225:悪魔の思惑
書籍版マギカテクニカ第1巻、5/23発売です!
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南西の領都、シェーダン。
今は使われていない荷物の搬入口から街中へと侵入したアリシェラは、《隠密行動》のスキルを発動しながら行動を開始した。
(使われていない、という割には使われた痕跡があったわね……貧民街の人たちが利用していたのかしら)
蛇の道は蛇、という言葉を思い浮かべつつ、アリシェラは街中の様子を観察する。
今いる場所は外壁の傍、街の構造上でいえば大通りから大きく離れた場所に当たる。
このままこの近辺を調査したとしても、碌な情報は得られないだろう。
(一時間で戻るって言っちゃったし……多少リスクはあるけど、さっさと大通りまで向かいますか)
小さく溜め息を吐き出し、アリシェラは身軽にその場から駆け出す。
その足音は殆ど立たず、半透明の影が高速で移動していく姿は、さながら幽霊か何かのようだ。
しかし、アリシェラはそんなことなどお構いなしに、さっさと街の中央部を目指して歩を進め――ふと聞こえてきた足音に、一度足を止めた。
(悪魔……!)
近づいてくる気配に、アリシェラは警戒しながら物陰に身を潜め、観察する。
そんな彼女の近くを歩いていたのは、二体の悪魔であった。
爵位持ちやデーモンナイトではない、ただの悪魔。だが――
■デーモン
種別:悪魔
レベル:48
状態:アクティブ
属性:闇・雷
戦闘位置:地上・空中
■デーモン
種別:悪魔
レベル:50
状態:アクティブ
属性:闇・火
戦闘位置:地上・空中
(……レベル、高いわね。聞いてた通り、単純に悪魔が強いわけか)
思わず眉根を寄せながら、アリシェラはそう胸中で呟く。
これまで外で遭遇してきた悪魔より、一回りは高い能力を持っているだろう。
隙を突いて一撃で仕留めるのであれば、あまりレベルは関係ないのだが――
(二体となると、流石にリスクが高いわね。やり過ごすとしましょうか)
そう判断したアリシェラは、そのまま身を潜めて悪魔たちが遠ざかるのを待つ。
幸い、悪魔たちは潜伏したアリシェラに気づくことも無く、そのまま別の路地へと姿を消していった。
軽く息を吐き出したアリシェラは、周囲の気配に警戒しつつも先へと進む。
そうして辿り着いたのは、この街の中央部を貫く大通りだった。
通常であれば、多くの人々が行き交う商店街のような様相だっただろうが、今は閑散とした様子だ。
――ただ一部を除いて、の話であるが。
「あれは……」
そんな大通りの一角、そちらに人だかりができているのが見て取れた。
いや、人々だけではなく、悪魔までもがその周囲に集まっている。
あれだけ人間と悪魔が近い場所にいて、戦いが起こっていないことに途方もない違和感を感じつつも、アリシェラは目を凝らしてその様子を観察した。
彼らの奥には、何か結界のような半透明の壁が展開されており、人や悪魔はその奥の様子を観察しているらしい。
(流石に近付くのはリスクが高いわね)
結界内の様子は気になるが、流石にあの集団に接近するわけにはいかない。
どうにか様子を探れないかと、アリシェラは周囲を確認し――ふと、集団から離れていく悪魔の姿に気が付いた。
その悪魔の肩には重傷を負った男性が担ぎ上げられている。どうやら、悪魔は彼を運ぶために移動しているようだ。
(怪我した人間を運ぶ先、ってことはつまりそこに回復役の人たちがいるってことでしょ)
渡りに船だと言わんばかりに笑みを浮かべ、アリシェラは悪魔の追跡を開始する。
人間を肩に担いで運んでいる以上、見失うようなことはあり得ない。
その目立つ姿の後を追って移動すれば、そこには見覚えのある建物の姿があった。
(教会……悪魔が教会に入れるの? いや、大分ボロボロだし、教会としての機能はもう失ってるのかもしれないけど)
違和感しかない光景に困惑しつつも、アリシェラは悪魔の様子を観察する。
人を担いだ悪魔は、そのまま青年を教会の中に放り投げると、さっさと元来た道を戻って行った。
その背中が十分に離れたことを確認し、アリシェラは教会の様子を観察する。
ある程度破壊されているため、中に入ることは難しくは無いだろう。問題は、内部にも悪魔がいるかどうかだ。
(けど、あの悪魔も中に入ることは嫌がってた節があるし……周囲に監視はいるけど、内部は問題無さそうね)
中にいる人間を逃がさないためか、教会にはある程度の見張りが置かれている。
だが、それは一分の隙も無いほどというレベルではなく、付け入る隙はいくらでもあった。
アリシェラは、悪魔たちの行動を観察し――そして、視線がそれた瞬間を狙って、裏手にあった木戸から教会内部へと侵入した。
薄暗い建物の中には多数の人の気配があり、アリシェラは気配を殺したまま気配が多い方向へと移動する。
そこは、本来であれば集会を行うためであろう祭壇の間。
いくつも並べられた長椅子には、今や傷を負った多くの人々が寝かせられていた。
「畜生、痛ぇ……!」
「動かないでください、今回復を……」
「くそっ、いつまでこんなことを続ければいいんだ……!」
目に入った光景に、アリシェラは思わず顔を顰める。
傷を負った人々と、それを癒す《聖魔法》の使い手たち。
まるで、野戦病院の様相ではないか――現実にそんな光景は見たことが無いのだが、アリシェラは想像でそう独りごちていた。
ざっと観察した所、回復役の人々は決して傷を負っている様子はなく、また飢えているような様子もない。
肉体面に関しては、それほど問題ない様子が見て取れた。
尤も――精神面に関しては、そうも行かないだろうが。
(ここの人たちは、ある程度は大丈夫でしょうけど……だからって、いつまでも余裕があるわけじゃなさそうね)
悪魔に支配されたこの状況、いつまでも人々の精神が持つとは思えない。
急を要するわけではないが、それでもいつまでも放置できるような状況ではなかった。
とは言え、今アリシェラに何かができるわけではない。
彼女は姿を隠したまま、誰にも気づかれぬよう壁沿いを移動し――その近くに立っていた、老シスターの背後を取った。
「静かに、こちらを向かなくていいわ」
「ッ!? ……どなたかしら、聞き覚えのない声だけれど」
「私は異邦人の一人。この街の状況確認のために入ってきたの。悪魔に気づかれると面倒だから、このままでお願い」
「女神様の……そう、分かったわ」
アリシェラの声に、シスターは大いに驚いたものの、周囲に気づかれることはなかった。
彼女の背に隠れる形で姿を現したアリシェラは、そのまま周囲には聞こえぬように声を上げる。
「まあ、ここまで入ってきたのは、とある依頼があったからなのだけど……おばあさん、ここにはモニカって子はいるかしら?」
「モニカちゃん? 何の御用かしら?」
「そう警戒しないで欲しいわ。彼女の弟さんから、無事かどうか様子を確かめて欲しいと頼まれただけだから」
「……そう。あそこにいるのがモニカちゃんよ。今の所、怪我らしい怪我もないわ」
そう言ってシスターが指差した先にいたのは、亜麻色の長い髪をまとめた15歳程度の少女であった。
確かに怪我をしている様子もなく、健康状態に問題はなさそうに見える。
無論、専門家ではないアリシェラに言えることは多くないのだが、すぐにどうにかなるような様子ではなかった。
「了解、無事みたいね。彼女にも、弟さんは無事だという話、教えておいて貰えるかしら」
「……貴方は本当に、それだけのために来たのね」
「情報収集よ。悪魔を殺すのに、無策に突っ込むわけにもいかないでしょう?」
「……貴方に、あの悪魔が殺せると?」
「私じゃないわ、私の仲間。彼ならきっと、どんな悪魔だって斬れるでしょう」
それは、アリシェラにとっては確信でもあった。
久遠神通流のクオン、彼は間違いなく、プレイヤーの中で最強の存在であると。
彼ならば、いかなる悪魔が相手であろうとも、必ずその切っ先を届かせる。そして必ずや、勝利を手にするだろう。
そう断言したアリシェラの言葉に――老シスターは、細く息を吐き出して声を上げた。
「……伯爵級悪魔、バルドレッド。あの悪魔は、そう名乗ったわ」
「……っ!」
「瞬く間にこの街を支配したあの悪魔は、こう宣言したわ。『修練の場は用意する。我に挑み、勝ち取れ。さすれば解放しよう』とね。以来、七日に一度、私たちには彼に挑戦する権利が与えられた」
「……高々一週間鍛えただけで、伯爵級悪魔に挑めと?」
「無茶な話よ。けれど、私たちにはそれしか道はなかった」
老女の言葉の中には、諦念に近い感情が込められていた。
多く傷つき、疲れ果てたが故の言葉。だがそれでも、全てを諦めたわけではないのだろう。
ギリギリのところで、彼女はまだ折れてはいなかった。
「奴らはきっと、最初から勝ち目などないと考えているのでしょうね。悪魔共の思惑は、より強い人間を殺すことにあるように思えるわ」
「……だからこそ、育て上げた上で殺している、と」
「ええ……だから、お願いよ。名前も知らぬ異邦人さん――どうか、あの悪魔を殺して欲しい」
深い憎悪の篭った声に、アリシェラは小さく笑う。
言われるまでもないことだ、と。
「次に、その悪魔が現れるのは?」
「三日後。戦いは昼過ぎに行われるわ」
「……了解、あまり時間はないわね。こちらも準備を進めておくわ」
「ええ……期待して、待っているわ」
三日後であれば、現実の時間では一日しかない。
あまり、時間的余裕はないと考えた方が良いだろう。
そう判断したアリシェラは、さっさと踵を返してシスターの背後から離れ、元来た道へと戻り始める。
戦いが起こるまでに、可能な限り鍛えなければならない。今は、余計な問答をしている時間すら惜しいのだ。
一度だけ振り返ってみれば、気配が消えたことに気づいたシスターがきょろきょろと視線を動かしている。
そんな彼女の様子に小さく笑みを零して、アリシェラは教会を後にしたのだった。





