255:移住計画
色々と気になると思いますので、リアルパートが終わる日曜日まで連続更新します。
逢ヶ崎の言葉に本日何度目かの絶句を経験し、それから深く溜め息を零す。
俺たちが今いる世界――箱庭世界が遠からず壊れてしまうから、まだ壊れない場所に移動する。
理屈としては分かり易い、と言うか単純明快な話だ。沈みかかった船にいつまでも乗っていた所で意味はない。
素直に死を受け入れるぐらいなら、最期まで足掻き続けるべきだろう。
しかし――
「一つ聞きたい。何だって、あの世界を選んだわけだ?」
「あの箱庭世界は、製作された中で最も新しいものだったからです。どうせ移住するのであれば、新しく長持ちする場所の方が良いでしょう?」
「それにしたって、今いる場所と違いが大きすぎるだろうよ。おかしなところで近代化されちゃいたが、基本的に時代背景は古いもんだろう」
モチーフとなっているのは中世のヨーロッパか何かだろうが、システムや施設はところどころ近代的というか日本的だ。
使う上では中々に便利であるが、流石に現代と比べると不便であることは否めない。
その上で尚、あのゲームの世界を選んだのには何らかの理由がある筈だ。
そう考えた上での問いに対し、アルトリウスは深く息を吐き出してから声を上げた。
「それぞれの箱庭世界には、僕らのような管理者が存在します。MTサーバにおいては、アドミナスティアーと呼ばれる存在がそれに当たります」
「……管理者っつっても、元は人間かAIだろう? 女神を名乗るなんて大層なもんだな」
「彼女も元々、そこまでの意図はなかったようですけどね。とにかく、契約を結べた相手があまり多くはなかったんですよ。現在VRゲームとしてサービスを提供しているのは、全て管理者と契約を締結できたサーバです」
女神云々はともかくとして、管理者との話し合いと言うのであれば理解できなくはない。
こちらは世界中の人間を移動させなければならないのだ。それ相応にスペースのある世界でなければ、移民を受け入れるなどできはしないだろう。
だが――だからこそ気にかかることがある。
「……よく考えりゃ、並の移民計画じゃない。そうそう受け入れられないのも頷ける。だが――本当にそれだけか? わざわざゲームなんて、回りくどい方法にした理由は何だ?」
「お察しの通り……彼らも、好意だけで僕らと契約を結んでくれたわけではありません。交換条件を提示されていますし、それを達成するための方法こそがゲームだったんです」
案の定、向こうの管理者からの要求はあったようだ。
流石に、大量の人間をただで受け入れてくれるほど親切ではなかったらしい。
まあ、好意で受け入れてくれるよりは、そちらの方が分かり易いが――その条件を達成するためにゲームにした、というのがいまいち納得できない点だ。
わざわざ、そんな回りくどい方法を取った理由は何なのか。
そんな俺の疑問に答えるように、逢ヶ崎は深く溜め息を吐き出して続けた。
「……そして、これが僕のお話しする最後の案件。恐らく、久遠さんにとって最も重要な話です」
「俺にとって? どういう話だ、そりゃ?」
「話は、先程の……この世界を作った研究者たちの件まで遡ります」
苦虫を噛み潰したかのような逢ヶ崎の表情に、思わず目を瞬かせる。
先ほどもそうだったが、それについて――正確にはマレウス・チェンバレンについて話をする際、こいつはどうもこんな表情をするようだ。
つまり、その話とやらには、マレウス・チェンバレンが関わっている可能性が高いというわけだ。
マレウスの主義主張に嫌な予感を覚えつつも、逢ヶ崎に視線で先を促した。
「箱庭世界を利用したサービスが始まったころ、マレウス・チェンバレンはサーバ構築側の作業に携わっていました。AI関連には触れさせず、大人しく作業をしているように思われましたが……その実、裏で厄介なことをしていたんです」
「何? サーバにウィルスでも仕込んでいたの?」
「……おおよそ、似たようなものですね」
これ以上は驚くまいとしているのか、胡乱な表情で江之島が呟く。
しかし、逢ヶ崎はその言葉に対して沈痛な面持ちでそう返していた。
その言葉に、思わず顔を顰める。まさかとは思うが、自分たちが作っているものにそんな真似をしたというのか。
嫌な予感を覚えたのか、江之島が佇まいを直す中、逢ヶ崎は深く溜め息を吐き出してから声を上げた。
「マレウス・チェンバレンは、陰で独自に開発したプログラムを全ての箱庭世界に仕込んでいたんです。彼女はそれを、MALICEと呼んでいました」
「悪意ねぇ……そいつは一体どういうもんだ?」
「彼女の主義主張を叶える為の、彼女の手足ですよ」
吐き捨てるように、逢ヶ崎はそう口にする。
彼らしからぬその反応に、俺は思わず顔を顰めた。
先ほどから聞いていた、マレウス・チェンバレンの性格とその名称――どちらを取っても、まともなものであるとは思えなかったのだ。
「MALICEは、それぞれの箱庭世界において、人類の脅威と言う形で現れます。彼女の主張を体現するため――人類に試練を与えるために」
「……試練だ?」
「要は、そこに住まう人々を殺して回る敵を出現させるんです。それぞれの箱庭世界に即した形ではありますが――例えば、人類の大敵である悪魔とか、世界中で無差別攻撃を仕掛けるテロリストのように」
「――――ッ!?」
その言葉に、俺は思わず息を飲んだ。
喉が痞えたかのように、言葉が出てこない。だが、逢ヶ崎が言わんとした言葉の意味は十分に理解した……できてしまった。
しかし、俺がその衝撃を咀嚼しきる前に、目を見開いた江之島が声を上げる。
「ちょっと待ちなさい! つまり、あの悪魔は貴方たちが用意した敵じゃないって言うの!?」
「僕らが関与しているのは普通の魔物までです。悪魔はそれらとは全く別の存在……あれこそが、あの世界に出現したMALICEです」
「つまり、貴方たちとあの箱庭世界の管理者との契約って……そのMALICEを排除するってこと!?」
「その通り。全ての箱庭世界の中で、僕らのみが成し遂げたMALICEの完全排除……それこそが、僕らが彼らの箱庭世界に移住するための交換条件です」
みしり、と――手を着いた机が軋む音を立てる。
成程、理解した。理解できてしまった。こいつの言っていることは、つまり――
「つまり……俺たちの箱庭世界に現れたMALICEとやらは……《払暁の光》の塵共というわけか」
「っ……はい、その通りです」
俺の言葉、そして逢ヶ崎の肯定に、明日香は驚愕と共に気遣わしげな表情を向けてくる。
だが、その視線に反応する余裕は、今の俺には存在していなかった。
《払暁の光》――国際的なテロ組織であり、全体規模も不明な謎の集団。
奴らは突如としてその旗印を立ち上げ、世界中で無差別な攻撃を開始した。
宗教思想があるわけでもなく、金銭を求めるでもない。ただ、『人をより高い次元に進化させる』などという意味の分からない主張と共に、数えきれないほどの無辜の人々を手に掛けた。
そして、奴らは無数の死を嘲笑ったのだ。戦った兵士も、罪もない一般人も――進化に至らなかった敗北者だと。
「そうか……そういうことか。くく、はははは……っ」
あの屑共の首魁は、ジジイによって斬って捨てられた。
最後の最後にしくじったせいで、大将首をジジイに譲ることになってしまったのだ。
俺は、ジジイが奴を倒す背中を眺めていることしかできなかった――あいつらの無念を、己の手で晴らすことはできなかった。
嗚呼、だが――奴らはまだ、完全に潰えたわけではないということか!
「ハハッ、ハハハハハハハハハハッ! 逢ヶ崎、お前はこう言いたいんだろう! 俺に、奴らを、根絶やしにしろと!」
「……はい、それが、僕が貴方をお呼びした理由です」
「いいだろう。ああ、協力してやろうじゃねぇか! 奴らを殺す、今度こそ! 一匹残らず狩り尽くしてくれる……ッ!」
ようやく理解した。奴らの存在を生理的に受け入れられなかった理由を。
悪魔は奴らと同じだった。俺が、生涯の敵と定めた屑共と。
であれば否はない。奴らを殺す、それは俺が俺自身に定めた戦いだ。
世界が壊れる? 移住が必要? そのための交換条件?
だが、そんなことは知ったことではない。前提も理由も使命もどうだっていい――ただ、奴らを殺し尽くすことだけが、俺の胸裏に燃える怒りを鎮める方法なのだ。
「お前に協力しよう、逢ヶ崎――いや、アルトリウス。だから、奴らを根絶やしにするための策を寄越せ。俺は、俺の持ちうる総ての技巧を尽くして、お前の策を遂行してやろう」
「っ、はい! 共に戦いましょう。マレウス・チェンバレンの歪んだ野望を、打ち砕くために」
逢ヶ崎が差し出してきた手を握り、俺は笑みを浮かべる。
戦う人間であるという印象を受けていた彼であるが、ようやくその理由を理解することができた。
人々を救い、存続させるという大義――あちらで先頭に立っているコイツは、その重責を肩に乗せているのだろう。
別段、それに深い感銘を受けたというわけではない。俺には俺の目的がある。奴らを殺すことこそが、俺の願いなのだから。
だが、俺たちの利害は一致した。俺が奴らを殺し、逢ヶ崎が世界を救う。それでいいだろう。
殺意の混じる笑みを浮かべ、俺は逢ヶ崎の表情に応える。
明確に悪魔共への敵意を自覚して――今度こそ奴らを討つと、俺は決意を新たにしたのだった。





