237:盾の騎士
翌日――午前中の稽古を終えた俺は、幸穂にルミナの進化について説明を行っていた。
尤も、そもそもこいつはテイムモンスターの進化についても良く分かっていなかったようだが。
とりあえず、進化したら薙刀を扱えるようになったことと、とりあえずの基本程度は教えたことは説明した。
「つまり……私もお兄様のいる場所に行き、その子に稽古をつければよろしいのでしょうか?」
「違う、そこまで急ぐ必要もない。たしかに、あいつには薙刀術を教えてやりたい所だが……」
師範代たちの実力は認めているが、いかんせんまだレベルが足りない。
今の状態では、悪魔共に有効なダメージは与えられないだろう。
それに――
「お前らは東の連邦に行ったんだろう? こちらに来るなら、そっちを片付けてからにしろ」
「むぅ……分かりました。早急に悪魔を片付けるようにします」
気合を入れた様子で拳を握る幸穂に、俺は軽く嘆息を零す。
今更ながら、こいつらを野放しにしているのは少々不安が残る状況だ。
一見まともそうに見えるが、師範代たちはどいつもこいつもどこかズレている。
斬っていい相手と見れば即座に行動を起こしかねないし、中々に不安の残る状況だ。
「……お兄様?」
「ん、どうした?」
「いえ、何だかお兄様には言われたくないようなことを言われていた気が」
「気のせいだ気のせい」
こいつといい修蔵といい、妙に獣じみた勘を働かせるところがあるからな。そういう所は素直にやり辛いと思う。
ともあれ、こいつらは連邦の攻略に注力して貰いたい所だ。
あちらが第二陣向けの狩場である以上、俺には手の出しようがない。
アルトリウスの場合は引き入れた第二陣のプレイヤーでも向かわせているのだろうが……いや、そういう意味では俺も同じことをしているのか。
とにかく、最前線に出て来れるだけの力がない以上は、できることに集中して貰うべきだろう。
「とにかく、ルミナのことはこっちに来れるようになってからでいい。今はそっちを片付けろ」
「承知しました。と――」
玄関横の廊下に差し掛かり、よく見知った姿が目に入る。
どうやら、蓮司が誰かと話をしているようだが、見覚えのない人物だ。
多少体格はいいが、特に大きな特徴はない、紺色のスーツ姿の男性。
どうやら多少鍛えてはいるらしいが、特段武術を学んでいる様子はないが――
「ふむ……幸穂、あれは誰だ?」
「ああ、私たちは例の配信者の子たちと行動を共にしているでしょう? 彼女たちのマネージャーだそうですよ」
「ほう、マネージャーねぇ……わざわざここに顔を出しに来たのか?」
「話なら電話でも、それこそゲームの中でもできますけど、こういうことはきちんと話をしたいんだとか」
「へぇ、律儀な連中だな」
配信者という連中がどのような仕事をしているのかはよく分からんのだが、きちんと整理して動く点は好印象だ。
それにマネージャーだというあの男であるが、中々面白そうな気配をしている。
打算はあるが、ギラギラとした欲望は感じない。そして、こちらに対する気遣いもあるようだ。
直接顔を合わせて会合するなど、義理堅い点もある。ビジネスパートナーとしては信頼できる類だろう。
「ふむ……まあ、こちらにも利があるなら止める理由もないさ。好きに進めてくれ」
「承知しました。お兄様、今日のご予定は?」
「悪魔を斬る、それだけだ……いつもと変わらんさ」
小さく笑い、そう口にする。
ただし、戦うのはただの悪魔ではない。街一つを支配した、伯爵級悪魔だ。
俺から滲み出る戦意を感じ取ったのか、幸穂は息を飲み――そして、小さく笑みを浮かべて一礼したのだった。
* * * * *
アイラムの街でログインし、早速『エレノア商会』の支店へと向かう。
同じ家からログインできるようになったおかげで、合流はかなりスムーズなものだ。
おかげで、余計な待ち時間も発生せず、俺たちはさっさと『エレノア商会』に辿り着けた。
いつも通り顔パスでエレノアの居室まで移動し――あまり見慣れぬ姿のプレイヤーを発見し、目を瞬かせた。
「こんにちは、待ってたわよ」
「おう、注文の品を受け取りたいが……その前に、そこの二人はどうした?」
「一応、知ってるでしょう? 『キャメロット』の部隊長である、高玉とパルジファルよ」
エレノアの部屋にいたのは、一応見覚えのある騎士たちだ。
ヴェルンリードとの戦いでも世話になった弓使いである高玉、そして直接の会話をしたことはないが、ヴェルンリード相手に一歩も退かずに囮を務めてみせた女騎士――彼女がパルジファルであるらしい。
「初めまして、クオン殿。私はパルジファルと申します」
「クオンだ。アルトリウスには世話になっている」
「いえ、こちらこそ。貴方のご活躍は、我々『キャメロット』の内部にも響き渡っております」
その言葉は果たして額面通りに受け止めていいものか。
胸中では苦笑しつつもそれは表には出さず、彼女の姿を観察する。
鈍色のセミロングの髪と、全身を覆う鎧。そして、背負っているのはタワーシールドか。
以前戦っている姿を目にしたが、やはり防御部隊の隊長ということらしい。
ヴェルンリードとの戦いからも、その実力は疑うべくもない。間違いなく、伯爵級と戦える存在であるだろう。
「ところで……お前さんらが来たのは、アルトリウスからの指示だろう?」
「ええ、足りない人手を補え、と。団長は、現在南東の攻略にかかっておりますので」
「……あちらはダンジョンだ。あちらでの戦闘に向かない僕らをこちらに割いた形になる」
「ダンジョンだろうと、壁役は役に立てそうな気がするんだがな……」
たとえ狭いダンジョン内であったとしても、敵を引き付け攻撃を防ぐパルジファルの仕事はある筈だ。
それなのにこちらに送ってきたということは、何かしらアルトリウスの思惑があると考えた方が良いだろう。
まあ大方、内部にいる現地人たちの護衛であろうが。
「まあ確かに、人手が足りなかったのは事実だ。正直な所、現地人の扱いについては困っていた所だったからな」
現地の人々がいる状況は、流石に動きづらい。
アリスが見たところ、人々がいる場所は何ヶ所かに固まっているため、そこさえ押さえられれば問題はないのだが……それをするには人手が足りないと感じていた所だった。
そういう意味では、このアルトリウスからの救援は渡りに船なのだが――
「来たのはお前さんたちだけ、ってことでいいのか?」
「いえ、我々の部隊のメンバーも来ています。それと……」
「……もう一部隊、騎兵部隊も共に。ただ、あいつはじっとしているのが苦手なので……」
「そうかい。まあ、後で顔を合わせることになるだろ」
確かに、ダンジョン内では騎兵も上手く動きづらいだろう。
そういう意味では、中々に難儀な部隊である。
そもそも、ベーディンジアの騎獣牧場に到達して以降発足した部隊であろうし、他と比べれば経験が浅いのは仕方のないことだが。
「で、エレノア。お前さんらは――」
「行かないわよ。こちとら、新しい国に入ってきたばかりで補給線の確保もそこそこって所なんだから。物資面での支援はできても、それ以上は手が回らないわ」
「ま、そうだろうな。物資だけでもありがたいもんさ」
エレノアの言葉に笑みを返し、俺は視線を彼女の横へと移した。
そこに置かれていたのは、一本の薙刀。
若干刃の部分が太く、偃月刀のように見えなくもないが、十分に薙刀として扱える部類であろう。
手に持ってみれば、見た目ほどには重くはない。だが、軽すぎることも無く重心のバランスも問題ない出来だった。
全体的に白く染まっているが、刃の根元には黄金の毛が――覇獅子の鬣が装飾された、見た目にも優れた逸品だ。
■《武器:槍》覇獅子の薙刀
攻撃力:47(+10)
重量:19
耐久度:140%
付与効果:攻撃力上昇(中) 耐久力上昇(中)
製作者:フィノ
「ふむ……流石はフィノだな。いい出来だ」
「ええ、あの子も喜ぶと思うわ」
性能に関しても、全く問題はない。
魔物素材は数あれど、刀や薙刀にできるような大きさの牙や爪などそうそう存在しない。
他の素材で刀を作るのもアリかもしれないが……まあ、それについてはいいだろう。
どうせ、今メインで扱っているのは成長武器だけなのだから。
「よし、ルミナ。使ってみろ」
「ありがとうございます、お父様」
まるで騎士が主君から剣を賜るように、ルミナは跪いて俺から薙刀を受け取る。
薙刀のサイズはルミナに合わせているため、それを操るうえで柄の長さが邪魔になることも無い。
薙刀を構えるその姿は、一朝一夕で身に着けたとは思えぬ程度には様になっていた。
やはり、テイムモンスターの成長とは興味深い。
以前の、スプライトの頃の成長とは異なるが……今回は、進化と共に新たな技術を一気に習得したようだ。
「とりあえず、問題はなさそうだな。となると、問題は持ち運びだが」
「それでしたら大丈夫です。このように――」
言いつつルミナが腕を振ると、手の中にあった白い薙刀は忽然と姿を消した。
思いもよらぬ現象に俺が目を瞬かせていると、ルミナは再び腕を振り、再度薙刀を出現させてみせた。
どうやら、今のルミナは自由に武器を出し入れできるようだ。
「今までは精霊刀のみしか装備していなかったので使う必要もありませんでしたが……こんなこともできるようです」
「成程な。まあ、便利になったのであれば問題はあるまい」
成長武器の強化については昨日のうちに終わっているし、やはり防具の開発自体はまだ間に合っていない。
今日も伊織たちが急ピッチで進めているのだろうが、流石にこれからの作戦には間に合わないだろう。
まあ、それは仕方あるまい。出来ないことにいつまでもこだわっていたところで、何も解決しないのだから。
「よし、それじゃあさっさと出発するか」
「その前に。一つよろしいでしょうか、クオン殿」
「何か質問か? 簡単な話なら道中にしておきたいんだが」
「いえ……一手、お手合わせ願えませんでしょうか」
――思いがけぬ言葉に、俺は視線を細めながら振り返る。
その言葉を発したパルジファルは、真剣な表情で俺の目を見つめていた。