247:半神
「アリス、ルミナッ!」
吹き飛ばされ、崩れた瓦礫に埋もれた二人。
その身を案じつつも、俺は前に出てバルドレッドへと刃を振るっていた。
二人のHPは未だ尽きてはいない。かなりのダメージを受けてはいるが、二人とも無事なようだ。
だからこそ、今注意すべきは、二人に対して追撃をさせないようにすることだ。
「『生奪』!」
斬法――剛の型、穿牙。
スキルを発動させた刃を、バルドレッドの鎧の隙間へと突き入れる。
臓腑を確実に傷つけた感触はあるのだが、それに対してダメージを受けないのはアンデッドだからということだろうか。
それでも、多少はダメージを与えられた。対し、バルドレッドはこちらを向くことも無く反撃の一撃を放ってきた。
どうやら、頭が分離しているためか、より広い視野を有しているようだ。
右上から叩き付けるように振り下ろされた一撃に、俺は刃を引き抜きながら迎撃した。
斬法――柔の型、流水。
相手の攻撃の勢いを増して地面にまで叩き落し、そのままバルドレッドに肉薄、肩を押し当てる。
放つのは、相手の鎧の内部にまで響くような衝撃だ。
打法――破山。
地面を爆ぜさせるような衝撃を丸ごと鎧の内側に響き渡らせ、バルドレッドの体を揺らす。
その衝撃に、鎧を纏う巨体が僅かに浮いた。
瞬間――
「――【炎刃連突】ッ!」
「ぐ……ッ!」
横合いから飛び出してきた緋真の刺突が、バルドレッドに突き刺さって爆裂する。
【ファイアジャベリン】を装填していたらしいその一撃は、刀身に宿る炎を解放するとともに爆発し、バルドレッドを吹き飛ばしたのだ。
流石に体が浮いた状況では受けきれなかったのか、バルドレッドは片膝を突いた体勢で着地する。
そこへと向けて、俺は間髪入れずに飛び込んだ。
歩法――烈震。
「おおッ!」
「舐めるなッ!」
噴き上がる瘴気、体勢を変えぬまま強引に振り抜いたその一撃へ、俺は臆することなく飛び込んだ。
その渦の中を斬り裂く術を、俺は既に知っているのだから。
「『生魔』ッ!」
青と金の光を纏う刀身が、迫りくる瘴気を真っ二つに斬り裂く。
しかし、その黒い靄を潜り抜けた先で待っていたのは、槍を大きく引いて構えたバルドレッドの姿。
未だ体勢を立て直してはいないが、それでも俺が来ることを予想していたのだろう。
突き出されたのは、こちらを容赦なく貫こうとする瘴気を纏った一撃だ。
その一撃を刃にて叩き落し、更に踏みつけて跳躍する。槍が地面に突き刺さって一瞬動きが止まったバルドレッド、そこへと放つのは先ほどのアリスを倣うかのような一撃だ。
「『生奪』!」
斬法――柔の型、襲牙。
頭上から振り下ろした一撃は、バルドレッドの首の断面を穿ち、抉る。
苦悶するバルドレッドが体を震わせ――俺はアリスのように捕まる前に奴の傍から跳び離れた。
「ぬ、ぅ……やってくれるな、魔剣使い……ッ!」
「よく言う……まだ体力は有り余っているだろうが」
立ち上がるバルドレッドのHPは、まだ四分の一程度しか削れていない。
ヴェルンリードでもこれだけやればもっとダメージを与えられていたと思うのだが……この悪魔は本当に頑丈だ。
だが、削れてはいる。ヴェルンリードのように理不尽な回復をするわけではない。
それならば、やってやれないことは無いだろう。問題は――
(この呪いだな……《蒐魂剣》を使わずに触れたらアウトか)
表情には出さず、胸中で舌打ちする。
先ほどバルドレッドの一撃を踏みつけた際、『告死の呪い1』を受けてしまったのだ。
今はほんの僅かにステータスが下がっている程度だが、これが積み重なれば即死効果が発動してしまう。
《蒐魂剣》で斬れば解除できるだろうが、流石にバルドレッドがフリーの状態でそれを行うのは困難だ。
さて、残り七割五分、どうやって削ったものか――そう考えた、瞬間だった。
「お主を先に進ませるわけにはいかん……確実に潰させて貰うとしよう」
バルドレッドから、再び瘴気が溢れ出す。
それは周囲へと広がり――地面から、いくつもの気配が現れ出した。
俺の足元でも新たな気配が生まれたのを察知し、咄嗟に後方へと跳躍して距離を取る。
その間に姿を現したのは、濃い瘴気を纏って蠢く、何体もの鎧を纏った骸骨の群れだ。
「ミアズマナイトよ、殲滅せよ」
「ッ……!」
ここに来て数の暴力とは。このようなスキルを持っているのは完全に想定外だ。
ヴェルンリードのように多少数が増える具合ならばともかく、数十に達するミアズマナイトとやらは対処しきれる数ではない。
それに、奴らが身に纏っているのはバルドレッドと同じ瘴気だ。
下手に触れれば、こちらが蝕まれることになるだろう。
見れば、ミアズマナイト達は『キャメロット』の面々の方にも攻撃を開始している。
何とか対処はしているようだが、こちらのことを気にしている余裕もなさそうだ。
しかし、こいつらを潜り抜けてバルドレッドに接近したからと言って、奴に大きなダメージを与えられるわけではない。
時間をかけるだけ不利になるが、その時間を短縮する手段がないのが現状だ。
しかし、まずはこいつらを何とかしなければ。こちらへと迫るミアズマナイト達を見据えながら餓狼丸を構え直し――その瞬間、声が響いた。
「――お父様、伏せてください!」
その言葉に反射的に従い、俺はその場に身を屈め――瞬間、眩い閃光が、俺の頭上を駆け抜けた。
強い光の魔力が込められた一閃は、俺へと迫ってきていたミアズマナイト達の瘴気を打ち消し、残った骨を打ち砕く。
今の一閃は、迅雷か。果たして、いつの間に習得していたのやら。
そう思いながら近づいてきた気配へちらりと視線を向け、俺は思わず眼を見開いた。
「……ルミナ、その姿は何だ?」
「《半神》のスキルです。HPが半分を切ったため、追加効果が発動したようですね」
《光輝の鎧》を全て展開した姿のルミナ。しかし、その全身は淡く光り輝き、また背中に展開されている翼もより長く大きなものへと変わっていた。
確かに、HPが減ると追加効果があると聞いてはいたが、まさかこのような姿になろうとは。
「お父様、刻印を使ってあの悪魔に全力の攻撃を叩き込みます」
「ほう? ……良いだろう、道は作ってやる」
ルミナが自分から提案してきたという事実に笑みを浮かべながら、俺は改めて前を見据える。
ミアズマナイトは数が減ったものの、まだ全滅した訳ではない。
それでも、『キャメロット』の方へと向かった分も含めれば、残った数はかなり少ないだろう。
つまり、後は蹴散らしてバルドレッドに肉薄するだけだ。
「緋真、セイラン!」
「――《スペルエンハンス》、【フレイムストライク】ッ!」
「クルァアアアアアアアアアアッ!」
俺の号令に従うかのように、緋真とセイランが同時に魔法を放つ。
爆発と暴風は共にミアズマナイト達を吹き飛ばし、バルドレッドへと道を強引にこじ開ける。
それを目にした瞬間、俺は地を蹴ってバルドレッドへと突撃した。
歩法――烈震。
バルドレッドは、こちらの動きをある程度読んでいたのだろう。
まるで動揺した様子もなく槍でこちらを薙ぎ払い――
歩法――陽炎。
急激に減速した俺を捉え切れず、バルドレッドの攻撃は空を切った。
それを確認して再加速した俺は、相手の腕へと掌を押し当てる。
同時に足を踏みしめた瞬間、放つのは鎧を貫通して叩き付ける衝撃だ。
打法――侵震。
瞬間、腕が痺れたのか、バルドレッドの腕が僅かに鈍る。
ほんの僅か、隙にすらならないような隙。俺ですら入り込むことが難しい刹那に、姿を現したのはアリスだった。
いつの間にかバルドレッドの懐にまで潜り込んでいた彼女は、バルドレッドの肘の内側へと刃を突き入れた。
「お返しよ……!」
アリスはそのまますぐに刃を手放し、バルドレッドから距離を取る。
ネメから手を離したことによって霧が晴れていくが、最早必要ないと判断してのことだろう。
であれば――
「《練命剣》――【命輝一陣】!」
「がっ!?」
体を翻し、刃を振るう。
生命力の刃を放つ先は、浮きながらこちらのことを観察していたバルドレッドの首だ。
大したダメージにはなっていないが、元より遠距離攻撃でまともなダメージを与えられるとは思っていない。これは、単なる目くらましでしかないのだ。
腕と視界を封じられ、バルドレッドの動きは一瞬停止する。
無防備な状態のその体へ――放たれるのは、手の刻印を光り輝かせたルミナの一撃だ。
「光よ、刃となりて! 斬り、裂けええええええええッ!」
「ぬ、オオオオオオオオッ!」
眩い光が精霊刀に宿り、全力の踏み込みと共に一閃が放たれる。
それは、不完全ながらも白輝を彷彿とさせる一撃。ルミナが今放つことができる、全力の一閃だということか。
対し、完全に動きを鈍らせたバルドレッドは、それでも槍を振るってルミナの一撃を迎撃した。
ルミナの放った一閃は、バルドレッドの槍の柄へと突き刺さり――
「《練命剣》――【命輝閃】」
「魔剣、使い……ッ!?」
斬法・奥伝――剛の型、鎧断。
俺はバルドレッドの背中へと、全霊の刃を振り下ろした。
頑丈極まりない鎧ではあるが、動きを止めている今であれば、それを斬ることも難しくはない。
俺の一閃によって鉄壁の防御を貫かれ、初めてであろう大きな斬り傷を負ったバルドレッドは、脱力するように片膝を突く。
そして――
「りゃあああああああああああああっ!」
――裂帛の気合と共に振り下ろされた眩い光が、バルドレッドの身を袈裟懸けに両断した。