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「これは一体どういうことだ!」



 太った壮年の男が、机を叩きながら声を上げる。

 確か――名前は忘れたが、この国の貴族だったか。正直この男については欠片も興味を抱いていないが、このやかましい声だけは耳障りだった。

 コツコツと指先で机を叩きつつ、俺は一人思考を続ける。

 戦々恐々とした様子で隣から視線を投げてくる緋真は無視しつつ、考えるのは先ほど戦った相手――公爵級悪魔、ディーンクラッドだ。



「お前たちに護衛を許したというのに、むざむざ悪魔に奪われるとは……! やはり異邦人など信用ならん!」

「貴様、アルトリウス様に何と言う口を! そもそも相手にしたものが何かも理解していない分際で!」

「スカーレッドさん、落ち着いて」



 餓狼丸を解放していなかったとはいえ、【命輝閃】の一撃を容易く受け止められてしまった。

 それも、防御してのものではない。あの悪魔は一切の防御行動を取らず、無防備なまま俺の一撃を受け、ほんの僅かな掠り傷しか負わなかったのだ。

 事象としては理解できる。奴のステータスが圧倒的なまでに高いため、俺の攻撃が通らなかったのだろう。

 だが、以前初めてヴェルンリードを相手にした時よりも、圧倒的な差があると言わざるを得ない。

 餓狼丸の攻撃力上昇、【因果応報】――それらを含めて、果たしてどの程度ダメージを与えられるか。

 だが、それ以上に気になっているのは奴の発言だ。



「僕らが護衛についている間にローゼミア様を攫われてしまったことは事実。その落ち度は認めましょう」

「っ……ですが、アルトリウス様。公爵級悪魔を相手に、聖女様を護り切れる者などここにはいないでしょう!」



 奴は、《払暁の光デイブレイク》の塵共と似たような発言をしていた。

 俺とジジイが数年に渡って戦い続け、ついにその首魁を倒すことに成功した、あのテロリスト共と。

 軍曹の部隊で相手にしていた奴らは俺にとって不倶戴天の敵であり、奴らが息をしていることすら認めがたいことだ。

 何故悪魔が奴らと同じ思想をしているのかは知らないが、繋がりが有ろうと無かろうと、あの言葉を口にした時点で――



「フン、怪しいものだ。公爵級がこんな所にいるなど、信じられるものか。精々が男爵級だろう」

「貴様――」

「――黙れ」



 机を叩いていた指を離し、拳を握って叩き付ける。

 瞬間、机の天板が爆ぜるような音を立て、中央に届くほどの罅が走った。

 突然の轟音に、言い争いをしていた貴族とスカーレッドが口を噤みこちらへと視線を向け――その顔を、恐怖に引き攣らせた。



「下らん問答などどうでもいい……アルトリウス、率直に答えろ」

「……何でしょう」



 流石のアルトリウスも、今の俺の剣幕には堪えるものがあるのか、頬に一筋の冷や汗を垂らしていた。

 だが、今はそれに配慮してやるつもりも無い。

 俺の頭の中にあるのは、いかにしてあのクソ悪魔を斬るか――ただそれだけだ。



「方法は問わん、奴を斬るための手立てはあるか」

「……現状では、不可能です。ですので、可能な状況まで持って行きます」

「具体的には」

「ディーンクラッドの完全顕現までに全ての街を奪還、聖火の塔に火を灯し、可能な限り弱体化させた上で決戦に持ち込みます」

「……そこまでやれば、可能なんだな?」

「無論、成長武器を含めたレベル上げも必須です。そこまでやってようやく、可能性があるかどうか……と言った程度でしょう」



 その言葉に、俺は思わず笑みを零す。誰に向けたものでもない、しかしどこか嘲笑にも似た笑い。

 全くもって、厳しい条件であると言わざるを得ない。

 奴が完全に顕現するまで、現実の時間ではおよそ十日。死亡ペナルティでルミナとセイランを呼び出せない現状、俺が動けるのは実質九日しかない。

 だが、それしか方法が無いのであれば、やるしかないだろう。



「アルトリウスさんたちはどうするんですか?」

「ローゼミア様を殺させるつもりはありません。僕も可能な限りの早さで動きます」



 緋真の質問に答えるアルトリウスの声音は、普段の余裕あるものとは違う。

 この男と言えども、今の状況には焦りを感じているのだろう。

 だが、だからと言って打つ手を間違えるような男であるとは思っていない。

 むしろ、この窮地であるからこそ、この男は更なる真価を発揮することだろう。



「いいだろう……俺も本気で対処することにする。引き続き、協力を頼むぞ」

「勿論です。正直な所、戦闘タイプの伯爵級悪魔を相手にする場合、クオンさん抜きで戦うのは厳しいですから。とりあえず、明日までに情報収集を急ぎます。詳細な方針はそこからで」

「ああ、俺も今日すぐには動けんからな」



 とりあえずは明日からだ。明日になれば『エレノア商会』で新たな装備も完成することだろうし、成長武器の強化も終わるだろう。

 何か一発逆転の技でもあればいいのだが……まあ、そう上手くはいかないだろう。

 そろそろ餓狼丸にも新しいスキルが欲しい所ではあるのだが――まあいい、出るかどうかなど強化するまで分からんしな。出たら儲けもの程度に思っておこう。



「話は済んだな。ならさっさと行動開始だ――まあ、今日はもう動けんが」

「こちらは動員できるメンバーがいますので、至急斥候を出します。情報は逐一連絡しますので」

「ああ、頼んだ」

「ま、待ちたまえ!」



 立ち上がり、部屋を辞そうとしたところで声がかかる。

 振り向けば、声を上げたのは先ほどの貴族だった。

 何やら焦った様子の男は、汗をハンカチで拭きながら俺へと向けて声を上げる。



「ま、まさか公爵級悪魔と戦うというのかね!?」

「……? 何を言っている、戦うに決まっているだろうが」

「公爵級だぞ!? 悪魔の頂点だ! 人間に敵う相手ではない!」



 唾を飛ばしながら声を上げる男に、冷ややかに視線を細める。

 確かに、奴は強力な悪魔だ。恐れるに足る相手であるだろう。

 とはいえ、頂点というのは少々盛り過ぎだ。ディーンクラッドは順位上、公爵級の末席。しかもその上には大公級がいる。

 まあ、奴が強力な悪魔であることは否定できんし、それより上がいることは頭の痛い問題ではある。

 だが、自分たちの姫を奪われた状況で、何を下らぬことを言っているのか。



「だが、負ければこの国は亡ぶ。今度こそ完全にな。俺は国の行く末などに興味はないが……一般人を食い物にする状況を見逃すつもりは無い」

「こ、ここが襲われたらどうする!?」

「向こうから顔を出してくれるなら好都合だろう? まあ、そこまで親切ではないだろうがな」



 現地人の避難には苦労するだろうが、こちらから出向く手間が省けるなら助かるというものだ。

 尤も、相手側からすれば大したメリットがある動きではない。

 奴は宣言通り、本拠地で待ち構えていることだろう。



「元より、姫さんのことが有ろうが無かろうが、いずれは戦う相手だったんだ。覚悟を決めたらどうだ、貴族様よ」

「ぐ……っ」

「話は終わりだ」



 踵を返し、部屋から退出する。そこに通りかかったのは、どうやら慌ただしく仕事をしていたらしいクラウ――スヴィーラ辺境伯だ。

 本来は当主ではなかったのだが、家系の者は他に残っておらず、姫さんから許可を得て辺境伯となったらしい。

 まあ、姫さんにしてもまだ女王というわけではなく、正式なものではないようだが――ともあれ、なし崩しに領地を継ぐことになった彼は、中々に忙しい日々を送ることになったようだ。



「ああ、すみません。会議は終わってしまいましたか」

「結論は変わらんさ。悪魔を斬り、聖女を奪還する。それだけだ」

「ええ、私も同じ考えです」

「ふむ……だが、あの貴族はそうでもないようだな?」



 半ば皮肉を交えた俺の言葉に、クラウは苦笑を零す。

 そのまま彼は、どこか申し訳なさそうな色を込めたまま返答した。



「運よく、傘下の商会が難を逃れたようでしてね。発言力だけは高いのです」

「この状況で、商会の発言力頼りなぁ……」



 上手く動ければ影響力も増すだろうが、人が減っている現状、先細りの結果しか見えない。

 おまけに、今はエレノアが積極的に動いている状況だ。

 あまり現地人の市場を奪うことはしない主義らしいが、動作不全に陥っている状況ならば遠慮もしないだろう。

 徐々に販路を奪うか、或いは傘下に収めるか――どうするかは分からないが、あの貴族の天下も長くはなさそうだ。

 と――そこで、背後から声がかかった。同じく部屋から出て来たらしいアルトリウスだ。



「まだいてくれましたか。少しいいですか?」

「ああ、まだ何かあったか?」

「ええ、ちょっと明日のことで」



 ある程度方針は決めていた筈だが、まだ何かあったか。

 疑問符を浮かべながら視線を向ければ、アルトリウスはどこか真剣な面持ちでこちらへと告げてきた。



「先ほど話そうと思っていたのですが……僕の事情の件、明日の午前中に話をさせて頂けませんでしょうか」

「何? 随分と急だな」

「この状況でなければ、そこまで急ぐことでもなかったんですが……斥候が情報を集めている間に話をしておきたいので」

「成程な。明日の朝ログインすればいいのか?」

「いえ――」



 小さくそう口にして、アルトリウスは一度沈黙する。

 そして、決意を固めたかのように、強い視線で声を上げた。



「明日の朝、迎えを出します。リアルの方で、久遠神通流の本家へ」

「っ……どういうことですか!? リアルで、先生と会う!?」

「はい。説明をするのには、それが最も効率がいいですから。緋真さんも来ていただいて大丈夫ですよ」

「ふむ……」



 まあ、明日の朝稽古を中止にすれば出来なくはない。

 だが、随分と突然の、そして思い切った話だ。まさか、現実世界でアルトリウスと対面しようとは。

 しかし、緋真だけを連れて行くとなると、パーティ内でアリスだけが情報を得られないことになる。



「ふむ……アリスも連れて行って問題は無いか?」

「アリスさん、ですか? 彼女も久遠家の方に?」

「ああ、招聘している状況なんでな」

「そうですか……分かりました、大丈夫です。ただし、口外は厳禁ですけど」

「分かった、伝えておこう」



 ちなみに、アリスは先にログアウトしている。

 どうやら、貴族を交えた話し合いには興味がなかったようだ。



「それでは、また明日……お待ちしています」

「ああ、じゃあな」



 軽く目礼し、アルトリウスは踵を返す。

 覚悟を決めたようなその表情に、俺は言い知れぬ違和感を抱いていた。











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