227:羊の群れ
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集団で突進してくる羊たち。
巨体を持つ羊の突進を受ければ、俺とて弾き飛ばされるし、そうすれば後は他の羊たちによって踏み潰されるだけだろう。集団とは、ただそれだけで恐ろしいものなのだ。
故にこそ、俺はあえて正面から立ち向かう。この群れを潜り抜けた先にこそ、倒すべき敵がいると理解しているからだ。
羊たちの動きは直線的だ。
そもそも、俺たちに対して攻撃を仕掛けようとしているのではなく、ただブラックハウンドに追いかけられたことによって走っているだけに過ぎない。
これが全て俺たちに攻撃しようと向かってきていたのであれば危なかったが――これならば対処のしようはある。
深く呼吸し、意識を集中。そして、向かってくる羊たちの動きを読み取り、前へと足を踏み出す。
歩法――間碧。
相手の攻撃の軌道を読み取り、その安全地帯を見出して移動する歩法。
このような直線的な動きの相手の場合は、特に読みやすいと言えるだろう。
気を付けなければならないのは、避けた先に突っ込んでくる羊がいる可能性があることだ。
ただ目の前の相手の動きを読むだけではなく、全体の動きを把握しなければならないだろう。
そんな突撃の真っ只中で、俺は魔法による強化を発動しつつ刃を振るった。
「ふ……ッ!」
次々と羊たちの体を傷つけながら、群れの合間を通り抜ける。
時間にすればほんの数秒。だが、集中している俺にはその数倍にも感じる感覚の中――俺たちは、ついに羊たちの群れを潜り抜けることに成功した。
そして、その先に見えたのは、羊たちを追い立てていた数頭のブラックハウンドだ。
羊たちの間から現れた俺たちの姿に、犬たちは驚愕した様子で身を硬直させる。
その瞬間、俺と緋真は即座に犬へと接近し――
「『生奪』」
「《スペルエンハンス》、《術理装填》【フレイムストライク】」
振るう刃が、一刀の下に黒い犬の体を斬り伏せる。
羊たちと違って、この犬たちは普通の犬とそれほど大きさは大差ない。精々が大型犬程度の大きさだ。
動きを止めてしまえば狙い易い相手であり――俺たちの刃は、正確に犬の首を半ばまで斬り裂いて絶命させた。
だが、一度の交錯で斬れる敵は一匹まで。それ以外の犬どもはそのまま俺たちの横を通り過ぎ、再び羊たちの制御に動き始める。
しかし、一度見てしまえば、動きを読むことも容易いものだ。
その考えは上空にいたアリスたちも同じだったらしい。上空からはルミナの魔法やアリスの放った矢が降り注いでいる。
犬たちの動きが鈍れば、当然羊たちの動きも鈍るものだ。その動きを見て、俺は餓狼丸を鞘に納めた。
「《練命剣》、【命輝一陣】」
鞘の隙間、鯉口から零れ出る黄金の光。
体を大きく捻り、前傾姿勢で構え――刃を、全力で撃ち出す。
斬法――剛の型、迅雷。
放たれる神速の居合。それと共に撃ち出された生命力の刃は、僅かに動きのぶれていた羊たちへと直撃し、その身を大きく斬り裂く。
そして、それだけではなく――
「はあああああッ!」
緋真が大上段から振り下ろした刃より、装填していた【フレイムストライク】が撃ち出された。
一直線に空を焼いた炎は、俺の攻撃によって動きを鈍らせていた羊たちを直撃し、巨大な爆炎を発生させる。
今の二発によって、中央部にいた羊たちはほぼ全滅したようだ。
そして同時に、動きを鈍らせたことで羊たちの足も止まっている状態である。
今ならば、残りを討つことも難しくは無いだろう。
「行くぞ、緋真!」
「はい、先生!」
歩法――烈震。
共に並んで地を駆ける。
俺と緋真は左右に分かれ、それぞれの位置で動きを止めている羊たちへの攻撃を開始した。
まずは、前方で突出していた、攻撃の余波を受けて体力の減っている羊。
例え体力が減っているとはいえ、レベルの高い魔物であることに変わりはない。
様子見などせず、しっかりと攻撃を加えるべきであろう。
「『生奪』」
俺の宣言と共に、餓狼丸は金と黒の光を纏う。
振り下ろした刃は、バランスを崩していたランドシープの首へと吸い込まれ――その巨体が、血を噴き出しながら倒れ伏す。
しかし、この感触は――
「チッ……斬り辛いな」
この羊の毛であるが、どうにも刃が通り辛い性質があるようだ。
体毛の上からでは、斬撃はあまり通らないだろう。
刺突か、或いは毛の深くない顔面か。何にせよ、刃による攻撃はやり辛い相手のようだ。
まあ、それはそれで、装備作成に期待ができるものではあるのだが……今この場では厄介だな。
「ならば――」
打法――寸哮。
次の羊の横合いへと潜り込みながら、その胴へと拳を押し当てる。
叩き付けた衝撃によって臓腑を砕かれた羊は、口と目から血を噴き出しながら崩れ落ちた。
どうやら、打撃についてはきちんと通るようだ。
だが、全て打撃で倒し続けるというわけにもいくまい。
「《練命剣》――【命輝一陣】」
そうなると、あまり有効な手が無いのが面倒な所だが、上手いこと使うほかあるまいて。
胸中でそう呟いた俺は、口元を苦笑と愉悦を交えた笑みに歪め、振りかぶるように刃を構える。
斬法――剛の型、輪旋。
大きく振りかぶった刃は遠心力の力を借りて速度を増す。
その一閃によって撃ち出された刃は、周囲にいる羊たちに直撃し、その身を斬り裂きながら吹き飛ばした。
こちらも多少ダメージを軽減されてしまっているようだが、
どうやら、こいつらは犬どもの制御が無ければあまり機敏には動けないようだ。
とは言え、全く攻撃してこないというわけでもないのだが――
「《奪命剣》――【咆風呪】」
こちらを止めようというのか、突進してくる一体の羊。
そちらへと向けて放つのは、波のように広がる黒い風だ。
広範囲に影響を及ぼすこのテクニックは、相手の防御力を無視して効果を発揮する。
効果範囲に巻き込まれた羊たちから生命力を吸収して、これまで《練命剣》で消費したHPを回復――そして、振り切った刃を反転させた。
「しッ!」
斬法――剛の型、刹火。
黒い風で視界を塞いだ上で軸をずらした俺は、そのまま羊と交錯するように前へと踏み出した。
振るう刃は、カウンターで羊の胴へと突き刺さり、その身を深く斬り裂く。
後方で崩れ落ちた気配には頓着せず、更に前へ。
目指すは、【咆風呪】によって脱力して崩れ落ちた前方の羊だ。
打法――槌脚。
崩れ落ちたその頭を踏み潰しながら跳躍、目指す先は前方にいるもう一体の羊だ。
まだこちらの姿を捉えられていない羊へ、俺は逆手に持った刃を振り下ろす。
斬法――柔の型、襲牙。
人間相手であれば本来鎖骨の隙間を狙う一撃であるが、動物相手にはそうも行かない。
とはいえ、刺突であれば十分通じる相手。振り下ろした餓狼丸の切っ先は、その背を貫通して臓腑を抉り抜いた。
絶命した羊の上から飛び降りて、その場から一歩前へと踏み出す。
その瞬間、横合いから飛び込んできたのは一体の羊だ。
頭を突き出して猛然と敢行してきた突進を紙一重で躱した俺は、体を旋回させながら左の肘を叩き付ける。
打法――旋骨。
「ヴェエエエエっ!?」
伝わってきた感触は、羊の肋骨が折れて内臓に突き刺さったことを如実に伝えてくる。
もんどりうって倒れる羊は無視し、周囲の状況を確認。
まだまだ敵の数は多いが――どうやら、周りの犬どもはアリスたちによって駆逐されてしまったようだ。
あちらはそれほど防御力も高くは無いし、仕方のないことではあるが。
ともあれ、上空に逃れていた面々も、自由に動ける状況となった訳で。
そうなれば――
「光の鉄槌よ!」
上空より降り注いだ光が、羊の群れの中心に直撃して爆裂する。
牛のような巨体が派手に吹き飛ぶ様は実に豪快だ。どうやら、ある程度魔法に対する耐性もあるようだが、流石に結構なダメージが入っている。
地面に叩き付けられた衝撃でHPを全損する羊もいるし、やはり打撃か魔法で攻めるべきなのだろう。
つまるところ、俺にはどうにも相性の良くない相手であるが――
「《練命剣》、【命輝一陣】」
斬法――剛の型、輪旋。
とりあえず、ダメージの通りやすい攻撃を繰り出していく他ない。
クールタイムの終わった【命輝一陣】を放ち、ルミナの放った魔法の余波で体力の減っていた羊たちを一網打尽にする。
あまりスキルに頼り切りというのも気に入らないが、これが最も効率的であることは確かだ。
今はあまり時間的余裕も無いし、効率よく潰していくしかないだろう。
「《奪命剣》、【咆風呪】」
再び解き放った黒い風により、多数の羊たちを飲み込んでHPを吸収する。
崩れ落ちていく羊たちの一部は、まるで枯れ果てるようにミイラのような姿になってしまう。
吸い過ぎるとどうもああなってしまうらしいのだが、あの死体からはアイテムが殆ど取れないのだ。
これだけ数がいるのだからあまり気にしなくてもよいのだが、吸い過ぎには注意しておこう。
「さてと……《蒐魂剣》、【奪魂斬】」
辛うじて生きていた羊からMPを吸収して回復しつつとどめを刺す。
生きている奴は何体か残っているし、回復には困らないだろうが――まだ残っているのか。
結構な数を削ったかと思っていたのだが、まだ半分程度は残っているし、一部は残っていた犬たちによって再び突進を始めようとしている。
尤も、その動きを察知した緋真やルミナたちが魔法を準備している様子であるが。
「……ま、そこそこ稼ぎにはなるか」
効率については、とりあえず殲滅してから考えるとしよう。
どのみち、この辺りの羊たちは全て集まってきてしまったようであるし、移動する必要はあるだろうが。
苦笑を零しつつ、まだ生き残っている敵へと向けて走り出す。
戦わなければならない相手は伯爵級悪魔。少し鍛えた程度では足りないだろう。
今は少しでも多く魔物を倒し、己の力を高める――それこそが、俺たちのやるべきことなのだから。