223:南西の都市
書籍版マギカテクニカ第1巻、5/23発売です!
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アドミス聖王国、南西の領地――この国に於いては侯爵の地位を持つ……いや、持っていた人物の領地。
その領都である街こそが、今回の目的地だ。
南西の都市といっても、アイラムの街から見れば北西の方角にある。あらかじめ地図で位置を確認した俺たちは、そちらの方角へと向けて一直線に移動を開始した。
あまり移動に時間をかけるつもりも無い、遭遇すれば戦いもするが、あまり積極的に敵に仕掛けて行くつもりも無かった。
流石に、移動だけで時間を使い切ってしまうのは勿体ない。せめて、多少情報を集める所まではいきたい所だ。
「えっと……こっちは、強い悪魔たちがいるんでしたっけ?」
「アルトリウスが精強な、と表現していたが……主として強い悪魔と言うより、単純にレベルが高い悪魔という印象だな」
南西の都市にいる精強な悪魔。南東の都市にいる異形の悪魔。
どちらも強力かつ厄介な相手であるようだが、個人的な好みとしてはこちらの南西の悪魔だ。
純粋に強い相手であれば俺としても戦いやすく、そして楽しめる相手であると言える。
まあ、伝聞である以上はどこまで信用したものかは全く分からないが。
「とりあえず、貴方の推察はそれほど間違ってるわけじゃないみたいよ」
「ほう、情報が上がってたか。悪魔共に負けたプレイヤーたちか?」
「ええ、随分と愚痴ってるわね」
緋真の背中にしがみつくような形で掲示板画面を操作しているアリスは、俺の言葉に首肯する。
その笑みは苦笑か、或いは嘲笑か。まあどちらにせよ、プレイヤーたちはあまり善戦しているとは言えない状況のようだ。
「敵は最低でもデーモン、それも中々の高レベル。デーモンナイトやそれに従う魔物たちについても、結構な強さの様子ね。厄介なのは、きちんと組織立って行動していることかしら」
「……悪魔共が、組織立って行動だと?」
「ええ。少なくとも五体の集団で動き、活動している。まず街の中に入ること自体が中々に難しい状況みたいね。入れたとして、正面から打ち勝てる相手でもない。中々の難題って所かしら」
肩を竦めて告げるアリスに対し、こちらは顎に手を当てて黙考する。
街への侵入そのものは、恐らく上空からならば可能だろう。
だが、数が少ないとはいえ飛行騎獣を有するプレイヤーは存在するし、既に試した連中がいる可能性は高い。
その場合、空からの侵入は既に警戒されてしまっているだろう。
「……街の中の様子は確認されているのか?」
「ええ。生き残りの現地人はそこそこ多いみたいよ。というより、結構な数が残ってるみたい。それこそ、アイラム以上のようね」
「ほう、それは……」
これに関しては、予想外の事実であった。
生き残りが皆無、とまでは言わないまでも、かなり減ってしまっていることを覚悟していたからだ。
それがまさか、アイラム以上の人数が生存していようとは。
僥倖ではあるのだろうが――それ以上に、不気味さを感じてしまう。
「アイラムでもそうだったが、奴らは何故人間を殺さずにいる?」
「さあ、当の悪魔に聞けた訳じゃないみたいね。アイラムの時の悪魔はどうだったの?」
「そう指示されている、という話はあったが……理由までは分からんな。今回もそんな状況か」
指示をしているのは上役の悪魔か。
果たして、どのような理由でそんな指示を飛ばしているのか――今の所、想像の域を出ない。
前回の悪魔はかなり好戦的であったし、会話をしている余裕も無かった。
正直な所、俺も悪魔を前にして殺意より情報を優先しなければならないのが面倒な所だ。
「とりあえず……まともに相手をすることが難しいと踏んだ一部のプレイヤーは、聖火の塔の解放に動き始めたようね。そっちはどうするの?」
「今更塔を攻略する旨味も少ないからな。任せるさ」
「ランタンも一つあれば十分ですしねぇ」
「何だかんだ、あれも貴重品なのよね。正常に戻った塔でも購入できるらしいけど、かなり高額みたい」
それに関しては初耳だが、確かにあのランタンの効果は高い。
それだけ購入に制限があったとしても不思議はないだろう。
軽く肩を竦め――ふと、耳慣れぬ音が響いた。これは、メールの着信音だ。
どうやら、アルトリウスがメッセージを送ってきたらしい。
「ふむ……」
「お父様? あの人から連絡ですか?」
「ん、そうだな……どうやら、街に潜入させた連中からの報告のようだ」
アルトリウスはどうにも、情報を重要視しているように感じられる。
いや、奴のスタイルからすれば、それも当然ではあるのだが。
情報を集め、対策を立て、有利に戦いを進める――それこそが、あいつの戦い方であるということだろう。
まあ、戦術として間違いではないし、助かっているのだから特に文句も無いのだが。
「次の街……シェーダンでは、中央付近に闘技場のようなものがあり、悪魔が人間と魔物を戦わせているらしい」
「悪魔が……人間と魔物を?」
「ああ。だが、無理に勝てないような魔物と戦わせるわけではなく、何とか勝てる程度の魔物と戦わせ、そして傷はきちんと癒しているようだ」
「何ですか、それ?」
眉を顰める緋真に、こちらも軽く肩を竦める。
言いたいことは分かる、俺も似たような感想であるからだ。
人間を殺すことに執心するあの悪魔共が、わざわざ人間を癒すなど考えづらい。
戦わせる所までならばまだ分かる。だが、傷ついた人間を癒すなど、連中の行動からは考えづらい。
「それと、街の外……というか、外壁の外に貧民街があるそうだ。ここは悪魔の支配下にはない……というか、悪魔も管理するつもりは無いらしい」
「放置されているってことですか?」
「奴らにとっては美味い狩場ではないようだな。実際、残されているのは女子供や老人のみであるらしい」
逆に言えば、奴らにとってそれらの人間は殺すに値しない相手であるようだ。
果たして、どのような判断基準があるのか。正直良く分からないが、とりあえずそこに行けばある程度の情報は手に入るだろう。
尤も、外壁の内外は遮断されている。内部の詳しい情報まで手に入るとは考えない方が良い。
それでも、現地の人間だからこそ、見聞きできたものがある筈だ。
しかし、これだけ時間が経っていて、この情報の集まり具合は――
「……アリス、プレイヤーたちは殆ど戦果を挙げられていないな?」
「正直な所、その通りね。どちらかというと、ダンジョンという分かり易い形をしている南東の方が人気があるぐらいよ」
「ああ、攻めるのが難しいとなると、そうなりますか……」
出現する敵は強力で、倒しづらい。
その上で侵入することが難しい街の中に篭っているのだ。
狩りという側面から見れば、確かにあまり相手にしたくはない部類であろう。
まあ、他のプレイヤーたちがどのように動いていようが、あまり興味はないのだが。
と――そんな時、頭上から声がかかる。宙を飛んで並走しているルミナが、前方を示しながら声を上げたのだ。
「お父様、前方に村が見えます」
「ん、またか……先導しろ、ルミナ」
「承知しました!」
俺の指示に従い、ルミナは翼を羽ばたかせ、前に出て先導する。
そうするうちに見えてきたのは、いくつかの家屋と畑が広がる小さな村であった。
規模としてはあまり大きくは無いだろう。農地としての村か、或いは開拓のために建造された領域なのか。
正直その辺りは、あまり興味はない。問題は――
「……やはり、ここもか」
村まで到達した俺は、一度セイランを止めて背中から降りる。
すると見えてきたのは、まるで人の姿を見受けられない村の様相であった。
この村に、人っ子一人として人間の姿を見つけることができなかったのだ。
「血は……やっぱり、痕跡はあんまりないですね」
「そうだな。ここでも、あまり争った形跡は無いか」
どうやら、状況としてはアイラムで見られたものと同じようだ。
ここの村人たちは、恐らく悪魔によって拉致され、シェーダンに集められているのだろう。
ここに来るまでに、同じような村や町を何度か発見することができた。
シェーダンを支配した悪魔共は、それだけ広い範囲で活動しているということのようだ。
ひょっとしたら、人々を集める速度を考えると、グレイガーがこちらの悪魔の行動を真似したという可能性も考えられる。
……どちらにしても、あまり面白い事態ではないのだが。
「いくつもの村から人間を集めて、都市の内部で魔物と戦わせ、傷つけばそれを回復させる……」
「何だか、まるで育てているみたいよね」
「何とか勝てる程度の魔物を宛がってるって話ですし……介護レベリングしてるみたいな」
「悪魔が人間を育てて何の利点があるのか……まだ、何かピースが足りないような感覚だな」
全ての状況を理解するには、まだ何か情報が足りない。
奴らの考えていることなど理解したくもないのだが、それでも対策を考えるために情報は必要だ。
もう少しこの村を探ってみてもいいのだが、有用な情報を集めるならば、やはり都市に接近するべきだろう。
虎穴に入らずんば虎子を得ず、とまではいかないが――まずは、件の貧民街とやらで情報収集をせねばなるまい。
「……よし、ここはいい。出発するぞ」
「そろそろ現地に突入ですか?」
「さて、すぐに街の中に入るかどうかはまた別だがな。とりあえずは、情報が必要だ」
さて……悪魔は、果たして何をしようとしているのか。
そして、いかにしてシェーダンの街を攻略するか。
しっかりと、考えなければならないな。