244:バルドレッドの正体
噴き上がる瘴気の渦が、バルドレッドの全身を包み込む。
そして、その内側にある気配が膨れ上がり、感じる魔力もまた強大化する。
だが、ヴェルンリードの時とは少し違う。奴は純粋に強化されていたのだが、コイツの場合は気配が強くなっただけではない、増えたのだ。
「これは……!」
バルドレッドよりも巨大な体を持つ何か。
金属が軋むような音を立てながら現れたその気配へと目を凝らし――その瞬間、吹き上がっていた瘴気が霧散する。
その内側から現れたのは、巨大な鎧馬に跨ったバルドレッドの姿だ。
ただ異常と言わざるを得ない点は、バルドレッドもその馬も、先程と同じく首が無い状態であるということか。
「デュラハン! それが貴様の正体か!」
「然り。そして――この姿を見せた以上、お主らに最早勝機はない」
パルジファルの叫びに対し、バルドレッドは静かに答え、手にある大剣を横に構える。
瞬間――剣の柄が伸び、巨大な槍と化した。
先端に巨大な刃が付いたその異様な槍は、俺の感覚からすれば長巻に近い代物にも見える。
正直なところまともに扱える武器には見えないが、この悪魔が使えない武器を持ち出してくるとは到底思えない。
そして、この異様な武器を十全に扱えるならば、非常に厄介な相手となるだろう。
警戒して距離を取った俺たちに対し、傍らに浮かんだ首から声を上げるバルドレッドは、ゆっくりとその槍の切っ先を俺たちの方へと向ける。
「さあ――往くぞ、女神の使徒共よ!」
馬を駆り、バルドレッドが攻撃を開始する。繰り出してきたのは、その長大な槍を利用した突撃だ。
その攻撃を受け止めようとパルジファルが前に出て――その衝撃を受け止めきれず、弾き飛ばされる。
パルジファルでさえこの状況では、俺たちがまともに喰らったらひとたまりも無いだろう。
「っ……セイラン!」
「ケェッ!」
駆け寄ってきたセイランの背に跳び乗り、停止したバルドレッドを旋回しながら観察する。
首無し馬は全身に鎧を纏っているためか、その動きはセイランほど速いわけではない。
だが、あの巨体とバルドレッドの槍だけでもかなり厄介だ。あれがあっては、俺も中々近づけない。
しかも、あのリーチは圧倒的だ。馬上の不安定な状態では受け止めることもできないし、いかにして攻めたものか。
バルドレッドは鎧馬を操り、こちらへと標的を定めて駆けてくる。
瘴気を纏い、尾を引く影を引き連れるその姿は、まさに亡霊の騎士と言わんばかりの姿だ。
幸い、スピードでは勝っているため、逃げ回る分には問題ない。奴の突撃軌道上から退避しつつ、俺は追い付いてきた緋真へと声を掛けた。
「緋真、デュラハンってのは何だ!?」
「見ての通り、アンデッドの首無し騎士です! 一部では妖精にも分類されてますけど――」
「アレは妖精などではありません!」
「……とのことです!」
「まあ、妖精なんて見た目じゃないわな、あれは」
首を持たず、瘴気を纏いながら襲い掛かってくるその姿は、妖精なんて可愛らしい代物ではない。
ルミナからしても、あんなものを同族扱いはして欲しくないようだ。
まあ、奴の正体については理解した。それよりも――
「弱点なんかは無いのか?」
「そこまで詳しくはありませんよ。人の死を予告して去っていくとか、その程度の伝承ぐらいしか知りません!」
「告死の伝承か……あまり参考にはならんな」
まあ、そんな伝承があるのであれば、呪いの能力を持っているのも理解できるが。
バルドレッドの全身は瘴気を纏っており、先程と同じであればダメージが通り辛い状態だ。
あそこにルミナの魔法を当てて、その上で倒す必要があるわけだが――正直な所、まだ解決の糸口が掴めていない。
奴の瘴気を剥ぎ取るのは、ルミナが刻印を使えば確実だろう。
だが、そこで確実に奴の息の根を止めなければならない。まあ、元から呼吸しているのかどうかは分からないが、そのタイミングで仕留め切れなければそれ以上のチャンスはないかもしれないのだ。
(しかし、どうしたものか……)
背後から追ってくるバルドレッドの気配を掴みながら、セイランを駆る。
セイランや緋真のペガサスより遅いとはいえ、地上を歩いているよりは遥かに速い。
あの攻撃力と防御力で、機動力まで揃えられるのは厄介と言わざるを得ないだろう。
定石で言うならば、奴を馬上から落とすべきだ。だが、通常の攻撃がほとんど通らないのであれば、落馬させることすら難しい。
――そこまで考え、俺はふと視線を細めて黙考した。
(……落とすだけなら、何とかなるか?)
今までの戦闘から、バルドレッドは瘴気を纏っている状態ではダメージをほとんど受けないことは分かっている。
だが、奴は決して攻撃を受けても微動だにしないような、無敵の存在ではなかった。
俺の業でも崩せてはいたし、パルジファルやセイランのお陰で奴を転倒させることもできていた。
であれば、例え攻撃が通じずとも、落馬させるだけならば可能かもしれない。
尤も、それはそれで困難な戦いであるわけだが。
「戦いつつ隙を探るしかない、か。緋真、まずは――」
「ひゃっほーう!」
まずは様子見に徹しようとした瞬間、素っ頓狂な声が響いた。
横合いの通りから姿を現したのは、グリフォンに騎乗したラミティーズだ。
その手にある長柄の武器はあまり見慣れないものだ。
槍の横に、三日月状の刃が付いた武器――あれは、中国の戟だろうか。
突如として現れた少女の姿に面食らったのか、バルドレッドの動きも若干鈍る。
それを確認したラミティーズは、すぐさま俺のたちの方へと近寄って並走してきた。
「やっほー、師匠さん! 突然だけどパルっち外してあたしをパーティ入れて!」
「構わんが……お前さんがアレと戦うのか?」
「そうそう、あたしの方が適任でしょ?」
「……まあ、それは確かにな。緋真、悪いが――」
「ああ、あっちもテイムモンスターですか。了解です、一旦パーティ外れます」
パルジファルの防御力は頼りになるが、騎乗状態ではその能力を十全に発揮できないだろうし、何よりあの重装備では馬も素早く動けないだろう。
機動力で負けている上に防御も上手くできない状況では、パルジファルの戦力は半減だ。
そういう意味では、同じ騎乗戦に長けたラミティーズは適役だろう。
「了解した、頼りにさせて貰うぞ」
「勿論、任せてよ! それで、どうするの?」
「そうだな……ルミナ、光のエンチャントを頼む」
「承知しました、お父様!」
近くを飛んでいたルミナに指示を飛ばす。
先ほどは強力な魔法を溜めていたため余裕が無かったが、今なら全員に強化を掛けることができるだろう。
ルミナが全員の武器に光のエンチャントを掛けている間、俺は仲間たちへと向けて作戦を告げる。
「俺が奴の攻撃を引き付ける。その間に、お前たちは奴の馬を狙え」
「大丈夫ですか? 先生でも流石にきついんじゃ……」
「そうしておかねばまともに戦えんだろ。何、ヘマはせんさ――散開しろ!」
刹那、背筋を這いあがった悪寒に、俺はすぐさま回避を命じた。
左右に分かれて回避した俺たちの隣を、黒い衝撃波が駆け抜けてゆく。
どうやら今までと同じように、あの黒い衝撃波を使えるようだ。
いくら直接攻撃を受けないとはいえ、あんな攻撃の的にされてはたまらない。
「セイラン!」
「ケェッ!」
俺の声に力強く応え、セイランは方向を転換する。
俺が向かってくる姿を見て、バルドレッドはいきり立つように大きく槍を振り回し、こちらへと向かってくる。
横から掬い上げ、セイランの首を狙ってくるような一撃。
だが、それを馬鹿正直に受けるようなセイランではない。
セイランは大きく跳躍し、その一撃を飛び越えることで回避した。
同時、俺は横薙ぎにバルドレッドの身を薙いだ。
「『生奪』!」
俺の一閃はバルドレッドの纏う瘴気を貫きながら、その身へと刃を届かせる。
その一撃は鎧の脇腹に命中し、火花を散らせるが、やはりその程度ではダメージにならないか。
だが、どうやら光のエンチャントのお陰で攻撃は届いているようだ。
「おっしゃ、あたしの出番だ!」
宙に浮いているバルドレッドの首は、俺の方を向いている。
そこに駆け込んできたのは、戟を振りかざすラミティーズだ。
彼女は華奢な見た目に似合わず、長大な戟を冗談のように振り回しながらバルドレッドへと突撃する。
「《練闘気》、《ハイブースト:STR》、《ビーストロアー》、《人馬一体》――《破壊撃》!」
次々とスキルを発動させて自己強化したラミティーズは、大きく旋回させた一撃をバルドレッドの馬へと叩き付ける。
瞬間、銅鑼を鳴らしたかの如き金属音が響き渡り、鎧馬の体が僅かに揺れた。
どうやら、見かけによらずかなりの攻撃力を有しているらしい。
馬の乗り方についてはかなりの実力であることは分かっていたが、こちらも結構な実力であるらしい。
僅かながらに体を揺らしたバルドレッドへ、横を駆け抜けるように通り過ぎるのは緋真だ。
「【紅桜】!」
舞い散る炎が、バルドレッドに触れた瞬間連鎖的に爆発する。
あまり大きなダメージにはならないだろうが、それでもバルドレッドの動きを止めるには十分だ。
本来、馬は音や衝撃には弱い筈なのだが、流石に首無しの馬ではそうも行かないか。
ともあれ、今の炎によってバルドレッドはこちらの動きを見失った。
やはり、瘴気によって防御していたとしても、全ての攻撃を防ぎ切れる訳ではないのだ。
見た所、当初の作戦通りで問題はなさそうだ。であれば――最後の勝負とするとしよう。