023:謎のお守り
聖堂を出て、村の出口へと歩く。
目的としていた、悪魔への対抗手段を手に入れることができたのだ。
早々に帰らなければリブルムの門限に間に合わないし、さっさと帰ることに否はない。
だが、前を歩く四人の少女たちは、何か考え込むように沈黙していた。
そして、村から帰路へと足を踏み出し――そこでようやく、雲母水母が声を上げる。
「……どういうことだと思う?」
「色々と仮説はありますね」
リーダーの言葉に返答したのは、いつも通りリノだった。
しかし、困惑した様子は隠し切れておらず、彼女は眉根を寄せたまま続ける。
「私たちが神父様から話を聞いた時と異なるのは、やはりクオンさんの話題ですね」
「悪魔を倒す方法がないかと聞いたんじゃないのか?」
「ええ、それは尋ねましたが……悪魔に敗れた騎士たち、でしたか? そのような話はしませんでしたね」
「おにーさんはどこでその話を聞いたのさ?」
「リブルムの西門の兵士だな。以前に騎士たちが通ったって話を教えてくれた」
俺の返答に、リノは納得したような表情で頷く。
まあ、用事でもない限り、衛兵に話しかけることはないだろうから仕方ないだろう。
だが――
「……ホントにそれだけかな」
「薊? 何か気になってんの?」
「ん……それだけだったら、他の誰かが気づいててもおかしくない、と思う。やっぱり、妖精……?」
「いや、その可能性は低いだろう」
薊の言葉を否定し、首を横に振る。
その言葉に、彼女は若干不満そうな表情で俺を見上げていたが、意見を変えるつもりはない。
前にも考察はしたが、その可能性はどう考えても低いのだ。
「目に見えない妖精を見つけるのが条件、なんて話だったらあまりにも難易度が高すぎる。おまけに、あの場まで連れていくには《テイム》が必要不可欠だ。そんな条件を多数のプレイヤーに強いると思うか?」
「む……それは、確かに」
俺がルミナを《テイム》できたのは純粋なる偶然だろう。
それが条件で聖印を手に入れられるというのであれば、それはあまりにも不公平すぎる。
何か他に条件があると考えた方が無難だろう。
しかし、そうであれば、その条件とは一体何なのか。
「……『信用できる』」
「リノ?」
「神父さまが聖印を渡してくれたのは、極論からいえばクオンさんのことを信用できると判断したからですよね?」
「それは……まあ、その通りだな」
神父は確かに、そんな言葉を口にしていた。
その言葉を鵜呑みにするのであれば、確かに最終的にはそれが理由になるのだろう。
つまるところ――
「……俺が神父の信用を得られたから、ということか?」
「ええ。半ば事実扱いされている噂ですけど、このゲームには現地人に対する信用度というものがあるらしいんです。それが高ければ、現地人からも丁寧な対応をして貰えると」
「ふむ。だが、俺はそんなのが上がるような行動をした覚えはないぞ?」
何しろ、俺がこのゲームをプレイしているのは、刀を持って思う存分戦うためだ。
それ以外を目的とした行動は取った覚えはないし、信用されるような謂われはないと思う。
まあ確かに、現地人たちを一切無視しているというわけではないが……信用度が高いという理由には少々弱いだろう。
そう考えてリノの方へと視線を向ければ、彼女はじっと俺の頭上――頭の上に座るルミナを見つめていた。
「それは、ルミナちゃんを《テイム》したからではないでしょうか?」
「何だと?」
「神父さまは、妖精に気に入られたことをとても感心していました。それほど、妖精に気に入られるということは大きいことなのではないでしょうか」
「妖精に気に入られた人なら信頼できる、ってこと?」
「ええ、神父さまの発言からも、そう的外れなことではないと思います」
リノの言葉を受けて、俺は黙考する。
神父は確かに、妖精に認められた人物であることを強調していた。
それがどれほどの意味を持つのかは、正直あまり実感はない。だが、彼は確かにそれを重要視していたように感じる。
それに加えて――
「……俺が騎士たちの無念を晴らしたいと主張したことも一因か?」
「有り得ると思います。神父さまもその騎士たちと面識があったようですし、彼らの敵討ちをしたいという主張は神父さまの琴線に触れるものだったのかも知れませんね」
「つまり、あの神父さまに信用されるようにすれば手に入ったアイテム、ってことね」
雲母水母の言葉に、一同の視線が聖印へと集中する。
これまでに誰も手に入れることができなかったアイテム。その性能はそれほど高いというわけではないのだが、例のボスと戦うのには非常に効果的なアイテムだろう。
■アドミナ教の聖印:装備・アクセサリー
アドミナ教にて祝福を受けた聖印。
魂を守る護符としての効果がある。
パーティ全体に対し、悪魔からの干渉を弱める。譲渡不可。
要するに、これを持っていればパーティ全員が例の悪魔と戦えるということだろう。
神父はこれだけでは完全ではないと言っていたが、そこは例のお守りとやらを使えば何とかなるはずだ。
つまるところ、これでボスと戦う準備はできたと考えられる。
「しかし、神父に信用される、ってのはまたまだるっこしい条件だな。何を考えてそんな条件にしたんだか」
「……恐らく、生産職のため」
「あざみー? どういうこと?」
「そのままの意味。生産職は現地人からの信用を得やすいから、生産職ならこの聖印を手に入れやすい」
「なるほど……生産職を次の街に進めやすくするため、ってことね」
雲母水母が、納得したように頷く。
俺もまた、薊の言葉を聞き、エレノア達の言葉を思い出して納得していた。
生産職は、生産系のスキルを保有しているため、戦闘系スキルの数は必然的に少なくなる。
そのため、ボスとの戦いはどうしてもきつい様子であったが――この条件であれば、連れてこないわけにはいかないだろう。
今後も続くかどうかは分からないが、面白い手段であるとは思う。
……少し、裏側の意図があるようで気になるが、現状でそれを判断することはできない。そもそも運営側の意図である以上、気にしても仕方ないだろう。
「まあとにかく、これでボスと戦う条件は満たされた……と、思う」
「そうですね。こっちも聖印を手に入れる方法を考えなくちゃですけど」
「うん? こいつがあればパーティ全員に効果を発揮するんだろう?」
雲母水母の言葉に、疑問符を浮かべながらそう返す。
すると、彼女らは驚いた表情で俺のことを見つめてきた。
「え? その……いいんですか? 私たちはあんまり役に立ってなかったし、ほとんどクオンさんだけで手に入れたものですよ?」
「だからと言って、ここまで行動を共にしてきたのに、ほったらかしにして自分だけでボスに挑むほど薄情なつもりはないぞ、俺は」
確かに聖印を手に入れたのは俺であるが、ここまで案内してくれた手前、無視して行くのも寝覚めが悪い。
こいつらはそこそこに腕も立つし、ボスとの戦闘でも邪魔になることはないだろう。
まあ、俺と並んで戦えるかと問われれば、それは否であるとしか言えないのだが。
「こっちはルミナを含めて二人だけなんだ、数としてもちょうどいいだろう? 遠慮する必要はないさ」
「そ、そうですか……うん、クオンさんがそう言うなら、お願いします」
「ああ、よろしく頼む。それじゃあ、とっととリブルムまで戻るとするかね」
多少余裕があるとは言えど、もたもたしていれば門が閉まってしまう。
まあ一応、交渉すれば門を開いてくれるらしいのだが、そのために金を消費するのも勿体ない。
とっとと戻ってしまうとしよう。それに――
「こいつのことも鍛えてやりたいしな」
「――――!」
俺の頭の上で仁王立ちするルミナは、全身でやる気を表現するかのように両手を突き上げている。
やる気があるようで結構なことだ。ルミナの能力は後衛だし、それほど体力がなくても影響は少ないかもしれないが、俺の配下となった以上は徹底的に鍛え上げる。
この体格では久遠神通流を教えられるわけではないが、教えてやれることはいくつでもあるだろう。
緋真を――明日香を鍛え始めた頃と同じような感覚に思わず笑みを浮かべつつ、リブルムへと向かって歩き出す。
「何か棚ぼただけど……」
「いーんじゃない? おにーさんとだったらボスにも勝てるって!」
「ああ、張り切ってるルミナちゃん可愛い……」
後ろを歩む連中は若干まとまりがないが、まあこの辺りでそれほど強い敵は出てこない。
ルミナを鍛えることが目的なのだから、むしろ手を出されない方が都合がいいとも言えた。
ともあれ、まずはルミナに何ができるのかを確認しなければ始まらない。
ステータスを見た限りでは、光属性の魔法を使って攻撃する様子であったが、それがどの程度の威力を持っているのかは不明だ。
想像も交えつつ、どのように戦わせるかを考え――こちらに接近してくる気配を察知していた。
「来たな。ルミナ、まずは戦ってみせろ」
「――――!」
こちらへ接近してきたのは、三体のステップウルフ。
そちらを指させば、ルミナは自信ありげに頷いて、狼たちの方へと飛び出していた。
狼たちはいまだ俺の方を注視している。だが、ルミナはそれを幸いと言わんばかりに、光属性の魔法を発動させていた。
ルミナの小さな体の周囲に現れたのは、五つほどの光の球体。
それらはルミナが小さな両手を振るうと同時に、狼たちへと向かって殺到する。
「ギャンッ!?」
「グルァ!」
こちらを注視していた狼たちは、ルミナの攻撃を回避し切れずにダメージを食らう。
ダメージ量としてはそれほど大したものでもなかったが、それでも狼たちの注意がルミナに向くのには十分だった。
狼たちは唸り声を上げながらルミナを威嚇し――けれど、攻撃が届かずに足踏みをする。
まあ、当然だ。ルミナは飛んでいるのだから、地上からの攻撃はそうそう当たらない。
ルミナが飛べる高さはそれほど高くはないようだが、それでも俺の身長よりは上だ。狼たちの攻撃が届くわけがない。
「クオンさん、お手伝いは――」
「要らんだろ。ルミナ、そのまま高度を保って攻撃を続けろ。ある程度削ったら大きいので一掃だ。体力が減ると不利を悟って逃げるからな、逃がす暇を与えず全滅させろ」
「――――っ!」
俺の言葉に頷き、ルミナは次々と魔法を放って狼たちを攻撃していく。
狼たちはジャンプしてルミナに噛みつこうとしてくるが、予備動作が見え見えだ。
ルミナは狼たちの攻撃を簡単に回避し、あるいはカウンター気味に光の球を叩き込んでいる。
そして、全ての狼たちのHPが三割程度まで減少したところで、ルミナは周囲の光球を消して何やら集中し始める。
狼たちはルミナを止めようというのか、必死になってジャンプしているが、それでも攻撃が当たることはない。
そのまま数秒ほどのためを経て――次の瞬間。
「――――ッ」
ルミナは両手を一気に振りおろし、それと同時、巨大な光の爆発が発生する。
閃光を伴う爆裂は狼たちの中央で炸裂し、狼たちを容赦なく吹き飛ばしていた。
そのまま地面に叩きつけられた狼たちのHPは、完全に削れてなくなっている。
文句なしの完勝であると言えるだろう。
『テイムモンスター《ルミナ》のレベルが上昇しました』
戦闘を終えたルミナは、こちらに戻ってきてどうだと言わんばかりに胸を張る。
その様子に苦笑しながら、俺はルミナの頭を指先で軽く叩いていた。
「よくやった。きちんとできていたぞ」
「――――♪」
俺の指にじゃれついたルミナは、また定位置と言わんばかりに俺の頭の上に着地する。
まあ、ルミナの能力から考えれば、今の戦い方は文句なしだと言えるだろう。
対空能力のない敵に対してならば、ほぼ一方的に勝利することができる。
ただし、問題があるとすれば――
「お前、なかなか燃費が悪いんだな」
「今ので半分ぐらい使っちゃってますねぇ。じわじわ回復してますけど」
「――――?」
雲母水母の言葉の通り、ルミナのMPは今の戦闘だけで半分を割り込んでいた。
未だレベルが低く、魔法の威力も十分ではないのが原因だろうが、これでは効率が悪い。
もう少し、こちらが弱らせてやるなり、動きを止めてやるなりして効率よく倒していくしかないか。
幸い、MPの自動回復もあるため、放置していれば程なくして回復する。
ちょくちょく様子を見ながら戦わせてみるとしよう。
■アバター名:クオン
■性別:男
■種族:人間族
■レベル:11
■ステータス(残りステータスポイント:0)
STR:16
VIT:13
INT:16
MND:13
AGI:11
DEX:11
■スキル
ウェポンスキル:《刀:Lv.11》
マジックスキル:《強化魔法:Lv.8》
セットスキル:《死点撃ち:Lv.10》
《MP自動回復:Lv.4》
《収奪の剣:Lv.6》
《識別:Lv.8》
《生命の剣:Lv.7》
《斬魔の剣:Lv.2》
《テイム:Lv.1》
サブスキル:《HP自動回復:Lv.4》
《採掘:Lv.1》
称号スキル:《妖精の祝福》
■現在SP:4
■モンスター名:ルミナ
■性別:メス
■種族:フェアリー
■レベル:2
■ステータス(残りステータスポイント:0)
STR:3
VIT:6
INT:18
MND:15
AGI:12
DEX:8
■スキル
ウェポンスキル:なし
マジックスキル:《光魔法》
スキル:《光属性強化》
《飛行》
《魔法抵抗:中》
《MP自動回復》
称号スキル:《妖精女王の眷属》





