
称号スキル:《妖精女王の眷属》