254:世界の真実
色々と気になると思いますので、リアルパートが終わる日曜日まで連続更新します。
「……そりゃ、どういう意味だ?」
逢ヶ崎が唐突に発した言葉に、俺は困惑しながらそう問いかけた。
世界が既に滅んでいる? であれば、俺たちが今暮らしているこの場所は一体何だというのか。
だが、逢ヶ崎の表情は真剣そのものだ。決して冗談を語っているようには見えず、困惑しつつも彼の言葉を待つ。
「人間の脳をスキャンし、その情報を用いてAIを作成する……その技術が確立したことで、持ちあがった話がありました。サーバ内に自分たちを元にしたAIを配置、サーバ内部から研究と開発を進めよう、という案です」
しかし逢ヶ崎は、俺の質問には答えずに説明を続けた。
その話は、突飛ではあるものの確かに納得できる内容ではあった。
研究開発では、時間という物はいくらあっても足りない。その中で、自分たちを複製する技術があるのであれば、それを活用するという結論に至るのも分からなくはない。
まあ、倫理的な抵抗感やアイデンティティの問題はあるかもしれないが――その辺をクリアした上で、技術者たちは行動に踏み切ったのだろう。
「彼らは自分たちを元にAIを作成、サーバ内に形成した特殊な管理空間で、サーバの管理及び研究を始めました」
「……ねえ、ちょっと待って。それってまさか――」
江之島が、顔色を変えて立ち上がる。
俺も逢ヶ崎が言わんとしていることを察知し、信じられないという思いを抱いて彼のことを見つめた。
対し――逢ヶ崎は瞑目し、僅かに俯きながら、決定的なその言葉を発した。
「僕の祖父である逢ヶ崎竜一郎は、現実世界における逢ヶ崎竜一郎をコピーしたAI。僕らが生きるこの世界は――箱庭計画の検証サーバ『HW』……僕たちもまた、コンピュータ上に生きるデータの存在です」
「ッ――――!」
決定的なその言葉に、江之島は両手で机を叩いて顔を俯かせる。
明日香と亜里沙は、共に言葉の意味を飲み込み切れずに呆然と目を見開いて硬直していた。
かく言う俺も、頭を抱えて深く溜め息を吐き出すこととなった。予想はしていたものの、断言された衝撃は半端ではなかったのだ。
俺たちが情報を飲み込むのを待っているのか、逢ヶ崎は先ほどの言葉以降沈黙を保っている。
そんな彼の様子に、俺はもう一度深く溜め息を吐き出して、改めて声を上げた。
「そんな与太話を信じられると思うか……と、言いたい所なんだがな」
「信じて頂けるんですか?」
「お前さんほどの立場のある人間が、わざわざここまで呼び出して、ただの冗談を話すわけが無いだろう。それに……江之島、何か心当たりがあるんじゃないのか?」
机を叩いたまま俯いている江之島だが、反論の言葉を口に出す様子はない。
彼女であれば、否定できる要素があるなら即座にそれを口に出していた筈だ。
それが無いということは、納得に足る何かしらの情報を持っているということだろうか。
そう考えての問いかけに、江之島は僅かに顔を上げつつ声を上げた。
「……そもそもの話、無理なはずだったのよ。今の世界技術的に、VRゲームなんて――脳信号のリアルタイム解析と電子情報化なんて、できるはずがなかった」
「け、けど……実際、できてますよね?」
「ええ、その通り。その一点のみ、まるで百年以上先の知識を先取りしたかのような技術が生まれているのよ」
言いつつ、江之島は顔を上げる。
その表情は険しく、じっと逢ヶ崎の目を睨み続けていた。
「それを可能にしたのが、逢ヶ崎グループのダイブシステム。脳信号を読み取り、情報化してコンピュータ上のアバターとリンクさせる……逢ヶ崎グループが特許を持つこの技術は、実際の所、完全なるブラックボックスになっているわ。他のどの会社も、技術者も、この技術の解析には成功していないのよ」
「……基本的に、外部遮断した箱庭世界では現実世界よりも古い時代を元にしていました。万が一にも、彼らが真実に気付かないように」
「……ええ、貴方の言葉が事実であるならば、納得できるのよ。最初から私たちがデータ上の存在であるならば、その情報を他のアバターにリンクさせるだけ――私でもイメージできる、簡単な仕組みだわ」
江之島の言葉に対し、逢ヶ崎は苦笑を零す。
どうやら、彼女の言葉を否定するつもりは無いようだ。
確かに、元々データとして存在するのであれば、ゲームのアバターと感覚をリンクさせられるというのも何となくイメージはできる。
俺たちの体には血肉が通っている感覚があるが、それを言うならゲーム内の敵や現地人たちも同じことだ。
いかなる技術であるのかは知らないが、その研究者たちは現実の肉体と寸分違わぬアバターの作成を可能にしたということだろう。
……そう考えると、本当に技術レベルの差が大きいな。
(確かに、言われてみれば違和感はあった)
あまりにも精巧すぎるNPCもそうだが、あのゲームの進行にはどうにも普通の運営以上の意図が感じ取れたのだ。
ジジイの影が見え隠れして俺たち久遠神通流をおかしなまでに優遇する運営、運営側とは別統制で動いていると思われる管理AI、悪魔共と戦う時に常に感じる違和感、あまりにも必死過ぎるアルトリウスの融和路線。
――そして、軍曹が俺に渡してきたメッセージ。これがある以上、与太話と切って捨てることはできない。
「正直な所、完全に信じ切れるというわけではないんだが……事実であるという前提で話を進めよう。さっきお前さんが言った世界が滅んでいるってのは……つまり、現実の世界が滅んだってことか?」
「正確には、そう思われるという話ですが。現状、僕たちからの問い合わせに対し、現実世界からの応答は一切ありません。そして……これが、こちらに最後に届いたメッセージです」
そう言いつつ逢ヶ崎が取り出したのは、小さなレコーダーであった。
どうやら、そのメッセージとやらは音声で届いたものであるらしい。
逢ヶ崎はその再生ボタンを押し――やがて、機械からは年老いた男性の声が流れ始めた。
『はぁっ、はぁっ……通信記録、58424号……これは恐らく、最後の通信となるだろう……』
苦しげな吐息、それに混じる湿った音。
いくつもの死を看取ってきたからこそ分かる。この声の主は、今まさに命を落とそうとしている状態だ。
その原因までは分からないが、この男は最期の力を振り絞ってこの声を伝えているのだろう。
『我々は、終わりだ……最早、人の世に未来はない……君たちを置いて行ってしまうことだけが、唯一の心残りだ……』
声に満ちるのは強い悔恨だ。そして同時に、愛情にも近い何かも伝わってくる。
この男はきっと、相手のことを心底から大切にしていたのだろう。
それがどのような思いから発せられた感情なのかは分からないが、彼は失われつつある己の命よりも、俺たちの行く末を案じていたようだ。
『君たちの世は、続くだろう……どうか、その未来に……幸、多からん……こと、を』
それきり、男の声は途切れる。
遺言とすら取れてしまうような、最後のメッセージ。
その真意の全てを読み取ることはできないが……確かに、この声の主の世界が滅んだと取るのも無理はない。
だが――
「……世界が、現実世界が滅んだと判断した理由、そして俺たちがデータ上の存在であることは……まあ、理解したというか、とりあえず飲み込みはした。だが、サーバってのは結局パソコンなんだろう? 現実世界が滅んでいるのなら、誰がメンテしているんだ?」
「サーバセンタは完全機械化されています。地熱による発電施設、機器の修理もロボットにより自動化されているので……センタ側の問題は殆どありません」
どうやら、現実世界は俺たちの基準では本当にSFの世界であるようだ。
尤も、気になったとしても最早確かめる術は無いようだが。
俺は背を椅子の背もたれに預け、深く溜め息を吐き出しつつ声を上げた。
「まとめると、俺たちはAIであり、この世界はゲームと同じようにサーバ上に存在している、と」
「……信じられませんか?」
「正直な所、飲み込み切れてはいない。だが、お前さんが俺たちを謀っているとも思わんし、事実である可能性は高い、という程度には考えている」
ただ、情報があまりにも衝撃的過ぎて咀嚼しきれていないのだ。
今まで信じていたものが、まとめてひっくり返された感覚。
確かな地面であると思って踏みしめていたものが、今にも崩れそうなものであると気づいた時のような不安感だ。
少し時間があれば飲み込めるだろうが、まだその衝撃から立ち直り切れてはいなかった。
一度落ち着こうと、若干離れた話題を逢ヶ崎へと振る。
「……MTは、逢ヶ崎グループが作ったゲームではないのか?」
「微妙な所ですが……あのサーバ、マジックテイルは元々ダイブシステムを利用したMMORPG――まあ、今のゲームと同じ利用形態を想定して作られたゲームサーバです。結局、サービスが開始されることはなかったようですが、箱庭世界そのものは完成していたため、僕たちは後からそれを利用している形になります」
つまり、元々箱庭計画が関わっているため、逢ヶ崎グループも無関係ではないということか。
まあ、ある意味納得ではある。最初からゲームとして作られたものであるならば、後付けで利用することも簡単だろう。
流石に、裏側でどんな調整をしているのかまで根掘り葉掘り聞くつもりも無い。
「……それで。背景は分かったが……俺たちにやらせたいことは一体何だ?」
「こちらを見てください」
言いつつ、逢ヶ崎は何かの資料を机の上に乗せる。
いくつかのグラフが載せられた資料に目を通し――俺は、思わず眉根を寄せた。
HWサーバ稼働率と銘打たれた、右肩下がりのグラフ。これは、果たして何なのか。
「先ほど、サーバのメンテについて話をしましたね。これについてなんですが、全く何の問題も無いというわけではないんです」
「……と言うと?」
「サーバメンテには、マシンを停止させる必要があります。基本的にサーバは冗長構成……二台以上のマシンを接続し、互いに補い合う構成であるため、サーバを止めずに交互にメンテを行うことが可能です」
逢ヶ崎の言葉に、顔を顰める。
何となく、言わんとしたことを察してしまったためだ。
「しかし、このサーバは元々試験用に用いられたサーバであるため、冗長構成がされていませんでした。このようなサーバは、メンテされていないんです」
「その結果が、この稼働率の低下ってことか?」
「はい。まだある程度余裕はありますが……そう遠くない未来、この箱庭世界は停止、僕たちは永遠に覚めない眠りにつくことになるでしょう」
再び、逢ヶ崎の渡してきた資料に目を落とす。
徐々にではあるが下がってきている稼働率。
果たして、これがどこまで下がった時、この世界は消えて無くなることになってしまうのか。
だが、その鍵となる機械は、俺たちでは手の届かぬ現実世界にあるのだ。
「……一つ聞くが。ただ安穏と、死を受け入れようとしているわけではないんだろう?」
「それは勿論です。そのために、僕たちは今こうして、ゲームの運営をしているわけですから」
「っ……まさか!」
江之島が、弾かれたように顔を上げる。
驚愕と、納得。それをない交ぜにした表情に、逢ヶ崎は小さく笑みを浮かべつつ頷いた。
「マシンが壊れるなら、中身のデータを移し替える。最悪、重要なデータだけでも。そう……箱庭世界マジックテイルを利用したゲーム、『Magica Technica』は――ゲームと銘打たれた、世界規模の移住計画です」