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256:同盟の在り方

今回の連続更新はここまで。

次は書籍2巻発売前後辺りを予定しております。

また、次回は掲示板回です。












 話を終え、情報の整理が必要であると判断した俺たちは、一度休憩の時間を挟むこととした。

 体を動かしていたわけではないが、流石に衝撃的な話が多すぎたのだ。

 これまでの常識の全てが覆されるような話であり、俺でもすべてを一度に飲み込み切ることは難しい。

 そのための休憩時間、会議室を出た俺は、近くにあった自動販売機のコーナーに足を踏み入れた。



「おや、先客か」

「あら、貴方も休憩しに来たの?」

「そんなところだ。流石に、衝撃的な話が多すぎたもんでな」

「ま、そりゃそうよね」



 俺の返答に対し、椅子に座ってコーヒーを飲んでいた人物――江之島は苦笑交じりに首肯する。

 彼女も俺と同じように、一度にすべてを処理しきることはできなかったのだろう。

 流石に、衝撃的な話が多すぎた。あいつが発した言葉でなければ、ただの冗談として聞き流していたほどのものだ。

 だが、あれは紛れもなく事実なのだろう。説得力はあったし、あの男がそんなつまらない冗談を言うとは思えない。

 江之島に倣い、俺もコーヒーを購入しつつ、近くにあった椅子へと腰を下ろす。

 そんな俺の対面に座る江之島は、小さく笑みを浮かべつつ声を上げた。



「あら意外。ブラック派かと思ってたわ」

「あん? ああ……別にブラックが飲めないってわけじゃないんだがな」



 俺が購入したのは微糖の缶コーヒーだ。

 別段、ブラックコーヒーが飲めないというわけではないのだが、こういう時には微糖を選ぶようにしているのである。



「糖分の補給ってのは大事だからな。いざって時に動けないのは問題だ」

「……相変わらずというか何というか。それもあなたの流派の教えなの?」

「どちらかというと、ジジイからの受け売りと経験談だな。というか、ウチのことを知ってたのか?」

「何を今更。貴方、ゲーム内でも堂々と流派を名乗っていたでしょう。少し調べればわかることよ」



 そう言われると反論はできないのだが。

 呆れたような視線でこちらを見つめてくる江ノ島に対し、軽く肩を竦めて視線を逸らす。

 俺からすれば知られたからどうだという話であるし、これがいずれ移住する先であるというならば、結局は隠した所であまり意味はない。

 まあ結果論ではあるが……何かしら問題が起こった時には運営組に任せるとしよう。



「ところで、本庄さんと東雲さんは?」

「二人で話し合っている所だ。あいつらも衝撃を受けはしたものの、事実として受け止めてはいるな」



 話の大きさは予想外であっただろうが、あいつらは決して頭が固いわけではない。

 話を受け入れることはできているはずだ。

 今後の活動方針については多少考える必要もあるだろうが――正直な所、今までと何かが変わるわけではない。



「あの世界がゲームとして作られていることに変わりはないし、俺たちの行動が何か変わるわけではない。意気込みの違い程度だ――と言っておいたが、一応納得はしていたみたいだな」

「分からなくはないけど、そこまで簡単に割り切れるものじゃないでしょうに」

「割り切るしかなかろうよ。移住に失敗すれば俺たちは死ぬ……いや、死ぬという表現が正しいのかも分からんがな。だが、抗うと決めた以上はやるしかないだろう」

「……まあ、他に道が残されていないことも否定はできないわね」



 嘆息しつつ、江之島は缶コーヒーに口をつける。

 対する俺も若干甘ったるいコーヒーを傾けつつ、彼女に対して改めて質問を投げかけた。

 それは、先程困惑を隠せずにいた彼女の、今後の活動方針に関する質問だ。



「ところで、お前さんはどうするんだ?」

「正直な所、私も変わらないわね。驚きはしたけど、納得もしているわ。腑に落ちた、というか……だからこそ、改めて目標のために動けるわ」

「目標? お前さんにも、何か目標があるのか」

「そうね……私も、ある意味アルトリウスに近いのかもしれないわね」



 そう口に出して、江之島は中空を見上げながら緩く吐息を零す。

 己の中で言葉を纏めようとしているのか、緩慢な動きで視線を動かす彼女の言葉を、俺は沈黙したまま待ち構えた。

 やがて、話す内容がまとまったのか、彼女はゆっくりと声を上げる。



「江之島商事の社長令嬢……彼、私のことをそう呼んでいたでしょう」

「ああ。大きな貿易会社、だったか?」

「メインはそこだけど、他にも色々と事業分野はあるわ。まあ、私は後継者じゃないのだけど」



 俺の問いに対し、江之島は自嘲気味にそう返してきた。

 先ほども言っていたが、どうやら彼女は会社を継ぐわけではないようだ。

 近頃は大企業でも女性社長は珍しくもないし、彼女は本当に優秀な人間だ。

 会社を継いだとしてもおかしくはないと思ったのだが――



「確か八雲は弟だと聞いたが……他にも兄弟がいるのか?」

「ええ、兄が一人ね。会社を継ぐのは兄になるわ」

「ほう……兄も優秀なのか。大したもんだな」

「実の所ね、そうでもないのよ。血縁としての贔屓目を込みにしても、兄は平凡の域を超えないわ」



 感心した俺の言葉に対し、江ノ島は深く嘆息を零しながらそう口にする。その内容に、俺は思わず眉根を寄せた。

 江ノ島は非常に優秀な人間だ。それは、彼女の活躍を見てきた俺だからこそ、心から断言できる事実である。

 彼女を頭に据えれば、会社は更なる成長を遂げられるだろう。だというのに、なぜ彼女を後継者として選ばなかったのか。

 そんな俺の疑問を読み取ったのだろう、江之島は小さく笑いながら声を上げた。



「父はね、兄を会社の次期後継として選んだあと、私に課題を出したのよ。MTを差し出してきて、このゲームの中で会社を立ち上げてみせろってね」

「それは……」

「私の能力を測ろうとしているのかと思ったわ。場合によっては、逆転の目もあるんじゃないかって。だから大人気なくも本気を出していたのだけれど……今日の話を聞いた上で判断すれば、恐らく父は知っていたのでしょうね」

「箱庭計画の事実を知る、数少ない人間の一人が親父さんだと?」

「ええ。それなら辻褄も合うでしょう?」



 非常に優秀な彼女を後継者から外し、かつ仕事をさせるでもなくゲームをやらせた理由。

 もし、彼女の父親が箱庭計画を――そして、移住の計画を知っているのであれば。

 成程確かに、その理由にも説明がつくだろう。



「特に優秀なお前さんを送り込み、一大企業を形成させ、移住後の影響力とする……成程、抜け目がないことだ。知っているからこそ打てる手だな」

「それなら説明の一つでも欲しかった所だけど……流石に、こんな大事じゃ安易に話すわけにもいかないわね。まあ、帰ったら問い詰めてみるわ」

「それがいい。予想通りだったら、お前さんは十分な成果を上げてるってことだ」



 くつくつと笑いながら、江之島の言葉に頷く。

 彼女の親父さんが本当に箱庭計画を知っていたのであれば、実に慧眼だと言わざるを得ない。

 江之島は――エレノアは確かに、あのゲームの世界において大きな勢力を築きつつある。

 壊れつつある世界の会社ではなく、新たな世界における確固たる地位だ。

 移住が成功した後を考えるのであれば、これほど有効な手もあるまい。



「それで、お前はこれからどうする?」

「貴方と同じように、私も変わらない……いえ、むしろもっと精力的に動きたい所ね。これまでは多少加減もしていたけど、これからは本気で取りに行かせて貰うとするわ」

「くはは、現地人には気の毒だが、崩れかけた国ならば仕方あるまいさ」



 市場を完全に奪うまでは行かずとも、エレノアならば吸収合併ぐらいはやりかねない。

 まあ、流石に彼らの生活を脅かすまではいかないだろうが。

 ともあれ……どうやら、彼女もこれまで通りゲームに取り組んでくれるようだ。

 アルトリウスの活動方針は変わらず、俺や彼女はこれまで以上に奮起するということだな。



「さて、戻るとするか」

「そうね。貴方のお弟子さんたちも、そろそろ話もまとまったでしょうし」



 別に、亜里沙の方は弟子というわけではないのだが。

 尤も、改めてどのような関係かと問われると、それはそれでどう答えていいか悩む。

 立場上は彼女の雇い主であるのだが、あまりそういった関係を意識したことも無いからな。

 軽く息を吐き出し、飲み干した缶をゴミ箱に放り込んで会議室へと戻る。

 開いた扉の向こう側では、既に話し合いを終えたらしい明日香たちがこちらに視線を向けていた。



「話は纏まったのか?」

「はい。と言っても、特に話が拗れたわけじゃないですけど」



 俺の問いに対し、明日香は落ち着いた様子でそう返した。

 どうやら、先程までの衝撃からは立ち直っているようだ。

 しばらく思い悩んでもおかしくはないと思っていたが、あっさりと飲み込むことができたようである。



「つまり、ゲームの世界は本物の戦場だったってことですよね? 私は先生と戦場に出ることが夢でしたから、むしろ望む所ですよ」

「……ちょっと引いたけど、私も人のことを言える立場じゃないのよね。私の性質は知っているでしょう? 今更、スリルを得られる場所を手放すことはできないわ」



 俺と共に戦うことを望む明日香はともかく、亜里沙も納得できているらしい。

 彼女の場合は、己の生を実感するために戦いを必要としているのだ。

 MTの世界はそれを得るために最適の場所であるため、戦いの場から離れるつもりも無いらしい。

 俺が言うのもなんだが、随分と変わった連中だ。



「ともあれ……俺たちはお前の計画に協力するぞ、逢ヶ崎。それで意見は一致した」

「……ありがとうございます。そう言っていただけるとは思っていましたが、やはり緊張しましたね」



 安堵した様子で笑みを浮かべる逢ヶ崎は、改めて視線に力を込めて俺たちを見回す。

 その姿がゲームの中のアルトリウスと重なり、俺は小さく笑みを浮かべた。

 世界を救う英雄か。成程、中々に様になっている姿じゃないか。



「これまでお話しした情報は内密にお願いします。ただし、伝えた方が良いと判断した相手がいた場合は、僕に相談を」

「了解だ。まあ、しばらくは話すつもりは無いがな」

「私は腹心ぐらいには通しておきたいわね……後で連絡するわ」



 逢ヶ崎の言葉に、江之島は頷きながらそう返す。

 恐らく、勘兵衛当たりの側近に話をしておきたいのだろう。

 彼女の場合、ある程度近しい人間とは意識を共有しておいた方が効率はいいだろうしな。

 江之島の言葉を聞き、逢ヶ崎は頷きながら続ける。



「了解です。ゲーム内での活動方針は基本的に変わりません。悪魔を駆逐し、土地を取り戻す――それの繰り返しです」

「ただし、私たちはもっと販路を広げておいた方が良い、って所かしら」

「そこはお任せしますが……はい、存分にやってよいかと」



 既に崩壊しかかった国だ、普通にやる分には復興の手助けになるだろう。

 まあ、あの国の商売総てがエレノアによって牛耳られることになるやもしれんが……現地人たちの利を奪うまではしないだろう、恐らく。



「了解、人員は増やせているし、後は全力で動員するだけね。貴方たちが新しい街を解放したし、動ける余地はいくらでもあるわ」

「商魂逞しいことで……次の街の情報はまた後で聞かせて貰おうか」

「はい。僕もまだ報告は受けていませんから、向こうで話し合いましょう」



 ゲームの中で組んだ同盟、その意志を確認して俺たちは笑い合う。

 方針は変わらず、けれど意識は新たに――始まりの同盟は、その本当の存在意義を明らかにしたのだった。











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― 新着の感想 ―
[気になる点] >今更、スリルを得られる場所を手放すことはできないわ いわゆる『ここたま』っていうやつですね(゜∀゜) [一言] 貴公もどうせ、そうなるのだろう?
[良い点] 色々納得したな。いくらハイスペックなゲームでも内に送る打撃の再現や身体能力のスキル以外での強化、五感の制御とかは下手すると強制ログアウトさせられる場合もあるだろうにそれがないのはそういった…
[気になる点] 総一の爺はまだ出てこないんですね…問い詰めるものかと思ってました…
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