249:バルドレッドの報酬
「本当にありがとう。弟の面倒を見てくれただけじゃなくて、あの悪魔まで倒してくれるなんて……」
「元から悪魔を倒すのが目的だったし、小僧の依頼を受けたのはそのついでだ。中に入るための抜け道も教えて貰ったしな」
「それでも、助けられたことは事実だもの。ほら、アンタも礼を言って!」
「あ、ありがとう! ほんとに、助かったよ……」
姉にしがみついて離れない小僧の姿に、思わず苦笑を零す。
随分と安心した様子であるが、まあそれも仕方なかろう。
どれぐらいぶりなのかは分からんが、ようやく家族の無事を確認できたわけだしな。
「お礼と言っては何だけど……これを受け取って欲しいわ」
「これは……何だ、短剣か?」
「父の形見なの。と言っても、別に私が使えるわけじゃないし、使い道も無いからただ持ってるだけなんだけど」
「形見というからには、大事な物なんだろう?」
「別に、そうでも。正直、父親として何かしてくれたって訳でもないから」
モニカという少女が差し出してきたのは、飾り気のない短剣だった。
別段、何かを求めて依頼を受けたわけではないのだが……まあ、本人が特に必要としているわけでもないのであれば、受け取っておくとしよう。
一応だが、魔力が籠っていることが確認できる。何かしらの特殊なアイテムなのだろう。その効果を確認し、俺はピクリと眉を上げた。
■《武器:短剣》護りの懐刀
攻撃力:10
重量:8
耐久度:100%
付与効果:魔法防御
製作者:-
■魔法防御
懐にこの武器を入れている場合、
一日に一度だけ魔法による効果を防ぐことができる。
「……これは、中々に貴重な品なんじゃないのか?」
「そう? でも、正直これ必要じゃないのよ。私たちの生活は、シスターが保証してくれるっていうし」
「ほう?」
ちらりと教会の奥の方へと視線を向ければ、そこには幾人かのシスターたちの姿があった。
最も奥にいたのは、椅子に腰かけて人々を眺めている老シスターの姿だ。
彼女はこちらに気づいたのか、目が合うと共に深く頭を下げてくる。
こちらもまた目礼を返し、改めてモニカへと声を掛けた。
「魔法を防ぐ効果があるらしい。こいつを売れば、生活費の足しにもなるだろう?」
「壁外の人間がそんなモノを売ろうとしたって、上手く売れないわ。それに、教会に身を寄せていれば、生活する分には問題ないから。だからお願い、貰って」
「……そこまで言うなら、了解した。大切に使わせて貰おう」
俺の言葉に、モニカは嬉しそうに頷く。
とりあえず、これはアリスに渡しておくことにしよう。
俺も緋真も魔法を防ぐことはできるが、アリスの場合はそうも行かないからな。
一日一度だけとはいえ、魔法を防げるのであれば便利なものだ。
「それじゃあな。この街から悪魔が消えたとはいえ、まだ安心できる状況じゃない。気を付けて暮らせよ」
「ええ、重ね重ね、本当にありがとう。この街に立ち寄ったら、教会を訪ねて頂戴。歓迎させて貰うわ」
モニカの言葉に頷き、教会前を後にする。
とりあえず、この街でやるべきことは全て終わった。このまま先に進んでもいいのだが、この間預けた羊毛もあるし、先に装備を整えておくべきだろう。
それに、バルドレッドから手に入ったアイテムもある。次なる街を狙う前に、準備を整えた方が良いだろう。
「そういえば先生、バルドレッドのドロップアイテムって何が入ってます? 私の方はデュラハンの素材ばっかりなんですけど」
「そうだな、こちらもそれは変わらなかったんだが……多分、ルミナの分がこっちに入ってるな」
今回の最優秀は間違いなくルミナだった。
バルドレッドにトドメを刺したのはほぼルミナであるし、その戦果を疑う者はいないだろう。
だが、こいつ自身にはアイテムを配布されるわけではないため、俺の方にその分が分配されているのだ。
とはいえ、恐らく特別報酬と思わしきアイテムは一つだけだったのだが。
試しにインベントリから取り出してみれば、現れたのは内部が渦を巻いて見えるような黒いオーブであった。
「あら、スキルオーブ? 悪魔ってスキルオーブを残すパターンが多いのかしら?」
「かもしれんな。とは言え、無記名じゃないから覚えられるスキルは決まってるんだが」
「普通のスキルオーブですし、それは仕方ないですよ。それで、どんなスキルなんですか?」
「ああ……おん?」
請われるままにスキル効果を表示し、俺は思わず眉根を寄せた。
表示されたスキルが、あまりにも予想外過ぎるものであったからだ。
■《ミアズマウェポン》:補助・アクティブスキル
発動から一定時間の間、武器に瘴気を纏わせる。
武器攻撃力の増加、および状態異常効果『呪い』を付与。
発動時間はスキルレベルに依存する。魔人族専用のスキル。
「まさか、種族専用スキルがあるとは」
「あ、一応ですけど獣人族専用のスキルはいくつかあるらしいですよ。ただ、魔人族の専用は初めて見ましたね」
「しかも、瘴気を操るって……さっきのバルドレッドみたいなスキルってこと?」
流石にあそこまで強力ではないようだが、ある程度近い効果ではあるのだろう。
そう考えると、今後かなり強力なスキルになる可能性はあるな。
呪いの効果上昇や、瘴気を放つ攻撃なども考えられる。種族専用スキルでなければ、自分で使う選択肢も十分にあっただろう。
とはいえ、使えない以上は仕方がない。俺は軽く嘆息して、スキルオーブをアリスへと差し出した。
「じゃあアリス、次はこのスキルを覚えるか?」
「……良いのかしら? 一応、かなり強力なスキルよ?」
「種族専用だからな。自分では使えんし……使うならお前さんしかいないだろう」
一応、うちの門下生たちに渡すという選択肢もあるのだが、それよりはアリスを強化した方が直接的な戦力になる。
そう判断し、俺はスキルオーブと護りの懐刀を差し出した。
俺の言葉に対し、アリスはしばし逡巡した後、インベントリからいくつかアイテムを取り出してきた。
どうやら、交換という形で受け取るつもりのようだ。
「まあ、まだスキル枠は空いてないし、次に増えた時に取得してみるわ。使うかは分からないけど、これと交換でお願い」
「了解だ。まあ、金属素材ではあるし、溶かせば何かしら使えるかもしれんしな」
これで新しい武器を作れるのかどうかは分からないが、フィノに預けてみる価値はあるだろう。
どの道、素材をそのまま持っていたところで、俺たちには使い道などないのだから。
ともあれ、そうなると流石に今日はこれ以上進むわけにもいかないか。
バルドレッドを相手にして、自分もまだまだ力不足であると痛感した。奴以上の悪魔がいることは確定なのだ、できることは片っ端から試していくしかない。
と――その時、ある種聞き覚えのある声が耳に届いた。
『伯爵級悪魔セルギウスを倒し、アドミス聖王国南東の都市アロットを解放しました。以降、石碑の効果を使用できます』
全体に響き渡ったインフォメーションに、思わず眼を見開く。
南東の都市ということは、アルトリウスが攻略に当たっていたダンジョンのようなエリアだろう。
どのような状況になっていたのかは全く分からなかったが、どうやらアルトリウスが上手いことやり遂げたようだ。
「ほう……あっちも終わらせたか。エレノアは大変だな」
「他人事ですね……仕事を頼むなら先にやっとかないと拙いかもですよ?」
「っと、それもそうだな。さっさとアイラムに戻るとするか」
シェーダンの石碑は既に解放済みだ。石碑を使用すれば、すぐにでもアイラムに帰還することができる。
アルトリウスの奴も程なくして戻ってくるだろうし、一旦整理に戻ることとしよう。
* * * * *
石碑による転移でアイラムに戻ると、かなり人の増えた雑踏の光景が目に入る。
最前線近くの拠点ということもあり、多くのプレイヤーが利用しているのだ。
当然、そんな中に顔を出せば目立つことにはなるのだが、こちらに近寄ってこようとするプレイヤーはいなかった。
どうにも恐れられているような反応であるが、まあ面倒がなくていいか。
とりあえず『エレノア商会』の店舗に向かおうと、石碑の傍から移動し――そこに、後ろから声がかかった。
「クオンさん、ちょうどよかった」
「おや、アルトリウスか。タイミングが被るとはな」
振り返れば、そこにいたのは側近だけを引き連れたアルトリウスであった。
アロットという都市を解放してからとんぼ返りしてきたらしい。
「お疲れさん。そっちだけで伯爵級悪魔を攻略できたんだな」
「僕らが戦ったセルギウスは、本体が強力なタイプではありませんでしたからね。配下を色々と作り出すタイプでしたが、幸いこちらには数がありましたので」
確かに、『キャメロット』の部隊の大半はそちらに向かっていたわけだし、他のプレイヤーも数多くいたことだろうから、単純な数で困ることは無いだろうが。
それでも、伯爵級悪魔は決して甘い相手ではない。容易く倒せたということは無いだろう。
だが、何でもないと言わんばかりに笑顔を浮かべるアルトリウスに、俺は思わず苦笑を零しながら返した。
「何にせよ、大したもんだ。大戦果だな」
「クオンさんも同じでしょう?」
「そちらの応援のお陰でもあるがな……まあ、立ち話もなんだ。そっちも『エレノア商会』か?」
「ええ、事後処理のために。目的地が一緒ならご一緒しましょうか」
アルトリウスの提案に頷き、『エレノア商会』へと向けて歩き出す。
俺たちは装備の調整、アルトリウスは二つの都市の復興計画――やらねばならないことは山積みだ。
まあ、俺としてはさっさと次なる都市の攻略に移りたいのだが。
「っと……そういえばクオンさん、先日の話の件ですが」
「先日? どの話のことだ?」
「ほら、僕の目的のことですよ」
アルトリウスの言葉に、思わず眼を見開く。
確かに、事前に交わしていた話ではある。だが、この場所で突然切り出してくるとは考えていなかったのだ。
アルトリウスの方へと視線を動かして――
「準備が整ったので、そろそろ招待状を――」
「――何者だ」
――その視界に映った人影を見た瞬間、俺は即座に重心を落として刀に手をかけ、誰何の声を上げた。
全身が粟立つような感覚、恐ろしいほどの圧迫感。こちらへと近づいてくる男の姿から一切目を逸らさず、呼吸を整えながら観察する。
赤い髪、黒い軍服のような服装、浅黒い肌――魔人族にも見える姿ではあるが、とてもではないがプレイヤーであるとは到底思えなかった。
俺が警戒していることを察したか、その男は俺たちの五メートルほど前で立ち止まる。
俺に倣うように他の面々も警戒する中、その男は穏やかな笑みを浮かべながら声を上げた。
「初めまして。自己紹介をさせて貰おう」
涼やかな、透き通った声。殺気も、敵意も一切ない――それどころか、こちらに親愛でも抱いているかのような表情だ。
だからこそ、それが却って不気味に感じ、俺は息を飲みながらいつでも刃を抜ける体制を整えていたのだ。
しかし、そんな俺の警戒など意に介した様子もなく、その男は笑みと共に声を上げた。
「僕の名は、ディーンクラッド。公爵級悪魔、第八位。ディーンクラッドだ」
――その言葉に、周囲のプレイヤー全てが、驚愕の表情で息を飲んでいた。





