書籍版発売記念SS 閑話:燃え盛る炎に焦がれて
発売前連続更新中!
書籍版マギカテクニカ第1巻、本日発売となります!
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この記念SSについては、次回更新以降1章のラスト部分に移動させます。
――最初に抱いた感情は、反感だった。
学んだことはすぐに成し遂げ、それどころか、自らの望む形に変えることまでやってのけてきた。
それは誰にでもできることではなく、同年代どころか年上を相手にしても、彼女は負けなしであったのだ。
そんな彼女が初めて敗北した相手は、しかし彼女を見てはいなかった。
だからこそ、自分に振り向かせたいと、そう思ったのだ。
『お前はどうして、そこまでして俺に挑んでくるんだ?』
ある日、彼はそう問いかけてきた。
それは、いつも無造作に彼女を打ち倒し、そのまま祖父の元へと向かっていた彼が、初めて彼女に視線を向けた瞬間であった。
だからこそ、彼女は一瞬混乱してしまったのだ。そのような言葉をかけられることなど、ありはしないと思っていたから。
それは、言ってしまえばただの意地であったのだろう。自分を無視させたくないと、ムキになって挑みかかっていただけなのだ。
――故に、彼女の胸中を支配したのは、望外の歓喜であった。
『勝てないと分かっているだろう。それなのに、どうして挑んでくる?』
言葉を失っていた彼女に対し、彼は再度言葉を重ねる。
彼女の頭は混乱したままで――だからこそ、口を突いて出たのは本音そのものの言葉であった。
『追い付けないなんて、絶対に嫌だから!』
それは、彼女自身ですら自覚していなかった感情。
決して勝てないと理解しながら、それでも手を伸ばし続けた理由。
彼に並び立ちたいと――そう願った、純粋なる想い。
それを受けた少年は、大きく目を見開いて。
『……そうか、俺もだ』
――そう言って、苦笑するように笑みを零したのだった。
* * * * *
「あざっしゃー」
極めてやる気のない店員の声を背中に、明日香はコンビニを後にする。
久遠家近辺の住宅街、そこにあるコンビニで郵便物を受け取った本庄明日香は、のんびりと久遠家への道を戻り始めた。
久遠神通流の内弟子、即ち久遠家に住み込みで修業を行っている彼女であるが、自由時間は意外にも少なくはない。
将来的に師範代や師範になることを期待される内弟子は、ただその技を磨くことこそが目的だ。
技の最適化を得意とする明日香は、一度技を学びさえすれば、後は己自身で技術を高めることができる。
故にこそ、師範代たちに指導を求める必要もなく、ある程度の時間の余裕があったのだ。
(それは助かるんだけど……流石に、これを家に届けるわけにはいかないしね)
彼女の手の中にあるのは、VRゲーム『Magica Technica』のゲームソフトだ。
このゲームのβテストに参加していた明日香は、最終イベントの上位入賞報酬として、ゲームソフトを二本無料で手に入れていたのである。
そしてその使い道は、最初から決まっている。即ち――
「はぁ……これ、どうやったら先生にやって貰えるかな」
明日香にとっての師――とはいっても、まだ正式な師匠ではない、久遠総一に渡すということだ。
ゲームとはまるで無縁の存在であるのだが、このゲームに限っては話が別だ。
現実とまるで感覚の差がない、異常なまでの臨場感。まるで本当に何かを斬っているような違和感のない手応え――あの感覚は、彼であっても満足できる代物である筈だ。
尤も、それを説明することが限りなく難しいという問題があるのだが。
「ゲームどころか碌なパソコンも持ってないし……というかそもそも、当主様以外にほとんど興味ないし」
深く溜め息を吐きながら、明日香は住宅街を進んでいく。
総一の最大の目標は、祖父であり久遠家当主である久遠厳十郎を打倒することだ。
それ以外のことには殆ど興味を示しておらず、ゲームを勧めたところで相手にされるとは到底思えない。
とは言っても、明日香にとっても諦められることではないのだが――前途は多難であった。
ゲームの世界で、総一と共に戦うことは、明日香にとっての悲願である。
彼が戦場に出てしまってから数年の間、記憶の中の背中を追い続けた彼女にとって、彼とともに戦場に出ることは一つの夢であった。
――思わず、総一をイメージしてアバターを作成してしまう程度には、明日香は拗らせていたのである。
(ま、まあ……先生は見てもどうせ気付かないだろうし)
思わず頬を紅潮させながら視線を右往左往させ、明日香は胸中で言い訳を呟く。
明日香のアバターである『緋真』には有名な武将の意匠も入っているし、赤備えのイメージも入っている。
だがそれ以上に、明日香は炎を一つのテーマとしてキャラクターを形作っていた。
燃え上がるような、灼熱の炎。内に秘めた激情と、それを映し出すような刃こそ、明日香にとっての総一のイメージであったのだ。
「なんか、改めてそう考えると恥ずかしくなってきたな……でも、先生とやらないなんて選択肢は無いし」
だからこそ、イベント報酬をこうして手に入れてきたのだ。
貴重なゲームソフト、これを無駄にするなどあり得ない。
明日香は何としてでも総一を巻き込もうと決意を新たにし――その瞬間、背後で声が響いた。
「ひったくり! ひったくりだよぉっ!」
年老いた女性の声、そしてそれを掻き消すかのような原付バイクのエンジン音。
こちらへと近づいてくる気配と視線を察知して、明日香は手荷物を左手に持ち替えながら右手を後ろに、半身になって構えた。
見開いた視線の先には、明日香の方へと一直線に走ってくるバイクの姿。
彼女が荷物を持ち替えたのを見て、奪うのは無理だと判断したのだろう、ひったくり犯は明日香から視線を外してその横を通り抜けようとし――明日香は、その相手の胸倉へと手を伸ばした。
「――――ッ!?」
打法――柳旋。
相手が前に進む勢いを受けながら、右足を前に。
前へと一直線に進んでいたベクトルを斜めにずらした明日香は、相手の胸倉をぐっと握り締め、相手を振り回すように体を回転させた。
強力な運動エネルギー、その全てを受け止めながらぐるりと一回転し――それでもなお殺し切れなかった勢いを、明日香は相手を地面に転がすことで吸収させる。
ひったくり犯は、まるでボウリングの玉のように地面を転がり、住宅の生け垣に突っ込んで動きを止めた。
上手く止められたことに、明日香はほっと息を吐き出し――
「っ、やばっ!?」
――視界の端で、未だ動き続ける影に戦慄する。
それは、ドライバーを失って暴走するバイクだ。
乗り手を失い勢いが失せ始めてはいるものの、すぐにその走行が止まるわけではない。
そしてさらに、その前方には一人の人影があるのが見て取れた。
「避けてくださいッ!」
どのような歩法でも、今から追い付くことは不可能だ。
半ば懇願のような声で、明日香はその先にいた人影へと叫び――しかし回避の間もなく、バイクはその人影へと衝突した。
明日香は思わず顔を背け――響いた破裂音に、肩を跳ねさせながら視線を上げる。
そこには、まるで凍り付いたかのように静止したバイクと、それを腕一本で受け止める男性の姿があった。
「いきなり何かと思えば……何をしてやがったんだ、お前は」
「せ、先生……」
そう、バイクが衝突した相手は他でもない、明日香の師である久遠総一その人であったのだ。
彼は何事も無かったかのようにバイクを道路の脇に移動させ、呆れた表情を浮かべて明日香へと声を掛ける。
「え、えっと……大丈夫だったんですか、先生?」
「オートバイの正面衝突に比べれば軽いもんだ」
「……それってもしかして、あの――」
「外で口に出すな馬鹿。それよりお前、何だって運転手だけ投げ飛ばすような真似をしたんだ」
「あ、はいっ! ひったくりが襲ってきたので、思わず投げ飛ばしました! ちょっと待っててください!」
総一の言葉に、明日香は慌てて生け垣に突っ込んだひったくり犯を確認した。
投げ飛ばした時点で殆ど勢いは殺していた上に、地面を転がして勢いを吸収、更に生け垣に突っ込ませたこともあり、大きな怪我は一つもない。
目を回して動けなくなっているようではあるが、頭を打った様子もなく、大事には至らないだろう。
修行で得た知識でそう判断した明日香は、安堵の吐息を零しつつ、ひったくられたと思われるハンドバッグを回収した。
それを手に後方へと視線を向ければ、ハンドバッグを奪われたと思わしき、先程声を上げていた老人が歩いてくるのが見て取れる。
幸いにも、奪われた際に怪我をすることも無かったようだ。
「おばあさん、大丈夫ですか!?」
「取り返してくれたんだねぇ……もしかして、久遠さんの所の?」
「あはは……はい、久遠家でお世話になっています。こちらは、私の先生です」
「そうかい、ありがとうねぇ。お師匠さんも、あまり怒らないであげてくださいな」
「……分かりました。とりあえず、怪我はないようですが、一応警察と救急は呼びますので」
老女の言葉に眉をひそめた総一であったが、直後に嘆息して相好を崩した。
結果的には、ほぼ誰にも怪我はなかったのだ。それに関して言えば、良い結果であったと言えるだろう。
一歩間違えれば大変なことになっていたという事実はあるが、老人を前には強く出られないのか、総一はただ苦笑を零すのみである。
ともあれ、大事には至らなかったとはいえ、このまま放置するわけにはいかない。
総一はさっさと警察に通報し、現状について説明して、深く溜め息を吐き出した。と――そんな彼に対して、明日香はおずおずと声を掛ける。
「あの、先生……」
「ったく。胸を張っておけ、今のお前にできることはきちんとやってのけたんだ」
「でも、後始末は結局ほぼ先生頼りになっちゃいましたし……」
「一応は師匠だからな、その辺は頼っておけよ。ま、気にしてるって言うんなら、次は気を付けることだ」
そう告げながら、総一はにやりと笑みを浮かべつつ、明日香の頭を軽く叩く。
――どこか悪戯っぽく、けれど苦笑するような、見覚えのある表情で。
「俺に追いつくんだろう? だったら、次は上手くやれ」
「っ……はい!」
その表情と言葉に、明日香は大きく目を見開いて、そして力強く首肯する。
覚えていてくれた――胸中を占めるのは、そんな歓喜の感情だ。
自分の努力が、自分の想いが、決して無駄ではなかったのだと……そう確信したが故に。
左手に持ったままだったゲームソフトを握り締めて、明日香は笑う。
まだまだ彼に追いつけていない。だからこそ、更に先へと進むために。
――久遠総一が祖父を打倒し、当主の座に収まったのは、その数週間後のことであった。





